もちろんそんなことはない。が、「現代のサンタのイメージはコカ・コーラの広告にもとづいている」というのは雑学知識として広まっている話だそうだ。(現代奇談「2003年6月の奇談メモ」参照)
つい最近の新聞のコラムにも、こんな記述が。
サンタクロースといえば太ったおじさん。白いひげ、白い縁取りの真っ赤な衣装が定番の姿です。このイメージは1931年にコカ・コーラ社がアメリカで始めた広告のキャラクターが元になっています。
(中略)
衣装の赤と白はコカ・コーラのラベルの色を採用。太ったおじさんは社内の営業マンをモデルにしたそうです。
(中略)
コカ・コーラの戦略で、今では人々のイメージはがらりと変わってしまいました。
(12月19日付朝日新聞「どくしゃとつくる」のコーナーの中の「ニュースのわき道」)
Urban Legends Reference Pagesによれば、「赤い服、白いひげで、袋を持っている」というサンタの基本的な特徴は、コカ・コーラの広告以前に定着しており、コカ・コーラがそれを「創造」していないのはもちろん、「異なるイメージを駆逐した」わけでもないという。
サンドブロムが描いたコカ・コーラの広告イラストが、現在、多くの人が持っているサンタクロースのイメージに寄与した部分がある、というところまでなら嘘ではなく、それがどの程度まで、という議論の対象になるところだが、「赤と白の衣装はコカ・コーラの創造」となると、完全に都市伝説の範疇に入ってしまうということであろう。
The Coca-Cola Company の説明(http://www2.coca-cola.com/heritage/cokelore_santa.html)では、そのあたりのことは、かなり注意深く扱われており、赤と白の衣装を発明したなどとは一言も書かれていない。
日本コカ・コーラのほう(http://www.cocacola.co.jp/corporate/gallery/santa/)はちょっと微妙で、従来のサンタと違う「人間味のある人物像を創り出し」とあるが、色については創造したとは書いていない。
一部に事実といえるものが含まれている都市伝説はしぶといもので、上のように、時々新聞に書かれたりして、また勢いを得て広まっていくのだろう。上のコラムも、よく読めば、「赤と白の衣装はコカ・コーラのシンボルカラーに由来」とまでは書いていないのだが、多くの人はそう受け取ったうえ、「それは都市伝説」と言われたら、「そんなことない、だって新聞に書いてあったもん」と言うのではないだろうか。
HP iPAQrz1717 を購入。PDA としては、WorkPad が現役で使えているが、母艦との接続環境の方をアップデートするチャンスを逃してしまったようで、今から XPマシンに対応するのは難しくなってしまった。それに、画像や HTML のビューアとして使えるものがやはり欲しい。PDFファイルも見られればなおよい。
rz1717はメモリが貧弱な廉価版というイメージだったが、実際買ってみると、画像ビューア、ブラウザはインストール済みで、Acrobat Reader もインストールでき、ビューアとしての用途には十分だった。
さらに、EBPocketという素晴らしいフリーウェアのおかげで、電子ブック(Data Discman などに対応したもの)も閲覧できることがわかった。
液晶は前の機種よりきれいになっているという話で、さいわい「ドット抜け」(修理対象外)もなく、大変見やすい。
フランス語・イタリア語など欧文が簡単に扱えるのもいいが、中国語対応はちょっと難しそうなので、歌詞カード程度のものであれば、とりあえず画像で入れてしまうのが良さそうだ。
全体として期待以上ではあったが、やはりバッテリの持ちには不満が残る。感じとしてゲームボーイアドバンスSPの2/3以下といったところ。いやそういうものと比べても仕方がないが、乾電池で長期間使える WorkPad に対して、この点だけは劣る。そのせいもあって、電話帳や予定表などの PIM の移行に未だ踏み切れない。といって、PDA を 2個持ち歩くのも格好が悪い。
とりあえず、長大な文書データのビューアとして活躍しそうな感じ。Web で見つけたもので、面白そうだが、一気に読めないようなものは、これにダウンロードしておけば、文庫本を読むのと同じように、好きな時にストレスなく読める。ただし充電を忘れないこと。
改装工事中のJR金沢駅東口。何か異様なオーラを発しているような特異なデザインが姿を現わした。ガメラでも呼び寄せそうな感じ。
10月9日オープンの「21世紀美術館」近くの道路。ここを通ると、やたらと道路上にはみだしている数本の木が気になる。「祟りで切れない説」は単なる噂らしいが、何か由緒ある木だとかいう話もある。
「有松にありまつ」の CM をさかんに流しているドコモショップ有松店。金沢の方言ではないと思いまつ。
『モールス信号着信メロディ』配信スタート!! の説明で、モールス信号について、
有名なタイタニック号の遭難事件(1912年)では初めて遭難信号の「SOS」が使われて以来、アメリカでは1945年にこの電信機を使って実際に電報のやり取りを始め、その後急速に広がり世界中で使われるようになりました。
とあったが、
Urban Legends Reference Pagesによれば、「SOSを最初に発信したのはタイタニック」という話はウソだそうである。タイタニックの遭難以前に、船の事故でSOSが発信された記録はいくつもあるそうだ。
あとに続く文もなんだか怪しいが、タイタニックについては、このまま新聞記事にも引用されていた。
タイタニック号の通信士の話として伝えられるところによれば、氷山にぶつかったタイタニックがSOSを発信したのは事実とのことで、「タイタニック号としてははじめて」だったのは、多分間違いないだろう。処女航海だったそうだし。
ギリシャの話題はもう時期がずれてしまった感じがするが、もう一つ。金メダルに繰り上がった室伏広治選手が、記者会見で引用した、銀メダルの裏に刻まれていたという詩。
「真実の母オリンピアよ あなたの子供達が 競技で勝利を勝ちえた時 永遠の栄誉(黄金)をあたえよ それを証明できるのは 真実の母オリンピア 古代詩人ピンダロス」。
ピンダロスの「オリュムピア競技祝勝歌 第8番」の冒頭の部分と似ているので、それかと思ったが、ちょっと違うようでもある……?
アテネオリンピックの公式サイトにあるメダルの説明に、画像と出典が示してあった。やはり、「オリュムピア競技祝勝歌 第8番」の最初の7語が刻まれている。
ΜΑΤΕΡ Ω ΧΡΥΣΟΣΤΕΦΑΝΩΝ ΑΕΘΛΩΝ ΟΛΥΜΠΙΑ ΔΕΣΠΟΙΝ' ΑΛΑΘΕΙΑΣ
(黄金の冠の競技の母、真実の女王、オリュムピアよ)
おそらく、翻訳を依頼された人は、あとに続く文を見わたして、ピンダロスの詩の心を説明したのだろう。
「医学都市伝説」で「へべれけ」の語源がとりあげられた。以前、別の所でも話題になっていたが、怪しい説な割に、なぜか広まっているという。
「へべれけ」は「ヘーベー女神が酒を注いだ」という意味のギリシャ語に由来する、というのだが、ちょっと考えてもトンデモなだけでなく、くわしく考察しても相当に無理がある。(massangeanaさんの「いろいろ」参照)
「ギリシャ語だそうです」と何の疑問も持たずに書いている例が結構あるのは不思議だが、まあ、面白いから広まるのだろうか。「医学都市伝説」によると、ラジオ番組から広まったのではないかという。
こじつけだとしても、「流れる」という動詞(すなわちパンタ・レイの「レイ」)の完了形を引っぱりだして「ヘーベー・エリュエーケ」としているのは、ギリシャ語の文法がわかっていないとできないことである。もともとは、ギリシャ語を学んでいる学生さんがジョークで考えたのが、いつのまにか真に受けられるようになったのだろうか、などと想像していた。
が、いくつか辞典類を見ているうちに、「方言俗語語源辞典」(山中襄太、校倉書房 1970)にこの説が載っていることがわかった。「本に出ている」というのはやはり強力である。
載っているといっても、「納得のいく語源説を出しえない現在、いちおうこの説を参考とせざるをえないであろう」との但し書きつきで載っているのだが……、他にないからといって、普通こういうのを参考にするかと思うが、それはともかく、この説はいたずら学生の思いつきなどではなく、木村鷹太郎がその著書「希臘羅馬神話」で書いているのだという。
木村鷹太郎は翻訳家として知られた人物で、世界大百科事典(平凡社)によれば、「日本民族ギリシア渡来説を唱えて世人を煙に巻いた」のだそうで、ひとつの単語の語源説にはとどまらない背景があったのである。
「方言俗語語源辞典」では、木村説("Hebe-erryeke")を紹介し、「以下同氏の説を敷衍して述べる」として、ラテン語の hebeo(気がぬけている)や、その派生語もこれと関係があるとしているが、その辺にある辞書を見たかぎりでは、hebeo の語源は不明となっている。母音の長さも違うし、仮に Hebe と関係があるとしても、それだけでどうして「気がぬけている」という意味になるのか不明である。
似ているというだけで決めていいなら(いいわけはないが)、ポルトガル語で「酔っぱらった状態」を意味する embriaguez のほうが、「へべれけ」の語源としては有望ではないだろうか。「天正遣欧使節の少年たちがポルトガルで、はじめてワインを」とかなんとか話を考えて広めれば、「ヘーベー」説に勝てるかも……(勝ってどうするのだ)。
もっとも、embriaguez (スペイン語でも同じ綴り)は、おそらくラテン語の ebrius(酔っぱらった)に由来するものだろうから、「その ebrius が Hebe と関係あるのだ」などと言われないとも限らない。
ポルトガル語といえば、ドナルド・キーンのエッセイの中に、コンサートかなにかで偶然隣にすわった外国人(西洋人?)に、「アリガトウはポルトガル語のオブリガドでしょうね」と決めつけられた話があった。「ありがとう」が「有り難し」にさかのぼることをよく知っているキーン氏がなんと答えたのかは、書かれていなかった。
シャープが発表したウォーターオーブン「ヘルシオ」についての朝日の記事にこんなツッコミ(slashdot.jp)が。 この前の日産の車もそうだが、プレスリリースを妙な具合に「翻訳」した記事をのせるくらいなら、メーカーの URL だけ書いてくれた方がましではないだろうか。
欲を言えば、新聞の新製品紹介記事は、プレスリリースの丸写しではなく、たとえば他社に先行商品があるとかないとか、消費者の役に立つことを書いてくれるとありがたいのだが、それは現実には、なかなか難しいらしいと昔から感じていた。それにしても、「丸写し以下」の場合があることには、インターネットができるまで気がつかなかった。
Cuisinartのロゴの中には、登録商標を示す"R"が一体となってデザインされている。
Blade Cusinart' の最後についているアポストロフィは、その感じを出そうとしていたのかもしれない。
台所用品のカタログで、Cuisinart のフードプロセッサを見て思い出した。これが Wizardry シリーズに出てくる武器「カシナートの剣」(Blade Cusinart')と関係があるというのは本当だったのだろうか。検索したらすぐにくわしい情報が見つかった。新シリーズの BCFでは Cuisinart に変わっているとのこと。気がつかなかった。
ゲーム内で「かきまぜ器」として使われたこともあるが、アメリカのプレーヤーには、難しくない謎々だったのだろう。
cusinart と cuisinart で and 検索した場合、出てくるのは Wizardry の情報ではなく、単に cuisinart を cusinart とミスタイプした文章が並ぶ。
Wizardry シリーズのネーミングにはこういうジョークが多いが、"Kama Kazi" 寺院などは、最初は何だろうと思った。音声つきの電子辞書で kamikaze の発音を聴くと納得。
朝日の記事「日産が新型高級セダン投入、セドリックなどに代わる主力」で、日産の新しい車の名前「フーガ」について、「イタリア語で「調和」などを示す言葉に由来し」とあった。"fuga" にそんな意味があったっけ? 普通、「逃げる」とか「漏れる」とかいう意味と、それに由来する音楽用語の「遁走曲」の意味しかないと思うが。
日産の公式サイトをみたら、なんのことはない、
優美さとダイナミックさが「フーガ(Fuga:イタリア語、Fugue:英語)」(音楽用語)のように調和している状態を表している。
ということだった。
「逃げ足が速い」などの意味ではないらしい。velocità di fuga と言えば、「脱出速度」だが、 地球の引力から脱出できるほど速かったら大変である。
国立科学博物館で、特別展「スター・ウォーズ サイエンス アンド アート」を見た。
撮影に使われた衣装・小道具・模型・その他の資料が中心で、かなり品数が多く見ごたえがあった。冷凍されたハン・ソロ、被弾の痕が微妙に違う大小のファルコン号、ライトセーバー、そして、「えっ、これも持ってきたの」と思ったのは、エピソード1のポッドレースの「観客席」。無数の着色した綿棒でできた「観客」を網に差し込んだもので、畳何畳分かあった。
しかし、撮影に使われた物の展示なので、規模は違うものの、よくやっている「ウルトラ怪獣」のそれと、本質的に違うかというと、違わない感じがする。もちろん保存状態は全然違うのではないかと思うが、模型などの汚れや錆びは、最初から演出のために汚してあったはずなので、保存状態が良いのかどうか、実はよくわからなかった。
「サイエンス」つまり、科学博物館としての解説は、「X-ウィングやタイ・ファイターは、コンピュータ制御された噴射・逆噴射の繰り返しで、あたかも大気中を飛んでいるかのようにふるまっているのだろう」といった感じ。あれは反重力とか、そういうものじゃなかったんだろうか。
率直に言って、「科学博物館」の展示としては、少々つらいものが感じられたが、見る方としては、どこでやってくれても、こういうものなら見たいのであった。
週ごとにいろいろな人が書いている朝日新聞のコラム、先週のは沖縄の人らしかったが、最後にカッコの中に「むぬかちゃー」と書いてあった。このカッコの中は、たしか肩書が入るところだったから、……「むぬかちゃー」→「もの」何とか→「物書き」かな? と推測するまでに数秒かかった。次の日には、「むぬかちゃー=ライター」となっていたので、大体当たりだったらしい。
おそらく読者の問い合わせがあったのだろう。
朝日の新しい連載小説「かわうその祭り」。面白いタイトルだけど、かわうそが出てくるのかしら、などとぼんやり考えていたが、7回目にして、「獺祭」という語があったことをやっと思い出した。
連載開始時の「お知らせ」を検索したら、「作者の言葉」のなかに次のように書いてあった。
中国ではこの獺(かわうそ)が、獲物を自分のまわりに並べておく。これを獺祭(だっさい)と称する。転じて、集めた書物に囲まれること。文学者の正岡子規は、自室を獺祭書屋(しょおく)と名づけた。獺は、いわばコレクターである。
……この説明は、私が持っていた「獺祭」のイメージとはちょっと違うようである。書物についてではなく、文章について言う言葉と思っていた。いくら本を集めても、その本を参考文献として利用しないと「獺祭」にならないのでは。
広辞苑では、「詩文を作るときに、多くの参考書をひろげちらかすこと」などとなっている一方、小学館中日辞典には、「文章を作るのに典故をやたらに羅列するたとえ」とある。日中で微妙にニュアンスが違うようでもあり、また実際の用例はこれらの説明におさまらないが、いずれにしても、ものを書く時の態度に注目した言葉ではないかと思う。現在では、本のかわりに PC の中にいろいろ祭ったあげくフリーズさせる「かわうそ」もいることであろう。