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2021年9月2日

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◆20周年を前にして

 気がついたらまた二か月も更新をサボってしまった。この間に東京オリンピックも開会して閉会し、新型コロナは第五波で感染急拡大、僕もワクチン二度接種を済ます、ということなどがあった。
 さてタイトルの「20周年」とは、もちろん当サイトとか当「史点」のことではなく、あの「9.11テロ」から20周年という話である。過去ログを探っていただければ分かるが、当サイトも「史点」も当時すでに営業していて、この大規模テロ事件について伝言板や記事であれこれと触れている。ああいうのも20年も経ってしまうと紛れもなく「歴史資料」となってるなぁ、と思う。

 2001年の9月11日、アメリカ東部は人々の日常活動が始まったばかりだった。その時、4機の旅客機がテロリストにハイジャックされ、2機がニューヨークのワールド・トレード・センターのツインタワーに突入、1機はワシントンの国防総省に突入、残る1機は恐らくワシントンを目指していたと思われるが乗客の抵抗もあってか墜落した。3000人近い犠牲者を出したこの史上最大の連続テロは、ニューヨークの象徴となっていたツインタワーに飛行機を突っ込ませて崩壊させるという視覚的にもショッキングで、僕も飛行機突入直後からビルの崩壊まで延々とリアルタイムでテレビで目撃することとなった。ちょうどインターネットが普及拡大していた時期でもあり、ネット上ではデマも含めてさまざまな情報が飛び交っていたものだ。

 アメリカの当時のブッシュ政権は即座に報復の姿勢を示し、犯人グループをウサマ=ビンラディンら「アルカイダ」と断定、彼らがアフガニスタンに潜伏しているとして10月からアフガニスタンへの攻撃を開始した。
 当時、アフガニスタンはイスラム原理主義的政策を推し進める勢力「タリバン」が国土の大半を支配下に置いていて、古い大型石仏の破壊や女性の学問制限といった政策を実行して国際社会から批判されてもいたのだが、アフガン国内で彼らに対抗する「北部同盟」のマスード司令官がこの直前に自爆攻撃で暗殺されるなど、国内での勢いは確かに強かった。
 アメリカはこのタリバン政権がアルカイダを保護しているとしてその打倒を目指し、各地に空爆を加えつつ軍隊も侵攻させた。妙に記憶に残っているのが、飛行機からアフガニスタンに最初に降り立った兵士がワールド・トレード・センターの瓦礫か何かを地面に置き、このアフガニスタンでの戦争が「テロへの報復」なのだとアピールした場面だ。しかしアルカイダが犯人かもしれないがタリバンが直接関与したというわけでもないし、何やらアフガニスタンちう国そのものがアメリカの敵であるという印象付けを感じて、かなりズレてるなぁ、と当時思ったものだ。「不朽の自由」という作戦名にもかなり違和感があったな。

 タリバン政権自体はたちまち打倒され、非タリバン政権が成立することとなったが、アフガニスタンでの戦争は一向に終わらなかった。タリバン勢力は一時押されて静かになったようにも見えたが、現在の状況を見ればわかるように決して「壊滅」したわけではなく、以後じわじわと勢力を回復していくことになる。そして本来の目的であったはずのウサマ=ビンラディンの行方はなかなか分からず、結局次のオバマ政権時代の2011年、つまり10年も経ってからパキスタン国内でアメリカの特殊部隊により殺害されている。
 アフガニスタンでのアメリカとその同盟軍の戦争というのが、どれほど「うまくやっていた」のかは、今となっては思いっきり大疑問になってるが、やってる最中もなんだか良く分からない戦況がだらだらと続いていた印象がある。特にピンポイントでの空爆攻撃が多く、本来の標的ではないアフガン市民を殺傷する事例も多々起こり、「誤爆」という言葉が報道で連呼され、ネットスラングにまでなってしまった(そうそう、2ちゃんねるには「タリ板」もあったな)。こんな戦争をやってるうちにブッシュ政権は大量破壊兵器がどうたらと因縁をつけてイラク戦争に突入してゆき、こちらも政権打倒自体は早かったがその後のグダグダ状態、新たなテロ組織「IS(イスラム国)」を生み出す結果になったりしている。

 アフガニスタンの状況がちっともよくなっていないことは、ここ数年明白になっていた。連続するテロ攻撃(日本人医師の中村哲さんが殺害されたのはおよそ2年前)、タリバン勢力の急速な復活、アフガニスタン政府とその軍隊のひどい体たらく、といったニュースがよく聞かれるようになり、アフガン政府とタリバンの和平交渉、さらにはアメリカとタリバンの和平交渉、という少し前だったら耳を疑うような話も流れてきた。トランプ政権はカネにならんことはしないという分かりやすい考えなのか、アフガニスタンやシリアからアメリカ軍を撤収させる方針を固めてタリバン側ともだいたい話をつけてしまっていた。

 そして続くバイデン政権は今年8月の軍隊完全撤収を決定していた。その8月に入ってからタリバン勢力が大攻勢をかけ、各地の州都を「ドミノ倒し」と呼ばれるほどの勢いで次々と陥落させ、あれよあれよという間に首都カブールも攻め落としてアッサリ政権に返り咲いてしまったから世界が驚いた。そうなる可能性自体は言われていたけど、こんなにアッサリと実現してしまうとは誰にも予想できなかったのでは。アメリカという後ろ盾がいなくなることで政府軍もやる気はなく、それぞれの地域の部族有力者がタリバンにさっさと鞍替えしたこともあって多くの都市が戦闘もなく占領されていったと言われている。
 撤退する米軍の飛行機に乗り込もうと、国外脱出を希望するアフガン市民たちが飛行機にしがみついて振り落とされる場面に、南ベトナムの崩壊とサイゴン陥落の光景を連想した人も多い。タリバンが政権をとるとまた教条的・抑圧的な政策をとるのでは、と心配されたし、アメリカ軍への協力者や反タリバンとみなされる市民への弾圧は実際に始まっていたから、国外脱出に必死になる人が出るのは無理もない。僕はサイゴン陥落の光景とともに、映画「キリング・フィールド」で描かれたポル・ポト派支配下のカンボジアからの脱出作戦のくだりを連想していた。タリバン支配下のアフガニスタンがポル・ポト政権下のカンボジア並みになるかどうか心配もしていて。

 政権を奪回したタリバン勢力は、とりあえずは国際的批判に配慮して、女性の権利尊重をアピール、国外亡命の容認や反対勢力との融和姿勢などを打ち出してはいる。だが早くも「大学の男女共学禁止」は実行すると言い出したし、今後どうなるか分かったものではない。
 タリバンを恐れて国外脱出する「アフガン難民」の急増も各国が頭を痛めるところ。すでにシリア難民の例があったが、アフガニスタンからの難民もヨーロッパを目指す人が多く、中東からヨーロッパへの入り口となるトルコ領内にイラン経由で密入国する人々がいるといい、その流入を警戒する隣国ギリシャがトルコ国境に「壁」を築き始めるという事態にもなっている。ヨーロッパ諸国もタリバンに対して人権ウンヌンと言いつつも自国に難民がなだれこんでくるのは正直迷惑という本音はあるだろう。

 とにかく予定通り、8月31日をもってアメリカ軍はアフガニスタンから撤収、およそ20年という、実はアメリカの歴史上「最長の戦争」が終わることになった。結局この20年は何だったんだ、と言いたくなるほどの「元の木木阿弥」な終わり方だ。
 その撤収の最中、カブールで大規模な自爆テロ攻撃があり、アメリカ兵も含めて多くの死傷者を出した。これはタリバンではなくアフガニスタン国内の「IS」勢力の犯行とされ、彼らはタリバンとは対立していて、テロを起こすことでアフガン国内をより混乱させ、自身の勢力を伸ばそうという魂胆…らしい。一方で反タリバンの軍閥も各地で巻き返しに出ているといい、アフガニスタンは結局内戦状態に戻っていくのではないかという気がする。
 撤退直前にアメリカ軍はISのテロへの報復としてその主犯らを攻撃したが、子の際にもやっぱり「誤爆」で無関係の市民を殺傷してるみたいなんだよなぁ。

 思い起こせば、シャーロック=ホームズの作中第一声が「アフガニスタンからお帰りですね」だったように、イギリスも19世紀からアフガニスタンに侵攻し傀儡政府を作って支配を狙ったが何度も痛い目にあって結局第一次大戦後に追い出された。1980年代にはソ連が侵攻して傀儡政権を作ったが結局撤退に追い込まれ、これがソ連崩壊の一因とまで言われている。そして今度のアメリカも、終わってみると何ら実りなく追い出されるはめとなった。大国が介入しては手ひどい目にあうという歴史が繰り返されたわけだが、撤収にあたってバイデン大統領はアメリカ軍兵士を「自由のために戦った」と型どおりに賞賛しつつ「永遠に続く戦争は終わらせなければ」として、撤退作戦を「比類なき成功」とまで自賛した。まぁ「大本営発表」が我が国の特産物ではないことがわかっていくらかホッともするんだけどね。



◆オデッサの怪談

 オデッサというのはウクライナ南部、黒海に面した港町。その名を聞いて映画マニアはエイゼンシュテイン監督の古典映画「戦艦ポチョムキン」での「オデッサの階段」の名シーンを思い浮かべるだろうし、古参のアニメファンなら「機動戦士ガンダム」における「オデッサ作戦」を連想するだろう。安彦良和さんによる漫画版「THE ORIGIN」では「オデッサの階段」が背景にちゃんと描かれていたりする、
 そのオデッサの近郊で空港の拡張工事が行われることになり、その予備調査のなかで、なんとおよそ5000〜8000体もの人骨が発掘された、というニュースがあった。そもそも予備調査が行われたのは数年前からたびたび人骨が発見されていたからだそうで、まさにオデッサの階段ならぬ怪談である。これはウクライナでも最大規模の遺骨発掘だというが、発掘調査はまだ一部だけなので、発見される遺骨はもっと増えるかもしれないともいう。

 これらの人骨は恐らくスターリン独裁時代にウクライナでも行われた大量粛清の犠牲者のものであろうとウクライナの研究者は指摘している。
 スターリンについては今さら説明不要と思うが、ロシア革命を指導しソビエト連邦を作ったレーニンの後継者となり、凄まじい権力集中と個人崇拝の体制を確立、そして少しでも「反革命」と疑われた人を次々と逮捕、流刑や死刑に処す大粛清を行ったことで悪名高い。当時ウクライナはソビエト連邦の一部だったがロシア帝国以来のロシア支配への抵抗もあったから、ウクライナ人で粛清された人も多数いたはずだ(もちろんロシア人もだが)
 今回発見された大量の遺骨がスターリン粛清の犠牲者であることは十分考えられるが、これらの遺骨がどこの誰なのか調査する手がかりとなる資料はモスクワにあるはずで、現在ウクライナと対立しているロシア政府がそれを開示するはずがないだろう、とウクライナの研究者は語っていた。

 オデッサは第二次世界大戦でナチス・ドイツとルーマニア軍に長期占領されていて、彼らによるユダヤ人狩りやレジスタンスの処刑などで万単位の犠牲者を出している。そちらの犠牲者という可能性もあるんじゃないか、と思いもしたのだが(特にロシア側はそう主張しそうだ)、身元がわからないことには何とも言えない話。どちらにしてもウクライナはスターリンとヒトラーという独裁者二大巨頭の挟み撃ちでえらい目にあったのは間違いない。

 以下、脱線気味に連想ばなし。

 僕は昨年来いわゆる「Qアノン」とその日本版である「Jアノン」と呼ばれる人々、「トランプ信奉陰謀論者」たちのウォッチを続けているのだが、この人たち、基本的に反中国あるいは右寄りな傾向を示しつつ、不思議とスターリニズムかナチズムかと思える主張が目立つことに興味を抱いた。彼らはグローバリズムを敵視するだけでなく大資本家、大企業、大物政治家が世界の富を不正に独占していると非難し、トランプ大統領ら「光側」(シリウスやらプレアデスやらアークtゥルスやらの「銀河連合」が後ろ盾なんだそうな)がこうした勢力を「大量逮捕」し、「量子金融システム」により資産隠しを不可能にし、「ネサラ・げサラ」なるものによって世界の人々にウン億の給付金が出て一生働かなくてよくなる、みんなハッピー、と妄想を繰り広げていて、「それってまんま共産主義では?」と僕はツッコんでしまっている。

 おまけに彼らはトランプ氏を神のごとく個人崇拝しており(もはやトランプ氏本人とは別人で、言動も現実と異なるのだが)、逆らう者の大量逮捕や大量粛清もあっさり正当化している。自分たちを「覚醒者」として選民意識たっぷりで(Jアノンの一部には「新時代では日本が世界の中心になる」と主張する者もいる)、敵側を「トカゲ人間」と決めつけて(この陰謀論も古くからあるな)「人間ではない」とまで言い出してるからホロコースト思考まであと一歩の観さえある。世界に「真実」を伝えると彼らが信じる「世界緊急放送」とやらは「もうすぐ」「カウントダウン」と何度も何度も何度も騒がれ、先月とくに盛り上がったのだが結局何も起こらず、さすがに彼らの間でも動揺が出てる気配もあるんだけど、また「この9月に大きな動きが」とやってるから、あの調子で何年でも続けられそうな。
 ホントに脱線したけど、どんな思想でも極端に暴走すると巨大災害並みの被害が出るから、気を付けておきたいという話で。



◆ああ人の流れのように

 「人の流れ」というと昨今では新型コロナ流行の元凶「人流」をまず連想してしまう。そうそう、筆者も8月中に二度のワクチン接種を済ませてます。僕の場合は副反応がまるでなかったので安堵したけど、二度接種済ましても感染しないってわけではないからなあ。

 と、世間話と無理やりコジツケているのだが、ここで「人の流れ」と題したのは、たびたびやってる我々人類がいかにして地球上に広がったのか、という話をしたかったから。
 我々人類は全てアフリカ大陸で生まれ、さまざまに枝分かれの進化をした人類が「出アフリカ」を繰り返してきた。今のところ通説としては我々現生人類はおよそ30万年前にアフリカに登場し、7万年ほど前に「出アフリカ」をして全世界に広がったと考えられているのだが、その過程で「親戚」であり出アフリカの「先輩」であるネアンデルタール人と接触、交雑し、その遺伝子を引き継いでいる、というのは最近よく聞く話。さらに最近になると、ロシアのアルタイ地方の洞窟で発見された「デニソワ人」という別種の人類も注目されていて、これは現生人類とネアンデルタール人の間よりさらに「遠い親戚」とみられるが(ネアンデルタール人と共通祖先から枝分かれした)、そのDNAを解析したところ、彼らもまた現生人類と交雑しており、現在のアジア人にその遺伝子が引き継がれている、という見解が出てきた。ほんと、DNA解析の進歩で人類史の進展は日進月歩のありさまだ。

 そのようなデニソワ人の遺伝子を持つ現生人類の古い人骨が、インドネシアのスラウェシ島で発見され、その論文が先月出た「ネイチャー」に掲載された。
 その人骨は2015年に洞窟から発見され、17〜18歳の女性と推定された。発掘された洞窟遺跡の状況からおよそ7200年前に埋葬されたものと推測されるという。彼女の錐体骨からDNAを採取(熱帯では分解されやすいとかで採取もなかなか大変だとか)、その解析を行ったところ、現在オーストラリアに住む先住民アボリジニやパプア人と祖先を同じくすることが確認された。彼らの先祖は「出アフリカ」のあと5万年ほど昔に、当時最終氷期のため海面が低く大きな陸地(「ウォーレンシア」と呼ばれる。現在のインドネシアの島々)となっていたこの地へ移住してきたグループで、彼女がその子孫であること自体は自然なことだ。

 ただし彼女のDNAにはアジア由来の系統の特徴も認められた。これまでこの地域にアジアから移住したと確認された最古の例は約3500年前のもので、彼女はそれを大きくさかのぼる例となる。彼女は先にこの地にいたグループと、あとからユーラシア東部からやったきたグループとの混血子孫というわけだ。この発見はユーラシア東部から東南アジア島嶼部への人類の流れがこれまでの想定より早く行われていたことを示している。
 さらに彼女には先述のように例の「デニソワ人」の遺伝子も残されていた。つまり彼女の先祖に現生人類とデニソワ人の混血がいたということである。彼女の先祖がどこをどう移動してきたのか分からないが、デニソワ人というのも案外広い範囲に住んでいたのは、と論文執筆者も指摘している。何しろデニソワ人は最近確認されたばかりだでサンプルも少ない。デニソワ人の実態がわかってくるのはまだまだこれからだろうし、それと絡めて現生人類の多様な拡散状況も分かってくるはず。
 なお、例の女性の属する系統は全くの新発見であり、その系統の子孫は現在世界のどこにもいないことが確認されているという。さまざまな拡散の果てにそうやって消えていった系統もいっぱいあるわけだ。
 
 地球史、生物史の上からみれば、ほんの数万年、ごくごく短い時間の間に現生人類は世界に拡散した。その過程がまたなかなかに複雑で、多種多様であるなと改めて思い知らされた。変な連想だが、現在の新型コロナウィルスもまた世界中に急速に拡散してデルタ型だのミュー型だのと変種株を生み出しているあたり、それこそ人の流れのような。逆にいえば人類もまた地球からみりゃウィルスみたいなもんなんだろうと、



◆大いなる未完

 手塚治虫が「火の鳥」を未完としてしまって以来、漫画家がライフワークとした長期執筆漫画は作者の逝去により未完に終わってしまう例は多い。最近でも三浦健太郎さんの「ベルセルク」があったばかりだが、8月7日にみなもと太郎さんが亡くなり(報じられたのは20日)、この人が実に40年にもわたって描き続けてきた大河歴史ギャグ漫画「風雲児たち」も未完になることが確定してしまった(別の方が書き継ぐというケースもありえるけど、作品の性格上難しいかと)
 「風雲児たち」はその執筆ペース、内容の進捗状況から、恐らくは「未完」になるだろう、と僕も含めて多くの人が覚悟していたと思う。四年前のご本人の発言(ネット動画での岡田斗司夫氏との対談で)でも「墓場までもっていく」と言ってたこともあり、ご本人も未完となることを意識してたかな、と感じたのだ
が、それにしても予想以上に早かった。

 未読の方もいるだろうから一応「風雲児たち」なる漫画について僕なりに紹介。
 もともとは潮出版社の漫画雑誌「少年ワールド」(のちの「コミックトム」)に1979年から連載開始されたもので、編集部の要請は「幕末の歴史を単行本10巻程度でまとめて」というものだったという。このため「風雲児たち」は当初から「幕末群雄伝」というサブタイトルのようなものまでついていたのだが、「幕末を語るには発端から語らないと」という作者の意図により関ヶ原の戦いを詳細に描くところから描き始められた。関ヶ原の戦いの結果、勝者が江戸幕府を成立させ、敗者から薩摩藩・長州藩・土佐藩が生まれ、そこから幕末の風雲児たちが生まれてくる…という構想だったのだが、これに加えて会津藩のルーツも語ってしまい、このあたりからすでに「幕末漫画」逸脱の気配を見せていた。

 そこから時代が飛んで幕末に行くのかと思ったら、「幕末の準備をしたのは蘭学」ということで解体新書翻訳ばなしや平賀源内、さらには田沼意次の高評価とそれに絡めた北方探検およびロシアとの接触と、内容はどんどんふくらんでいった。大黒屋光太夫のロシア漂流譚もまるまるやってしまったし、単行本10巻を過ぎても幕末などはるか彼方。一応この時代の高山彦九郎林子平を「早すぎた志士」という形で幕末の先駆けとして描いてはいたが。そうそう、頼山陽もそうした先駆け的人物として詳しく描こうと、その誕生だけ印象的に描いたらその後ほとんど登場させられなかったということもあった。

 「コミックトム」は今にして思えば漫画家さんの自由度が高い雑誌だったので、「風雲児たち」は「幕末群雄伝」のタイトルを冠したまま蘭学関係者や北方、ロシア関係の人脈を連綿とつなげていく大群像大河マンガとして遅々たるペースで進んでいった。まぁ僕もそうだったが読者はその遅々たるペース、人間群像のつながりあい、相互作用がじわじわと歴史を進行させていくダイナミズムに惚れ込んで読んでいたわけで、「幕末」をそれほど望んでいたわけでもなかった気がする。それでもさすがに編集部が「すぐに幕末へ行け」と厳命、やむなく作者は途中から大急ぎであらすじだけ追う「爆走」を行い(伊能忠敬、間宮林蔵、高田屋嘉兵衛あたりの話がこれで処理された)シーボルトの来日まで時代が一気に進められた。
 その後、「シーボルト事件」から「蛮社の獄」、「天保の改革」といった流れが描かれたが、1998年に「コミックトム」の新雑誌への移行に合わせる形でいったん完結されることとなり、高野長英の死、ペリーの登場、坂本龍馬の江戸への旅立ちを描いてひとまず最終回となった。結局「これから幕末」というところで終わっちゃったのである。

 新雑誌「コミックトムプラス」で龍馬を主役とする『雲竜奔馬』と題した「続編」の連載が始められたが、2001年に同誌が休刊となり中途半端なところで描き終えざるをえなくなった。「風雲児たち」以来のファンはどうなるんだと気を揉んだが、直後に複数の出版社から誘いがかかったというから業界的にも隠れたファンが多かったのだろう。結局リイド社の時代劇専門コミック誌「コミック乱」において正式な続編『風雲児たち・幕末編』の連載が始められることとなった。
 
 …それからはや20年が経っていた、と気がついたら僕も驚いた(9.11テロと同じ感想だ)。「幕末編」はペリーの黒船来航から始まり、江戸幕府の政治状況、アメリカその他の国との外交交渉、諸藩の「志士」たちの動向を幅広く網羅して進行し、年代の進捗ペースは同じ月刊ながら「コミックトム」時代よりも落ちたような気もしたが、編集部もファンも「自由に書いてください」という気分だった。作者自身、「桜田門外の変」までこぎつけたことに驚いたという趣旨の発言をしていたくらいで。
 漫画は「桜田門外の変」以降の、「生麦事件」や京都での天誅と称するテロが続発して「幕末」らしく血なまぐさくなってきた…というあたりで終わることとなってしまった。偶然だが、「風雲児たち」「風雲児たち幕末編」はそれぞれ20年というほぼ同じ執筆期間、内容量もだいたい同じくらいになった。作者としてはせめて新選組を出さないと…という次の目標を掲げてはいたのだが、あと数歩ばかり及ばなかった。ファンとしては江戸幕府の滅亡はもちろんのこと、「幕末」的なものが本当の意味で終結する西南戦争、大久保利通の死までなんとかこぎつけてほしかったのだが…それは無理だろうと思いつつ。みなもと太郎さんも先述のネット対談で「あと10年はかかる」と語っていたんだけど、あれだけいろいろ描きたくなっちゃう人だから10年では終わらなかったろうと思う。

 「風雲児たち」に、僕は高校生の時に書店での立ち読みで出会い、歴史好き&漫画好きとしてハマってしまった。当時は光太夫が帰国するあたりを連載していたはずで、「幕末漫画」とされていたことに僕も長いこと気がつかなかった(笑)。そのころに出会ったせいもあって僕も「風雲児たち」というと蘭学黎明期や北方探検を描いたこのころが一番面白かった気がしている。NHKの正月時代劇で初のドラマ化が実現した際も解体新書翻訳を中心にしていたので、そう思ってる人は多いのではないだろうか。もちろんその後の部分だって面白いんだけど、多くの人物が意外なところでつながりあい、彼らのそれぞれの動きが大きなうねりとなって歴史が進行してゆく、その醍醐味は特にこの部分に顕著だったように思う。

 大河的な歴史群像漫画である本作だが、基本「ギャグ漫画」であるところが大きな特徴だ。絵柄、キャラがそうだというだけでなく、話運びの合間合間にギャグが入りズッコケが飛び出す。ものすごくシリアスな描写ももちろんあるのだが、それがギャグをはさむことでいいバランスになっていた。作者自身もエッセイで書いていたが、歴史では演じてる当人は大悲劇でもはたから見ると喜劇、ということは確かにあり、それが登場人物たちと読者の距離をうまく保たせていた。群像劇になっていたことも読者が過度に登場人物に感情移入することを防いだと思う(もちろん一部キャラには作者の好悪がハッキリ出てるんだけど)

 ギャグのネタは作者が関西人(京都出身)ということもあって吉本新喜劇のネタが多く、それ以外にも執筆時点での流行ギャグや時事ネタなど多彩なネタが散りばめられていた。長期連載だけに古いギャグが分からなくなるってんで膨大な「ギャグ注」がつけられたのも現代文化史的な偉業と言えるかも。最近でも「艦隊これくしょん」やら「まどか☆マギカ」など最新流行ネタを混ぜていたし、昨年の連載ではコロナ禍のネタも使われていた。通して読めば現代日本の流行・ギャグ史本としても読めるのだ。
 ついでに描けば作者さんは漫画マニア・研究家という側面もあって、そうした知識が作中にときどき顔を出してもいた。実際に最近「漫画の歴史」というシリーズの執筆にとりかかっていたが残念ながら第一巻だけしか刊行されずに終わっレしまっている。 
 
 昨年から休載が続いていたので心配していたのだが…やはり「早い」と思ってしまう訃報だった。漫画好きとは自負してる僕でもその連載をリアルタイムでこれほど長期にわたって追いかけてきた漫画はこれ以外にはない。それが作者の死と共に終わってしまったことに、これもまた一つの「歴史」の節目であるな、と思う夏の終わりである。


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