「デスデスデスデス…」
そう言う乾いた笑い声が待合室中に広がった。
不思議なことに、その笑い声は音を失っていたはずの俺にも、
はっきりと聞き取れたのだ。
「デスデスデスデス…」
待合室中の患者たちが週刊誌を読むのを止め、
不気味な笑い声の主に視線を集めた。


笑い声の主は、斜め前の席で待っていた患者だった。
俺はもちろんその患者の顔を知っていた。
だけど名前は思い出せない。


彼は焦点の合わない目で窓の外を見つめ、
看護婦に呼ばれたわけでもないのに、
デスデスと笑いながら、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
西日に照らされた彼のシルエットが、
淡い影絵のように向こう側の壁に映っていた。


「どうしたんですか佐藤さん」
カルテにみみずの這ったような文字の羅列を書き続けていた看護婦が、
ボールペンを持った手をとめて言う。
佐藤…そう、佐藤さんだ。
町内会の役員で、いつも何人かの患者たちの中心にいる人だ。
「デス、デス。ぱぱ、ぱおおおおおおおん…」
デスデス笑いが、本当の笑いになり、佐藤さんは、
首から上を窓の外に向けたまま、愉快そうに笑い続けた。


待合室中が薄気味悪そうに彼を見つめた。
「ちょっと、なにあれ? 佐藤どうしちゃったの」
「気持ち悪い…」
佐藤さんの笑い声に混じって、患者たちがひそひそと声を交わす。


そのとき、佐藤さんが両手で思い切りバーンと机を叩いた。
いっせいにシーンとなる待合室。
目を丸くして見詰める患者たちの視線の中で、
彼は低い声で一言、


「オーノー」


と言った。




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