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ガラパゴス化のリスク?(第一回)

 

 

宮崎智彦氏の「ガラパゴス化する日本の製造業」(東洋経済新報社)は、エレクトロニクス産業における日本企業の弱点を、台湾などの新興企業と比較して摘出している。取り上げられているのは、携帯電話、パソコン、液晶テレビ、DVDレコーダー、カーナビ、半導体、太陽電池等のエレクトロニクス製品のメーカーである。これらの産業では、「標準化」、「デジタル化」、「グローバル化」という三つの要素によって、日本企業は日本国内でしか売れない高品質高価格の特殊な「ハイエンド製品」市場に追いやられ、世界市場から孤立し、日本市場は「ガラパゴス化」しつつあるという。その趣旨をもう少し詳細にみてみよう。

 

まず、「標準化」とは、特許などでルールを作ることによって汎用性を高めることで、それによって製造を容易にし、コストダウンを図って普及価格帯にする意義を持つ。次に「デジタル化」とは、あらゆる情報を「0」と「1」のビットデータにして情報をやり取りすることである。これにより、アナログ技術と比較して、知的財産をコピーすることが容易になり、モノマネがし易くなり、後発企業もキャッチアップが可能となる。製造工程においては擦り合わせ部分が狭まり差別化しにくくなる、とされる。そして「グローバル化」とは、経営面と製造面の両方がある。まず、経営面では、給与体系、雇用体系、仕事に対する意識が日本企業と世界の多くの企業とが異なることにより、海外進出した日本企業が現地化に苦慮する問題である。製造面では、「製造業を捨て設計と知的財産に特化した米国企業」と「製造を専門に請け負う台湾企業」とが事業提携する水平分業が、日本国内の垂直分業で成り立っている日本企業より価格面等で有利になることである。

 

標準化、デジタル化、グローバル化のメリットをフル活用して台頭したのが、台湾系を中心とする新興企業群である。これら企業群は、アメリカや新興国市場の近年のエレクトロニクス製品需要の拡大に対応して低価格普及品の大量供給に成功して伸びてきた。本書によれば、アジアの上場エレクトロニクス企業で売上高一兆円以上の企業は二七社あるが(二〇〇八年三月期または二〇〇七年一二月期)、その内訳は日系一三社、台湾系九社、韓国系三社、中国系二社である。台湾系企業としては、日立、パナソニック、ソニー、東芝、サムスン電子に次いでホンハイ・プレシジョン(鴻海精密)が第六位にランクされ、以下、クアンタ、アサテック、コンパルなどのパソコン受託製造企業やAUO(液晶パネル)、TSMC(半導体前工程)などの企業が一兆円企業にランクインしている。水平分業を生かして米国でにわかに注目を浴びた事例として、液晶テレビメーカーのビジオ社がある。ビジオは液晶テレビの企画と設計のみを行い、生産は台湾企業に委託し、ビジオのブランドで米国内販売するが、二〇〇七年には米国市場でサムスン電子やソニーと首位争いするに至った。[i] また、太陽電池の分野でも、水平分業を活かしたドイツのQセルズ社や中国のサンテック・パワー社等が、永年トップの地位を独占してきたシャープなど日本企業を抜いて急速に世界シェアを伸ばしている。

 

一方、日本企業が得意とする高(過剰?)品質・高(過剰?)機能で高価格の主に日本国内向け「ハイエンド製品」「カスタム製品」は、台湾などの新興企業が得意とする世界市場向けの「標準製品」から乖離し、二重化(ダブルスタンダード化)している。こうしたダブルスタンダード下で、日本企業は、@「台湾企業と競合していない」かのような錯覚に陥る危険があり(変化を変化と感じないリスク)、A世界市場と日本市場のダブルスタンダードのどちらの市場に焦点を当てるか或いは両方取りに行くのかという困難な選択を強いられる(市場喪失のリスク)。また、Bカスタム製品を手がける匠の技(悪く言えばコテコテの技術)をどう活かすか(エンジニアの処遇の問題)にも対処しなければならない。こうした三つの問題を突き付けられた日本のエレクトロニクス産業は、世界の顧客情報について情報不足に陥っており、「世界でエレクトロニクス関連の情報を持っているのは台湾企業というのは一九九〇年代後半から言われてきたことであるが、今日もなお情報量の差が開きつつある」[ii] という。

 

 利益率でも日本企業と台湾などアジア企業とは大きな格差がある。台湾企業の場合、工場稼働率が八〇%程度でも営業利益率が二〇%、損益分岐点稼働率は六〇%であり、工場稼働率一〇〇%でも収支トントンで四苦八苦している日本企業は明らかにコスト競争力を失っている。そして日本企業に共通の利益率押し下げの主因は、製造原価(工場レベルでの費用)の差ではなく、販売管理費が重いことだとされる。つまり間接経費がかかりすぎているということだ。[iii] 

 

著者は、上記の日本企業が直面している三つの問題のうち、@“台湾企業と競合していないかのような錯覚に陥る危険があること(変化を変化と感じないリスク)”に対しては、「敵を知り現実を知ることの重要性」を次のように説いている。

「日本のエレクトロニクス企業は似たようなビジネスモデルを採用する日本企業同士の横比較に意識が終始し、アジア企業などの敵を知ることに対して極端に感度が鈍くなっている。『アジア企業の製品など品質が悪くてダメに決まっている』といったあまり根拠の無い無意識の先入観が強くある。こうした感覚が世界で起こっている大きな変化への感度を鈍らせ、アジア企業にとっては格好の敵失になっている。」[iv]

 

私の元同僚で十社以上の企業を渡り歩いた経験を持つI君が、数年前にソニーのグループ企業に居たとき、「ソニーの官僚体質化、硬直化」を強く感じたと言っていた。この本を読んでI君の言葉が私の頭によぎった。もしかしたら「寄らば大樹の蔭」なる安心感と内部抗争に明け暮れる悪しき官僚体質がソニーに染みついてしまい、ソニーは世界環境や真のライバルを見失ってダイナミックな成長志向を喪失しているのかもしれない。もしそうならば、そして日本のエレクトロニクス産業全体が官僚化に汚染されているならば、ダブルスタンダードの困難な環境を乗り切れるのか、はなはだ心許ない。

 

著者は、日本のエレクトロニクス企業に、官僚的な国内のみの横並び発想ではなく、自分の強み弱みを自覚した事業モデルを自分の頭で考え実践せよと、次のように説く。

「(筆者は)垂直統合モデルが時流に合っていないとか、日本の製品がハイエンドに特化していることが悪いと言っているわけではない。世界で起こっている現実を見ながら、各社が世界で勝てる事業モデルを構築することがポイントだ。垂直型でもハイエンド製品でも、世界的に製品が出荷でき、シェアが高く、営業利益率が一〇%程度出ていれば、世界的優良企業の仲間なのである。」[v]

 

平成二一(二〇〇九)年二月二八日
(続く)

 



[i] 宮崎智彦「ガラパゴス化する日本の製造業」(東洋経済新報社、二〇〇八年)、p一九六

[ii] 同上書、p三三

[iii] 同上書、p三六〜三八

[iv] 同上書、p二六六

[v] 同上書、p二六七