38号                                                           2000年11月

 

 

書店員はスリップの夢を見るか?

 書店に勤務してる者には当たり前なので気にもとめないが、外側からみると「こんな本がそんなに売れてるのか!」と驚嘆するような本って、実はたくさんあるような気がする。

 先日星間宇宙船で話題になったのは、児童書の講談社青い鳥文庫でバカ売れしている、はやみねかおるの本である。実は知る人ぞ知るミステリのシリーズで、密かにおとなのファンもたくさんいるのだ。最近は「メフィスト」なんかにも書いており、ついには講談社ノベルスでも出てしまった。実は私も未読なのだが、いつかは読んでやろうと虎視眈々と機会をうかがっているのである。

 

今月の乱読めった斬り!

『あふれた愛』☆☆☆☆ (天童荒太、集英社)

 あの『永遠の仔』の著者の、待望の新作。が、これはミステリではない(『永遠の仔』だってミステリと言い切れない部分もあるのだが)。「愛」をテーマにした4つの中篇が収められている。

 愛は凶器である。諸刃の刃である。強く愛すれば愛するほど、器からあふれたその愛は相手を傷つけ、わかりあえず、思いはすれ違う。こんなに深く愛しているのに…。最初の3作は、そういった痛い話である。あまりに優しすぎて、ゆえに繊細すぎて、自分の心を痛めつけてしまい、病んでしまう彼ら。このテーマは、『永遠の仔』にも若干通じるところがある。あれは児童虐待に傷つく子供というあまりにも悲惨で異常な話であったが、この話は大人の、もっと身近な、自分の隣で起きていそうな話である。まかり間違えば、自分もこの登場人物みたいになっていたかもしれない。そんな紙一重の危うさを秘めている。本当に人の心は危うい。ちょっとしたはずみで、ガラス細工のように砕けてしまう。

 たとえば1作目の「とりあえず、愛」。私だって、この母親と同じく、高いベランダの上で生まれたばかりの娘を抱いていて、「ここで落っことしちゃったらどうしよう」といった想像をしたことは何度もある。のん気でアホな私はそんなことすぐ忘れるが、この登場人物の彼女はそんな残酷な想像をする自分が許せなかった。こんなに愛しい子に、時々恐ろしいことをやってしまいそうな衝動。そして、そんな妻を恐れ疑う夫。やがて徐々に悲劇は起こる。なぜ?どちらも、本当に家族を愛しているというのに。そこがまたなんとも痛い。

 2作目の「うつろな恋人」は、ストレス・ケア・センターの入院患者の中年男性と、かつてそこの患者で、今はその近くの喫茶店で働く少女との愛とすれ違いである。

 3作目の「やすらぎの香り」は、心に傷を持つ男女が、それでも精一杯支えあいながら生きていこうとする話。ふたりの一生懸命さと相手への思いやりが、けなげで胸を打つ。「がんばって」と心から応援してあげたくなる。きっと彼らなら、つらいことも乗り越えていけるだろうけど。

 4作目の「喪われゆく君に」。これは泣ける。ただただ泣ける。というか、読んでいたらいつのまにか泣いていた。前の3作はどれも愛ゆえに相手を痛めてしまうというつらい話なのだが、これは違う。ただひたすらに聖母のような、温かさと優しさに満ち溢れた、相手をまあるく包み込むような愛情。しかも、もう喪われた人への愛情。深く深く、心に染みる物語である。天童荒太はこんなに優しい物語も書けるのか。驚き。(ワタクシ的にはこっち路線が好みだなあ)

 よどみなく、流れるように読める文章の上手さはさすが。万人にお勧めしたい一冊。特に4作目は白眉の出来。この中篇を読むためだけでも買う価値がある。誰かを愛したことがある方、まだそういう相手にめぐりあっていない方、どちらも必読の傑作。天童荒太の「愛」、ぜひともご賞味あれ。暴力小説より、ずっとやさしい気持ちになれるよ。あったかいよ。

『海底密室』☆☆☆1/2(三雲岳斗、徳間デュアル文庫)

 さみしい。読後、本を閉じてため息をついた。そんなにまで、ひとは孤独な存在なのだろうか。

 『M.G.H.』(徳間書店)で日本SF新人賞を受賞した著者の、新作書き下ろしというふれこみ。読んだ感触も、『M.G.H.』によく似ている。あちらは、宇宙ステーションという密室での殺人だったが、今回は海底施設という密室での殺人と、シチュエーションも近いのだ。主人公の持つ端末の中に、擬似人格のようなものが存在する点もよく似ている。

 しかしこの作品は、SF色はかなり薄い気がする。どちらかというと、森博嗣の理系本格ミステリに限りなく近い感じ。『M.G.H.』のトリックはまだSF的だったが、今回のトリックは(以下ネタバレなので略)だし。

 深海4000メートルの海底実験施設《バブル》に、主人公のサイエンス雑誌記者、鷲見埼遊が取材に行くことになる。ここでは先日、職員が謎の自殺をとげていた。が、遊が到着するや、連続して殺人事件が発生する。しかも条件はすべて密室。いったい、この限られたメンバーの中の誰が犯人なのか?どういうトリックで?その動機は?

 遊と、その古い友人である御堂健人の人格をそのまま入れた端末が事件を解決してゆく、という点ではSF的か。パソコンやネットに常日頃親しんでいる私のような者には、非常にすんなり受け入れられる設定である。ごくごく近い未来に、こういったことが実際に起きてもなんの不思議もない気がする(実際この小説の舞台は、ほんの数年先の近未来である)。夢物語でなく、今の日常のすぐ隣にありそうな話である。

 ということは、この設定は非常に現実味を帯びているということだ。「連続殺人」といったものは別にして、だ。そもそのこの殺人からして、もとはといえば「現代人の孤独」が原因といえよう。人間同士のリアルなコミュニケーションが薄くなり、ネットやメールなどを通しての、バーチャルなコミュニケーションのほうが強くなってゆく。隣人よりむしろネットでつながってる友人のほうがずっと親しい、という状態に、あなたも心当たりはないだろうか。しかし、そこにはどこかぽっかりとした孤独がひそんではいないだろうか。

 これはたとえば村上春樹の描く孤独とはまたちょっと違う。彼の孤独は、「こんなに近くにいても触れててもどこか淋しい、人間は結局ひとりだ」、というものなのだが、三雲岳斗は、「さまざまなツールにより、現代人におけるリアルとバーチャルの距離感は大きく変化した。近くの人が遠くなり、遠くの人が近くになった。でも、そこにはなんともいいようのない淋しさが存在しないか」と問うている。この静かな問いには、胸を突かれる。

 話としては文句なくミステリなのだが、テーマのツボの突き方がSFという、実に稀有な一冊。「未来」というより、「今」を切り取った物語ではないか、と私には思えた。山田正紀の解説が絶妙。

『体は全部知っている』☆☆☆1/2(吉本ばなな、文芸春秋)

 「体」をテーマにした短篇集。13の話が納められており、3つ以外は皆書き下ろしである。

 吉本ばななって、こんなに淡白だったっけ?というのが正直な感想。昔の彼女の作品は、もっと鮮やかで華やかで、言いたいことがストレートに胸に飛び込んでくるような小説だった。イチゴショートのようにはっきりしていた(若かった、ということだろうか)。今の彼女は、懐石料理のお弁当のようだ。昆布だしがやさしい、あっさりとした口当たりの和食。それが少しずつじんわりと胸にしみてゆく、そんな感じを受けるのだ。

 さすがに13話もあると出来のよしあしが若干あって、「ちょっとこれは唐突では?」と思う話もいくつかある。とはいえ、それでも全部読み進むうちに、徐々にどこか心の芯がほわほわっとほぐれていくのが快感で、最後には「まあ、これはこれでいいか」ということに落ち着くのだが。

 私が特に好きなのをピックアップすると、「田所さん」「ミイラ」「サウンド・オブ・サイレンス」。「田所さん」は傑作。心がささくれだって、ゆとりを失った時に読んでみたい一篇だ。用もない(というか社員でもなんでもない)のに、毎日出社してきて、ちょっとしたみなの手伝いをしていくおじいいさん。「ビルの谷間の小さな花壇」みたいに、ちょっとそこに存在するだけで、周りの人の心をなごませる田所さん。そんな彼に向ける著者のまなざしの何とやさしく温かなことよ。誰かにやさしくするということは、要するに自分の心が豊かに満ち足りた気持ちになることなのだな、とふと思う。

 「ミイラ」はかつて、20代になる直前だった「私」が、近所の顔見知りの青年宅に数日軟禁された体験という、ちょっとぎょっとするような、ものすごく奇妙な話である。が、妙に感性のみが鮮やかに研ぎ澄まされた話で、惹きつけられた。

 「サウンド・オブ・サイレンス」は、昔の著者の作品を思い出させるような話。実は自分は養女だった、といった血縁関係の話だ。でも昔のように直球的に書くのではなく、わざと輪郭をぼやかした感じに書いており、ああ、著者の上を時間が通り過ぎたのだな、と思った。そして私の上にも。

 昔のイチゴショートも好きだったが、こういう淡白な和食も悪くない。何よりカラダに心にやさしい、そんな気にさせられた一冊。

『少年たちの密室』☆☆☆1/2(古処誠二、講談社ノベルス)

 むむむ、と腕組みをしてうなりたくなるような本格ミステリの傑作。うまい。推理の展開の仕方、話の運び、そして何よりキャラの存在感。小説の人物に、これほど強烈に暗い怒りを覚えたのは、ひさびさである。読了した直後は、本当にムカついてムカついて、この怒りをどこにぶつければいいのだ!!と身もだえするほどであった。架空の人物に怒ってもしょうがないのだが。

 もちろん架空の話だが、9月某日、東海地震が発生し、たまたまマンションの地下駐車場にいた6人の高校生と担任教師1名が、そこに閉じ込められてしまう。が、その6人の間には、緊迫した憎悪が渦巻いていた。あるひとりの少年を中心として。この少年が、不良などというカワイイものではないのだ。低俗で性根の腐りきった悪党。弱いものを狙い、暴力にモノをいわせる、最低の、人間のクズ。

 そんな不快な汗がじっとり出るような緊迫した暗闇の中、一人の少年が瓦礫で頭を打って死亡する。事故か?殺人か?殺人だとしたら、この中の誰がどうやって?

 駆け引きと推理が交錯し、それが実に周到に組み立てられていて圧巻。ミステリの部分については、もう何も言うことなし。彼らと共に埃と冷や汗と喉の渇きを感じつつ、じっくり推理し、犯人を当ててみてほしい。たいがいのミステリ読みには、満足の出来だということは保証する。

 ああそれにしても!人間の暗い感情を描くのがなんてうまいのだろう、この著者。この吐き気のするような悪意。自分の欲望しか見えない、利己的な人間。思い出しても虫唾が走る。主人公のやりきれない思いが痛い。どうか、こんな話が小説の中だけであることを祈るのみだ。

『神狩り』☆☆☆☆(山田正紀、ハルキ文庫)

 あまりにも有名な、山田正紀衝撃のデビュー作。もう25年近く前の作品である。が、現在読んでも全く遜色ない。私にとっては、山田正紀初挑戦である。

 結論。山田正紀のファンになりました(笑)。いやあ、これでデビュー作ですか!当時、どれほど驚かれたかが容易に想像できる出来栄えである。なにしろ文章が抜群にうまい。華がある。ハードボイルド系のカッコよさ。ほんのワンセンテンスでも、うーむとうなりたくなるくらい、うまいのだ。

 若き天才学者、島津は、あるきっかけで《古代文字》を研究することになる。ところがこれが研究すればするほど、わからないというシロモノであった。これは人間の英知をはるかに超えている。そう、まさに神の言葉…?これを解読すれば世界を牛耳れるという野望に取り付かれたある組織に彼は拉致され、研究を強要される。やがて、彼はそこを脱出した後、数人の仲間と「神」の正体を暴くべく戦いを始めた…。

 地球すべてを、邪悪な神の意思が覆っており、人間は所詮どこまでいっても釈迦の手のひらから出られない孫悟空、という発想は本格SFとして申し分ない、というのはすでに既読の皆様の評価の通りでしょう。神という、ともするとマユツバ的な荒唐無稽の大ウソの大風呂敷を広げているのに、思わず知らず納得させられてしまう。この圧倒的説得力はどこからくるのだろう。読者を自らの論理に巻き込むというテクニックの、実に優れた作家ではないだろうか。このSF的発想、読者をぐいぐい引き込む文章のテンポのよさ、そして主人公の青年が仲間を失いつつもひとりで戦いを挑んでゆく、というまさに一匹狼的ハードボイルドストーリー、この3拍子の意気が絶妙。

 惜しまれるのは、さあこれから、というところで話が終ってるところだが(泣)、この大風呂敷の広げ方に成功しているのだから、SFとしてはオッケーなのでしょう。ワタクシ的には、起承転結の結まで読んでみたかったところだが。

 堪能させて頂きました。山田正紀、おそるべし。他の作品も、おいおい読んでゆきたい。

 

特集 倉知淳

 「ミステリにとって私が重要だと考えるのは、ユーモアと温かみと論理です」と(倉知淳は)言い切られた。(『星降り山荘の殺人』講談社文庫、西澤保彦の解説より引用)この一言が、彼の作風の全てを物語っている。飄々とした軽い語り口のユーモアの衣をまといながら、実はその芯に隠された驚くほどの精緻な論理で読者をあっと言わせる本格ミステリ。これこそが彼の魅力なのだ。今回の特集は、私の愛してやまない作家、倉知淳の作品を初出順にご紹介しようと思う。


『日曜の夜は出たくない』(創元推理文庫、98.1月刊)

 もしあなたが倉知淳の本を一冊も読んだことがないのなら、まずはこのデビュー作(といっていいだろう)を読んでみて欲しい。これこそが彼の原点であると思うから。彼のユーモアと、たぐいまれな骨太の本格ミステリ精神がバランスよく出ている傑作である。

 探偵役は「猫丸先輩」というキャラ。これがもう、サイコーにいいのだ。好奇心の固まりで、いつも違う仕事をしているという、マイペース人生を送る謎の男。童顔で一見年齢不詳、奇人変人、傍若無人、どこにでもふらりと現われては、難事件をあっという間に解決してしまう。ここに登場する7つの事件を見事に解いてしまう、彼の手腕をご覧あれ。

 この本を最後まで読んだ読者は呆然とするはずだ。これでもか、これでもかというダブルパンチの仕掛け。これには本当にまいった。もったいないのでこれ以上書きません。とにかく私はノックアウトされました。彼の「してやったり」という笑顔が、行間から見えるようなラストです。いやはや彼の本格ミステリに賭ける矜持はハンパじゃないぞ、というのがよくわかる1冊。

『過ぎ行く風はみどり色』(東京創元社、95.6月刊)

 これは長編である。ある一家に起きた、密室殺人の謎を、またまた猫丸先輩が解決する。が、前作とはちょっと雰囲気が違う。というのは、重要な語り手のひとりである左枝子という女性が、今時ちょっと珍しいほどのピュアで美しい心の持ち主だからである。猫丸先輩は脇役に近い。そのため、ユーモア度はかなり低めで、かわりに彼女のかもし出す静謐な空気が物語に漂っている。

 オカルトがからむ、不思議としかいいようのない殺人事件に、合理的解釈でもって謎を明らかにしてゆくさまはいつものごとく。人間の愛憎が出るラストに、しみじみしたものを感じる一篇。謎解き、というより人間劇のような手触りを感じるミステリである。

『占い師はお昼寝中』(創元推理文庫、00.7月刊)

 著者のやさしさ、温かさがもっともよく出ている、ほのぼの系ミステリ連作集。

 こちらは心優しきインチキ占い師(笑)、辰寅叔父さんが安楽椅子探偵役。彼は、怪異現象に悩んだ末に「霊感占い所」に訪れるお客さんたちの話をまずふんふんと聞いてあげる。それだけでその現象のからくりを見事に推理して解き明かし、でも本人にハッキリ告げるわけではなく、「ご神託」としてそれとな〜く解決してあげるのだ。

 本当にぐーたらでどうしようもないナマケモノの叔父だが、頭の冴えはぴっかぴか。その冷静な推理には、あっと驚く。しかも、ずばりと真相を告げるというわけでなく、当人も気がつかないくらい、さりげなく解決してあげるというところが実に心ニクイのだ。好感の持てるキャラつくりのうまさがここでもよく出ている。

 何もかもわかってしまうから、人の心の裏の裏までイヤでも見えてしまう。彼はそれゆえの諦観をそっと胸に秘め、俗世を捨てたような生活をしているのか(蛇足だが、この「世界の傍観者」的な性格は猫丸先輩にも酷似している)。この辰寅叔父の続編をもっと読みたいものだ。

『星降り山荘の殺人』(講談社文庫、99.8月刊)

 …や〜ら〜れ〜た〜!!!(笑)まいった。降参です。文句ナシの☆5つです満点です。「重要な伏線がいくつか張られている」とか「その説に誤りはない」とか、各章のはじめに著者がきちんと正当なヒントを与えてくれているにもかかわらず、見事にひっかかっちまったぜ!!ああくやしい!見事に一本取られた。

 いかにも講談社ノベルス(最初はノベルスで発売)らしい、本格推理の一冊。なんたって、雪に閉ざされた山荘での連続殺人、というお決まりの設定ですから(笑)。が、ちょっと趣向が変わっているのは、すべての章の筆頭、四角で囲った枠の中に、著者からのヒントが書いてあるのだ。たとえば冒頭からの引用。「まず本編の主人公が登場する 主人公は語り手でありいわばワトソン役 つまり全ての情報を読者と共有する立場であり 事件の犯人では有り得ない」。もちろんこれはフェア。ウソ書いてない。全ての手札を著者は読者に提示しているのだ。で、「さあ、あなたには犯人がわかるかな?ふっふっふ」という、つまりこれは倉知淳からの、真っ向勝負の挑戦状なのだ!!

 これでも気をつけて気をつけて読んでたんですよお。なのにね、なのにやっぱり、ひっかかっちゃったんです!(涙)ああ、あの犯人がわかったときの、スコーンと場外ホームランくらったようなショックときたら!!茫然自失。夜中にもかかわらず絶叫。地団太踏んでくやしがりましたとも、ええ!

 しかも彼らしいユーモアが随所にあふれてて、おっかしい!主人公の徹底した虐げられぶりなんかも笑いを誘うが、中でも星園詩郎という人物がサイコーにヘン!超ドハンサムで、めちゃキザったらしい。これってなんかミッチー王子(及川光博)そっくり、というかほとんどモデルに使ってないか、倉知淳?(笑)読んだ方、そう思いませんでした?賛同者求む!

 とにかく未読の方は読んでみてくださいまし。そして、スコーンとだまされてくださいまし!このくやしさを共有しようではありませんか!(笑)

『幻獣遁走曲‐猫丸先輩のアルバイト探偵ノート‐』(99.10月刊)

 『日曜の夜は出たくない』の続編といった雰囲気の1冊。猫丸先輩大活躍の巻〜(笑)。彼がさまざまなアルバイト先で出会う、5つの謎を解くという趣向。

 『日曜〜』は割とシリアス系の話が多かったが、こちらはどこかマンガチックで、思わずへなへなする脱力系(笑)。謎が解けた後、思わずくすりと笑ってしまうような、ほのぼのした話たちである。著者のユーモア感覚が、随所にあふれる連作集。もちろん、猫丸先輩の推理の冴えはあいも変わらずだが、それよりも彼の荒唐無稽な活躍ぶりをおおいに楽しんでいただきたい。軽〜い、笑えるミステリを読みたい!という方には最適の1冊。

『壺中の天国』(角川書店、00.9月刊)

 はっきり言って、これ、おたく万歳本です(笑)。おたくで何が悪いんじゃ!何の楽しみもない大人になっちゃうより、幾つになっても自分の好きなことを極め、楽しむヨロコビを知っている大人のほうがゼッタイいいよ!という著者のメッセージには賛成。ただし、フツーの社会生活を営める程度にね(笑)。

 主人公の知子は、私とほとんど同い年くらいの未婚の母。10歳になる愛娘と、実の父(娘にとってはおじいちゃん)と3人で、ほのぼのと暮らしている。静かな地方都市の、なんてことないのんびりしたこの町で、ある日、連続通り魔殺人事件が発生する。

 電波な怪文書が出てきたり、先ほども述べたおたくな人々がぞろぞろ出てきたり、主人公一家のあったかぶりにほのぼのしたり(その隙間に殺人が起きている)。そういった細部の面白さにすっかり目がいってしまい、これがミステリだということを、ラストまでほとんど忘れてました。あれが全て、全て伏線だったとは!ああ、またしても著者の術中に。ここまで巧妙に練られた本格ミステリだったとは!

 著者はやっぱりいろいろ仕掛けしてますからね、どうかひっかからないよう、注意してお読みくださいませ。おたくうんぬんや、アットホームな雰囲気に、ついついまったりとしちゃいますが、惑わされるなかれ。これがテーマじゃないんだな、実は。本書はやっぱりれっきとしたミステリだと私は思います。著者はね、ちゃんとヒントをくれてるんですよ。それは…この本のタイトルです。


 これ以外にも、『競作 五十円玉二十枚の謎』(創元推理文庫)にて、佐々木淳のペンネームでリドルストーリーの解答を書いており、見事若竹賞を受賞している。これも例の猫丸先輩が出てきて、笑わせ&うならせてくれる一篇。
  

 

ダイジマンのSF出たトコ勝負!

  世の中、何がどう転ぶか分からない。こんなに暑い、いや、熱い季節になろうとは…。もちろん、SFの話さ。SF読者獲得の為、秘密裏に暗躍する地下組織の活動が功を奏したから、かどうかは定かではないが、ともかく出版状況の好転振りは驚くばかり。ま、コアな層に関しては、昔も今も大幅な増減って無かったと思うのだけど。

 とりあえず、自分用に記録を残しとかないとワケ分からなくなるゾ。

 日本SF活性化の震源地、角川春樹事務所は、ハルキ文庫にて9月から文庫内叢書〈ヌーヴェルSF〉シリーズを新設。〈SFスタンダール ヌメロ〉〈SFクラシック〉と分化し、刊行点数を大幅に伸ばし続けている。同社主催の小松左京賞も、10月遂に選考結果発表。第1回受賞作、平谷美樹『エリ・エリ』は、単行本にて11月下旬出版。SFセミナーにて怪気炎を上げた角川春樹の予言は、自ら成し遂げる確信を秘めたものであったのか。

エリ・エリ

 新人の登竜門無くしてジャンルの隆盛無し。一足先に発足した日本SF新人賞(主催/日本SF作家クラブ)の第1回受賞作、三雲岳斗『M.G.H.‐楽園の鏡像‐』(徳間書店)は6月に単行本化。

M.G.H.

 またそれに先立ち、〈SFJapan〉00号にも一挙掲載された。3月発売の〈SFJapan〉は、紙媒体としては〈SFマガジン〉に続く、待望の専門誌誕生である。〈SFアドベンチャー〉休刊以後、かろうじて日本SF大賞の後援として名を留めるのみであった徳間書店は、これにてSFシーンへ復活の狼煙を上げる。その後、10月に第2号(01号)を無事刊行。年2回刊のペースを活かした、じっくりと特集を組み上げる雑誌として号を重ねることを期待する。

SFJapan00 SFJapan01

 文庫・新書共に創刊ラッシュで各社しのぎを削る中、徳間書店はさらに《徳間デュアル文庫》で参入。8月の創刊ラインナップ6点にしても、以後の新刊を見ても、今のところ完全にSF文庫路線である。

 9月第2弾では三雲岳斗の新作と、青木和『イミューン ぼくたちの敵』及び、杉本蓮『KI.DO.U』の日本SF新人賞佳作入選作も同時刊行。路線に合った賞を創設した角川春樹事務所に、賞に見合った器を用意した徳間書店。これを当然とばかり言えないのだから、両社の姿勢は評価されて良い。

 かつて国内SFの牙城として君臨した徳間書店は、その厖大な財産と新たな才能取り交ぜた攻勢により、新時代のエンターテインメントの出現を試みる。従来のヤングアダルト文庫よりも、デュアル文庫は若干上の世代の読者をターゲットにした感あり。しかし考えてみるとこの若き読者層こそは、時に漫画家の口絵・挿絵を多用し、肩の凝らない通俗娯楽物にて本格中心の銀背と差別化を図った、30年前のハヤカワ文庫創刊時に狙った年代層と重なるのではなかろうか。

 そのハヤカワ文庫では、30周年記念企画が各種催され注目を集めた。中でも9月に発表開催された、読者アンケートによるリクエスト記念復刊フェアでは、当〈銀河通信〉の支援キャンペーンでも希望の多かった作品が、アンケート上位に幾つも登場。最多得票のゼナ・ヘンダースン『果しなき旅路』を筆頭に、名のみ高く入手困難だった作品の復刊へと結実した。

 また、99年の『アルジャーノンに花束を』と共に“まず文庫落ちしないよな”と思われた双璧、ダン・シモンズ『ハイペリオン』がよもやの文庫化。この場で文庫オリジナル翻訳作品の個々に言及する余裕は無いが、創元SF文庫の中村融編訳『影が行く』に始まる、驚きの海外SFアンソロジー・ラッシュという新たな動きは頼もしい。

 《異形コレクション》は光文社文庫で再スタート、多角経営化を進めるし、イキのいい作家たちは電撃文庫で大活躍。内外共に触れるべきは山積みなれど、どこから切り込みゃいいのやら。さあ、楽しもう! 夏への扉はすぐそこだ!!

 

あとがき

 ああ、も、申し訳ありません〜(と何度書いたことか!)もはや、発行の遅れる本に文句を言う権利ないですな、私。でもそれなりに頑張って作った号(のつもり)です…。 (安田ママ)


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