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学生自治会の矛盾

 

 法学部自治会問題について、僕はT君と同じ気持ちだ。即ち、自治会の必要性は認める。学校側と対等に話し合える学生の機関はどうしても必要だ。自治会は、民青(民主主義青年同盟なる日本共産党の下部組織)が組織化したが、現段階では、民青自治会は我々の利益をある程度代弁していると言える。

 しかしS君も言うように、彼らが現在掲げる「吉田厚生センターの実現」等の甘言によって流動的ノンポリ学生を民青自治会に従属せしめた後は、いかなる「教育」が彼らによって行われるのか、わかったものではない。彼らは一旦自治会を全学的に組織した後は、必ずや日本共産党の宣伝を行ない、それへの反発を「合法的に」封じ込める挙に出るであろう。そしてうぶな新入生たちが順次教育され、「共産党―民青」的思考の持ち主ばかりになる。新入生には民青自治会、民青思考が当然のものとして受け入れられてゆくに違いない。

 ここに自治会についての矛盾がある。即ち、自治会は必要であり、それにより学校側とも対等に話し合えるし、かつ、学生が受ける日常的な便益も大きい。しかし、現在自治会を組織し得る力を持つのは民青しかなく、民青による組織化を容認すれば、自治会は民青「独裁」になり、本当の「自治」会でなくなるのは目に見えている。我々は立て看板ひとつ書くにも共産党に反対するようなことは控えなければならなくなる。民青の言う「民主的学生」とは「保守腐敗政治を何がなんでも批判し、共産党の自己矛盾や傲慢性など一切気にしない」学生のことであろう。

 この矛盾ゆえに、僕はT君と同じく、その利便性にも関わらず、民青自治会に反対する。そもそも民青によって強引に成立させられた法学部自治会の成立過程がいかがわしい。残念ながらその不法性を立証する手だてが僕たちには無いが…。

 多くの学生にとって、民青自治会とは、「あんないやなものはないが、まあ、必要悪として認めるしかない」存在だろう。勿論、民青の独裁化を予防するような強力な監査機関を設立すればいいのだろうが、そんなものは早晩空洞化するであろう。一般学生のノンポリ性というのはそんな監査さえ続けられないほど救いがたいのである。

 そういう自治会で果たして本当にいいのか。むしろ今の無法状態の方がいいのではないか。今の状態は、確かに秩序を保障してくれるものは何もないが、その代わり、誰が何をやろうと―天皇批判をやろうと共産党批判をやろうと―自由だからである。大学を離れて考えても、日本の今の状態(自民党と官僚とが支える政治体制)が決して最良とは思わないが、共産党独裁による官僚国家、警察国家など、今の何倍もやりきれないだろう。

 僕がこれほど民青―共産党を嫌うのは、民青の活動家諸君に人間らしさが感じられないからである。彼らは自分自身の言葉で物を言わない。組織から与えられたステレオタイプの言葉でしかコミュニケーションできない。およそ自分の頭で物を考えることを放棄してしまっている。組織に何の疑問も持たない姿は無気味である。マルクスは「宗教はアヘンなり」と言ったが、共産主義も今や悪い意味で宗教に成り果てている。宗教団体であれ、政治団体であれ、企業であれ、自らの所属する組織に何の疑問も持たず、盲従することほど非人間的なことはないと僕は思う。

(一九七六年一二月一日)