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2021年7月5日

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◆今週の記事

◆人類史はまだまだ分からない

 またまた更新をサボってしまいました。まぁこの二か月、いろいろ個人的にあって執筆気力がわかなかったということで…それでもボチボチと物書きを始めてしまうあたりが、当コーナーを長く続けられている原因なのでありましょう。

 さて長いといえば、人類史だってそこそこ長い。そりゃまぁ生命の歴史、地球の歴史、宇宙の歴史なんかと比べりゃ一瞬といっていいほどのものなんだけど、 僕ら現生人類が文明を起こしてから今日までのせいぜい数千年の歴史に比べれば、それ以前の人類史はやはり長い。記録に残されていない数万、数十万、数百万 年の歴史がそこにあるわけだ。

 我々現生人類=ホモ・サピエンスのがアフリカに出現したのは、だいたい30万年くらい前と推測され、およそ7万年ほど前に「出アフリカ」を果たし世界中 に拡散していったと考えられている。だが現生人類以前にも原人、あるいはネアンデルタール人といった他の人類がアフリカを出て各地に拡散していた。このう ちネアンデルタール人は現生人類にかなり近い人類で、近年では知能レベルもかなり高く、現生人類と交配さえしていたと見られるようになっている。

 最近次々と塗り替えられている人類史に、さらに大きな波紋を呼びそうな論文が発表された。科学雑誌「イノベーション」に3本まとめて掲載された関連論文によると、中国東北部・黒竜江省で発見された頭骨化石が、およそ14万年前に生息していた「現生人類に最も近い新種人類」であることが判明したという。14万年前といえば、当然現生人類が出アフリカするはるか前、そしてネアンデルタール人が到達したかどうか定かではない東アジアの、それもかなり北の方にそんなのがいたとすると、人類史のかなりの書き換えになってしまう。

 この化石人類、発見の経緯もなかなか面白い。発見は案外古くて1933年のこと。発掘場所はハルピン付近。つまり当時日本の傀儡国家「満州国」の中だっ た。報道によると発見されたものの日本軍の手に渡らぬようにと地中に埋められたとかで、北京原人の化石ばなしを連想させるところもある。そして85年後、 つまり2018年になってこの化石は掘り起こされ、学者ら研究チームの手に渡ることとなった、というのだが…うーん、この手の話はどうも眉にツバつけて聞 いちゃうんだよなぁ。一応僕が見た限りではこの件に関する論文も報道も発見経緯について特に疑義は出してないみたいだけど。

 発見場所が「竜江(ロンジャン)」という地名であることから、この化石人類は「ホモ・ロンギ」と命名された。それこそ論議を呼びそうな名前になってし まったわけだが、ともかく頭骨化石を分析したところ、少なくとも14万6000年は前のもので、50歳くらいの男性と推定。眼窩が大きい、眉弓が分厚い、 口の幅が広いといった現生人類とは異なる特徴もあるものの、脳容量は現生人類とほぼ同じ。これらの特徴、および中国東北部というかなり寒い地域に住んでい たことなどから、研究チームはネアンデルタール人より現生人類に近い人類、と判断している様子。ネアンデルタール人は寒さに弱くヨーロッパから中東地域よ り北部へは進出しなかったとされているが、この「ホモ・ロンギ」はもしかするとアジア全域に拡散していたかも、との推理もされているようだ。

 これが確かな話になってくれば人類史のイメージがまたも大きく塗り替えられることになるんだけど、僕が読んだ記事では論文共著者の一人でイギリスのロン ドン自然史博物館の教授が「この集団は狩猟採集民だっただろう」と語っていて、「それ以外ってあるの?」とツッコんでしまったりして…ま、これも今後の展 開を待つしかないな。アップギリギリで見た報道によるとやっぱり「ホモ・ロンギ」の位置づけについてはかなり異論も出ているようだし、近年話題の「デニソ ワ人」との関連を論じる声もあるとかで。


 化石人類ばなしでは、日本人のルーツに関わる話題もあった。
 現在の「日本」にあたる陸地に人間が住み着いたのは、大陸と陸続きだった数万年前、旧石器時代のこととされている。日本に「ヒト」が住んでいた年代を数 十万年前までさかのぼらせた「旧石器捏造事件」なんてものもあったあが、今のところは現生人類が数万年前には住み着いていただろうという話に落ち着いてい る。ただ、日本ん土壌が酸性のため旧石器人の骨は残されておらず、発見される石器によってその存在をうかがい知るという形になっている(だからあの捏造事件が起きてもいるんだよな)

 日本国内で発見されている数万前レベルの人骨は、石灰質の土壌のために保存されやすい沖縄で見つかっている。中でも沖縄県八重瀬町で1970年に発見された「港川人」は 全身骨格で3体が発見され、2万2000年前に生きた人間のものとして注目され、日本人のルーツ問題でも何かと議論される存在だ。で、このたびこの港川人 の骨からミトコンドリアDNAの採取に成功、日本国内の縄文人・弥生人の人骨および現代日本人2000人のサンプルと比較するという初めての試みがあり、 その結果が先日発表されていた。

 これ、発表の仕方が紛らわしかったのか、記者ごとの説明の受け取り方に差があったのか、報道によりかなりニュアンスの異なる見出しがつけられていた。僕 が最初に見かけた見出しでは「港川人は日本人の祖先」と断じるようなものがあったのだが、その後別の記事では「現代人とはつながりがない」と書いてるもの があって、「あれ?」と混乱もした。
 いくつか記事を読んでみたが、結論から言えば「港川人のミトコンドリアDNAを調べた限りでは、縄文人・弥生人・現代日本人の直接の先祖ではありえない」と いう話になる。どこかの記事では分析にあたった教授のコメントとして「港川人の子孫は断絶した」と断じているのもあった。ついでにいえば中国など東アジア 人との比較でも直接のつながりは確認できなかったようだ。以前からオーストラリア先住民らの方に近いんじゃないか、という話もあったようだし。

 それでいて「港川人は日本人の祖先」ととれるような記事が出ていた原因は、この発表のなかで「広義では東アジアを含むハプログループM系統の祖先集団に は属している」との説明があったため。要するに直接の先祖ではないけどたどっていけば先祖が同じグループ、ってことなんじゃないかと。それに「広義の日本 人の祖先」と見出しを打っちゃった記事があったということで。
 まぁ、ほんの七万年もさかのぼればみんなアフリカの小さな集団がご先祖のはずなんだけどね。



◆それほど昔もことじゃない

 続いても人の骨の話なんだけど…こちらはかなり近年、かつ背筋が寒くなって来るような話である。

 5月下旬、カナダはブリティッシュコロンビア州で、かつて先住民の少年少女を収容していた「先住民寄宿学校」の跡地から、なんと215人分もの子どもの骨が掘り出されたのだ。
 この先住民寄宿学校というのは何かというと、カナダがその19世紀半ばの建国以来、実に20世紀末まで続けていた、先住民を白人社会(当人たちはそれを「文明社会」と信じていた)に同化させるべく、先住民の子どもたちを親元から引き離して集団生活をさせた施設だ。その多くはカトリック教会などキリスト教団体によって運営され、カナダ政府も資金援助をして公式に政策として続けていた。
 この制度がやっと問題視されるようになってついに廃止されたのは1996年だったというから、ほんとつい最近の話なのである。この同化政策についてカナ ダ政府が公式に謝罪表明したのも2008年のことで、さらに2015年にはこうした寄宿学校での虐待行為などひどい実態が報告され、「文化的ジェノサイド であった」とまで評されている。

 この手の話は世界各地にあって、僕は映画で知ったがオーストラリアでもほぼ同様のことをやっていて、政府が謝罪したのも割と最近のことである。そっちで も確か宗教団体が絡んでいたような気がするが、こういうことって、推進する当人たちは善行をしていると確信してるだけにタチが悪い。
 カナダの話に戻ると、そういった寄宿学校での虐待など問題が明るみになってきたこともあり、先住民団体が調査を行うことになったのだろう。レーダー装置 で寄宿学校跡地の地下を調査したところ、この215人分の遺骨発見に至ったという。墓もまともに建てられたようには思えず、死亡原因の記録も残っていない 様子、しかも幼児の遺骨も含まれていることから、いったい何が起こっていたのかとカナダでは騒ぎになっているという。

 そして6月24日、今度はサスカチュワン州にある先住民寄宿学校の跡地から、751基もの無記名の墓が見つかり、カナダはさらに大騒ぎに。集団墓地とい うことなんだろうが、いくらなんでも人数が多すぎ、しかも一度は墓に書かれた名前も後から消した可能性まであるとされ、いろいろと憶測を呼んでしまう。意 図的に殺害まではさすがに…と思うので、環境の変化に対応できない、あるいは環境が劣悪といった理由から命を落とす先住民の子どもが多くいた、ということ だろう。もちろん虐待による死者をこっそり埋葬していた、というケースも考えられる。
 
 この発見を受けてカナダのトルドー首 相が「とても悲しんでいる」と声明を出した。「先住民が組織的に人種差別など差別や不正義に直面していたことを知り、恥じ入っている」とも述べたという。 トルドー首相はこれまでにも人種差別や移民問題などでリベラルな発言をしてきた印象があるし、カナダという国自体にもお隣に比べるとそういう印象を持つの だけど、つい最近までこうしたひどい話があったということでもある。

 7月1日はカナダが1867年にイギリス連邦内の自治領となった建国記念日「カナダの日」にあたる。今回の発見を受けて遺骨が見つかった寄宿学校跡のある州では「カナダの日」祝典を中止することにもなった。
 日本もアイヌ民族に対して同化政策をとっていて、それを反省してアイヌ文化振興法を制定したり、彼らを「先住民」と明確に規定したのもつい最近。それで も保守勢力では「アイヌは先住民ではない」と吠えてる人が少なくない。どこでも多かれ少なかれ似たような話があるわけで…という事で下の話題に続く。



◆ここであんたら百年目?

 上の記事で7月1日が「カナダの日」であることに触れたが、今年の7月1日は中国では「歴史的」な記念日として大々的に祝われている。こちらは建国記念 日ではなく、中国を指導する政党、「中国共産党」の結党百周年という節目だ。つまり中国共産党はちょうど百年前の1921年7月1日に結党された、という のが中国共産党の櫛木見解というわけ。

 ただ、調べてみるとこの「公式見解」には異議もあがっていることが分かる。というより、同党の公式見解ではない方が「史実」として有力視されている。 まぁ実のところ大した違いはないのだが、有力視される中国共産党結党日は1921年7月23日で、三週間ほど先のことだ。なんで「党公式見解」が7月1日 になってるのかはわかんないんだけど。

 1921年といえば第一次世界大戦が終わって間もない時期であり、ロシア革命によってロシアに社会主義大国が登場してからも間がない時期。「ソビエト連 邦」の正式な発足は翌1922年のことだ。社会主義政権が実現したことで世界中の社会主義・共産主義運動に火がつき、ソ連側でも「コミンテルン」を組織し て世界各国のそうした運動を支援、指導して世界的な革命の連鎖を起こそうとした。中国共産党もまたそうした流れの中で結成sれたわけで、日本共産党も来年 に結党百周年を迎える「同期生」のようなものだ。

 コミンテルンの指導を受け、陳独秀李大サといった活動家らが上海のフランス租界に集い、中国共産党の第一回大会を催したのが1921年7月23日のこととされている。集まったのは五十数人程度だったというが諸説あってはっきりしない。この第一回大会にはまだ満27歳であった毛沢東も出席していて、このときの出席者のうち後年中国共産党が政権を取った時期まで党に残っていたのは毛沢東ともう一人だけだったという。
 この第一回大会もフランスが介入して中断させられ、浙江省嘉興の南湖の船上に場所を移して再開、陳独秀・李大サは出席できなかったものの、陳を初代総書記に選んで党は発足した。

 その後のこの党の長い長い歴史は語りだしたらキリがないので簡単に。
 中国共産党は孫文ら中国国民党との連携(第一次国共合作)をしたりもしたが、孫文の後継者である蒋介石は共産党を徹底弾圧した。共産党は国民党と武装闘争を行い、特に毛沢東は「農村から都市を包囲」という方針をとって、押されっぱなしの苦しい状況の中でいわゆる「長征」を実行して陝西省に拠点を移し、軍事的指導力を発揮して中国共産党のリーダーとなってゆく。
 1936年の「西安事件」を機に共産党は再び国民党と手を組み(第二次国共合作)、翌年始まる日中戦争を共に戦うことになる。そして1945年に日本が 敗戦すると国民党と再び内戦に突入、結局蒋介石と国民党を台湾に追い落として大陸側を統一、1949年10月1日に毛沢東が北京の天安門の城壁に立って 「中華人民共和国」の成立を宣言、社会主義国家・中国を発足させることになる。

 みごと天下をとった毛沢東と中国共産党だったが、その後がいけなかったのはご存じの通り。一気に先進国に追いつこうという大躍進政策は大量の死者を出す 大失敗に終わり、毛沢東も一時は失脚状態になる。そこから政権奪還を狙って起こしたのが「文化大革命」で、これがまた中国全土を大混乱に陥れた。一方で社 会主義路線をめぐってソ連と対立、世界も驚いた米中接近実現という外交的な実の軽さを示したところもあった。
 1976年に毛沢東・周恩来朱徳といった革命戦争世代が相次いで死去、文革中は失脚していたケ小平が共産党の主導権を握り、「改革・開放」路線を進めて経済発展を優先的に進めて今日につながることとなる。

 1989年に「天安門事件」があり、直後の社会主義国ドミノ崩壊、社会主義陣営の親分ソ連の解体もあって、中国もどうなることやらと言われていたんだが、それから30年以上も経って今の状況だ。共産党の指導者はケ小平から江沢民胡錦涛、そして現在の習近平と引き継がれ、とくに最近では習近平個人への権力集中(首席の任期も延長可能になった)と言論統制や少数民族への「同化政策」などの強圧的傾向が顕著になってきてる気がする。ここ最近の香港での「国家安全法」(まさに戦前日本の治安維持法そのまんま)による徹底した言論弾圧もその流れの中にある。正直あんなのを見ていると「共産党政権」というものには幻滅せざるをえないのだが…そうそう、7月1日は香港返還の日でもあり、今年は二重に象徴的な日となった。

 一応書いておくと、「同期生」ともいえる日本共産党と中国共産党とは歴史的に悪い意味での因縁の間柄で、香港情勢については日本共産党は強く批判してる し、中国共産党百周年についても「文革の過ちを過小評価してる」といった批判をして、「お前は共産党の名に値しない」とまで言ってる議員もいる。まぁこっ ちはそうそう天下をとることはないだろうから、ああいう風にはならないと思うんだけどね。

 現在、中国共産党の党員数は実に9500万人以上といわれ(それでもインド人民党に次ぐ世界二位)、中国総人口の7%になるとか。そりゃもう政党じゃなくて一つの国家組織って気もするが。最近ではホワイトカラー層の党員も多いとかで、労働者政党のイメージからはずいぶん遠い。シンボルマークは相変わらず「ハンマーと鎌」だけど。
 百周年式典で習近平主席は今やなつかしの「人民服」を着て演説、「歴史」を連想させる演出と思われるが、一方でその演説には今後の中国を高度成長か一歩 ひいた「小康」を目指すと言ったりもしていて、この国もいろいろ曲がり角ではあるようだな、と思わせた。一人っ子政策の破棄どころか「三人子政策」みたい なもんを推進し始めるほど少子高齢化が重荷になってきてるようだし。政治的にも「小康」なことになればいいんだけど。



◆誰がために鐘は鳴る

 富山県高岡市が古くからの銅器・鋳物(いもの)の町であるということは、この町出身の漫画家・藤子不二雄Aさんの自伝的作品「まんが道」で知ってはいたが(作中にも町の象徴「高岡大仏」がよく出てくる)、この町にある「老子(おいご)製作所」という梵鐘(寺などにある釣鐘のこと)メーカーが破綻、民事再生申請とのニュースを読んで、改めてこの町が全国的にも珍しい「銅の町」であることを知ることになった。

 この「老子製作所」は明治元年創業の老舗で(記事により「江戸中期創業」とあるので、何をもって創業とするのか議論があるんだろう)、 全国の梵鐘のおよそ7割のシェアを持っていた。西本願寺や三十三間堂といった有名寺院から、広島平和記念公園の「平和の鐘」とか、東日本大震災に関わる 「復興の鐘」といったものまで、この老子製作所が手がけていたという。まぁ考えてみると梵鐘ってそうそう作るものでもないし、作れる技術を持ってる会社も 少ないんだろう。

 それだけのシェアを誇りながらも、この業界も景気の荒波は受けるようで、リーマンショック後に受注がぐっと減ってしまったんだとか。さらに昨年来の新型 コロナ禍が追い打ちをかけ、ついに資金繰りが行き詰まってしまった。その技術を生かして梵鐘以外にも仏像も手がけたし、近年では酒造メーカーと協力して鋳 物製のウイスキー蒸留器の開発にも乗り出すなど多角化を目指しもしたようだが、間に合わなかった。従業員は25人ということで、今後も業務は続ける予定と のこと。

 このニュースをきっかけに調べて初めて知ったことは多かった。高岡の銅器・鋳物の歴史は江戸時代の前田藩の政策にルーツがあって、江戸後期に銅器生産を 本格的に開始、いまや日本国内の銅器生産の95%を高岡のメーカーが占めている、というのにも驚かされた。最近ヒット漫画のキャラクター銅像が作者の出身 地などに建てられる例が多いが、あれもだいたい高岡製なのだそうで。
 それでも近年は受注が大きく減っているのは梵鐘と同様で、しかも職人の高齢化、後継者不足も問題となっているみたい。ドウしたもんだか。



◆恒例・贋作サミット・コーンウォール編

 2021年6月、イギリスのコーンウォールに、七か国の首脳が2年ぶりで顔を合わせましたとさ。

英:どうも、みなさん、2年ぶりの贋作サミットへようこそ。各自ソーシャルディスタンスとってくださいね。
(新婚早々だし、また感染なんてごめんだからな)




独:あなたはコロナにかかって死にかけて免疫もあるでしょうけどねぇ。
(私も体が震えたり健康面気にしてるのよ)




仏:私は最近はいつビンタされるか分からないので常に人とは距離をとってます。
(今度右の頬を打たれたら左の頬を殴り返してやる)




加:ま、とにかく去年は中止、今年は新顔さんも多くて新鮮な気分でありますね。
(トランプと顔を合わす機会が一度減って助かった)





米:この中では最年長ですが、今年からの新顔です、よろしく。
(トランプ信奉の陰謀論じゃたちは俺がゴムマスクをかぶったトランプだとか言ってるんだよな)





伊:私も新顔です…我が国はコロコロ変わるんで顔も名前も覚えてもらえません。
(俺自身は「スーパーマリオ」の異名で有名なんだけどな)




日:私も我が国としてはしばらくぶりの新顔ですが。どうぞよろしくお願いしますが。
(こういう風に語尾に特徴をつけるのは古典的キャラ付けテクニックなのですが)




英:あんたのところはこれからオリンピックかあ。めぐりあわせがなんとも悪い。
(うちのめぐりあわせ江なくてよかった、よかった)




加:コロナで一年延期ってのもあるけど、直前に組織委員会会長や開会式演出家が失言で辞めたり、ケチがよくつきますねぇ。
(シツゲンというよりドロヌメだよな)



独:さかのぼれば新国立競技場のデザインやら、大会ロゴデザインやら…
(どれもなんで一度それに決まったのか謎なのよね)



仏:そもそも誘致にあたっての買収疑惑はずっとくすぶってるし。
(前のJOC会長なんて我が国に来たら下手すりゃ逮捕だぞ)




米:コンパクトでカネのかからない大会とか言ってたのが、いつの間にか莫大な出費になるし。
(決定当時の都知事の発言とか、今見るとビックリなんだよなぁ)




加:だいたいこのくそ暑い時期の開催をアメリカTV局の都合で決められて、肝心のマラソンは札幌に行っちゃったし。
(今年は我が国も熱波だし、札幌だって大変かもしれんぞ)




伊:ついこないだもスポンサー企業に配慮して会場での酒類ありにしたら騒がれて撤回になるし。
(その企業もヤケ酒あおってそうだな)




独:まるで不祥事のオリンピックになっちゃっいましたね。
(都知事がダウンしちゃったくらいだしねぇ…まぁそのおかげで選挙は有利だったんじゃないか)




米:開催してコロナは大丈夫なのかと象徴さんまでが口を出してるし。
(この国って、もしかして困ったときは「聖断」することにでもなってるのか)




日:あの人、日本中世史専攻だから、天皇の意を受けた側近名義で命令書を出す伝統にならったのかもしれねすが。
(私が内奏した直後だったし、本当に「上意」を示してるつもりかもな)




英:開会宣言やる当人だしな。本番でいきなり閉会宣言したりしたらパニックだぞ。
(うちの女王みたいに、諜報部員と一緒にヘリからダイブ、ってのはないだろうが)





米:何が起こるか分からなくなってきたから、とりあえず私は欠席ね。
(代わりに妻が行くかも、だけど別に彼女がどうなってもいいってわけじゃないぞ)





日:どうせ開会式も含めてかなりを無観客でやらなきゃならない感じですが。
(あえて質素な、「わびさび開会式」なんてのもいいかもですが)





米:スポンサーのTV局としては好都合なんじゃないの。みんなTV中継で見ればいい。
(そうそう、わざわざ東京まで行ってることはないよな)





日:無観客では無収入で、投資が無駄に終わっちゃいますが。
(いろいろとカネかかってんだよ、実際)




英:無関心、無理解で、無視されるよりはいいんじゃないの。
(だいたいこんなに反対の声が多い五輪も珍しいかと)





独:そもそも無謀で無理で無茶な話だったと。
(オリンピックを国威発揚とかレジェンドにするとか、ってナチス思考みたいなもんよ)





仏:次は我が国での五輪だけど、もう世界中争ってまで開催国になりたがってないもんな。迷惑がられそうな。
(まぁパリでやるころにはコロナも終息してるだろ)





米:もうね、開催国をギリシャに固定しちゃうとか、いっそ全競技リモートでやるとか。
(その次のロスでやるころ大統領やってるのかどうか)




加:それを言ったらこの贋作サミットだって全部リモートですませろって話になるぞ。
(もともとリモートみたいなもんだけどさ)



独:しかしこうソーシャルディスタンスとった贋作サミットも鬱陶しいわね。間が抜けた感じで。
(短い文章を長い文章にみせかけるテクニックのような)



日:こうスペースが空いてると、「行間を読む」という我が国が得意な技術が必要になりますが。
(「空気を読む」とか「忖度」とか、我が国の伝統ですが)



米;ある方法で行間を読むと、それぞれの本音が見えてきたりして。
(これ、「史点」の初期に使ったんだよなぁ)




独:さて来年の贋作サミットはうちでやりますけど、それまでにコロナが終息してるといいんですけどね。
(またこんな形式でも困るけど)




仏:そういえばあなたも今年で引退とか。贋作サミット最長出席、ご苦労様でした。
(来年はうちでも大統領選挙だなぁ)




独:ああ、名残惜しいですねぇ、どいつが後継者になってもよろしくね。
(ここ、笑うところね)





日:私もなるべく長く出席したいもんですが。
(オリンピックを成功させれば解散総選挙もなんとかなると思うんですが)





伊:私もなるべく長い出たいですね。
(スーパーマリオだけに今度は土管からワープしてみせようかな)




米:それじゃあ、来年無事でお会いしましょう!
(陰謀論者どもは、今年夏にはトランプが復職するとかまだ信じてるんだよなぁ)


2021/7/5の記事

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