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白鳥の湖〜黒鳥のパ・ド・ドゥ:チェ・ユフィ、韓国国立バレエ   (2010.10.12)

チェ・ユフィ(崔由姫Yuhui Choe)は、福岡県生まれの在日朝鮮人だそうです。彼女の生の踊りを見たことはありませんが、 かってNHKが放送した「ローザンヌ・バレエ・コンクール2002」と、「ローザンヌ・ガラ2004」で踊りの映像を見たことがあります。 映像で見る限り、軽やかでしなやかな身のこなしに、気品に満ちた表情と指先まで行き届いた精緻な踊りで、特に腕がとても優雅。黒い瞳と黒髪の可愛らしい舞姫です。
 
在日3世の彼女は、パリに単身留学し、「ローザンヌ・バレエ・コンクール2002」では、ライモンダのヴァリエーションを踊り、プロ研修賞&コンテンポラリー賞受賞を受賞しました。 その後、ロイヤルバレエ団に入団し、現在は、ファーストソリスト(上から2番目、プリンシパルの次)だそうです。「ローザンヌ・ガラ2004」では、同じロイヤルバレエ団の蔵健太と組んで「二羽の鳩」よりパ・ド・ドゥを踊りましたが、姿を現わしたその瞬間からキラキラ輝いていて、見入ってしまいました。
 
You Tubeで、2010年12月に、韓国国立バレエにゲストとして招かれ「 白鳥の湖 」の主役を踊った時の、白鳥のパ・ド・ドゥと黒鳥のパ・ド・ドゥを見ました。 KBS1という表示が画面左上に入っているので、Korean Broadcasting System(韓国放送公社)の第1テレビで放送されたものなのでしょう。チェ・ユフィは、白鳥オデットも可憐で美しかったけれど、とりわけ黒鳥オディールが素晴らしかった。これまで私は、チェ・ユフィは清純派で、オデットのようなしっとりとした役が合い、オディールのようなのりのいい踊りの役には向かないだろうと思っていたのですが、黒鳥のパ・ド・ドゥを見て、これは大きな間違いであることに気がつきました。 超絶妖艶のオディールを見事に演じきっていたのです。
チェ・ユフィは、アダージョのアントレで、いきなり高々と飛び上がった180度開脚のグランジュテを連発。超絶技巧を見せ付けます。アダージョの導入部、3度のオディールのアティテュード・エファッセ・デリエール。3回ともぴたりと決まったのは流石。特に素晴らしいのは3回目。バランスを崩してふらついたり、一人では立てず王子の支えられて終わるダンサーもいる中、支えなしにアティテュードのバランスをジッーと長く保ってポーズを決め、ハッと息を呑のみました。
続く、横に手足を広げて王子にリフトされ、横に移動していくオディールのカリスマ性を強調する場面では、楽々と180度を超える開脚で体の柔らかさをアピール。 この場面、脚を開きすぎると下品に見えるダンサーもいますが、チェ・ユフィは、こんなに開いても少しもいやらしさを感じられず、むしろほのかに漂う色気が心地よく感じるられるから不思議。 終盤、左膝をついて右脚を伸ばし、王子を引き付けておいて手で拒み、王子を翻弄します。
さらに右脚のトゥで立ってアティテュード・プロムナードを経て、独り立ちするところ。支えの王子の手を離しアンオーまで手を上げた途端、わずかに後方へグラリ。 一瞬表情が強張りましたが、上体の傾きをグッと堪えて持ちこたえました。この部分のパートナーのサポートはうまかった。 思わず微笑んでチェ・ユフィがパートナーに投げかけた眼差しには「上手なサポート有難う!!」と言っているようなチェ・ユフィの感謝の気持ちを感じました。 王子のYoung-jae Jungは、若くて経験不足なのか、女性のサポートにやや不安を感じたところもありましたが、汗びっしょりになって一生懸命に女性を支えようとする気持ちが現れていて好感を持ちました。 アダージョはふたりのダンサーの共同作業であるということを改めて認識させられました。 この部分で、ベテランの日本の男性ダンサーが、女性のサポートに遅れ、女性がバランスをくずし転倒寸前になったのを見たことがありますが、サポートに遅れるなんて最低。 「しっかり支えてやれよ!!」と叫びたくなった。かって森田健太郎が「女性が不安定になったとき、僕がさっと出て助けてあげたい」と言っていましたが、この気持ちこそ女性の支え役としての男性の最も大切なことだと思います。
 
また、アダージョで特に感心したのが、チェ・ユフィの回転がスムーズなこと。パートナーの男性は、女性の腰に軽く手を触れているだけ。自力でクルクルと回っていました。かって女性が腰を支えられて回転していたとき、女性の回転が止まりそうになって、パートナーの男性が、懸命に女性の腰を回していたのを見たことがありますが、見苦しいことこの上なかった。 これが有名バレリーナだっただけに「まじめにやれよ!!」と言いたくなりました。
 
アダージョがフィニッシュに近づくと、チェ・ユフィの額は, 滲み出た汗で輝いていました。これには思わず胸がジーンと熱くなりました。チェ・ユフィは一見冷静なようでしたが、実は、初めての「白鳥の湖」の主役ということで、かなり緊張していたのでしょう。 まずは「第一関門のアダージョが無事に終わってよかったね。お疲れ様!!」と声をかけたくなりました。
 
オディールのヴァリエーションには、ブルメイスティル版とプティパ版がありますが、チェ・ユフィのオディールのヴァリエーションはブルメイスティル版です。 プティパ版の方が、スローテンポな分、踊りやすく、それなりに見せ場も有るので、ほとんどプティパ版で踊られます。 ブルメイスティル版は、明るく優雅な雰囲気のプティパ版とは違った、オディールの怪しい雰囲気があります。最初にできたのはブルメイスティル版だそうです。 ブルメイスティル版は曲も速いですし、高度なテクニックや、運動神経の良さが必要で、プティパ版より遥かに難しいと言われており、ベテランでも失敗を恐れて敬遠しがちなので、踊られることが少ないのです。 実際、私はブルメイスティル版のヴァリエーションを踊った日本人ダンサーは、たまに発表会等で見かけても、日本のバレエ団の「白鳥の湖」全幕では見たことがありません。 この難しいブルメイスティル版のヴァリエーションにあえて挑戦したチェ・ユフィの勇気には拍手をおくりたい。
 
チェ・ユフィは、今まで見たことがないほど、妖しく、美しく、しかもエネルギッシュなオディールのヴァリエーションを踊りました。 冒頭のオデットらしく見せかける妖艶なポーズに続き、ピルエット、フェッテ、アティテュードが連続し、アティテュード・クロワゼでプリエする技術的に難しい踊りも難なくクリア。 グラン・バットマンで脚を頭より高く振り上げてもグラつかず、その後、エカルト・ドュヴァンのバランス〜アティテュードを数回、続いて手を前でクロスして横に羽ばたくアティテュードと ピルエットを繰り返し、ピケ・トゥールに180度開脚のグランジュテを2度加えて舞台を一周。最後のポーズもピタリと決めました。これらを全く不安を感じさせずに、さらっとやってのけたチェ・ユフィは凄いの一語に尽きます。
 
コーダの見せ場、32 回のグラン・フェッテ・アントュールナン。チェ・ユフィは、前半はダブルを交え、後半はシンプルなシングルで手堅くまとめ、寸分の軸足のブレやつま先のズレもなく見事身回りきったのは立派。 この場面、軸がブレブレで、上体が傾いたりバランスを崩したりしてハラハラさせられるバレリーナも多いけれど、チェ・ユフィは、緊張した様子はなく、笑みさえ浮かべた穏やかな表情で、余裕綽々なのです。よほど自分の技に自信を持っている証拠でしょう。 グラン・フェッテのフィニッシュで、勢いあまってわずかに後ろへ倒れかけたのはご愛嬌。むしろ必死に堪えた表情が魅力的でした。 グラン・フェッテを無事終えて勝ち誇ったような表情で、ピケトヒュール、シェネで軽快に舞台を飛び回り、王子に高々とリフトされてフィニッシュ。お見事でした。
 
チェ・ユフィのオディールには驚きでした。アリーナ・コジョカルの細くしなやかで気品あふれる可憐な容姿に、タマラ・ロホの類まれな超絶技巧といったバレリーナに最適な資質を備え、 太ももからトゥの先まで眩いばかりに美しい脚からは、ほのかな色気が滲み出ていて、妖艶な雰囲気を漂わせ、それでいて気品を失わないオディールでした。 本当に表現が愛くるしくて輝きがあり、オディール初体験という極度の緊張の中でも、終始、柔和な表情を失わないのは立派。これは、経験と人間的成長から獲得した貴重な技術と見るべきではないでしょうか。 ぜひ来日して、主役を踊って欲しいものです。 王子のYoung-jae Jungは、韓国国立バレエのGRAND SOLISTとなっていますが、プリンシパルではなくおそらくファースト・ソリストに相当するのでしょうが、将来のダンスールノーブルとして、なかなか良いダンサーだと思いました。 オデットをサポートした時の映像では、支えの腕の力にやや不安を感じましたが、オディールのサポートはとても良かった。 アダージョでは、汗だくになって、チェ・ユフィを支えていた姿に感心しました。チェ・ユフィも、彼を信頼してサポートを受けていたように見えました。 今後研鑽を積んで更に素敵なダンサーに育ってほしいと思います。
 
You Tubeの映像とは思えないほど鮮明で美しいのですが、カメラワークには、チョッと疑問。ダンサーの脚のような特定の部分のアップが多いのは品がない。 この結果、アラベスクやアティテュードのポーズで全身が映らないシーンもあり、台無しです。 バレエは芸術ですから、ダンサーの特定の部分だけを強調してアップするような、悪趣味とも思える撮影は謹んでもらいたいと思います。 ともあれ、チェ・ユフィのすばらしさを肌で感じた素敵な映像でした。KBSに元の映像が残っていたら、DVDにでもして売り出して欲しいものです。


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