『ゲッベルスの贈り物』☆☆☆1/2 藤岡真 (創元推理文庫、01.8月刊)
突然だが、よく「ルパン3世」なんかに出てくる、一見なんの仕掛けもなさそうな部屋だが、赤外線スコープをかけるとびっしりと隙間もないほど赤外線センサーが張りめぐらしてある、といった状況をご想像いただきたい。本書はまさにこの部屋みたいなものである。とにかく見えない罠だらけ(笑)。
巧妙に伏線を張りめぐらし、隙あらば読者を引っ掛けようとする、この徹底した著者の策謀にはただただ敬服である。著者はおそらく読者側の、ミステリに“してやられた!”という悔しさと同時に沸き起こるなんとも言えぬ爽快感をよくご存知で、もうただひたすらにそれだけのために、こういう話を書いたのではなかろうか。徹底したサービス精神。それが、あますところなく全編に行き渡っている。しかも、これだけの罠を張りながらも、破綻することなく、実にうまく話が組み立てられ、ひとつにまとめられている。
そらもう、私なんて引っかかりまくりですがな(笑)。「あ、ここトラップだな。ふん、見えてるもんね〜」とよけつつ、そこに気を取られてしっかり他の罠に引っかかってるという(笑)。いやはや、実に楽しくだまされました。仰天&爆笑。まさに怪作。
『赤ちゃんをさがせ』☆☆☆1/2 青井夏海 (東京創元社、01.10月刊)
『スタジアム 虹の事件簿』(創元推理文庫)の著者、第2作目。今回は、助産婦さんが安楽椅子探偵役という、またまたユニークな異色ミステリ。いやあ、ミステリ作家も手を変え品を変え、あれこれ趣向を凝らすのに大変だが、まさか助産婦さんとは。そしてやっぱり、赤ちゃんや妊婦さんが絡むだけあって、どことなくほんわかした、いい感じのミステリに仕上がっているのだ。
3つの連作中篇が収められている。「お母さんをさがせ」、「お父さんをさがせ」、「赤ちゃんをさがせ」。なんていうと、母親失踪とか父親失踪みたいに思われるだろうが、著者は予想を裏切り、ひとひねりした展開を見せる。詳しくは書かないが、要するに人間という、一筋縄でいかない、やっかいな感情を持った生き物たちのちょっとしたトラブルといおうか。それを解決するために明るく元気な助産婦見習の女の子である主人公が奔走し、最後には水戸黄門のごとく、助産婦の大先輩が鮮やかにさらりと謎を解く、といった寸法である。
人生の達人にかかれば、どんな謎もお見通し。それはごく普通の人間の気持ちの裏返しだから。愚かでお間抜けで、ずるくてみっともなくて照れ屋で考えなしで、でもなんだか憎めなくて、温かくて。そんな愛すべき人間の気持ちが謎にうまく反映しているミステリ。キャラの造形も、好感が持てる。読後感があったか&爽やか。
『ささら さや』☆☆☆☆1/2 加納朋子 (幻冬舎、01.10月刊)
正直に申し上げよう。本書に☆4つ半をつけるのは、ほとんどえこひいきに近いかもしれない。とにかく、加納朋子版「ゴースト」という、この設定はもろにツボ。もう、思いっきり心のアキレス腱直撃。泣けて泣けて…。いや、著者は決してウエットに書いてるわけじゃなく、むしろあまり重たくならないよう、軽めにジョークを交えつつ書いている。でも、でも私はこのテの話にはめっぽう弱いのだ。
妻と生まれたばかりの赤ちゃんを残して、夫が突然の事故で亡くなる。でも彼は妻のサヤがあまりに心配で、サヤに何かトラブルがあった時に、彼女の周りの人間に憑依して姿を現す。彼のつらさ、悔しさはいかほどか。サヤの悲しさ、寂しさ、心細さはいかほどか。それを思うだけでもう…。そしてまた、この著者のみずみずしく柔らかな文章がとてもいい。
ミステリとしても、やっぱり日常の謎路線。何も入ってない宅配便の意味は?とか、隣宅のいつもぼうっと玄関の外を見ているおばあさんはいったい?といった謎。そして、赤ちゃんにしのびよる影…。
何よりサヤの無垢な優しさと、だんだんと仲良くなっていく彼女の周囲の人々の、ぶっきらぼうな温かさが心にしみる。彼らに支えられて、徐々に強くなっていくサヤ。そして夫との永遠の別れ。心あたたまる、でもとてもとても切なく愛しい物語。
『かりそめエマノン』☆☆☆1/2 梶尾真治 (徳間デュアル文庫、01.10月刊)
地球に生命が誕生して以来の全ての記憶を持ち、旅を続ける少女、エマノン。待望のエマノンシリーズ、書き下ろし中篇作品。番外編といってもいいかもしれない。
何億世代も生まれ継ぎながら、一世代一人ずつの存在だったのに、なんと今回の生に限って、あのエマノンに小さい頃に生き別れた双子の兄がいたという。というだけで、おそらく彼も並みの人間とは違うであろうということは、想像に難くない。果してそのとおり、彼も生まれながらに、想像を絶する過酷な運命を背負ってしまったのだった。これは、その兄、拓麻の物語である。
自分の出生に疑問を抱きつづけるゆえに、自分の異常な記憶力や能力をもてあますゆえに、地に足を着けて生きられない拓麻の苦しみが痛い。そして、ある日ついにエマノンに再会するが、彼の人生の軌道はますます狂っていく…。
やがて、彼は自分の生の本当の意味に気づく。そう、彼の人生は結局「かりそめ」だったのかもしれない。だが、それでもそこには大いなる存在理由があったのだ。地球を救うほどの大きな意味が。それに気づいたとき、やっと彼の足は地に着くことができたのだ。
とてもつらい話だが、だからこそのラストが染みわたる。
(蛇足だが、この文庫の冒頭4ページの鶴田謙二のマンガは素晴らしい!ぜひ続きを、コミック版エマノンを書いて下さい、鶴田さん!)
おまけ:『おもいでエマノン』(徳間デュアル文庫)のラストについている、「あしびきデイドリーム」も今更ながら読了。これは2001年の星雲賞日本短篇部門を受賞した作品。時空を越えた切なくピュアな愛、幸福な結末。まさにカジシンならではの珠玉の作品。傑作。
『マイナス・ゼロ』☆☆☆☆1/2 広瀬正 (集英社文庫、82.2月刊)
おお、日本にもこういうSF作家がいたのか!まさに和製ジャック・フィニィ。ノスタルジックで、しみじみとあったかで、かつ飄々としたユーモアがあり、何より先が気になって気になってぐいぐい読んでしまう、タイムトラベルSF。広瀬正はそんな素敵な物語を残してくれた作家だったのだ。
あとがきに昭和45年とあるから、かなり昔の本である。が、これが今読むとほどよく寝かされた洋酒のような、絶妙の味わいをかもし出している。こう、文章全体のテンポがゆったりのんびりとしているのだ。その時代のテンポ。それでいて古めかしさではなく、むしろたまらない懐かしさを覚えてしまうのはなぜだろう?しかも、自分で経験したわけでもない、もっと昔の戦前の銀座が描かれているのに、だ。
物語は、第2次世界大戦の真っ只中、昭和20年の5月26日に始まる。中学2年の俊夫は、その晩の空襲で亡くなった隣家の先生から、とある遺言を頼まれる。それは、18年後に自分の研究室に必ず来てくれという不思議なものだった…。
そこから彼の奇想天外な大冒険が始まる。次から次へと読者の予想を裏切る、驚きの連続。まさに時空を駆ける人生。しかも、その物語の組み立て方が実に素晴らしい。うーん、まいった、とうなるほどの見事な出来。日本SFの、タイムトラベル小説の最高峰というのもうなずける。ここがこうだからこうなって、という時間のパズル組みを、広瀬正氏はすごく楽しんで作ったんだろうな、というのが想像できる。その楽しさが、読んでいるこちらにも伝わってくる。最後のピースがはまった時の感動!
そして、彼の描く人間たちの温かさ。古きよき時代の人々と主人公の、人情味あふれる交流が実にいい。著者の、人間を見つめるまなざしはとても優しく、品がいい。現代の私たちがなくしかけてるものが、ここにはある。
あったかな読後感の、とても不思議でハッピーなタイムトラベルSF。噂に違わぬ大傑作。この本がまだちゃんと現役で、書店で買えるということに心から感謝。