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「福田恒存語録」を読む

 

 福田恒存には今まで何度か挑戦し、その都度挫折したり、断片的に読みかじっただけに終わったりしていた。現に、福田氏の本を本棚に揃えてみると、単行本はいつの間にか四冊もあり、文庫本も「人間・この劇的なるもの」がある。しかし「断片」に心動かされながらも、その論理の屈強さに負けて、全貌をつかめずにいた。

 今回、中村保男、谷田貝常夫両氏編集による「福田恒存語録・日本への遺言」を、八割方、しかも「味読」できたのはありがたかった。福田氏の精巧で屈強な論理をうまくほぐしてテーマ毎に並び替えることで、僕のような凡愚にも氏の言わんとしたことが理解できるように編集されている。

 それにしても氏の言の何と首尾一貫していることか! また、小林秀雄の書いたものと同じように、ここでは「それに依存すること無く、自分の力で物事を根本的に考えるヒント」が示され、それを足掛かりに、人は自らを、独立した力強い個人として自覚することができる。氏の言の表面的な辛辣さや厳しさや晦渋さに惑わされてはいけない。氏は、自らの力で考えようとする「独立人」を、暖かくも優しく励ましている。

 この「語録」を読んでいて、何とも言えぬ爽やかさと慰藉を感ずるのは僕だけではあるまい。僕は、小林秀雄にはわんぱく坊主を相手にしているような激しさや人間臭さを感じ、福田恒存にはむしろ宗教家と相対しているような鎮め、癒しを感ずる。

(一九九六年二月一九日)

 

福田恒存(一九一二年〜一九九四年)

評論家、劇作家。東京本郷生まれ。「キティ台風」などの劇作、シェークスピア劇の現代語訳に力を注ぐ一方、広範な評論活動も行う。戦後日本における最も正統(オーソドックス)な保守主義者であり、進歩派とも偏狭なナショナリストとも一線を画す、剛毅な知性の持ち主。

 

〈参考にした文献〉

 中村保男、谷田貝常夫編集「福田恒存語録・日本への遺言」(文芸春秋)