歯科矯正治療における抜歯治療と非抜歯治療
永久歯列完成後(中学生以降)に歯科矯正治療を始める場合、マルチブラケット法で治療することが多いのですが、このときに問題となるのは、抜歯して治療するべきか、非抜歯で治療できるか、ということです。
我々歯科医師も人間ですから、歯を抜くという患者さんにとって都合の悪いことは、なるべく避けたいのです。せっかくはえてきたきれいな歯を抜く罪悪感は我々も持ってます。ですから、検査診断して、どうしても抜歯が不可避であれば、患者さんにお願いします。
永久歯列完成前(小学生の段階)で来院されれば、なるべく抜歯をしないで済むように、第1期治療を行います。しかしそれでも無理な場合は、改めて検査診断して、抜歯をお願いすることもあります。
以下、抜歯論争の簡単なまとめです。
①まず、歴史から
現代歯科矯正治療の創始者として有名なD.H.Angle先生は、理想の咬合の条件に「Line Of Occlusion」というのを上げておりました。しかし、この言葉の明確な意味づけはされておらず、お弟子さんたちが それぞれ独自に解釈しておりました。
歯科矯正治療において、歯を抜く事を容認する「抜歯派」と、絶対に抜いてはいけない「非抜歯派」の2つです。
「Line Of Occlusion」のLine(=線)を連続したものと考えた人たちは、歯を抜くことと連続性が失われると考え、非抜歯治療を良しとしました。
これに対して、かみ合わせがキッチリすると一本の線になり、「歯を抜いても、しっかりかめるように治すのが良いのだ。」という人たちもおりました。
で、上記二つの派閥の戦いに終止符を打ったのが、ツィード先生です。非抜歯で矯正治療して後戻りした症例が非常に多かったので、抜歯して無料で再治療して、その結果を論文にして発表しました。咬合の安定性のための必要条件が書かれております。この論文が発表されたのは1945年です。日本が戦争で疲弊している時期にアリゾナの片田舎(ツーソンという所)で地道な治療と分析が行われていたわけです。
②顎の大きさと歯の大きさの問題
顎の大きさ(歯のはえる顎の骨の広さ)=Aとします
前歯から奥歯までの歯の大きさの足し算した量=Rとします
両者2つの大きさの問題を考えてみましょう。
A=Rであれば、歯はキッチリ並びます。
A>Rなら、歯の間にスキマができます。(空隙歯列弓)
A<Rなら、歯が重なり合った状態になります。(叢生、八重歯)
※4人掛けの長椅子に。4人は座れます。長椅子=顎の大きさ(A)、人=歯の大きさ(R)と考えてください。
3人掛けの長椅子に4人は座れません。
4人掛けの長椅子でも、太った人が4人来たら、全員は座れません。
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全部の歯をきれいにならべるためには、顎の大きさを広くするか、歯を細くするか、歯の本数を減らすかしないといけない訳ですが、オトナは手術でもしない限り、顎は広がりません。
歯のはえる場所が広がらないオトナ(成人)では、歯を抜いて治療する可能性が高くなります。
※成長期の子どもなら、顎を広げたり、奥歯から後ろに下げたりできる場合があります。→
③上顎骨と下顎骨の位置関係を補正するための抜歯
・たとえば上の前歯が小臼歯一本分前に出た上顎前突(出っ歯)であれば、上の歯を間引くことによって、前歯をその歯の大きさの分だけ後方に移動することができます。下顎前歯が前に出た状態(反対咬合)でも、同じ事が可能です。
難しい言葉で言えば、顎骨の位置異常を歯を抜くことで代償的に治療する、というわけです。
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④顔貌改善のため
前歯の前には口唇があります。上顎前突であれば、前歯が出てますので、上唇が前に出ます。反対咬合であれば、下顎の前歯が上の前歯よりも前に出てますから、下唇がめくれ前に出た形になります。
前歯を下げて、ちゃんとかめるようにする時に、前歯の位置を変わりますので、口唇の位置を好ましい方向に変化させることができます。
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上顎前突(出っ歯)や反対咬合(受け口)の顔を変えることができるのは、抜歯治療、あるいは外科的な手術をしなくては無理です。
④まとめ
現実的には、②と③の組み合わせもあり、患者さんの希望もあり、舌や軟組織の問題もあり、抜歯するかどうかは非常に難しい問題です。治療の精度を下げるなど妥協できれば、非抜歯で治療することもないわけではありません。ただし、後戻りの可能性は高くなります。なぜか?生まれてから、治療開始までキープされてきた歯並びを無理矢理並べても安定した元の状態に戻るのは、当然のことです。