第24号                                        1999年9月

 

書店員はスリップの夢を見るか?

 書店に勤めていて、毎日、本に埋もれた生活をしているというのに、よその書店を覗くのが好きである。この頃は忙しいのでなかなかできないが、休日に東京に出向き、本屋巡りをするのは私にとってまさに至福の時である。

 まず、文芸書の棚をチェックする。端から端までなめるように棚を見ている客がいたら、おそらくそれは同業者である(笑)。「ああ、こんなの入れてるんだ、面白いなあ」「へえ、こういう並べ方があったか!目のつけどころがいいなあ」「あっ、あれがない!勝ったな」などと物色するのは実に楽しい。

 書店の棚を見ると、その担当者が透けて見える。「おっ、やるな」と思わせる棚を見つけた時の喜びとかすかな嫉妬。それぞれに個性があり、いくら見てても飽きない。

 そしてなぜか、体は無意識に平積みの乱れを直したりしている(笑)。これはもはや職業病である。

 

今月の乱読めった斬り!

『バトル・ロワイアル』☆☆☆☆☆(高見広春、太田出版)

 読後、号泣。ひたすら号泣。7月現在で、文句なく今年のワタクシ的ベスト1である。すごい。

 しかもこれ、某社のミステリー小説賞などで落選しまくったといういわくつきの小説である。こ、こんな傑作を落とすなんて信じられん!ちょっと読めば、これがただの殺人ゲーム小説なんかではないのはわかるはずなのに。

 舞台は97年、東洋の全体主義国家、大東亜共和国。この国では毎年全国の中学3年生の中からあるクラスを選び、彼らに殺し合いをさせ、最後に一人生き残ったものだけが勝者になるという、世にも恐ろしいゲームが実行されていた。

 そして今回、秋也たちのクラスが不幸にも選ばれてしまったのだ。彼らは修学旅行に向かう途中のバスごと拉致され、目覚めた時にはとある小さな島の分校にいた。坂持金発と名乗る(言うまでもなく金八先生のパロ)政府の役人が、いきなり彼らに地獄のゲームの開始を宣言する。

 この坂持の登場からいきなり読者はこの本にのめりこんでしまうに違いない。このおぞましい男は、あの金八先生の口調で、彼らに無残な担任の教師の死体を突きつけ、怒りに叫ぶ秋也の友人を撃ち殺す。これを呆然と見ていた皆は、この目の前の恐るべき現実と坂持の言葉に「やらねばやられるのだ」と、つい今まで友人だったクラスメイト達を疑い出す。

 そして、クラス42人の凄絶な殺し合いが始まった。ああ、なんということだろう!彼らはまだたったの15歳なのに!このゲームを賭けの対象にしてるらしい汚い大人たちによって、否応無しに生と死、友情と裏切り、恋と恐怖の狭間に叩きこまれる彼ら。自分は目の前の友人を信じるのか?死が目の前に迫ってる今、自分は誰に会いたいのか?このどん底の状況で、ひとりひとりが最後に一体何を選ぶのか、これはまさに究極の選択だ。

 著者は実に見事な筆で(この皮肉やパロに富んだ筆致は絶妙のセンス)42人のキャラクターをきっちり書きこんでいる。それはつまり、彼ら42人の今まで歩んできたささやかな人生である。それが、次々にいともあっけなくぷちんと生の糸を切られてゆく。しかも、昨日まで友人だった同じクラスメイトによって。胸が痛むなんて生易しいものじゃない。しかも、あまりにむごたらしい死に方だ。

 つまりこれは無残に殺されざるを得なかった、彼らひとりひとりの短かった人生を描いた究極の青春小説なのである。

 社会風刺のブラックさと殺人描写のあまりにリアルな凄惨さ。確かにこの小説の設定は非人道的である。が、決して著者は暴力を礼讃しているわけではない。どう読んだって、これは暴力を固く激しく否定する小説である。

 とにかく、今年は絶対これを読まねば損。断言します。傑作。

『ボーダーライン』☆☆☆1/2(新保裕一、集英社)

 舞台はアメリカ、ロサンゼルスのリトル東京。主人公は、その地で総和信販ロサンゼルス支社の調査員として働く日本人探偵である。

 最初のうちは、「ははーん、これはいわゆる海外の私立探偵ものハードボイルドの日本人版を目指して書いたんだな」と思っていた。そこここで語られるエピソードが、なかなかの雰囲気づくりをしている。が、読み進むうちに、それだけではないことに徐々に気がついてきた。著者はこの主人公を通して、この現代社会に巣食うさまざまな問題―正義と悪、親と子、日本とアメリカ、今の若者たち、などなど―を提示している。そして、「この登場人物たちはこういう道を選んだ。が、あなたならどうする?」と読者に自分の価値観を問うているのだ。つまり、著者の描きたかったのは主人公の活躍や葛藤よりむしろ、この病的に歪んだ犯罪社会そのものではなかったのか、と思ったのだ。

 とびきり濃いブラックコーヒーのように、苦味のある小説。それでも、主人公の最後の決断などに、こんな社会でもまだ人間らしさを失わずにいる人が存在するのだ、という救いがある。あなたなら、彼らの決断をどうとらえるだろう。

『白夜行』☆☆☆1/2(東野圭吾、集英社)

 これは、ミステリ形式をとってはいるが、単なる殺人事件ものではない。話題になった『秘密』もそうだったが、人間の業を書いた小説、と言えるのではないだろうか。著者いわく、「太陽のない偽りの昼を生きていこうとした人間の物語です」。この言葉に、物語の全てがこめられている。

 ある男女の人生が交互に丹念につづられてゆく。とある殺人事件を境に、彼ら二人の運命は大きく変わっていった。いや、狂っていったというべきか。彼らは、もはや明るい太陽の降り注ぐ昼間の世界には生きられない人間になってしまったのだ。かといって、暗黒の闇の世界でもない。一見薄明るいけれども偽りの昼―白夜に生きる人間になってしまったのだ。彼らの生きる道はその偽りの世界にしかなかった。どうしても、どうしてもそうせざるを得なかったのだ。

 彼らは密かに周りの人間すべてを欺き、まことしやかな仮面の裏で、誰も想像もつかないような策略をめぐらす。その冷徹さは、背筋が寒くなるほどだ。同時に、彼らから人間らしい感情を一切奪い去り、ここまで追い込んだ何かへの謎と怒りが突き上げる。やがて、その仮面は少しずつボロボロと、疑いを持ち始めた周囲の人間によってはがされてゆく。

 純真な普通の少年少女だったはずなのに、気がつけばこんな暗い謀略の道を突き進むことになってしまった彼ら。そこに、私は人間の悲劇を見る。この小説は、彼らへの鎮魂歌である。深い、読み応えのある1冊。

『神様のボート』☆☆☆1/2(江國香織、新潮社)

 ちょっと変わった恋愛小説である。なぜなら、ほとんど全篇、「彼女」によって語られていて、「彼」の方は出てこないから。彼女というのは、主人公である葉子。この物語は、「神様のボート」に乗って旅をしている、彼女と娘の物語である。

 彼女と娘のふたりきりの、静かでやさしくどこかさみしい放浪生活が、ふたりの目から交互に語られる。それは、まるで夢の中のような現実感のない、ふわふわした暮しである。母子はパパの話をし、あれこれ想像を楽しむ。

 つまり彼らは、いない人を心のよりどころにして生きているのだ。葉子は絶対的な自信をもって彼を愛し続け、彼との再会の約束を信じて疑わない。この盲目的な恋は、もはや狂信的でさえある。それは現実的に見て、かなう可能性がほとんどゼロに等しい約束なのに。ふたりのけなげさが愛おしく、痛々しい。

 が、娘は成長するにつれて、現実に目覚めてゆく。どこの土地にもなじまず、引っ越しを繰り返す日々。それは、現実から逃げ続けているだけだと気がつくのだ。ずっとよりそってきたふたりだったが、娘はボートを降りる決意をする。そして葉子も。

 一見、静かで穏やかな物語だが、実は狂信的な恋の物語。どこかやるせなくてさみしい話であった。

 

特集 ださこん2レポート!

 なんかここんとこ、特集がレポート続きで恐縮です。要するに、イベントに参加してばっかりってことね(笑)。これはいわゆるネットSFもののお泊まりオフ会。前回にも増して、更に内容充実の、あっという間の一夜でありました。

 時は8月28日19時。東京の旅館に集うことなんと70人!前回よりパワーアップしているのだ。
オープニングのu-ki総統の「ださこんはノンポリシーで」というセリフに笑いつつスタート。

 「東雅夫×寮美千子対談」では、とにかく寮さんのキャラに皆呆然。なんたって、あの『ノスタルギガンテス』『星兎』の静かな世界からは想像もつかない、元気なお方!とにかく爆笑対談でありました。

 なぜ小説を書くに至ったのかという経歴も驚きの連続。自分にとっての創作は、「自分の心に浮かんだ映像をいかに伝えるかという、そこに至る地図を書くこと」というセリフに大いに納得。だから、あんなに鮮やかに読者の頭の中に映像が見えるのね!

 その他、うっかり(笑)アリゾナに行ったお話や、アンナプルナに登ったお話なども。砂、鉱物、骨がお好きというのにも納得。普通、自分の飼い猫の頭蓋骨は飾らないと思います(笑)。

 乾杯、雑談モード中に寮さんにサインを頂く。とても素敵なサイン!

 21時、架空書評勝負。これは架空の本を何冊かでっちあげ、その書評をネットでアップし、優劣を競うという実にユニークな企画。それぞれ書いた人の個性が出てて、非常に面白かったです。満場一致で、1位は私も入れたお給仕犬さんに決定。ホントにこれ、超笑えました。おめでとうございます!

 22時頃、恒例の古本オークション開始。私は岩崎書店のジュブナイルSF、通称「ゴセシケ」(正しくは『合成怪物』)をダイジマンと激しく競り合う(笑)。みんなに、「おお、銀河通信仲間割れ!」と大ウケ。結局、私が降りてダイジマンに譲ってあげましたが。あとは13冊ほど文庫を購入。何買ったらいいのかわからないので、横でダイジマンから「あれいいよ、買え」と言われたものだけ落とす。

 23時半ごろから、部屋の中央あたりにて、u-ki総統vs鈴木力による待望の「もてない男たちの知らない『もてない男』」勝負スタート。これはネットでお二人が『もてない男』という本に対する意見を戦わせていたものの最終決戦だったのですが、総統の説はネットよりむしろ本人の言論の方がずっとよくわかりました。鈴木氏は逆。この方は文章の方が理論的でキレがあったよう。あれを実益のない本と酷評するu-kiさんと、文学作品と見る力さんの平行線のようでしたが、周りのギャラリーが参加することによって更に議論は白熱化!3時間もやってたってんだからすごいの一言。恋は魔物だ。

 それから夜更けのカードゲーム。これはスタッフが、この1晩のためにわざわざ作ったという、ネットSF本読みのツボをついた超爆笑ゲーム(笑)。要するに某SF古本コレクターの日常をゲーム化したのものなのですが、いやあ、凝っててめちゃいい出来でした。このすごさを、内輪でしかわかりあえないのが残念無念。

 このあたりですでに朝4時ごろ。部屋の前方でノートパソコンを見ながら慟哭している男性諸君を覗きに行く。これは、「Kanon」というギャルゲーに群がる軍団でありました。と、突然涼元氏に「安田ママさん、とにかくオープニングだけでも見てくださいよ!」といきなり拉致され、とうとうと解説&洗脳される。ふうん、なかなか面白そうじゃん(笑)。

 このあたりで既に朝。田中@東洋大SF研の暴言により、急遽、田中嬢の考える「SFもの年齢系列図」を作成することに。彼女の口から次々と飛び出す、とんでもない年齢予想にただただギャラリー大爆笑。悲喜こもごもでした。

 あっという間にエンディング。第2回ださこん大将は、大森望氏と田中嬢が同点決戦投票。見事田中嬢が栄冠(?)を勝ち取りました。彼女の今後の活躍に期待大。

 総統の「ださこん、西へ!」という爆弾宣言で締め。ええ、こうなったら地の果てでもついていきますよ、総統!(涙)おかげさまで、実に楽しいひと晩でありました。

 

ダイジマンのSF出たトコ勝負!

  走りだしたそれは…、ムーヴメントの初期段階に特有の…、そう、荒ぶる昂揚感と蒸せ返る熱気に彩られ…、たくましい姿を現した。SF界の常識を破る年2回開催コンヴェンション、“D2”こと「ダサコン2」となって!

 いや、正確を期すなら、ダサコンは自らの独自性と存在意義を求め、「SF」から巣立っていく決断を下した。バックボーンにはSFが、もちろん、ある。だが、さらに貪欲に、未知なる活動領域を求め、突き進もうとしているのだ…。

 99年8月28日、やって来たゾ水道橋に。両手に荷物でえらく重い〜。なんか、いつもダサコンはこうなんだよなあ(笑)。放出用の本は減らしたんだけど、敗因は渋谷東急の古本市(笑)。で、てくてく歩いて行くと、おや?あれは谷田貝さん率いるプレDASACONチームでは? すかさず合流。メンバーはカワカミさんや浅暮さんなど11人。いわくありげな中華料理店で、夜に備え燃料補給をする。

 受付後、会場入りすると、早くもディーラーズのセッティングがされていて、コンヴェンションらしい雰囲気。本格的だね。

 まずはu-ki総統の開会の辞、「ダサコニスト宣言」が高らかに成され(笑)、いきなり東雅夫×寮美千子対談へ。自然とインタビュアーの役を買って出るあたりに、東さんの編集者としてのプロデューサー的手腕を垣間見る。寮さんは、まさに言葉の尽きせぬ泉。自身にとっての創作とは、溢れるイメージをいかにぶれ無く言語に変換するかである、という「翻訳論」を開陳する。これを天職と呼ぶのか。

 乾杯後、東さんからサインを頂きお話をする。その他には倉阪鬼一郎さんと浅暮三文さんからも。ありがとうございます〜! しかし寮さんのサインの列は、一向に減る気配がない。よく見ると、ひとりひとりとじ〜っっくり話し込んでいるのであった(笑)。恐るべし寮美千子。明け方に隙を見て頂いたサインは、決めセリフを添えた非常に丁寧なもので感動しました。

 この後の架空書評勝負決戦投票では、ノミネートされた書評がぼくの印象に残ったもの揃いでニヤリ。栄えある優勝者のお給仕犬さん、こんぐらっちゅれーしょん! ちなみにこの架空書評勝負、ダサコンならではの好企画として、高く高く評価しておきたい。

 そして怒濤のオークションに突入。一部に「銀通コンビ仲間割れか?」と囁かれる顛末もあったが、(笑)、名勝負を演出できたので全くもって満足である。でも「敵に廻すと危険なタイプ」との認識を強くしたとだけ打ち明けておこう(笑)。

 突発企画、u-kivs鈴木力の『もてない男』論争は、ギャラリーを巻き込み白熱。カオス的度合を深めていった(ホントか?)。

 そして、謎のカードゲーム「書棚の帝国」が、遂に秘密のヴェールを脱ぐ! 各プレイヤーのSF者としてのソウルに合わせ、いかに強いコレクションを構築するかを競うのだが、とにかくカードの仕上がりが見事。製作スタッフは、「数回のテストプレイを経ただけで、改善の余地あり」と謙遜するが、多少のバランスの問題を抜きにすれば、出来映えが良いにも程がある(笑)。や、マジでそんくらい優れてました。そのイベントカードに登場できたことは光栄っス。

 ファンダム・アトラス作成で俄然注目を集めたのが田中香織さん。わるものモードの大森望、森太郎、林哲矢3人の誘導よろしく、次々明かされるパラレル・ワールドの水先案内『地獄の新地図』(笑)。SF界は偉大な才能を入手した!

 で、田中さんが納得の2代目ださこん大将ゲット。次回、ダサコンは移動型コンヴェンションへと変貌を遂げるやいかに? 乞うご期待!

 

あとがき

 残暑が長引いていますね。それでも日の落ちるのがだいぶ早くなり、夜ともなれば鈴を振ったような虫の音が辺りに響き渡ります。秋はもうすぐそこ。(安田ママ)


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