『奇跡の少年』☆☆☆☆(オーソン・スコット・カード、角川文庫 98.11月刊)

 小説を書くというのは、いうまでもなく、作家がひとつの世界を創造することだ。この小説において、著者はこれに見事に成功している。これは、史実を織り交ぜた、壮大で描写力豊かなファンタジーである。世界幻想文学大賞受賞作。

 舞台は18世紀の終わりから、19世紀のはじめの北アメリカである。ある程度、史実にもとづいてはいるのだが、現実と大きく違う点がある。それは、この世界ではまだ精霊やまじないが大きな力を持っているという点である。

 都市では科学が芽生え始めてはいるが、町や村では人々はまだ超自然的なものを信じていて、それに根ざした生活を送っている。そして実際、その力が存在するのである。
 誰にも説明できないが、そこに存在する力、能力。例えば透視、魔法のように石を切り出す能力、自分の傷を癒す力、魔よけの形に並べられた籠。人々はごく自然にそういったものを受け入れ、力と共に暮らしている、そんな世界なのだ。

 開拓地を目指して旅をしているある一家が、嵐の晩に馬車ごと流されそうになる。その馬車には、産気づいた妊婦がいた。今にも産まれそうな子供、だが水はその子を憎み、なんとか抹殺しようとする。なぜなら、その子はもし産まれたら7番目の息子のまた7番目の息子ー特別な力を持った子供であり、破壊者である水にとっては邪魔者なのだ。
 が、兄の命を犠牲にして、奇跡的に彼は一命をとりとめる。物語は、ようやっとここから始まるのだ。

 その子アルヴィンは、言い伝えのとおりに、強くて不思議な力を持っていた。彼はものを創り出す力を持っていたのだ。ゆえに、破壊者(アンメイカー)にずっと命を狙われる。彼はさまざまな危険に出くわして何度も命を落としそうになるのだが、そのたびに奇跡としかいいようのない事が起き、彼は助かる。

 この創造者と破壊者の目に見えない闘いが実にスリルに富んでいて、読者を物語にひきずりこむ。著者のストーリーテリングの素晴らしさに酔いしれてしまう。豊かな想像力による描写のうまさはいうまでもない。
 同時に宗教や家族愛などのテーマも盛り込まれていて、実に読み応えがある。

 話は、少年が遠くの町に出されるところで終わる。父は、息子を愛するがゆえに手放す決心をするのだ。つらいが、破壊者の手から息子を守る為に。

 この小説は〈アルヴィン・メイカー〉シリーズの第1巻目である。現在、5巻まで発行されていて、まだ継続中との事。2巻目が近く刊行されるとの予定らしいので、わくわくしながら待つことにしよう。1巻はまだまだほんの序章である。アルヴィンの運命やいかに?早く続きを読みたいよう!

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『病む月』☆☆☆1/2(唯川恵、集英社 98.10月刊)

 少し前に、幻冬舎のPR雑誌「星星峡」で、彼女の短編を読み、そのうまさ、面白さに驚いたことがある。これを読むまで、唯川恵は、恋愛エッセイや甘ったるく切ない恋愛小説しか書かない作家だとばかり思っていた。
 ところがところが、いつの間にか彼女は「オンナ」というものを書かせたら右に出るものはいないくらいの(ちょっとほめすぎかな)びっくりするくらいの短編の名手になっていたのであった。

 これは、10作からなる短編集。どれも、30代〜40代のさまざまな女性が主人公である。
 しかし、著者は、読んでいて好感を持つような、性格のいい女性を一切描いていない。女の持ついやな部分、女性特有のドロドロとした暗い情念にのみスポットをあてている。そのぞっとするようなリアルさ、冷静さ、残酷さは、背筋に寒気が走るほどだ。

 著者は自分の心の膿を出すかのように、これでもかというくらい、女のいやなところをさらけ出す。そして、同じ女性として、それってわかる、とうなずけてしまうほど、著者の筆致は巧妙で説得力がある。

 だが、不思議と、これだけいやな女を描いているのに、全く不快感は感じられない。なぜか。それは、彼女達にまったく悪意がないからだ。彼女達は、皆、生きていくために、こうならざるをえなかったのだ。後ろ向きの生き方をしている女はいない。真剣に生きているのに、なぜか底無し沼に少しずつずぶずぶと沈んでいくように、暗いものの中にはまりこんでいってしまった哀れな女達なのだ。

 どの話も微妙に味つけが異なり、ホラータッチのもの、死を描いてちょっと泣かせるもの、嫉妬、親子の確執などのテーマが語られる。物語の作り方の見事さ、筆運びのうまさは一読の価値あり。読まず嫌いの方、ぜひチャレンジを!

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 『夜明けまで1マイル』☆☆1/2(村山由佳、集英社 98.9月刊)

 帯に「教授と学生。これはフリンなんかじゃない、恋だ。」とあるので、てっきり不倫小説かと思っていたら、全然違った。この小説は、この帯の前の文句、「最新青春恋愛小説」という定義が正しい。主人公の大学生の男の子が直面する、恋愛や才能などのさまざまな問題を、彼がどう乗り越えて行くかがテーマ。まさに青春小説である。

 評価が低いのは、決してこの小説が面白くないからではない。たぶん私が高校生か大学生だったら物語に入りこめたと思う。が、今の私にはちょっと気恥ずかしい。あまりにストレートな青春ものなので、現在の私に共感できる部分が少なかったのだ。

 私は男じゃないのでこの評価が正しいかはちょっとアレだが、主人公の男の子の気持ちはよく書けていると思う。とれたての果物のようにみずみずしく、セリフも生き生きしている。これを現役の大学生の男の子が読んだらなんと言うか、聞いてみたいものだ。女性側から書いてるので、ちょっと理想化しすぎてるだろうか?

 10近くも年上の美人教授とのいまいちはっきりしない不倫、幼なじみの女の子との恋と友情のまんなかくらいの微妙な感情、その子と友人らとやってるバンドのデビューなど、彼をとりまくあれこれがつづられる。彼の姿勢は悩みながらもいつもまっすぐで、いかにも青春してるな〜、といった感じ。
 今度は、この美人教授の側からの彼に対する気持ちを読んでみたい。それとも、彼女は淋しかっただけで、彼に恋してたわけじゃなかったのだろうか?

 村山さん、今度はぜひ大人の女性を描いた小説を書いて下さいね。1ファンとして、楽しみに待ってます!

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『ダーシェンカ』☆☆☆1/2(カレル・チャペック、新潮文庫 98.10月刊)

 とにかく、かわいい本!まず表紙から、ぎゅっと抱きしめたくなるような、愛らしい目をしたテリアがこちらをじっと見つめているではないですか!もう、これだけでレジに持って行っちゃうね。よしよし、お姉さんが連れて帰ってあげるからね。しかもこの写真の周りに、著者の描いたダーシェンカのイラストがいっぱい転がっているのだ。これもまためちゃくちゃキュート!彼のイラストはとても単純なのだが、味があって実にいい。

 「ダーシェンカ」とは、あの「ロボット」という造語を生み出した作家チャペックの飼い犬である、フォックステリアの名前である。これはチャペックの、我が愛犬への愛情あふれる本である。
 「ダーシェンカのための8つのおとぎ話」、「子犬の写真を撮影するには」、「ダーシェンカのアルバム」の3章から成り立っている。

 私は、この最初のおとぎ話がとても好き。彼が、ダーシェンカを前にして、いろいろとお話をしてあげるさまが目に浮かぶ。それはまるで、母親が眠りにつく子供に聞かせるお話のようである。が、もちろんやんちゃな子犬は、人の話など聞きやしない。ちょろちょろ動き回って、あげくにはスズメに向かって突進していってしまい、したがって結末がない、というお話まであるのだ。もう、実にほほえましくて、思わずひとりでふふふ、と笑ってしまう。

 彼が、いかにダーシェンカを愛しているかが行間やイラストからあふれ出ている。もう、目に入れても痛くない状態。子犬って本当にかわいいんだなあ、としみじみ感じる。「誰かが誰かを愛している気持ち」というのを読むのは、実に心温まるものだ。こちらにまで、幸福が伝染してくる。犬好きの人はもちろん、すべての方にオススメしたい、愛しい本である。

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『クロスファイア』上・下☆☆☆☆☆(宮部みゆき、光文社カッパノベルス 98.10月刊)

 文句なしに、今年の私のベスト2!これぞエンターテイメント!「物語を読む」という至上の幸福に浸りきって読んだ。早く最後まで読みたいのと同時に、読み終わってしまうのがもったいなくてたまらなかった。
 やっと書いて下さいましたね、宮部みゆき!私は、『火車』という最高傑作を読んで以来、あれを越えるあなたの作品をずっと待っていたのです!『火車』は非常にインパクトが強かったので、いまだに私の中では宮部みゆき作品ベスト1だが、この『クロスファイア』は、あれをしのぐといってもいい傑作である。

 この作品は、以前に光文社カッパノベルスで刊行された『鳩笛草』の中の「燔祭」という作品の続編という形になっている。この作品に登場した、青木淳子という、念力放火能力を持った若く美しいOLが主人公である。そう、これはミステリというより超能力ものサスペンスといったストーリーなのである。

 彼女は自らを「装填された銃」という。彼女の念力放火能力は、一瞬にして人間を墨のように真っ黒に焼いてしまうことができるくらいすさまじいのだ。
 ある日、彼女は凶悪な殺人を犯した若者たちに偶然遭遇し、彼らを自らの能力を使って“処刑”する。その場からかろうじて逃走したもう一人を探し、監禁されているらしい女性を救う為、彼女は必死の追跡を開始する。やがて彼女は、「正義」という大義名分のもとにより、処刑を繰り返してゆく。

 彼女自身も悩む。私は本当に正しいことをしているのか?確かに、彼女が死に追いやった彼等は、世の中のためには抹殺すべき極悪人だ。だが、私の標的選びに間違いはないのだろうか?彼女の持つ力は一個の人間が持つには大きすぎて、ゆえに彼女はだんだん暴走を始める。

 いっぽう、彼女の起こした焼死事件のあまりの不思議さに疑問を持つ石津ちか子刑事は、牧原刑事とともに捜査を開始する。ちか子は常識人なので、超能力など信じられない。が、過去の個人的事情により念力放火能力を信じる牧原と共に捜査するうち、だんだん青木淳子の能力を否応無しに認めざるをえなくなり、彼女を追跡し始める。このあたり、現実と架空の接点が非常にリアルに書けていて、説得力がある。

 やがて、彼女の能力を知った「ガーディアン」という必殺仕事人のような組織が、彼女を勧誘しはじめる。そして物語は一気に悲劇へと向かってゆく。

 正義ゆえの殺戮を繰り返した彼女は、はたして正しかったのか?「ガーディアン」のしていることは正しいのか?宮部みゆきは、読者に大きな疑問を投げかける。これは読者それぞれに判断の分かれるところであろう。ぜひ、あなた自身で考えて頂きたい。(著者は物語の最後に答えを明かしている。いかにも著者らしい考え方で安堵する答えである。)

 大きな力を持ったがゆえに、普通の生活をすることができず、あちこちを転々とし、友人も恋人もつくらず、ひたすら目立たないようにひっそりと一人で生きていた、ヒロインが悲しすぎて泣ける。彼女の人生こそが、一瞬にして燃えた炎のようであった。 

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『ビフォア・ラン』☆☆☆☆(重松清、幻冬舎文庫 98.10月刊)

 『ナイフ』で一躍有名になった、(と言っていいだろう。私は少なくともそれまでこの著者の名前を全く知らなかった)重松清の幻のデビュー作。ずっと前に絶版になっていたため、もう2度と読めないと思っていたので、文庫化されると聞いたときはとてもうれしかった。

 これは、高校三年生の主人公の、4月から卒業までの1年間をつづったものである。なんていうと話は簡単だが、とんでもない。この1年間というのは、経験者なら身に覚えがあると思うが、とにかくつらい。なんといっても、受験という大きなプレッシャーを絶えず抱えていなければならないからだ。そのプレッシャーの分だけ、逆にさまざまな出来事に、ものすごく敏感な時期でもあるのだ。
 卒業すれば、マラソンのスタート直後のように、みんなばらばらになってゆく。その走り出す直前、高校三年生は「ビフォア・ラン」である。

 主人公、優は余りにも自分が平凡過ぎる高校生だと思っている。その平凡さになにか影を作ろうと、彼は自分でトラウマを作ることを思いつく。友人をまきこんで、彼はなんと、ノイローゼで休学していたまゆみという同級生が、自分達のせいで自殺したというトラウマを作ってしまうのだ。
 そこまではよかったのだが、そのまゆみが別人のように明るい女の子となって突然彼らの目の前に現れたところから、話はややこしくなっていく。まゆみは、かつて暗い女の子だった現実を、自分が明るく、友人も恋人もいたという妄想とすりかえていたのだ。

 嘘と現実が交差する。現実の余りのつらさに、嘘に飲みこまれようとする者。それでもやはり逃げないで現実に向き合わなければだめだという者。不器用だが真剣な彼らの葛藤がじんとくる。

 青春という、ちょっと照れくさくなるような事を、作者は真っ正面からとらえていて好感が持てる。この姿勢は、『ナイフ』でいじめを真っ向から取り上げたのと同じだと思う。悩み、苦しみ、そんな書きようによっては重くて暗いものを、優しい筆致でユーモラスに描いている。暖かな涙を誘う、すがすがしい小説だった。

 (余談だが、この小説は1980年を舞台にしているので、この年代に学生時代を過ごした方は読んでるとノスタルジーに浸れますよ〜。RCサクセション、YMO、松山千春、オフコースなどなど懐かしい名前がたくさん出てくるのだ!野球のこともいろいろ出てきて、こっちは私にはわからないのでアレなんだけど、広島カープのことなどわかる方には懐かしいハズ。) 

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『月曜日の水玉模様』☆☆☆(加納朋子、集英社 98.9月刊)

 加納朋子は、以前読んだ「ガラスの麒麟」がとても良かった。その彼女の最新作ってんでけっこう期待してたのだが、それほどでもなかったかなあ。私がちょっと期待しすぎたのかもしれないが。

 どこの会社にでもいそうな、中堅どころの一般事務職OL、陶子が探偵役。彼女を主人公に据えて、月曜から日曜までの7本の連作仕立てになっている。
 題名の「月曜日の水玉模様」というのは、毎日同じ通勤電車で見かける若いサラリーマンが、決まって月曜日には水玉模様のネクタイを締めているから。陶子は、ひょんな事件からこの彼と顔見知りになる。陶子を気に入った彼(萩君)は、以来なにかと彼女の周りに出没する。ワトソン役といったところか。いや、ちょっと違うかな。

 いかにも「日常の謎」派らしい、ミステリーである。何気ない日常の中にある、気がつかなければそれきりになってしまうような、小さな謎。陶子は、そんな謎を見つけ、考え、思いもかけない解答を導き出してゆく。 

 軽く読めてそれなりに面白いのだが、うーん、人物がどれもちょっと薄いかな。「ああ、この気持ちわかる!」といった、痛切に共感できるところがなかった気がする。中堅OLの、上と下との板ばさみ的なちょっと複雑な心境とかもちゃんと書けてるのだが。なんか、いまいち入りこめなかったなあ。もう少し人物を掘り下げたら、もっと面白いものになったかも。あくまで、私個人の好みで言えば、だが。決して、小説自体の出来が悪いというわけではないので、ご安心を。

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『不安な童話』☆☆☆(恩田陸、祥伝社ノン・ノベル 平成6.12刊)

 恩田陸、3冊目の長編。これは彼女の作品の中では、だいぶ本格ミステリの色合いの濃いものである。ミステリなのに、ほとんど感性で書いてるとこが、いかにも彼女の作風。

 25年前に殺された、若く美しい才能あふれる女性画家、高槻倫子。彼女は、狂気と紙一重といった感じのエキセントリックな性格で、人を憎むことで生きていた。
 彼女の遺作展で、主人公万由子は強烈なデジャヴに襲われ、倒れる。翌日、彼女と先生のところに、倫子の息子である秒が訪れ、あなたは母の生まれ変わりだというのだ。そして、母の死んだ時の状況を思い出してほしいと懇願する。

 倫子の遺言で、秒と万由子と先生は、倫子の4人の知人に彼女の絵を渡すことになる。どうも、殺人犯はこの中にいるようなのだ。万由子には昔から、他人の頭の中の引出しを開けてみることができる能力があり、彼女は途中、頭の中にさまざまな光景を見る。(文中に、唐突にゴシック体の太文字で書かれた光景が、けっこうこわい。)やがて、少しずつ真実が見え始める…。

 生まれ変わり、超能力など、けっこういろいろなモチーフが入っているのに、破綻なくうまくまとめてある。物語の設定のうまさ、人をぐいぐいストーリーに引きこむ力はさすが。謎解きの仕掛けもきちんとしていて、ミステリ的にも及第点。
 が、やはり恩田陸らしいなと思うのは、最後の余韻の残し方。万由子は本当に生まれ変わりだったのか、それとも?という答えを明瞭にしないまま、終わってるところがいかにも彼女の作風だなあと感じた。

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『カラフル』☆☆☆☆(森絵都、理論社 98.7月刊)

 「つきのふね」のテーマの重さ、シリアスさに比べ、こちらは明るく軽快なストーリーである。でもやっぱり、私は大島弓子を連想しちゃうんだよなあ。彼女の作品にも、似たような転生の話があるから(「秋日子かく語りき」など)。彼女のマンガを小説にしたら、こんな感じになるだろうと思う。

 死んだはずのぼくは、天使の抽選に当たったかどで、本当なら輪廻のサイクルからはずされる決まりだったのに、人生を再挑戦できることになる。自殺した少年の中に「ホームステイ」して修行し、前世のあやまちに気がつけば成功。失敗すれば、輪廻できないという、天使の勝手な決定により、ぼくは下界に戻ることになる。

 こうしてぼくは、「小林真」という中学3年生の少年の体の中に入り、天使のガイドつきで、「小林真」として暮らすことになる。やがて、だんだん彼の自殺の原因がわかってくる。彼は絵を描くことを生きがいにしている、おとなしく、親しい友達もいない子だった。家族は一見なんの申し分もないが、実はろくでもない人間ばかりだったのだ。

 しかし、話はそこでは終わらない。いろいろな経験をするうち、ぼくには周りの人達の、本当の気持ちが見えてくる。人間は善、悪1色ではないのだ、ひとりの人間にもいいところ、悪いところと、「カラフル」に、いろんな色が入ってる。ぼくは、やっとそれに気がつくのだ。

 心温まるラストに、ほっとさせられる。
 この本はつらい時に読むと、いいかもしれない。「しょせん、今の人生だってほんの数十年のホームステイだ」と思えば、少しは楽になれるかもね。

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『つきのふね』☆☆☆☆(森絵都、講談社 98.7月刊)

 正直言って、私はもう中学生ではない(当たり前だって)。中学生の私は遠い過去になってしまった。そりゃ、あの頃の鬱屈したもやもやした気持ちを少しは覚えちゃいるけれど、もう最近の子供の気持ちは残念ながらよくわからない。知ったかぶりもしない。大した罪の意識もなく万引きしたり、薬をやったり、援助交際したりする子達の気持ちは、どうしてもわからない。
 この著者は、そういう今の中学生(の中でも本を読む習慣のある、ごく一部の子達)には大変人気のある作家だそうである。

 物語の雰囲気が、どことなく大島弓子のマンガをほうふつとさせる。奇抜な発想、ハートフルなストーリー。これは確かに、マンガは読み慣れているが、小説にはあまり馴染みのない子にも、入りやすいだろう。子供に読みやすいように書かれてはいるが、これは大人にもぜひ手にとって欲しい本である。

 主人公のさくらは、「人間ってものにくたびれてしまって」いる、女子中学生である。それは、親友だった梨利と、仲たがいしてしまったから。けんかではない。二人で万引きをしている最中に捕まったさくらが、梨利も「仲間か?」と問われたときに、絶対に知らないふりをするというルールを破って、梨利に助けを求めてしまったからだ。

 梨利の追っかけだった勝田くんは、ふたりをなんとか仲直りさせようと奔走する。尾行が好きだったりして、ちょっとアブナイ奴なのだが、彼の努力はあまりに安直で、空回りばかりする。万引きの時にさくらと知り合った智さんは、さくらの唯一の安らぎの場なのだが、彼も全人類を救う宇宙船の設計図ばかり描いている、これまたちょっとアブナイ人である。

 皆、何かに行き詰まっている。それぞれが孤独な魂を抱え、未来に漠然とした不安を抱いている。でも、「ともだち」がいる。さみしい彼らの、たったひとつの支え。「月の船はこないよ」「でも、あたしたちはきたよ」とさくらは智さんに言うのだ。
 つらくて、なにもいいことのない世の中かもしれないけれど、「ともだち」さえいれば、どうにかこうにか乗り越えていけるのではないか、乗り越えていこうよ、という著者のメッセージが聞こえた。
 (ということは、こういう物語が今の子に人気があるということは、今の子たちはものすごく不安でさみしいのだろうか。)

 最後の一行に、涙があふれた。こんな世の中だけど、どんな人の心にも小さな灯は残ってると私も思う。

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『プラスティック』☆☆☆1/2(井上夢人、双葉文庫 98.9月刊)

 こ、これは書評家泣かせの小説である。ネタバレせずに解説するのは非常に難しい。なぜなら、たった一言書くだけで、この本の面白さの90パーセントは減退するから。先に読んだ人は、未読の人に、「読んでみて!びっくりするよ!」という他はない。これが出た当時、プロの方はいったいどのように書評を書いたのだろう?

 著者は、その当時の最新のメカや社会状況を、小説の重要なキーポイントに使う。これが実に巧みで、いつも、うーんとうならされる。

 今回の小説のキーポイントは、ワープロである。ま、これはそう新しい道具というわけではないが、小説の形式としては新しい試みと言えるだろう。
 というのは、この小説は、何人かの登場人物によって書かれたワープロのファイルを読者が読むという形式になっているのだ。最初は、向井洵子という主婦のファイル。次に、高幡英世という男性、というように、ファイルの羅列によって物語が進められてゆく。

 最初は、「?」である。これが読み進むうちに「???」となってゆき、読者はどんどん迷宮に迷い込まされる。そして、「!!」。ああ、もうこれ以上は書けません。とにかく、お読み下さい。読み終わった人としか、この本の話はできないのです。ううう、ラストについて語りたいのになあ〜!

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『血は異ならず』☆☆☆1/2(ゼナ・ヘンダースン、ハヤカワ文庫SF 昭和57年12月刊)

 先日読んで大変感銘を受けた「光の帝国」(恩田陸)の、元ネタとなった話。著者は昔これを読んで、「いつかこういう物語を書きたい」と思ったそうだ。

 これは、ある宇宙人たちの、地球への移住物語である。
 自分達の住む星が消滅するのを察知した預言者の言葉に従い、彼等《同胞》(ピープル)たちは、他の星に移住することを決意する。何隻かの宇宙船に乗りこみ、彼等は《故郷》を後にする。やがて、彼等は地球に漂流し、人間にまぎれこんで生活するようになる。

 が、彼等には人間と大きな違いがあった。姿形は同じだが、人間の言うところの“超能力”を持っているのだ。空を飛んだり、地中に埋まっている鉱物を感知したり、物に触れないで動かしたり、人によって能力はそれぞれ違うのだが、それは人間から見ると“異端”の存在である。迫害を恐れて、彼等は人間の前ではその力を隠し、目立たないように暮らしているのだ。

 彼等がどうして、地球にやってきたか。人間達とどのように関わり、溶けこんでいったか。それらのいきさつが、ある一家のそれぞれの人物ごとに、6つの章に分かれて語られる。

 著者の筆致がとても暖かく、好感を覚える。家族や他人への思いやり、恋人や亡くなった夫への愛情、《故郷》への郷愁。そういったものが、ろうそくの灯のように、ほのぼのと心を照らす。人間にひどい目にあわされたり、逆に人間を見下す話もあるのだが、どれも最後はハッピーエンドに終わらせてくれているのも、うれしいところ。
 この手の話が好きな方には、お勧めのSFである。

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