『神狩り』☆☆☆☆ 山田正紀(ハルキ文庫、98.8月刊)

 あまりにも有名な、山田正紀衝撃のデビュー作。もう25年近く前の作品である。が、現在読んでも全く遜色ない。私にとっては、山田正紀初挑戦である。

 結論。山田正紀のファンになりました(笑)。いやあ、これでデビュー作ですか!当時、どれほど驚かれたかが容易に想像できる出来栄えである。なにしろ文章が抜群にうまい。華がある。ハードボイルド系のカッコよさ。ほんのワンセンテンスでも、うーむとうなりたくなるくらい、うまいのだ。

 若き天才学者、島津は、あるきっかけで《古代文字》を研究することになる。ところがこれが研究すればするほど、わからないというシロモノであった。これは人間の英知をはるかに超えている。そう、まさに神の言葉…?これを解読すれば世界を牛耳れるという野望に取り付かれたある組織に彼は拉致され、研究を強要される。やがて、彼はそこを脱出した後、数人の仲間と「神」の正体を暴くべく戦いを始めた…。

 地球すべてを、邪悪な神の意思が覆っており、人間は所詮どこまでいっても釈迦の手のひらから出られない孫悟空、という発想は本格SFとして申し分ない、というのはすでに既読の皆様の評価の通りでしょう。神という、ともするとマユツバ的な荒唐無稽の大ウソの大風呂敷を広げているのに、思わず知らず納得させられてしまう。この圧倒的説得力はどこからくるのだろう。読者を自らの論理に巻き込むというテクニックの、実に優れた作家ではないだろうか。このSF的発想、読者をぐいぐい引き込む文章のテンポのよさ、そして主人公の青年が仲間を失いつつもひとりで戦いを挑んでゆく、というまさに一匹狼的ハードボイルドストーリー、この3拍子の意気が絶妙。

 惜しまれるのは、さあこれから、というところで話が終ってるところだが(泣)、この大風呂敷の広げ方に成功しているのだから、SFとしてはオッケーなのでしょう。ワタクシ的には、起承転結の結まで読んでみたかったところだが。

 いやあ、堪能させて頂きました。山田正紀、おそるべし。他の作品も、おいおい読んでゆきたい。

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『光車よ、まわれ!』☆☆☆☆ 天沢退二郎 ちくま文庫(87.5月刊)

 あいにく、現在品切れの本。周囲の評判がとてもいいので、手に取ってみた。やはりビンゴ!どことなく寮美千子を思い出させる、非常に良質のファンタジーであった。ただし、キラキラと美しく夢のあるファンタジーとは少々異なる。むしろ、全体的に暗く怖いイメージ。色でいうならまさしく「黒」。その闇の中に、燦然と光る《光車》。それは悪を遠ざけようとする主人公の少年たち、子供の純な心なのかもしれない。

 ある雨の日、学校の教室に現われた3人のクラスメイトを見て一郎はぎょっとした。彼らが、まっ黒な頭巾をかぶった、異様なばけものに見えたからだ。まさかそんなことが?が、異変はそこから始まった。かくて、一郎は、クラスメイトの龍子たちと力を合わせて、《光車》を3つ見つけて、この現実の裏側に隠れている闇の世界と戦うことになったのだった。

 児童書ならではの平易な言葉をごく普通に使っているだけなのに、どの描写もイメージ豊か。頭の中で、わあっと世界が広がってゆく。なまじ具体的に書いてないだけにいっそう、読者の想像力をかきたてるのだ。現実の町の通りが消え、うっすらとその中に裏側の世界の町が浮かびあがるさまなどは、実に鳥肌モノ。ルミがボートで水路を通って別の世界にいくところも圧巻。そう、全編に漂う水のイメージがいいのだ。それは生命をつかさどる源などではなく、むしろ邪悪な生きもののように描かれている。この妖しげな雰囲気がなんともぞくぞくする。しかも全編を通して、どこかノスタルジック。

 そして、それらと戦う少年達の、手に汗握るハラハラの大冒険!親さえ自分の味方ではなく、生命さえ危ういという、かなりヘビーな目にあい続ける彼らに、もうドキドキの連続である。著者のシビアさには正直驚いた。子供だからという甘えを許さない展開である。

 さらなるもうひとつの隠れた仕掛けにも仰天。これに関してはもったいないのであまり書かないでおくが、まさに度肝を抜かれた。

 これ、子供の頃に読んだらめちゃめちゃコワかったかもしれない。大人の今、読めてよかった。未読の方にはぜひオススメ。児童図書館あたりなら、置いてあるのではないでしょうか。ファンタジーファンはぜひ!ちなみにこの文庫の解説(三木卓)、すばらしいです。

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『ぼくらは虚空に夜を視る』☆☆☆☆ 上遠野浩平 徳間デュアル文庫(00.8月刊)

 ああ、うれしい!上遠野浩平の、こういう話を読みたかったんです!『ブギーポップは笑わない』に出ていた彼らしさが、「SF」という場を得て、水を得た魚のように生き生きしている。もともと彼はファンタジー路線より、SFのほうがずっと似合ってると思っていたので、非常に満足の一冊。今後もこっち方面をぜひ期待したいところ。

 どこにでもいるような、ごく普通の高校生、工藤兵吾。が、そんな彼の日常にある日突然飛び込んできた出来事。それは、圧倒的に空っぽの虚空、宇宙の果てで、無限に向かってくる敵と戦うことだった!しかも全人類の存続をかけて…!!

 仮想現実うんぬんという、けっこうショッキングな設定。もし私がこの主人公だったら、と思うとぞっとする。ゼッタイにイヤ(笑)。この世界の現実と、もうひとつの世界の現実。この極端に違う2つの世界の設定、場面転換のうまさは文句のつけようがない。やっぱり上遠野は並々ならぬ筆力があるのだということを思い知らされた。

 そして何より、主人公の少年の心の動きの描写がいい。彼の混乱、戸惑い、照れ、決意、闘志。等身大のファジーな少年が実に生き生きと描かれているのだ。上遠野節、炸裂。もう後半なんて、私は彼に惚れちまいましたよ!カッコいいぞ、工藤兵吾!そう、これはひとりの少年の成長小説でもあるのだ。

 SF的設定も(某映画に似てるとも言われるが、ワタクシ的には全然オッケー。アイデアは同じでも、味付けが全然違うから)バッチリだし、キャラもいいし、ストーリーもわかりやすくまとめられているし、と本当に文句ナシ。『ブギー』より好みかも。上遠野浩平の、SF作家としての今後の活躍を楽しみに待つとしよう。

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『石ノ目』☆☆☆ 乙一 集英社(00.7月刊)

 4つの短編が収められている。こ、これは…ホラーといっていいのだろうか?幻想小説とも違うし。私が一番近いと思えるのは、テレビ番組の「世にも奇妙な物語」。あの感覚なのだ。まさに奇妙、としかいいようがない。

 「石ノ目」は、妖怪伝説を元ネタにしている。これが最もホラーに近い話。伝説と現代をうまくミックスしており、さすが。「はじめ」は、とっさのウソで作った架空の少女の話が、現実を侵蝕し、その子が幻覚なのに存在するといった話。幻覚の説明が多少くどい気がしないでもないが、ちょっと切なさとノスタルジーを感じさせる話。幻の友人って、誰でも昔、子供の頃に持っていたのではないだろうか。

 あとの2つ「BLUE」と「平面いぬ。」においては、私にはもはや理解不能(笑)。常人の感覚を超越している。普通、小説を読んでいると、ああこれはきっとこうきてこうなって、こういうオチだろうなというのが想像できる。が、彼の作品に於いては、オチの想像が全くできない。いったいどこに着地するのかなあと思っていたらそのまま終ってしまい、読み終わって「え?これはいったい何だったんだろう?」と呆然としてしまうのだ。どうにも収まりどころが悪く、なんともいわく言いがたい違和感を感じる。何か人間の感覚として大事なものが決定的に欠如しているような、このアンバランス感が彼の醍醐味である。実に不思議な感覚を持った作家だと思う。

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『鵺姫真話』☆☆☆ 岩本隆雄 ソノラマ文庫(00.8月刊)

 読み始めてびっくり!何これ、いきなり『星虫』(同じくソノラマ文庫)の続きですか!(笑)登場人物、世界観など(星虫もちゃんと出てくる)まるきりあの続き。未読の方は、ぜひ『星虫』からお読みになることをオススメします。そうかそうか、だからアレ復刊されたんだなあ。納得。

 しかしなんと話がスムーズに続いていることよ。前作から10年近くブランクがあるはずなのに、世界観にも文体にも、全然10年の歳月が感じられない。ということは…ちょっとどこか懐かしい雰囲気が漂うのである。ひと昔前の本みたい。先入観のせいだろうか?どうも出たばかりの新刊という感じがしない。久しぶりの友人に会ったけど、全然変わんないねえ、みたいな。

 主人公は、視力が落ちたため、あの宇宙プロジェクトから去った「純」。(途中でやっと気がついたのだが、彼女って『イーシャの舟』の純だったのだ!)日本に戻った失意の純は、ある日、ふとしたことからタイムスリップに巻き込まれる。そして飛ばされた時代は過去の戦国時代…。

 雰囲気的には『イーシャの舟』を彷彿とさせる、ほのぼの路線。どこか周囲から疎外感を感じていたはぐれ者どうしが、互いを思いやり、自分を知り、成長していく。

 あまりにあちこち時間を飛び回るのでこっちの頭がこんがらかりそうになったせいか、あまり主人公達に感情移入できなかった点は少々残念。彼らに共感できる部分が少なかったような。ストーリーが複雑すぎて、『星虫』に見られたようなストレートさがなかったせいかもしれない。が、ラストはいい終わり方だった。実はとてつもなく壮大な話なのだが、大きく広げた風呂敷を、うまくまとめていたと思う。

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『麦の海に沈む果実』☆☆☆☆ 恩田陸 講談社(00.7月刊)

 この、なんともミステリアスで魅力的な物語をいったいどう説明したらいいのだろう。いや、説明するなんてする必要などなく、ただ「読んでみて!」と言えばいいだけかもしれない。なぜなら、この物語を読むことによって、読者がこの世界にすっぽり入り込む―この恍惚感に酔うことこそが、この本の醍醐味だと思うからだ。著者の筆によって、読者はいつのまにかずるずると本の中に引きずり込まれてゆく、そんな感覚。

 読み始めて驚いたのは、「あれ?私はこの本を読んだことがあるぞ?」というデジャ・ヴを感じたこと。それもそのはず、『三月は深き紅の淵を』と一部リンクしているのだ。『三月〜』を未読の方はぜひそちらからどうぞ。それぞれ独立してる話ではあるので、ゼッタイとまでは言いませんが、楽しみが倍増するのは確実です。イラストの北見隆も『三月〜』と同じ。章ごとの扉の、彼の挿絵が絶妙な効果をかもし出していることをここに明記しておく。

 で、『麦〜』は『三月〜』の中のひとつの設定を使い、それをさらに膨らませた話なのだ。ある北の湿原にぽつんとたった「青の丘」。そこにある全寮制の学園で起こる連続殺人がいちおう話の核である。出だしから、とにかく全てがミステリアス。2月の終わりにやってきた(それは学園に破滅をもたらすという噂あり)主人公の美少女、周りのファミリーと称される学友たち、男の格好をしたり女の格好をしたりする校長、学園の規則、そして殺人。なにからなにまで謎めいていて妖しげで、この現実離れした物語の雰囲気にすっかり虜にされてしまう。この設定にハマる方にはまさにツボ。犯人探しが目的のミステリとは全然違う。確かにそれも気になるが、それよりこの物語世界に浸ることがただただ快感で、いつまでもこの本を読み終えたくないと願ってしまうほどであった。こういう独自の雰囲気をもった世界を作り出すことにかけては、いつもながら恩田陸は実に長けている。

 ラストのミステリ的オチも満足の出来。ああ、しかし何より悲しいのは、この物語を読み終わってしまったことだ。いっそ自分がこの本の中に閉じ込められて、出られなくなってしまえたらよかったのに。というわけで、恩田さん、またこういうとびきり苦いブラックコーヒーみたいな小説を書いて下さい!禁断症状が出る前にぜひ!

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『朗読者』☆☆☆☆ ベルンハルト・シュリンク 新潮社(00.4月刊)

 ベストセラーになってしまう本というのは、ある意味不幸である。色眼鏡で見られてしまい、本の中身そのものの価値をゆがめられがちだから。この本も、こんなに巷で大騒ぎされずに、もっと静かに読まれたほうが幸せだったんではないかと思う。ヘンな先入観なしに読んで欲しい、いい本である。

 ある男性(中年あたりか?)の独白によるこの物語は、3章で構成されている。1章で書かれているのは、彼が15歳のときに出会った、36歳の女性との恋。実際に読むまでは「そんなのアリ?」と半信半疑だったのだが、読んでみたら実に自然だった。少年の側の視点からのみ描かれた、彼女が全てだった青春の日々とその別れ。文学の香り漂う、感情を抑えた静かで淡々とした文章は、どこか読者の郷愁を誘う。それは、誰もがこういった、胸のうずくような切ない痛みに覚えがあるからだろうか。

 ここで終ればただの恋愛小説だった。が、2章でいきなり話は全く違う方向に向かう。主人公が彼女に再会したのは、法廷だったのだ。彼女はナチ時代の戦犯として、被告人としてそこに立っていたのだった。彼は偶然、大学のゼミの研究のためにそこに居合わせたのだ。

 「戦争の際に犯した罪はどうすべきか?そのときどうすればよかったのか?」というのが2章のテーマである。いきなりこんな重いテーマが提示されるとは思ってもみなかった。私にはとても軽々しくコメントはできない。おそらくドイツの人々が読んだら、私が受けたのよりはるかに衝撃を受けたであろう(もちろんドイツでもベストセラー)。まだまだ戦争の傷跡は消えない。人々の心から。この問いは、もしかすると永遠に誰も答えることはできないかもしれない。

 3章は、あまりにも切なくて、もはや何も書けない。彼の人生、彼女の人生。彼が彼女にしたこと、彼女が最後に選んだ道。それを思うと、深い感動と悲しみに言葉も出ない。表現を極力抑えた文章が、いっそう読者の感情を増幅させる。

 もう一度書くが、色眼鏡なしに読んで欲しい。これは青春小説であり、戦争とは何かを読者に問う問題作であり、同時に人生を考えさせる小説である。長く読まれる本になるであろう。傑作。

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 『まどろみ消去』☆☆☆☆ 森博嗣 講談社文庫(00.7月刊)

 やー、驚いた!森博嗣が短編ミステリの名手だったとは!(などと言っては失礼か。)こう申してはなんだが、あの犀川&萌絵シリーズより遥かにミステリしてる気が。11の短編が収められているのだが、テイストがみんな違って、萌絵たちが登場する話もあるのだが、そうでない短編が断然光っている。こんな話も書けたのねえ。著者の力量とセンスを改めて見直してしまった。厳密にはミステリと言い切れない話もあるが、それもまたよし。

 好みでいうと、「虚空の黙祷者」、「純白の女」(これは私の想像するオチでいいのかどうか、悩むところ)、「彼女の迷宮」(これ傑作!この中ではワタクシ的ベスト1)、「真夜中の悲鳴」(ラストの一文がいいのだ、うふふ。こういう、本題にちょこっとだけ恋愛がからんでるタイプの話って好きなんです、私)、「やさしい恋人へ僕から」(これにはうなったね!“全然ミステリじゃないじゃん”と思ってたらこのオチかい!まいりました〜!ベスト2)、「何をするためにきたのか」(うーん、なんとも言えず不思議な話。森さん、ホラー書いてみませんか、今度?)、「心の法則」(とか言ってたら、これってばホラーじゃん?)、「キシマ先生の静かな生活」(こ、このキシマ先生は森博嗣そのものでしょうそうでしょう!!!これベスト3。ミステリじゃないけど。いや、人生そのものがミステリであるという意味か?)。

 全体を通して、森博嗣が、萌絵シリーズと、自分自身を皮肉ってるというか揶揄してるような雰囲気がうかがえる。彼の他の作品を読んでる読者なら、思わずくすりと笑ってしまうネタ満載。ほんの少し、スパイス程度に恋愛をからめてるところがまた絶妙なんだよなあ。とにかく、著者の新しい顔を発見したようなヨロコビ。彼の短編をもっと読みたいものだ。『地球儀のスライス』まで我慢か(彼の作品は、順番に読まないとなので。『地球儀〜』まではあと5冊か。がんばろう)。

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『天使の屍』☆☆☆1/2 貫井徳郎 角川文庫(00.5月刊)

 おとなしく賢かった中学2年生の息子が、ある晩突然何の前触れもなく、飛び降り自殺した。その理由がどうしてもわからない父親は、独自に調査を始める。同級生に話を聞くが、なにか釈然としない。彼等との間にどこか、壁があるのだ。やがて、この同級生たちも次々と自殺を…。そして父親の前に驚愕の事実が!

 子供を持つ親としては、かなりショッキングな話だ。フィクションとは思えない説得力。事実、こういうことがあっても、今の世の中、なんの不思議もないような気がする。そう思わせるのは、社会の情勢をよく理解把握し、それを物語として組み立てることができる著者の筆力であろう。いやはやそれにしても、うすら寒い、なんともやりきれない話である。心の中に荒涼たる風がひと筋強く吹きすさぶような。

 主人公の父親の子供に対する愛情、いまどきの中学生の冷めた感覚と自分達のみのルールを守る閉塞さ、オトナとの距離感などは実にうまく描写されている。さすがというほかない。人物を描く、という点がとにかく非常に達者なのだ、貫井徳郎は。心理描写に違和感がない。息子の死の真相を追い求める父の迫力に、思わずひきこまれてぐいぐい読んでしまう。でもヒーローじゃないんだな。迷ったり、悩んだり、ボコボコにやられたりして。そのあたりがまたウソっぽくなくていいのだ。

 ミステリにおいては、ラストが若干唐突な気がしないでもない。が、このオチは読めなかったなあ。なるほどねえ。

 ずしりと重たい読後感の一冊。こんなことが現実に起きないことを祈るのみだ。

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