『天才はつくられる』☆☆☆☆ 眉村卓 角川文庫(S55.5刊、現在品切れ)

 かわかみさんおすすめの一冊。いやあ、面白かったです。テイストは先日読んだ『ねじれた町』に似てていかにも少年ドラマシリーズですが、とにかく話がスピーディ!いきなり超能力全開炸裂なのよ!(笑)あー、気持ちいい!おいおい、そんなにカンタンに超能力が身についちゃっていいのか?というツッコミもありますが、まあそれはおいといて。最近の小説は、じっくりディテールを書き込んでじわじわ話を進めるという形式が非常に多い気がする。なかなか展開が進まない、みたいな。それに比べてこの小説!まるで直球ストレート!あっという間に読み終わってしまった。

 中学の図書委員会の史郎が、図書館の本を整理していて見つけた、なんだか妙な一冊の本。発行所も、定価も奥付もない『学習教程』というその本は、なんと超能力を身につけるための教科書だった!彼は半信半疑でそのとおりに学習してみた。すると、本当に超能力を会得してしまったのだった。が、そのために彼はその本を作ったとおぼしき、中学生の超能力組織に狙われる羽目になる…。

 ひと昔前の中学生の気持ちや行動が、とても初々しくていい。まっすぐな正義感。読んでて非常にすがすがしい気持ちになる。清潔感あふれる爽やかな超能力戦争SFとでもいおうか(なんだそりゃ?)。

 この本に収められているもうひとつの中篇は「ぼくは呼ばない」。ある日突然、あらゆる女性にモテまくるようになってしまった純真な高校生男子が主人公。いやあ、この子も全く初々しくてカワイイのだ!(笑)お姉さん、頭なでなでしたくなっちゃうよ!(あー、u-kiさんモード入ってる?)でも話はそんな生易しいモテ方ではなく、もはや殺人的なのだ。最後には何千人もの大群衆に追っかけられちゃうんだから。ちょっと笑っちゃう設定ですが、とにかく主人公とそのペンフレンド(!)という女の子の清純さがイイです。

 この話、ふたつとも私が1歳の時に「中1・中2コース」「高2コース」に書かれたものだそう。いやあ、なんか感慨深いものがあるなあ〜。それにしても、そんな昔に書かれた話なのに、今でも本当に面白く読めるというのはすごいと思う。ぜひぜひこの本、復刊してくださいよ、ハルキ文庫さーん!!

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『りかさん』☆☆☆ 梨木香歩 偕成社(99.12月刊)

 梨木香歩の作品を読んだのはこれが初めて。ジャンルとしては児童文学だが、もちろんオトナが読んでも十分楽しめる内容。いや、大人にこそ読まれるべき話かもしれない。ほわほわした甘いだけのファンタジーではなく、どこか苦味がある。

 小学生の女の子、ようこが主人公。友人が持っているのを見てどうしてもリカちゃん人形が欲しくなり、おばあちゃんにねだったところ、やってきたのは「りかさん」という名前の日本人形だった。がっかりしたようこだったが、実はこの「りかさん」はとても不思議な人形だったのだ…。

 おばあちゃんの言うとおりに、りかさんの世話(ご飯をいっしょに食べたり、朝晩着替えをさせたり。ああ、なんか懐かしいなあ!)をするようこ。すると、なんとりかさんは、ようこに話しかけてきたのだ。さらに、ほかの人形たちの話しているのも聞けるようになる。そこには人形たちの実にいろいろと複雑な思いがこめられていた。

 ようこと、ようこのおばあちゃんである麻子さんは、りかさんを通してさまざまな不思議な体験をする。わいわいもめてる雛人形たちの騒ぎを収めたり、どうもおかしな様子の友人宅にある汐汲の人形を預かって、その秘められた謎を解明したり。

 私も昔さんざん人形遊びをやったクチなので、この物語には違和感なく、すんなり入れた。心をこめてかわいがっている人形と話ができるなんて、いいなあ!いやもしかしたら、私も昔、こんなふうに人形と話していたのかもしれない。もう忘れてしまっただけで。

 が、この物語に私はどこか怖いものを本能的に感じるのだ。うまく説明できないのだが、りかさん以外の古い人形たちのセリフや行動、アビゲイルという西洋人形の悲惨な話など、物語に漂う空気がどことな〜く不気味なのだ。怨念みたいなものを感じるのだ。私が今子供だったら、夢に見てうなされたかもしれない。人形たちの描写があまりにうまいので、それをまるで目の前で見ているように感じるからかもしれない。著者は、目に見えないもの、実体がなく心でしかとらえられないものを描くのに長けていると思う。が、それがなんだかねっとりした濃い暗い情念のように感じられるのだ。人形と女の子の心の交流、というファンタジーに見せかけて、実はこれはものすごく怖い話なんじゃないか、という気がしてならない。

 とりあえず、この著者の他の作品も読んでみようかな。

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『永遠の仔』☆☆☆1/2 天童荒太 幻冬舎(99.3月刊)

 やっと、やっと、ギリギリセーフという感じで読破。いや、どうしても今年じゅうに読みたかったので。とにかく今年はこの本の話題でもちきりでしたからね。テレビ「王様のブランチ」でブレイクし、直木賞候補にあがるわ、でも誰でもが取ると思ってたのに外れるわ、このミスでは1位になるわ、というものすごさ。あ〜、でも前評判をあまりに聞きすぎてから読むのってちょっとアレね。先入観が入って、構えてしまうわね。

 内容は巷の評判どおり。児童虐待がテーマ。子供の頃、親によって心に深い傷を負った優希は、児童精神科のある病院に入院させられ、そこでジラフ、モウルというあだ名の少年たちに出会う。これがすべての悲劇の始まりだった。彼らの過去と、それから17年後に再会してからの現在が、微妙に絡み合いつつ、交互に語られる。彼らが過去に犯した罪。そしてそこから引き起こされる、現在の罪。

 なんかもう読んでてつらいことばかりで、ひたすら悲劇につぐ悲劇だった。誰も彼もが苦しみ、傷つき、落ちてゆく。が、なんといってもかわいそうなのは、なんの罪もないのに傷つけられる子供たちだ。大人の都合に振り回され、でもすべて自分が悪いのだと心を痛め、どんどん自分を追い込んでしまう彼ら。大人たちのあまりの身勝手さ、鈍さに激しい怒りを覚える。なぜ、子供たちがこんなに傷ついてるのに気づかないのだ?子供を、自分と同じ人間だと思っていないのだろうか?ひどすぎる。

 彼ら3人のたったひとつの望みは、自分のありのままを誰かにまるごと受け入れてもらうこと、ただそれだけだったというのに。「生きていてもいいんだよ」。そのたったひと言をもらえなかったがために、ここまでどん底の悲劇が起きてしまうとは。人間がいかに脆く弱く、誰かの愛なしには生きてゆけない動物かというのがしみじみわかる。そう、著者は児童虐待による悲劇をこれでもか、というくらい痛烈に描きながら、実は人間が生きてゆくために一番必要なものは何か、ということをじわじわとあぶり出しているのだ。それは、自分という存在を認めてもらうということだ。それだけのことが、いかに重いか。ああ、人間って、なんてさみしい生き物なんだろう!

 これはミステリというジャンルをはるかに超越した物語である。「あ、ミステリぽい」と思ったのはラストのほう、ちょこっとだけだった。内容は全然違うけど『秘密』(東野圭吾)を思い出すような感触。この頃、こういう小説増えましたね。純文学とミステリ、両方にまたがってるというか。どっかの審査員は「長すぎる」と文句をたれていましたが、ワタクシ的にはちっとも長いとは感じませんでした。ダレないし。ぐいぐい読ませます。この分量は必要です、この話の場合。非常に力量のある作家だと思います。直木賞、あげたかったです。

 (余談ですが、この表紙の彫刻(ですよね?)はあまりに話にぴったりで本当に驚いた。まさにあの3人のイメージそのまま!)

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『グッドラック』☆☆☆ 神林長平 早川文庫(99.5月刊)

 下記の『戦闘妖精・雪風』の続編。といっても、なんと15年のブランクがあるのだ!確かに設定は前作のままなのだが、この2冊は全くタッチが違う。同じ著者とは思えないくらい。前作が歯切れ良く爽快な、テンポのよいSFだったのにくらべ、こちらはどんどん自分の中へ中へと思索を深めていくといったSFなのだ。SFというよりまるで、「…とはなんぞや?」といった哲学の問題を解いてゆくようだ。

 あのラストをそのまま引き継いで、深井零が登場する。彼のその後が語られるのだが、前作のように戦闘シーンが出てきて活躍するという描写はほとんどなく、むしろ体は動かず、心の中の葛藤を繰り広げると言った感じ。今回の戦闘の舞台は、彼や他の登場人物の頭の中、心の中なのだ。まず、零自身の心の変化、さらにはジャムと雪風の変化が物語をさらに複雑にしてゆく。

 彼らの抱える問題は、まず第一に「ジャム」である。全く未知の異星体。これをどう解釈し、これにどう立ち向かうか。この問題が、前作にもましてさらに深く掘り下げて考えられる。第二の問題は「雪風」。前作ではさながら零の恋人のようだった彼の愛機、雪風が、驚くべき変化を遂げる。零は自分が雪風にどう対峙すべきかを悩み続ける。人間と機械と異星体。この3つの関係を、著者は考えつつ考えつつ筆を進めている。自分の内へ向かってゆく、こんなSFを読んだのは初めて。

 ラストはまたもやおおっ!そりゃないよ!という展開。これの続編は出るのでしょうか?書いてください、神林さん!あと15年でも(笑)待ってますから!

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『戦闘妖精・雪風』☆☆☆☆ 神林長平 ハヤカワ文庫(S59.2月刊)

 失礼ながら、もっと読みにくいSFかと想像していた。が、思っていたよりずっとラクにするする読めてしまった。彼の文章は歯切れがよく、一切の無駄がない。戦闘シーンのスピーディさ、簡潔さは臨場感にあふれ、実に爽快である。人物も非常に魅力的である。

 これは、(どこにも書いてないが)近未来の地球だろう。30年ほど前、地球はジャムという正体不明の異星体から攻撃を受けた。以来、そのジャムと戦うべく、地球人は防衛軍を組織し、南極点にある通路を通過した未知の惑星、フェアリィにおいて、戦闘を続けていた。が、よその惑星で戦っているため、いつしか地球人にとってジャムの存在は希薄になり、防衛軍だけが孤立して戦っているといった状態に陥っていた…。

 その、はぐれ者ばかりの寄せ集めのような軍隊で、零は「雪風」という名のシルフィード―高度な電子頭脳を搭載した戦闘機―に乗っていた。彼の指名は、ただ戦闘を記録するだけ。戦いには参加しない。たとえ、味方が全滅しようとも。

 零は、雪風以外のものを信じない。冷静沈着、というより、心まで機械になってしまっているかのよう。この物語の中で、繰り返し問われるのは人間と機械との関係である。機械を作ったのは人間だ。が、機械はもはや人間の能力をはるかに超えてしまっている。機械とは、いったい何なのだろう?人間は、機械と言うものをどう把握し、どう距離を取ったらいいのか?友なのか、敵なのか?人間は、この戦いに必要な存在なのか?零は、戦いに人間は必要だと心で叫ぶ。だがそれは真実なのか?さまざまな疑問が次々に溢れ出す。

 よその惑星のなんとも奇妙でぞっとする描写、異星体との遭遇など、SFテイストたっぷりで楽しめる。「インディアン・サマー」や、「フェアリィ・冬」などの人間描写も素晴らしい。「ぼくは…人間だよな」というセリフの、どうしようもない切なさ。

 ぽんと突き放したラストにも驚愕。ネタバレなので、これはナイショ。読んで下さい。

 メカメカしたSFはどうも苦手、とおっしゃる方にもぜひオススメしたいSF。堪能できます。考えさせられます。なぜなら、今現実に、私たちと機械(コンピュータ)は、もはや切っても切り離せない関係にあるのですから。

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『青の炎』☆☆☆1/2 貴志祐介 角川書店(99.11月刊)

 犯罪者側から書かれたミステリ。だが、これは辛い。なんともどうにもやりきれない。読後、重い溜息が出るような話である。なぜなら、この犯人はまだ高校生なのだ。「怒り」という青い炎に飲み込まれてしまった彼があまりに哀れで切ない。

 彼は母と妹を守るために、自分の手を血で染めることを計画する。もちろん、これを正義という名のもとに実行していいものか、彼はさんざん悩みあぐねる。彼の葛藤がまた痛く、辛い。このあたりの描写は実に巧み。殺人対象の相手の描写も、実にブキミでいいようのない恐怖をかもし出していて(読んでてちょっと『黒い家』の犯人を思い出してしまった)、彼が殺人に至るまでの心情を素直に共感できる。彼の、ごくごくフツーの平凡な高校生という立場もうまく書いている。友人もいれば、恋もする。そう、彼は本当なら殺人などという大それたことをするような少年ではないのだ。ただただ、これは運命のいたずらとしか言いようがない。

 そして、彼はついに殺人を実行してしまう。が、その直後から、彼は自分の犯した罪に押しつぶされる。たとえ隠し通すことができても、一生この殺人の罪から逃れることはできない。そしてさらなる悲劇が…。

 確かに彼は、してはならない罪を犯したのだけれど、私には彼が悪かったとはどうしても思えない。彼がそうせざるを得なかったということが痛いほどわかるから。でももちろんどんな理由があれども、殺人はしてはならないこと。この矛盾が読者の心をふたつに引き裂く。

 あまりにあまりなラストに、胸が痛くてたまらなかった。本当にやりきれない。これはある運命に翻弄され、暗い感情に抗うことができなかったひとりの少年の悲劇といえるだろう。ミステリという枠に入れる必要はない小説かも。

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『象と耳鳴り』☆☆☆☆1/2 恩田陸 祥伝社(99.11月刊)

 待望の、待望の恩田陸の新刊!待っていたわよ、恩田さん!しかもこれはずいぶん唐突に出たのでびっくり!書店員も知らなかったぞ>出るって話。

 これは純然たる本格推理短編集。あとがきによると、著者の本格ミステリへの憧れが、これを書かせたようだ。たとえば、「待合室の冒険」などは、かの有名な『九マイルは遠すぎる』を下敷きにして書かれている。いつも思うのだが、彼女は、こういうどっかからもらったヒントを自分流にアレンジして、彼女なりの話を作ってしまうという技が非常にうまい(『光の帝国』しかり)。で、今回もこの試みがよく成功してるのだ。全編を通して、どことなく、海外ミステリの古典みたいな古めかしい空気がある。他人の放ったたった一言の言葉から悪事を暴いたり、数枚の写真からその人の人となりを推理したり、姪との手紙のやりとりからある事件の謎を解いたりと、本格ファンもうなる謎解きがたっぷり楽しめる短編集である。

 が、やはり恩田陸だなあと感嘆せずにいられないのは、謎が提示されて、ラストにそのトリックが説明されて、普通のミステリならああすっきりチャンチャン、で終わるところが単純にはそうならないところだ。彼女の話でも、確かに謎は解明される。だが、それが真実とは限らない。ぼかしたり煙に巻いたり、解決されたらさらに謎が深まってしまったり。まるで出口のない迷路に迷い込んだよう。そして、読者はいつまでもそこから出ることはかなわず、心の中に小さな疑問がいつまでもチリチリと残ったままである。この余韻が、実に恩田陸なのだ。音楽で言うならリフレインがいつまでも残って耳から離れない、そんな感じ。なんともいえないあいまい感、これこそが彼女の醍醐味である。

 あとは彼女お得意の、心理的ぞわぞわ(ってひどい言い方だなあ。ボキャブラリなさすぎ>自分)。胸の奥がざわざわするような独特の雰囲気がなんともいえない。あの『六番目の小夜子』『球形の季節』にみられたような、形のない、いいようのない感覚。それは恐怖などという単純な言葉では表せない何か、である。『給水塔』のラストは絶品である。『魔術師』も、都市伝説というモチーフを使った、このぞわぞわが効いている。

 ミステリファンならゼッタイ絶対ぜったい読んで欲しい一冊。太鼓判のオススメ!!

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『覆面作家の夢の家』☆☆☆☆ 北村薫、角川文庫(99.11月刊)

 北村薫の、覆面作家シリーズ最終巻。ああ、もう千秋&良介コンビに会えないと思うとさみしいわ。ファンの期待を裏切らない、いい出来でした。たっぷり楽しませていただきましたよ、北村さん!

 北村さんのすごいところは、まずやはり語り口のうまさであろう。「私」シリーズは、純文学的とよく言われるが、非常に詩的で上品な語り口である。が、この覆面作家シリーズは口調が徹底的におちゃらけている。落語にだじゃれ、思わずくすっと笑ってしまう掛け合いが実に軽妙でうまい。思わず、「今のしゃれ、座布団一枚!」と声を掛けたくなるほどである。

 だが、この軽さにだまされてはいけない。実はこれは、口当たりはいいが、マジな本格ミステリなのである。ふわふわっと口でとろけるスフレが、実はものすごくカロリーがあるヘビーなお菓子だった、みたいなもんでしょうか(笑)。3つの中篇が入っているのだが、どれも純粋な謎解きの醍醐味を味わえる傑作ぞろいである。たとえば、一篇目の「覆面作家と謎の写真」。東京ディズニーランドに行ったときの写真に、どうしてフロリダのディズニーワールドにいるはずの人間が写っているのか?こんな、一見簡単そうにみえる謎なのだが、さっぱりわからない。で、その謎を覆面作家、こと千秋さん(このキャラも最高!爆笑の2重人格娘なんだよねー。徹底した外弁慶なの)がさらりと解いてしまうあの驚き、爽快感!一瞬呆然として、「やられた〜」と自分のおでこをぴしゃりとたたきたくなる、そんな感じ。「ふふふ、ひっかかったね」とほくそえむ北村さんの顔が目に浮かぶようだ。特に2篇目の「覆面作家、目白を呼ぶ」などは、この語り口にうっかりごまかされるが、実は人間の感情の暗い部分を描く、かなりシリアスでヘビーな話である。この謎解きにもあっと言わされた。「覆面作家の夢の家」に至っては、もはや手も足も出ませ〜ん。

 解説で有栖川有栖さんも似たようなことを書いてるのだが(蛇足ですが、この解説は絶品です。素晴らしい。北村薫がいかに本格作家であるかを見事に証明してくれています)、北村薫の作品は、物語と謎が見事に融合しており、破綻していない。これがうまく混ざってないと、材料が分離しちゃって口当たりが悪いわけなのだが、彼の作品はこれがちゃんとこなれていて、実においしいお菓子として完成しているわけである。物語部分について言わせてもらえば、やはりキャラの立て方がうまい。破天荒でむちゃくちゃな千秋さんと、そのフォロー役の良介。ラストについては、ふふふ、まあ読んで下さいな。

 謎が好きで好きでたまらない謎マニア、北村薫の芸術的一品、ぜひあなたもご賞味を!おいしさ保証つき!

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『てのひらの闇』☆☆☆☆ 藤原伊織、文芸春秋(99.10月刊)

 藤原伊織、待望の新作!なんと2年ぶり!待ってたよ〜、藤原さん!しかし、待っただけのことはありました。ん〜、実によかったです。ハードボイルド。でもね、シニカルでスカしたハードボイルドではないのです。心の熱さを感じるハードボイルド。しびれました。

 まずは最初の1ページだけでもお読みいただきたい。彼がいかに文章がうまいかがよくおわかりいただけると思う。すうっと物語に読者をひきこむ導入。気がつくと、私たちは主人公とともに明け方の歩道に酔いつぶれて横たわり、アスファルトに顔をくっつけている(のを感じられるはずだ)。いやあ、相変わらずお見事。

 主人公はすでに40過ぎの、ある飲料会社の広告宣伝部の課長。だが、ワケありの途中入社で、しかも今回の希望退職募集に真っ先に手を挙げたという、一風変わった男である。その肩たたきにうなずいた理由と言うのが泣かせるのだよ!ここではもったいないのでナイショね。

 彼の最後の仕事として、恩ある会長から請け負った仕事。それは、あるビデオテープだった。これをCMとして使ってみたらどうか?ということだったのだ。が、彼がそのからくりに気づいて会長にNOといったその夜、会長は自殺を図る。「感謝する」のひとことを残して。いったいなぜ?そして、彼たったひとりの捜索が始まる。

 なんといってもこの主人公がカッコイイのだ。一見クールで世をすねているへんくつもののオジサンだが、決してそうではない。彼は仁義を重んじる熱いハートを持ち、人から受けた恩は忘れない。そして世の中の常識的な価値観からは外れた(たとえばこの就職難に課長職をぽいっと投げ打ってしまうような)価値観を持っている。というか、普通の人とは明らかに毛色が違うのだ。これは読み進むうちに理由がわかる仕掛け。

 また、彼の周りに登場する部下の女性やあるバーの姉弟などもカッコイイのだ。とにかくみんなオトナ。嫌な上司にしろ、果ては悪役にしろ、登場人物すべてが、さまざまな苦しみを乗り越えてきただけあって、人間に深みがある。今年できたての甘くて軽い新酒ワインなんぞではなく、じっくりと時間をかけて熟成されたウイスキーのよう。そういったオトナたちの苦味が、この物語に実にいい味わいを出しているのだ。

 後半、彼が自分の過去を語りだすあたりから、物語は一気に弾みがつく。読み終わるのが惜しくてもっとじっくり読みたかったのに、ラストは結局ひといきに読んでしまった。

 これは大人の男と女の物語だ。誰にもわかってもらえなくてもいい。彼らは実にカッコイイ生き方をしているのだ。秋の夜長に、それこそウイスキーでも傾けながら、彼らのぶざまに見えるが実に高貴な人生を味わっていただきたい。至福に浸れること、私が保証します。

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 『詩的私的ジャック』☆☆☆1/2 森博嗣、講談社ノベルス(97.1月刊)

 森博嗣の「犀川助教授と萌絵」シリーズ、4作目。ある大学で起こった、連続密室殺人の謎にふたりが挑む。

 ミステリの展開はさておいて(笑)、だんだんこのふたりの関係が接近してくるあたりが実にもうアレなんですよ!しかも森さんたらケチというかじらすというか、なかなかスムーズに進展させてくれないんだよなあ。とにかく少しずつ少しずつ、しか進まないのでじれったくてもお!(笑)でもそこがまた、オンナごころをくすぐるのよね。今回は犀川先生が途中で中国に行ってしまってて、ふたりの間に空間的距離があるのがミソ。ラストの彼の独白があああ!まあ読んで下さい。ってもうとっくに読んでましたか?それは失礼。ああ、早く続きが読みたいっ!

 って何をいきなりコーフンしとるのかと驚きました?(笑)でも森さんのミステリはキャラに負うところがかなり大きいと思うので。なんたって、あの犀川先生がいいよねえ。何がいいって、あの理系というかコンピュータ的思考回路が実に興味深い。常識外れ、奇想天外。まったく常人には想像もつかない考え方である。いつ読んでも新鮮な驚きがある。

 しかし、今回はわからなかったね。犯人ではなく動機が。謎が解けたときは呆然としました。これは森さんにしか書けないわ(笑)。うーん、納得いくようないかないような…。少なくとも、私はこの犯人とはタイプが違うなあ。

 トリックもひっかかるところなく、そこそこ楽しめたし、驚かされたし、ミステリとしても十分及第点でしょう。いつもの森テイストをたっぷり味あわせていただきました。満足。

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『スポンサーから一言』☆☆☆☆ フレドリック・ブラウン、創元SF文庫(66.3月刊)

 これは今年、創元推理文庫の40周年記念として復刊されたもの。おお、初版発行年は奇しくも私の生まれた年と月ではないか!(笑)

 私はこの本がフレドリック・ブラウン初体験だったのだが、いやあ、なかなか面白かった!まさにSFショートショートの基本中の基本、とでもいうべきか。宇宙人ものあり、タイムマシンものあり、征服ものあり、と実にバラエティ豊かな作品集である。しかもどれも非常に質がいい。たった一冊の中に、これだけの架空世界を詰め込めるとは!テイストもハッピーエンドあり、シニカルあり、ブラックユーモアありと、まさにSFのフルコースである。

私の好みは「選ばれた男」(これは爆笑!彼がアル中で本当によかった。彼のおかげで地球は救われたのであった)、「地獄の蜜月旅行」(これはとても微笑ましいお話。私はハッピーエンドが好みなの)、「最後の火星人」(こ、これはコワイっす。背中がひやりとする話)、「鼠」(これは猫好き人間にぜひ読んで頂きたい(ニヤリ)。あなたの猫を見る目が変わるかも。こういうひねった話も好き)、「スポンサーから一言」(これは人間のひねくれた性質を逆手にとった、実にユニークでシニカルな話。うまい!と座布団一枚あげたくなるね)あたり。

SFマインドに浸れる、お得で贅沢な一冊。私のようなSF初心者には最適でしょう。まずは基本からいかなきゃ、ね。

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『ダックスフントのワープ』☆☆☆ 藤原伊織、集英社(87.2月刊)

 藤原伊織といえば、あの傑作『テロリストのパラソル』の著者である。彼のファンを自認するなら、デビュー作から読まねば!そう思って手にとった一冊。彼は85年にこの「ダックスフントのワープ」で第9回すばる文学賞を受賞、と奥付にある。そして、95年に『テロリストのパラソル』で第41回江戸川乱歩賞を受賞。ずいぶんブランクがあったのね。

 で、本書。中篇が2作入っているのだが、一読してびっくり!こ、これはまるで村上春樹ではないか!(笑)「えっ、これホントに伊織さんなの?」と読んでる途中で表紙を見直したほど。世の中に対する虚無感、からっぽの孤独感、独特な比喩の使い方、女性に対するスタンス、などがよく似ている。へーえ、こういう作風でデビューしたのか!『テロパラ』とは似ても似つかないので、とても意外であった。いったいどういう心境の変化があって、今のようなミステリの作風にチェンジしたのであろうか?あまり比較するのもアレだが、面白さで言えば断然『テロパラ』などのミステリ路線の方がいいし、成功していると思う。チェンジして正解。

 要するに、これは彼の書いた純文学作品、といえようか。物語の流れよりも、主人公たちの心情、内面を描くことに重点をおいた作品。

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