『青空の卵』☆☆☆1/2 (坂木司、東京創元社 02.5月刊)

 装丁の美しい本。「名探偵はひきこもり」という帯が印象的。そう、ワトスン役の保険営業マンである主人公に対して、このホームズ役の友人は、人ぎらいで家にこもりぎみのプログラマーなのだ。で、そんな友人をきづかって、外界への興味を持たせようと、主人公はあれやこれやと謎を持ち出して、なんとか連れ出そうと日々努力しているわけである…が…。

 むむ、これは!このふたりの友情は、どう考えても普通のレベルを超えてるぞ(笑)。やお○と聞いてはいたが、こりゃマジでラブだよ、このふたり!(どっちも♂)若干でも、血液中にそれ系の血が流れてる読者にはたまんないかも(笑)。

 それを脇に置けば、いつもの東京創元社お得意の「日常の謎」派ミステリとして楽しめる。「冬の贈りもの」の謎解きなどは、はたと膝を打った。「夏の終わりの三重奏」みたいな社会問題系の話より、この著者にはこっち路線のほうが向いてると思う。

 主人公たちがやや感情的に過ぎる(そんなにぽろぽろ泣かんでも…)など、若干気になる点もなきにしもあらずだが、さまざまな小さな事件を解決していくうちに、だんだんと彼らに人の「輪」ができ、それが広がっていく様は微笑ましい。加納朋子あたりとはまた少し違った、独特の暖かさを感じる。なんとなく、手ざわりが今の若い人の感覚なのだ。よっぽど心を許す相手以外には、自分の感情の扉を全開にはしないところとか。自分の領域をかたくなに守り、侵入を許すのは限られた信頼できる人間のみ、でもそれでもやっぱり他者と接点を持ちたいとも思う、その葛藤や矛盾。そう、他人との距離のとり方が独特なのだ。自分と他者との間に、薄い透明な壁があるような感じ。

 ちょっと新しいタイプのミステリではなかろうか。「かつくら」読者あたりに強力オススメ。

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『まほろ市の殺人 夏 夏に散る花』☆☆☆1/2 (我孫子武丸、祥伝社文庫 02.6月刊)

 祥伝社400円文庫の競作「幻想都市の四季」、夏編。これは我孫子武丸。実は彼の著書を読むのは初めて。彼の芸風というかカラーを知らないので、既刊本との比較はできないのだが、これはなかなか面白く読めた。

 真幌市に住む若い新人作家、義一のところに届いた、同じ市内の女性からの1通のファンレター。彼はメールのやりとりから、彼女にほのかな恋心を抱くようになり、一度会うことになる。ますます心惹かれる彼だが、そのあと彼女の態度は冷たく、いてもたってもいられない彼は…。

 これは意外な展開。男女それぞれの立場からの恋と、そのすれ違いによる悲劇。なんとも皮肉な運命とその結末。やるせない読後感を残す、なかなかの一篇。

 

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『まほろ市の殺人 春 無節操な死人』☆☆☆ (倉知淳、祥伝社文庫 02.6月刊)

 祥伝社400円文庫、第3弾の目玉企画。架空の地方都市を舞台にした、「幻想都市の四季」という競作である。春夏秋冬を順に倉知淳、我孫子武丸、麻耶雄嵩、有栖川有栖が執筆している。まずは「春」の倉知淳から読んでみた。

 どこにでもありそうな地方都市、真幌市。ここで起きたバラバラ殺人事件に巻き込まれた同級生の女の子を救うべく、主人公の大学生、新一らが活躍(?)。

 うーん、可もなく不可もなく、といった印象。そこそこ面白いけど、フツーというか。何より、倉知さんらしさがあまり感じられなかったのが残念。トリックも、ちょっと苦しいかなあ。理屈としてはあってるけど、現実的にはそこまでするかな、みたいな。何より、これ、仮定の話だけで裏づけや証拠などが何も出ないままで終ってるところが気になる。何かの伏線なのか?

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『ブラック・エンジェル』☆☆1/2 (松尾由美、創元推理文庫 02.5月刊)

 最後まで読了して、わかった。これ、ミステリと思って読んではいけなかったんだ!SFもしくはファンタジーと思って読まなきゃいけなかったんだ!

 帯にも書いてあるので言ってしまうが、冒頭でいきなりCDから現れた天使に大学きっての美女が殺される、という事件が起きる。しかも仲間たちの目の前で。私はこの「天使」にずっと引っかかっていて、どう合理的解釈をつけてくれるのかと期待して読んでいたら…どうもそういう話じゃなかったようだ。つまり、それはそれとして受け入れなければいけなかったのだ、この超常現象を。

 それさえ受け入れてしまえば、なかなかの青春小説といえる。謎で引っ張っているから、その点ではミステリともいえるし。でもやはり、私は読み方を間違えてしまったようだ。それでも先が気になってぐいぐい読んだし、面白かったんだけどね。オチも傑作だったし。でも何かこう、ピントがずれてるという違和感を感じてしまった(読み違えた自分が悪いのだが)。おそらくこのズレこそが著者の持ち味なのではなかろうか。他の著作読んでないのですが。

 西澤保彦みたいに考えてればよかったんだなあ。SF設定を前提とするミステリ、と。

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『ルート225』☆☆☆ (藤野千夜、理論社 02.1月刊)

 えっ?マジで?と、読了後しばし呆然としてしまった。これはかなりの衝撃的問題作ではなかろうか。作品に問題があるとか、そういうことではない。普通、こういう終り方はしないと思う。その締め方を選んだ作者に驚いたのだ。いったい、彼(彼女か?)はどういうひとなのだろう、どういう作品を書く作家なのだろう、と無性に思ってしまった。

 中学生と小学生の姉弟が迷い込んだ、日常からほんの少しだけズレたパラレルワールドの話である。ほんの少し、というのがポイント。妙なリアル感がある。微妙な年頃の主人公たちの書き方もなかなか。ちょっと醒めた、斜めに見ているというよりは物事に少し距離を置いて、自分から切り離して客観的に見ているような感覚。ここにいる自分と、それを客観的に横から見ている自分のふたりがいる、というか。こういうのが今の子たちなのかな。実際のところはよくわからないが、いいセンいってるように思う。

 しかししかし、このラストは!私にはとても冷静には受け止められない。もし私が彼らのような状況に置かれたら、とてもこんな風にはふるまえないであろう。こりゃ堂々たる「SFだ。しかも救いようのない。コワイよ。すごくコワイよ。でも彼らはこれをまともに受け止めるというよりは、例の醒めた感覚でもってあまりストレートに痛みを感じないように自分でセーブしつつ、現実にきちんと向き合っている。そこんとこに、驚愕してしまうのだ。なんという強さ、いや逞しさ、図太さ、軽さ?なんにせよ、やっぱり強いよ。

 とはいえ、彼らだって本当は…と、その心の奥を想像すると、うわあああっ!と叫びたくなってしまう。これは切ないよ。

 中学生くらいのお子さんの感想をぜひ聞いてみたいものです。この主人公たちの選んだ道に共感するのか否か。

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『ブロントメク!』☆☆☆1/2 (マイクル・コニイ サンリオSF文庫 80.8月刊 品切れ)

 「コニイはストーリーテラーである」との思いをさらに強くした1冊。不思議な吸引力で、読者をひきつけて離さない。

 うーん、この話はどう説明したものやら。とにかくいろんな要素が入っているのだ。アルカディアという奇妙な惑星のSFであるのはもちろん、アヤシゲな巨大企業に乗っ取られようとする小さなコロニーの住民たちとの社会的戦い、主人公の恋愛、ひとりでヨットに乗り込んでこの惑星の不思議な海を1周する男のサスペンス…。とにかくもろもろのピースが融合し、とあるコロニーでのひとつの物語を形成している。

 そういう話なので、読者の着眼点によって、いろんな風に読める。ある意味、あっけない幕切れのハッピーエンドとも読めるが、私自身は、やはり何とも切ない話だなあという印象。ひょっとして…とは思っていたが、やはりそうであったか。

 しかしラスト間際で、表紙イラストのでっかい耕運機、ブロントメクがいつ活躍するのかと待ってたのに、あれれ?(笑)

 なんとなくつかみどころのないヘンテコな話、ではあるが、それでいてめっぽう面白いのは確か。マイクル・コニイ、なんとも不思議な作家である。さて、『冬の子供たち』と『カリスマ』を探さねば。

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『ハローサマー、グッドバイ』☆☆☆☆ (マイクル・コニイ サンリオSF文庫 80.9月刊 品切れ)

 絶版となったサンリオSF文庫の中でも、特に傑作との誉れ高い、誰もが絶賛する1冊。私にとっては、ごおおっという感動というより、静かにじんと心に沁みた1冊であった。しいて言うなら、『エンジン・サマー』(ジョン・クロウリー、福武書店、品切れ)に似た読後感。美しく、詩情豊かな香り高い物語であり、同時に見事な構成のSFである。

 最初の「作者から」という一節にあるとおり、この小説は「恋愛小説であり、戦争小説であり、SF小説であり、さらにそれ以外のものでもある」。この言葉がすべてを語っている。赤い海のある、とある惑星でのドローヴという少年とブラウンアイズという少女との瑞々しい「恋物語」であり、彼の町の外で起きていて、やがて彼らにもその影が忍び寄ってくる「戦争小説」であり、この惑星におけるなんとも驚嘆すべき「SF」であり、さらに「それ以外のもの」なのだ。そう、これはとても大きな「物語」なのである。

 語り口の美しさは筆舌に尽くしがたい。主人公達少年少女のみならず、その親たち大人も含め登場人物たちの心の描写が、実に生き生きとして鮮やかなのだ。そう、人物の心だけはリアルに書いてある。それ以外は何気にぼやかしてあるのは、後になって…。

 ラストで、物語は壮大なSFへと昇華する。ここではあえて詳しくは触れない。

 深くて厚みのある豊かな物語を読み終わった時の、なんともいえぬ静かな感動に包まれた。こういう物語をもっともっと読みたい、と心から思う。復刊希望。コニイ未訳本出版、熱烈希望。

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『神様』☆☆☆☆ (川上弘美、中央公論新社 98.9月刊)

 短篇集。表題作で第1回パスカル短篇文学新人賞を受賞。

 『おめでとう』や『椰子・椰子』系の、ふわふわヘンテコファンタジー路線の短篇集。くまや河童や梨の「なんか」や(としか言いようがないのです)、死んだ叔父や壺の精や人魚やら、とにかく摩訶不思議な登場人物が入れ替わり立ち替わり出てくる。どれもほんわかとあったかくて、へんてこりんで、でもなんだかふっと切なくなるようなお話。いかにも川上さんらしい、昨夜みた夢の話みたいなぽわんとした味わいがよい。

 特に好きなのは、くまとピクニックに行く表題作「神様」、梨が大好きな三匹と暮らすひと夏の話「夏休み」(可愛いんだこれが!)、壺の精(?)コスミスミコの話「クリスマス」、飲み屋のカナエさんの恋愛話「春立つ」など。最後の話「草上の昼食」は妙にしんみりと切なくて心にしみた。

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『パレード』☆☆☆☆1/2 (川上弘美、平凡社 02.4月刊)

 あの傑作『センセイの鞄』のサイドストーリー。とある夏の午後、ツキコさんがセンセイに語る昔の話…。

 短篇小説、というより絵本に近い感じの1冊。とにかく私は『センセイの鞄』が大好きなので、あのツキコさんとセンセイにまたお会いできるだけでうれしい。しかも、その内容が、『椰子・椰子』系のふわふわヘンテコファンタジー路線ときては、もう大好きの2乗である。ツキコさんの小学校時代の、なんとも不思議で奇妙で、でものほほんと明るくて、すこうしだけきゅっと切ないお話。

 装丁や挿絵も実にいいので、それも含めてゆったりと味わって読んでほしい。とてもいとおしい1冊。ねえ、川上さん、もっと書いて。

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『劫尽童女』☆☆☆(恩田陸、光文社 02.4月刊)

 実は私、何を隠そう、超能力モノが大好きである。キングの『ファイアスターター』とか、宮部みゆきの『クロスファイア』なんか、もうめちゃツボ。で、本書は恩田版超能力少女モノというので非常に期待して読んだ。が、ちょっと期待が大きすぎたかな。

 科学者(マッドサイエンティスト?)の父親によって、動物の能力を埋め込まれた少女、遥。その能力ゆえに、彼女はやはり特別な力を持つ犬(アレキサンダー)とともに「ZOO」という組織に常に追われ、生命を狙われる…。

 という前半の展開は絶妙で、ぐいぐいひきこまれるように読んだ。ハンドラーなどの、さまざまな人物の心理描写もいい。

 が、ちょっと後半がペースダウンか。もう少し綿密に書けばすごい傑作になった気がするだけに、惜しい。ちょっと隙がありすぎか。あまり練りこんでおらず、さらっと流してしまっており、もったいない。『AKIRA』を連想するシーンなどもあり、そこここの場面にはいいものがあるのに。映像的描写多し。こういう細部は相変わらずうまい。一番印象に残ってるのは、「世界はもともと女のものなのに、人類が作る男性的社会が世界を窮屈にしてきた」、ととある人物が語るシーン。

 恩田陸は、いつも未完成でもったいない部分があるので(そこがいい、という作品もあるにはあるが)、そこをクリアすればもっと大物になれるのではないかと思う(ナマイキな言い方ですが)。

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『暗いところで待ち合わせ』☆☆☆☆1/2(乙一、幻冬舎文庫 02.4月刊)

 大傑作。おそらくこれは彼の最高傑作じゃなかろうか。前にどなたかがおっしゃってた言葉だが、彼は新作を出すたびにそれこそが最高傑作と思えてしまう。こういう作家は、なかなかいない。

 ガラスのようにもろく優しく柔らかな魂を、こんなに独特のタッチ・設定で、しかも誰もが思わず共感してしまうほど巧みに書ける作家って他にいるだろうか。否。彼は、誰もがひっそりと心に抱いている孤独やさみしさ、他人とうまく交われないときの微妙な居心地の悪さ、他人に傷つけられたときの辛さなどを実に繊細に描く。しかし、そんな厳しい世の中を生きにくいと認めつつ、それでも自分の殻に閉じこもらずに外に出ようよ、優しいひともいるよ、他人とのふれあいはいいものだよ、と静かに説く著者の語り口には、思わず涙がこぼれる。主人公たちとともに、心の奥にあった氷がじんわりと溶けてゆき、ゆっくりと暖かなもので満たされてゆく。彼らはひとの優しさを知り、自ら勇気をもって暗闇から踏み出し、光の扉を開けるのだ。そして何より、これほどまでに傷つけられても、この主人公たち自身のなんと心優しいことだろう。あらゆるものを包み込むような、ささやかでありながらとても懐の大きな優しさ。

 テーマとしては「しあわせは仔猫のかたち」「Calling You」あたりのハートフルなストーリーと同じ。にしてもこの設定は格別ユニーク。こんな奇妙な話、乙一しか思いつかないであろう。目の見えない女性と、彼女にばれないようこっそりもぐりこんだ殺人犯らしき青年がひとつ屋根の下で暮らすというもの。最初は「暗くなるまで待って」みたいなサスペンスタッチでどきどきモノなのだが、これが後半(以下略)。話の構成も絶妙。

 とにかく大大傑作なので、表紙にめげず未読の方はぜひ。超オススメ。

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