50号                                                           2001年11月

 

 

書店員はスリップの夢を見るか?

 実はこれを書いているのは12月である(冷や汗)。なので、本来ならば11月号に載せるネタではないのだが、どうしても今書いておきたいので、お許しいただきたい。12月7日(金)、取次(本の問屋)の鈴木書店が自己破産を申告した。 

 書店に勤務して15年近く。その間、鈴木書店さんにどれだけ御世話になったことか。「急ぎだから、明日入れて!」と急遽電話をして、その翌日ちゃんと入荷した本がどんなにありがたかったか。小回りのきく、まさに「困ったときの鈴木書店」だった。いつ電話しても明るく元気な声で応対してくれる、本当に良心的な、いい取次だった。長年一緒に仕事をした、仲良しの熱心な営業マンもいた。同じ会社ではないが、彼も間違いなくうちの店を支えてきた、大切な仲間だったのだ。彼が今、どんな顔をしているかと思うと、本当に胸が痛む。

 商売としての「書店」を支えているのは、やっぱり、ハリポタや、テレビやラジオで紹介されたあの本や、コロコロコミックスみたいな雑誌や、モー娘。の写真集や、耽美なノベルスや、マンション管理士の資格本などなどの売上だ。売れる、というのは大事なことだ。ありがたいことだ。ベストセラーをバカにしてはいけない。そのおかげでご飯が食べられるひとがいっぱいるのだ。私もそのひとりである。その売上があるからこそ、マニアックな本をちょっとだけ仕入れて、濃いお客様を喜ばせるなんてこともできるのだ。

 今の時代に、そうたくさん売れない良書を細々と売るのは、大変厳しかろうと思う。それでもなんとか新しい道を探して、頑張ってほしいと心から思う(その新しい道を探すことこそが大変なのだが)。利益の出る道を。

 

今月の乱読めった斬り!

『ゲッベルスの贈り物』☆☆☆1/2 藤岡真 (創元推理文庫、01.8月刊)

 突然だが、よく「ルパン3世」なんかに出てくる、一見なんの仕掛けもなさそうな部屋だが、赤外線スコープをかけるとびっしりと隙間もないほど赤外線センサーが張りめぐらしてある、といった状況をご想像いただきたい。本書はまさにこの部屋みたいなものである。とにかく見えない罠だらけ(笑)。

 巧妙に伏線を張りめぐらし、隙あらば読者を引っ掛けようとする、この徹底した著者の策謀にはただただ敬服である。著者はおそらく読者側の、ミステリに“してやられた!”という悔しさと同時に沸き起こるなんとも言えぬ爽快感をよくご存知で、もうただひたすらにそれだけのために、こういう話を書いたのではなかろうか。徹底したサービス精神。それが、あますところなく全編に行き渡っている。しかも、これだけの罠を張りながらも、破綻することなく、実にうまく話が組み立てられ、ひとつにまとめられている。

 そらもう、私なんて引っかかりまくりですがな(笑)。「あ、ここトラップだな。ふん、見えてるもんね〜」とよけつつ、そこに気を取られてしっかり他の罠に引っかかってるという(笑)。いやはや、実に楽しくだまされました。仰天&爆笑。まさに怪作。

『赤ちゃんをさがせ』☆☆☆1/2 青井夏海 (東京創元社、01.10月刊)

 『スタジアム 虹の事件簿』(創元推理文庫)の著者、第2作目。今回は、助産婦さんが安楽椅子探偵役という、またまたユニークな異色ミステリ。いやあ、ミステリ作家も手を変え品を変え、あれこれ趣向を凝らすのに大変だが、まさか助産婦さんとは。そしてやっぱり、赤ちゃんや妊婦さんが絡むだけあって、どことなくほんわかした、いい感じのミステリに仕上がっているのだ。

 3つの連作中篇が収められている。「お母さんをさがせ」、「お父さんをさがせ」、「赤ちゃんをさがせ」。なんていうと、母親失踪とか父親失踪みたいに思われるだろうが、著者は予想を裏切り、ひとひねりした展開を見せる。詳しくは書かないが、要するに人間という、一筋縄でいかない、やっかいな感情を持った生き物たちのちょっとしたトラブルといおうか。それを解決するために明るく元気な助産婦見習の女の子である主人公が奔走し、最後には水戸黄門のごとく、助産婦の大先輩が鮮やかにさらりと謎を解く、といった寸法である。

 人生の達人にかかれば、どんな謎もお見通し。それはごく普通の人間の気持ちの裏返しだから。愚かでお間抜けで、ずるくてみっともなくて照れ屋で考えなしで、でもなんだか憎めなくて、温かくて。そんな愛すべき人間の気持ちが謎にうまく反映しているミステリ。キャラの造形も、好感が持てる。読後感があったか&爽やか。

『ささら さや』☆☆☆☆1/2 加納朋子 (幻冬舎、01.10月刊)

 正直に申し上げよう。本書に☆4つ半をつけるのは、ほとんどえこひいきに近いかもしれない。とにかく、加納朋子版「ゴースト」という、この設定はもろにツボ。もう、思いっきり心のアキレス腱直撃。泣けて泣けて…。いや、著者は決してウエットに書いてるわけじゃなく、むしろあまり重たくならないよう、軽めにジョークを交えつつ書いている。でも、でも私はこのテの話にはめっぽう弱いのだ。

 妻と生まれたばかりの赤ちゃんを残して、夫が突然の事故で亡くなる。でも彼は妻のサヤがあまりに心配で、サヤに何かトラブルがあった時に、彼女の周りの人間に憑依して姿を現す。彼のつらさ、悔しさはいかほどか。サヤの悲しさ、寂しさ、心細さはいかほどか。それを思うだけでもう…。そしてまた、この著者のみずみずしく柔らかな文章がとてもいい。

 ミステリとしても、やっぱり日常の謎路線。何も入ってない宅配便の意味は?とか、隣宅のいつもぼうっと玄関の外を見ているおばあさんはいったい?といった謎。そして、赤ちゃんにしのびよる影…。

 何よりサヤの無垢な優しさと、だんだんと仲良くなっていく彼女の周囲の人々の、ぶっきらぼうな温かさが心にしみる。彼らに支えられて、徐々に強くなっていくサヤ。そして夫との永遠の別れ。心あたたまる、でもとてもとても切なく愛しい物語。

『かりそめエマノン』☆☆☆1/2 梶尾真治 (徳間デュアル文庫、01.10月刊)

 地球に生命が誕生して以来の全ての記憶を持ち、旅を続ける少女、エマノン。待望のエマノンシリーズ、書き下ろし中篇作品。番外編といってもいいかもしれない。

 何億世代も生まれ継ぎながら、一世代一人ずつの存在だったのに、なんと今回の生に限って、あのエマノンに小さい頃に生き別れた双子の兄がいたという。というだけで、おそらく彼も並みの人間とは違うであろうということは、想像に難くない。果してそのとおり、彼も生まれながらに、想像を絶する過酷な運命を背負ってしまったのだった。これは、その兄、拓麻の物語である。

 自分の出生に疑問を抱きつづけるゆえに、自分の異常な記憶力や能力をもてあますゆえに、地に足を着けて生きられない拓麻の苦しみが痛い。そして、ある日ついにエマノンに再会するが、彼の人生の軌道はますます狂っていく…。

 やがて、彼は自分の生の本当の意味に気づく。そう、彼の人生は結局「かりそめ」だったのかもしれない。だが、それでもそこには大いなる存在理由があったのだ。地球を救うほどの大きな意味が。それに気づいたとき、やっと彼の足は地に着くことができたのだ。

 とてもつらい話だが、だからこそのラストが染みわたる。

 (蛇足だが、この文庫の冒頭4ページの鶴田謙二のマンガは素晴らしい!ぜひ続きを、コミック版エマノンを書いて下さい、鶴田さん!)

 おまけ:『おもいでエマノン』(徳間デュアル文庫)のラストについている、「あしびきデイドリーム」も今更ながら読了。これは2001年の星雲賞日本短篇部門を受賞した作品。時空を越えた切なくピュアな愛、幸福な結末。まさにカジシンならではの珠玉の作品。傑作。

『マイナス・ゼロ』☆☆☆☆1/2 広瀬正 (集英社文庫、82.2月刊)

 おお、日本にもこういうSF作家がいたのか!まさに和製ジャック・フィニィ。ノスタルジックで、しみじみとあったかで、かつ飄々としたユーモアがあり、何より先が気になって気になってぐいぐい読んでしまう、タイムトラベルSF。広瀬正はそんな素敵な物語を残してくれた作家だったのだ。

 あとがきに昭和45年とあるから、かなり昔の本である。が、これが今読むとほどよく寝かされた洋酒のような、絶妙の味わいをかもし出している。こう、文章全体のテンポがゆったりのんびりとしているのだ。その時代のテンポ。それでいて古めかしさではなく、むしろたまらない懐かしさを覚えてしまうのはなぜだろう?しかも、自分で経験したわけでもない、もっと昔の戦前の銀座が描かれているのに、だ。

 物語は、第2次世界大戦の真っ只中、昭和20年の5月26日に始まる。中学2年の俊夫は、その晩の空襲で亡くなった隣家の先生から、とある遺言を頼まれる。それは、18年後に自分の研究室に必ず来てくれという不思議なものだった…。 

 そこから彼の奇想天外な大冒険が始まる。次から次へと読者の予想を裏切る、驚きの連続。まさに時空を駆ける人生。しかも、その物語の組み立て方が実に素晴らしい。うーん、まいった、とうなるほどの見事な出来。日本SFの、タイムトラベル小説の最高峰というのもうなずける。ここがこうだからこうなって、という時間のパズル組みを、広瀬正氏はすごく楽しんで作ったんだろうな、というのが想像できる。その楽しさが、読んでいるこちらにも伝わってくる。最後のピースがはまった時の感動!

 そして、彼の描く人間たちの温かさ。古きよき時代の人々と主人公の、人情味あふれる交流が実にいい。著者の、人間を見つめるまなざしはとても優しく、品がいい。現代の私たちがなくしかけてるものが、ここにはある。

 あったかな読後感の、とても不思議でハッピーなタイムトラベルSF。噂に違わぬ大傑作。この本がまだちゃんと現役で、書店で買えるということに心から感謝。

 

 

このコミックがいい!

 『ぶたぶた』(安武わたる・原作/矢崎存美 宙出版)

 ふふふ。そうです、あの傑作現代ファンタジー、『ぶたぶた』(矢崎存美、徳間デュアル文庫)がコミック化したのです!いやあ、これがなかなかよくできてる。ほとんど原作に忠実に描かれており、よくぞここまであのイメージを壊さずに描けたなあ、と感心してしまうほど。作者のぶたぶたさんに寄せるあったかい気持ちがじわじわ伝わってくる。あとがきを読むと、作者のたっての希望で漫画化されたらしい。

 人間キャラの絵がちょっと好みが分かれるところかもしれないが、ぶたぶたさんの絵はまさにそのもの!目が点なだけなのに、微妙な表情が出てるところもうまい。ああ、ぜひこの作者の『刑事ぶたぶた』が読みたいぞお!洗濯機でぐるぐるのシーンを(笑)。続きも出るようなので、今後に期待。

ぶたぶたコミック

 

特集 ハリー・ポッター

 世界中で大ベストセラー、もはや社会現象ともなっているハリー・ポッターシリーズだが、実は恥ずかしながら長らく積読状態でございました。が、12月1日にはついに日本でも映画公開というので、その前にと意を決して読み始めたらば、面白いのなんの!ご多分に漏れず、すっかりハマってしまいました。で、私なりにハリポタについて書いてみようかと思います。

『ハリー・ポッターと賢者の石』☆☆☆☆1/2 (J.K.ローリング 静山社 99.12月刊)

 いやいやまいったね、こりゃ!やられたよ!まさに世評通り。クヤシイくらい(笑)、どこからもケチのつけようがない面白さ。

 「そ〜うだったらいいのにな、そ〜うだったらいいのにな♪」という童謡があるが、この物語、まさにこれ。小学生が、「こんな毎日だったら楽しいだろうなあ」と夢見ることがそのまんま書いてある。そらハマるって(笑)。いじめられっ子だった自分がある日突然、超有名な魔法使いと言われ、魔法学校に行くことになる。で、魔法の勉強に空飛ぶサッカー。そりゃ、毎日つまらん授業受けてる身なら、魔法の勉強のほうがずうっと楽しそうだし(私だって習いたい)、空飛ぶ箒のサッカーなんて、サッカーファンの子にはたまんないでしょう。しかも主人公は天性の天才プレイヤーときてる。もお、オイシイものてんこ盛り。

 クラスメイトたちの描写も、子供たちの親近感を抱かせるのにじゅうぶん。こういう子、自分の周りにもいるいる〜!みたいなキャラばかり。気さくな親友、嫉妬にかられた意地悪くん、賢いけどツンツンした女の子、のび太くんみたいなダメ少年。そして何より、ハリー君の堂々っぷりがいいではないか!あれだけいじめられても全然ヒネてない。自然体だし、威張らない。最も素晴らしいのはその勇気!

 賢者の石をめぐる謎、そして冒険。後半のストーリーの盛り上げ方には、思わずひきこまれてイッキ読み。最後はホグワーツの皆と共に、「やったー!」と心で喝采を叫んでしまった。噂どおり、非常にストーリーテリングのツボを心得た作家だと思う。

 これ、確かにファンタジーっていうより、大森望さんの「学園ものティーンズノベルの感覚」という評のほうが当たっていそうだ。っていうかミステリだよあの展開は!(笑)まさかそうくるとは。しかもまだまだいろんな謎がありそう。この気のもたせ方もなかなかうまい。次巻が楽しみ。

『ハリー・ポッターと秘密の部屋』☆☆☆☆1/2 (J.K.ローリング 静山社 00.9月刊)

 ハリポタ2巻目。前作で11歳だったハリーは12歳に。1冊でちょうど1年間が語られるというつくりになっている。そして今回も、我らがハリー君はピンチの連続!

 うまいな、と思うのは、ハリーがただの雲の上の人的ヒーローじゃないってことだ。魔法界では誰もが知ってる有名人でも、マグル(人間)界に行けば、おじ一家からひどい扱い。そのアンバランスぶりが、読者に親しみを感じさせる一因となっている。この「隠れたヒーロー」という設定は、何より子供に憧れを感じさせるに違いない。そう、デビルマンだってウルトラマンだって仮面ライダーだって、その正体は世間には秘密なのだから(笑)。

 今回は、そのおじ一家で夏休みを過ごすハリーの元に、ドビーというしもべ妖精が「学校に戻るな」という警告をしに来るところから始まる。しょっぱなから、何やら不穏な空気。どうしてこう、次から次へとピンチとトラブルの連続なんでしょう、ハリーったら!またしても、ヒヤヒヤしっぱなしのイッキ読み!

 見事な伏線の張り方に感動の溜め息。すごいよこれ、やっぱミステリだよ!とにかく、あらゆるところに実に巧妙に伏線がはりめぐらしてあって、謎がとけるたびに、「ああ、あそこか!やられた!」と気がつく。この、ラストに近づくに連れてかちんかちんとピースがはまっていく様は実にミステリ的。このあたりも、読者をひきつけるゆえんだろう。

 キャラ描写も相変わらずのうまさで爆笑の連続。ロックハート先生が〜!(笑)この人間味あふれる書き方が、また本書の大きな魅力。ほとんどキャラ小説といっても差し支えないでしょう。

 でもやっぱり今回も大団円。物語のラストはこうでなくちゃね!ハッピーな読後感。う〜ん、いいです。

『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』☆☆☆☆ (J・K・ローリング、静山社 01.7月刊)

 ハリポタ3巻目。テンションはいっこうに下がることなく、話のパターンもテイストも前作と変わらず。もうすっかり安定したシリーズものの貫禄があり、安心して読める。

 今回のハリーは、アズカバンの牢獄から脱獄した男、シリウス・ブラックに命を狙われるハメに。まあ、よくもこうまでピンチにつぐピンチを作れること、著者ったら!(笑)でもご安心。我らがハリーくんは、相変わらずのまっすぐな心と勇気で、危機を乗り越えてゆく。結局、ハリーの性格がこの物語の核というか導き手であるのだ。決して優等生でなく、いたずらっ子で、誘惑に負けて規則も破ってしまうような、ごく普通の少年。そう、この物語の読者である、子供たち自身のような。等身大のキャラ。でも、その奥にある、まっすぐに1本通った芯の強さや優しさが、物語全編を貫いている。

 ストーリーの面白さ、キャラたちの元気ぶりは相変わらず。登場人物たちの人間臭さがまたいいのよね。嫉妬深かったり、お間抜けだったり、ケンカもすれば仲直りもして。クライマックスの盛り上げ方はいつもながらうまい。両親にまつわる謎も少し解けてくる。しかも今回はちょっとSF入ってます(笑)。

 この物語における魔法ってのは、どことなくドラえもんの道具みたいなところがあるね。困ったときに助けてくれて、でも当人の使い方しだいで毒にも薬にもなる、というところが。

 というわけで、次の4巻以降の発売を楽しみに待ちましょう。

 

 

あとがき

 ♪忘れた頃に先月号が出る〜、とkashiba@猟奇の鉄人様にも歌われてしまった銀河通信最新号でございます(爆)。

 11月18日の深夜から、19日の明け方にかけてのしし座流星群、素晴らしかったですね!200年ぶりの大出現だったとか。私も自宅の前の道路で見てました。あんなにたくさんの流星を見たのは生まれて初めて。大満足でした。またいつか、あれほど見事に降りそそぐ星ぼしを見ることができるでしょうか?(安田ママ)


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