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「古典派からのメッセージ・2009年〜2010年」目次へ戻る
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ガラパゴス化のリスク?(第二回)

 

 

 さて、著者の宮崎智彦氏は、問題点A“世界市場と日本市場のダブルスタンダードのどちらの市場に焦点を当てるか或いは両方取りに行くのかという困難な選択(市場喪失のリスク)”については、コスト差の歴然とした「一般製品」でアジア企業と価格競争(チキンレース)するよりは、自覚的に直接の競合を避けて日本の強みが活かせる分野や差別化可能な成長市場を探すのが賢明である、とする。著者によって抽出された日本のエレクトロニクス企業が優位を持つ条件は、

(一)摺り合わせ技術が活かせる

(二)機械的な機工部品が必要

(三)環境問題などで厳しい制約条件がある

(四)製造ノウハウが外部流出しにくい

(五)人命に関わり自己が絶対に許されない

(六)顧客から製造コストが見えないようにする

(七)最先端の技術力を発揮できる成長市場がある

であり、これらの条件が生きる分野としては、精密機械、工作機械、自動車、産業機器、航空・宇宙・軍事産業があり、またエレクトロニクスの川上にある化学、電子材料、電子部品も内部に取り込むべきだとも指摘されている。[i] 

 

 著者は、日本のエレクトロニクス企業でこうした優位を活かして高い利益率を実現しているのは、百貨店的に何でも作っている総合エレクトロニクス・メーカーではなく、専業化の徹底した電子部品メーカーであるとも指摘する。代表的な製品は、コンデンサ、モーター、水晶、コネクタ、磁気ヘッドなどであり、企業名では、日本電産、村田製作所、ヒロセ電機、ローム、イビデン、京セラ、ミツミ電機、日東電工、TDK、日本特殊陶業などである。韓国にはサムスン電子はじめエレクトロニクス分野での世界的企業があるが、それでも韓国の貿易黒字が中々定着しないのは、電子部品の多くをこうした日本メーカーからの輸入に依存しているからである。これら電子部品メーカーの特色は、上記優位性を持つ他、第一に、創業者が健在であるかオーナー企業色が強いため、トップダウン経営が普通であり、意思決定が迅速で明確であることが挙げられる。つまり、「総合」メーカーが陥っているかもしれない官僚化の弊を免れているのだ。第二に、工場のアジアシフトと現地調達・現地生産が進んでおり、国内で生産するのは限界利益率の高いものに集中させているという。[ii] 

 

著者は、問題点B“カスタム製品を手がける匠の技(悪く言えばコテコテの技術)をどう活かすか(エンジニアの処遇の問題)”については、直接答えを出していない。私は、日本の製造業の技術者の力を、ゴテゴテした多機能や周期的に買い換えを迫る「悪しき資本主義」のために使うのではなく、例えば「価格半分、寿命三倍、エネルギー効率二倍」を実現する等、上記の優位性を維持向上させるための長期的研究・開発へと振り向けるべきであると考える。

 

本書は、日本のエレクトロニクス企業(とりわけ「総合」メーカー)の問題点を、「良い製品(=高品質・高機能)なのになぜ儲からない(=利益率が低い)のか?」という問いに答える形で明らかにしている。これは、非製造業も含めて、日本の産業全般に通じる問題提起として貴重である。たしかに販売管理費のウェイトが高いことは日本企業の生産性の低さの反映である。だが、生産性の低さは長期的な研究投資や将来の人的・物的投資のコスト(=将来に向けての種まき)であることもあろう。あまりに当面一、二年の収益率を高めることを追い求めると、長期的な視野での投資が疎かになる。所謂グローバルな企業評価尺度(=利益率、ROE、時価総額等)とどう折り合いを付けるべきだろうか? 言い換えれば、国際的機関投資家の要望にどこまで応えるべきだろうか?

 

そもそも「良い製品なのになぜ利益率が低いのか?」との国際的機関投資家からの問いは、主に現代の効率性重視の株主至上資本主義(アメリカの一九八〇年代後半以降の新自由主義イデオロギー)の立場から発せられた問いである。効率性という短期的な観点を極限まで追求した株主至上資本主義ないし新自由主義イデオロギーも、サブプライム・バブル破裂で失敗が明らかになっている。従って、私たちは、「良い製品なのになぜ利益率が低いのか?」という問いに答える必要があると同時に、この問い自体の妥当性をも問う必要があろう。つまり、高い利益率でも長続きしないよりは、低い利益率でも将来への投資を怠らずに長期に安定していた方が望ましいのではないか、と、資本主義のあり方を問い直し、それを世界の投資家に訴えてゆく必要があるのだ。

 

また、私が本書を読んで一点疑問に感じたのは、新興国の需要の性質も、かの国々の一人当り所得水準が向上するにつれて変化するのではないか、という点である。いつまでも消費者の嗜好が低価格普及品に留まっているわけではあるまい。アジアの消費者の嗜好は日本人と似てくるという日下公人氏の指摘は頭に入れておいた方がいいと思う。そうなればいずれは新興国においても日本の製造業の高機能・高品質が求められるようになるのではないか。ただ、消費者の嗜好が高度化する前に日本企業がそれらの国々の市場から駆逐されてしまっては、参入機会も無くなってしまうだろうが…。

 

平成二一(二〇〇九)年二月二八日

 



[i] 同上書、p二一五〜二三二

[ii] 同上書、p二三二〜二三六