今月の乱読めった斬り!
『バトル・ロワイアル』☆☆☆☆☆(高見広春、太田出版)
読後、号泣。ひたすら号泣。7月現在で、文句なく今年のワタクシ的ベスト1である。すごい。
しかもこれ、某社のミステリー小説賞などで落選しまくったといういわくつきの小説である。こ、こんな傑作を落とすなんて信じられん!ちょっと読めば、これがただの殺人ゲーム小説なんかではないのはわかるはずなのに。
舞台は97年、東洋の全体主義国家、大東亜共和国。この国では毎年全国の中学3年生の中からあるクラスを選び、彼らに殺し合いをさせ、最後に一人生き残ったものだけが勝者になるという、世にも恐ろしいゲームが実行されていた。
そして今回、秋也たちのクラスが不幸にも選ばれてしまったのだ。彼らは修学旅行に向かう途中のバスごと拉致され、目覚めた時にはとある小さな島の分校にいた。坂持金発と名乗る(言うまでもなく金八先生のパロ)政府の役人が、いきなり彼らに地獄のゲームの開始を宣言する。
この坂持の登場からいきなり読者はこの本にのめりこんでしまうに違いない。このおぞましい男は、あの金八先生の口調で、彼らに無残な担任の教師の死体を突きつけ、怒りに叫ぶ秋也の友人を撃ち殺す。これを呆然と見ていた皆は、この目の前の恐るべき現実と坂持の言葉に「やらねばやられるのだ」と、つい今まで友人だったクラスメイト達を疑い出す。
そして、クラス42人の凄絶な殺し合いが始まった。ああ、なんということだろう!彼らはまだたったの15歳なのに!このゲームを賭けの対象にしてるらしい汚い大人たちによって、否応無しに生と死、友情と裏切り、恋と恐怖の狭間に叩きこまれる彼ら。自分は目の前の友人を信じるのか?死が目の前に迫ってる今、自分は誰に会いたいのか?このどん底の状況で、ひとりひとりが最後に一体何を選ぶのか、これはまさに究極の選択だ。
著者は実に見事な筆で(この皮肉やパロに富んだ筆致は絶妙のセンス)42人のキャラクターをきっちり書きこんでいる。それはつまり、彼ら42人の今まで歩んできたささやかな人生である。それが、次々にいともあっけなくぷちんと生の糸を切られてゆく。しかも、昨日まで友人だった同じクラスメイトによって。胸が痛むなんて生易しいものじゃない。しかも、あまりにむごたらしい死に方だ。
つまりこれは無残に殺されざるを得なかった、彼らひとりひとりの短かった人生を描いた究極の青春小説なのである。
社会風刺のブラックさと殺人描写のあまりにリアルな凄惨さ。確かにこの小説の設定は非人道的である。が、決して著者は暴力を礼讃しているわけではない。どう読んだって、これは暴力を固く激しく否定する小説である。
とにかく、今年は絶対これを読まねば損。断言します。傑作。
『ボーダーライン』☆☆☆1/2(新保裕一、集英社)
舞台はアメリカ、ロサンゼルスのリトル東京。主人公は、その地で総和信販ロサンゼルス支社の調査員として働く日本人探偵である。
最初のうちは、「ははーん、これはいわゆる海外の私立探偵ものハードボイルドの日本人版を目指して書いたんだな」と思っていた。そこここで語られるエピソードが、なかなかの雰囲気づくりをしている。が、読み進むうちに、それだけではないことに徐々に気がついてきた。著者はこの主人公を通して、この現代社会に巣食うさまざまな問題―正義と悪、親と子、日本とアメリカ、今の若者たち、などなど―を提示している。そして、「この登場人物たちはこういう道を選んだ。が、あなたならどうする?」と読者に自分の価値観を問うているのだ。つまり、著者の描きたかったのは主人公の活躍や葛藤よりむしろ、この病的に歪んだ犯罪社会そのものではなかったのか、と思ったのだ。
とびきり濃いブラックコーヒーのように、苦味のある小説。それでも、主人公の最後の決断などに、こんな社会でもまだ人間らしさを失わずにいる人が存在するのだ、という救いがある。あなたなら、彼らの決断をどうとらえるだろう。
『白夜行』☆☆☆1/2(東野圭吾、集英社)
これは、ミステリ形式をとってはいるが、単なる殺人事件ものではない。話題になった『秘密』もそうだったが、人間の業を書いた小説、と言えるのではないだろうか。著者いわく、「太陽のない偽りの昼を生きていこうとした人間の物語です」。この言葉に、物語の全てがこめられている。
ある男女の人生が交互に丹念につづられてゆく。とある殺人事件を境に、彼ら二人の運命は大きく変わっていった。いや、狂っていったというべきか。彼らは、もはや明るい太陽の降り注ぐ昼間の世界には生きられない人間になってしまったのだ。かといって、暗黒の闇の世界でもない。一見薄明るいけれども偽りの昼―白夜に生きる人間になってしまったのだ。彼らの生きる道はその偽りの世界にしかなかった。どうしても、どうしてもそうせざるを得なかったのだ。
彼らは密かに周りの人間すべてを欺き、まことしやかな仮面の裏で、誰も想像もつかないような策略をめぐらす。その冷徹さは、背筋が寒くなるほどだ。同時に、彼らから人間らしい感情を一切奪い去り、ここまで追い込んだ何かへの謎と怒りが突き上げる。やがて、その仮面は少しずつボロボロと、疑いを持ち始めた周囲の人間によってはがされてゆく。
純真な普通の少年少女だったはずなのに、気がつけばこんな暗い謀略の道を突き進むことになってしまった彼ら。そこに、私は人間の悲劇を見る。この小説は、彼らへの鎮魂歌である。深い、読み応えのある1冊。
『神様のボート』☆☆☆1/2(江國香織、新潮社)
ちょっと変わった恋愛小説である。なぜなら、ほとんど全篇、「彼女」によって語られていて、「彼」の方は出てこないから。彼女というのは、主人公である葉子。この物語は、「神様のボート」に乗って旅をしている、彼女と娘の物語である。
彼女と娘のふたりきりの、静かでやさしくどこかさみしい放浪生活が、ふたりの目から交互に語られる。それは、まるで夢の中のような現実感のない、ふわふわした暮しである。母子はパパの話をし、あれこれ想像を楽しむ。
つまり彼らは、いない人を心のよりどころにして生きているのだ。葉子は絶対的な自信をもって彼を愛し続け、彼との再会の約束を信じて疑わない。この盲目的な恋は、もはや狂信的でさえある。それは現実的に見て、かなう可能性がほとんどゼロに等しい約束なのに。ふたりのけなげさが愛おしく、痛々しい。
が、娘は成長するにつれて、現実に目覚めてゆく。どこの土地にもなじまず、引っ越しを繰り返す日々。それは、現実から逃げ続けているだけだと気がつくのだ。ずっとよりそってきたふたりだったが、娘はボートを降りる決意をする。そして葉子も。
一見、静かで穏やかな物語だが、実は狂信的な恋の物語。どこかやるせなくてさみしい話であった。
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