貞心と千代と蓮月 —翻刻テキスト—
相馬御風
(春秋社 1930.2.20)
緒言
目次
良寛に愛された尼貞心
貞心尼雜考
加賀の千代
千代尼雜考
我觀蓮月尼
【古典テキスト】
貞心尼遺稿(蓮の露、他)
千代尼句抄
蓮月尼歌抄
貞心尼遺稿
※ 歌に通し番号を施した。〔原注〕、(*入力者注)
(前書)
○天保六年に貞心尼の編んだ良寛和尚傳並に歌集「蓮の露」は良寛和尚を後代に傳ふる上の最貴重な文獻であつた。これだけでも貞心尼の功績は私達の讃嘆措かないところである。ここにはその全部を收めることにした。
○「燒野の一草」は貞心尼が歸郷不在中其住庵柏崎荼毘小路の釋迦堂が火災に罹つた顛末と更に不求庵といふ新らしい庵を結んだまでの手記である。原本は柏崎圖書館内中村文庫の所藏にかゝる。
○歌抄は嘗て中村葉月氏によつて公にされたものに、多少の訂正と増補とを加へたものである。
○書翰二通はいづれも「良寛道人遺稿」の開板者である上州前橋龍海院藏雲和尚に宛てたもので、此の良寛詩集が如何にして編まれ如何にして刊行されたかを知る上にも、良寛和尚の生涯の一端を知る上にも、又貞心尼その人を知る上にも貴重な文獻であると信ずる。
はちすの露
良寛禪師と聞えしは、出雲崎なる橘氏の太郎のぬしにておはしけるが、十八歳といふ年に、かしらおろし給ひて、備中の國玉嶋なる圓通寺の和尚國仙といふ大徳の聖におはしけるを師となして、年ごろ其處に物し玉ひしとぞ。又、世に其名聞えたる人々をばをちこちとなくあまねく尋ねとぶらひて、國々にすぎやうし玉ふ事はたとせばかりにして、遂に其道の奧をきはめつくしてのち、故里へかへりたまふといへども、更に住む所を定めず、こゝかしこと物し玉ひしが、後は國上の山に上り、自ら水汲み薪を拾ひて行ひすませ玉ふ事三十年とか、嶋崎の里なる木村何がしといふものかの道徳をしたひて親しく參りかよひけるが、齡たけ玉ひて斯る山かげにたゞ一人物し玉ふ事の、いと覺束なふ思ひ給へらるゝを、よそに見過しまゐらせむも心うければ、おのが家居のかたへに、いさゝかなる庵のあきたるが侍れば、かしこにわたり玉ひてむや、よろづは己がもとより物し奉らんとそゝのかし參らするに、如何が覺しけむ、稻舟のいなとも宣はず、其處にうつろひ給ひてより、主いとまめやかに後見聞えければ、ぜじも心安しとてよろこほひ(*ママ)給ひしに、其年より六とせといふ年のはじめつ方、遂に世を去り給ひぬ。
かく世はなれたる御身にしも、さすがに月花の情はすて玉はず、よろづの事につけ折にふれては、歌よみ詩つくりて其心ざしをのべ給ひぬ。されど是らの事をむねとし玉はねば、誰によりて問ひ學びもし玉はず、只道の心をたねとしてぞ詠み出し給ひぬる。其のうたの樣、自ら古の手振にて、姿・言葉もたくみならねど、丈高く調なだらかにして、大かたの歌よみの際にはあらず。長歌・みじか歌とさま\〃/有るが中には、時にとり物にたはふれて(*ママ)よみ捨て玉へるも有れど、それだに世の常の歌とは同じからず。殊に釋教は更にも云はず、又月の兎、鉢の子、白かみ、など詠み玉ふもあはれにたふとく、打ちずしぬれば、自ら心の濁も清まり行く心地なむせらるべき。此道に心有らむ人、此歌を見る事を得て、心に疑ふ事あらずば、何の幸か是に過ぎんや。さればかゝる歌どもの、こゝかしこに落ち散りて、谷の埋れ木埋れて世に朽ちなむ事の、いと\/をしければ、此處にとひかしこにもとめて、やう\/にひろひあつめ、又、己が折ふしかの庵へ參り通ひし時、よみかはしけるをもかき添へて一卷となしつ。こは師のおほんかたみと傍におき、朝夕にとり見つゝ、こしかたしのぶよすがにもとてなむ。
天保むつの年五月のついたちの日に
貞心尼しるす
001
うめの花おいが心をなぐさめよ昔の友は今はあらなくに
002
春は花秋は千草にたはれなむよしやさと人こちたかりとも
003
かぐはしき櫻の花の空にちる春のゆふべはくれずもあらなむ
004
春の夜のおぼろ月夜のひと時を誰がさかしらにあたひつけけむ
005
西行法師の墓にまふでゝ花を手向けてよめる
たをりこし花の色香はうすくともあはれみ玉へ心ばかりは
006
きさらぎ末つかたなほ雪のふりければ
ひさかたの雲ゐを渡る雁がねもはね白たへに雪やふるらむ
007
風まぜに雪はふりきぬ、雪まぜに風は吹き來ぬ、埋み火に足さしのべて、つれ\〃/と草のいほりに、とぢこもりうちかぞふれば、きさらぎも夢の如くに、つきにけらしも。
008
月よめばすでに彌生になりにけり野べの若なもつまでありしに
009
冬ごもり春さりくれば、飯こふと草の庵を、立ち出でゝ里にいゆけば、里子ども今を春べと、玉桙の道のちまたに、てまりつく我もまじりて、その中にひふみよいむな、ながつけばあはうたひ、あがうたへばなはつく、つきてうたひて、霞立つ長き春日を、くらしつるかも。
010
かすみたつ長き春日をこどもらと手毬つきつつ此日くらしつ
011
山ぶきの花のさかりはつきにけりつれなき人をまつとせしまに
012
かごに入れたるひばりを見て
久方の雲ゐの上になくひばり今は春べとかごぬちに鳴く
013
わすれても人ななやめそましらもよなれもむくいはありなむものを
014
しげ山にわれそま立てむおいらくの來むてふ道にせきすゑむため
015
いざこゝに我が世はへなむくがみのや乙子の宮の森の下いほ
016
おとみやの森の下やにわれをればぬで(*ママ。鐸)ゆらぐもよ人きたるらし
017
ゆくあきのあはれを誰にかたらましあかざ籠に入れかへる夕ぐれ
018
こひしくばたづねて來ませ足ひきの山のもみぢをたをりがてらに
019
木のはちる森の下やはきゝわかね時雨する日も時雨せぬ日も
020
あきもやゝうらさびしくぞなりにける小ざゝにしげき雨のおときけば
021
月よみの光をまちてかへりませ山路は栗のいがのおほきに
022
はるゝかと見ればくもれる秋のそらうき世の人の心見よとや
023
あきのぬのくさ葉の露を玉と見てとらんとすればかつきえにけり
024
岩むろの田中に立てる、一つ松の木、しぐれの雨にぬれつゝ立てり、人ならばかさかさましを、みのかさましを、一つ松あはれ。
025
ゆくさくさ見れどもあかぬ岩むろの田中に立てる一つ松の木
026
もみぢばは散りすぐるとも谷川にかげだにのこせ秋のかたみに
027
いく人かいもねざるらむあしひきの山より出づる月を見むとて
028
ものよりかへるみちにて
あき山のもみぢはちりぬ家つとにこらがこひせばなにをしてまし
029
ふみ月十五夜の夜よみ玉ひしとぞ
風はきよし月はさやけし夜もすがらをどりあかさむ老のなごりに
030
やまたづのむかひのをかにさをしかたてり、かみなづきしぐれのあめに、ぬれつゝ立てり
031
ひさかたのまきのいたやに雨もふりこね、さすたけの君がしばしと立ちとまるべく
032
あしひきのもりの下やのしづけさにしばしとてこそつゑをさしけれ
033
今よりはふる里人のおともあらじ峯にも尾にも雪のつもれば
034
白雪の日ごとにふればわがやどは行き來の人のあとさへぞなき
035
山かげの眞木のいたやに音はせねど雪のふる日はそらにしるけり
036
柴の戸のふゆのゆふべのさびしさをうき世の人のいかでしるべき
037
くつなくてさとへも出でずなりにけりおぼしめしませ山すみの身を
038
しらゆきはいくへもつもれつもらねばとて玉桙の道ふみわけて君がこなくに
039
やり水のこのごろおとのきこえぬは山のもみぢのちりつもるらし
040
山里のくさのいほりに來て見ればかき根にのこるつはぶきの花
041
冬がれのすゝきをばなをしるべにてとめて來にけりこれの庵に
042
久方のしぐれの雨にそほちつゝきませる君をいかにしてまし
043
あしひきの山のしひしば折り燒きて君とかたらむやまと言の葉
044
いでことはつきせざりけりあしひきの山のしひしばをりつくすとも
045
夕ぐれの岡といふ所の松を見て
夕ぐれの岡の松の木人ならば昔のこともとはましものを
046
秋のあめの日に日にふるにあしひきの山田のをぢはおくてかるらむ
047
わがやどはくがみ山下こひしくばたづねてきませたどり\/に
048
おもひをのぶる
石のかみふるのふるみちしかすがにみ草のみして行く人なしに
049
ながさきのもりのからすのなかぬ日はあれども袖のぬれぬ日はなし
050
のりのみちまことは見えできのふの日もけふもむなしくくらしつるかな
051
かにかくにかわかぬものは涙なり人の見る目をしのぶばかりに
052
むらぎもの心をやらむ方ぞなきあふさきるさにおもひみだれて
053
すみ染のわがころもでのゆたならばうき世の民におほはし(*ママ。まし)ものを
054
ながらへむことやおもひしかくばかりかはりはてぬる世とはしらずて
055
見てもしれいづれ此の世は常ならむおくれさきだつ花ものこらず
056
手を折りてうちかぞふればなき人のかぞへがたくもなりにけるかな
057
われながらうれしくもあるかみだ佛のいますみくにへゆくとおもへば
058
をちこちのあがたつかさにものまをすもとの心を忘らすなゆめ
059
うつり行く世にしありせばうつせみの人の言の葉うれしくもなし
060
よの中にまじらぬとにはあらねどもひとりあそびかわれはたのしき
061
まそかゞみ手にとりもちてけふの日もながめくらしつかげと姿と
062
夕がほもへちまもいらぬ世の中はたゞよのなかにまかせたらなむ
063
やちまたにものなおもひそみだ佛のもとのちかひのあるにまかせて
064
いかにせばまことの道にかなはめとひとへに思ふねてもさめても
065
白ゆきをよそにのみ見てくらしゝにまさに我身につもりぬるかな
066
あしひきの山べに住めばすべをなみしきみつみつゝこの日くらしつ
067
われありとおもふ人こそはかなけれゆめのうきよにまぼろしの身を
068
すてし身をいかにと問はゞひさ方の雨ふらばふれ風ふかばふけ
069
水の上にかずかくよりもはかなきはみのりをはかる人にぞありける
070
わが宿はいづこと問はゞこたふべしあまの川原の橋のひがしと
071
僧はたゞばんじはいらず常不輕菩薩のぎやうぞ殊勝なりける
072
いかにしてまことの道にかなひなむ千とせのうちに一日なりとも
073
ぬば玉のゆめのうき世にながらへてよしやこゝろにかなひたりとも
074
のりのちりにけがれぬ人はありときけどまさめに一目見しことはあらず
075
あわゆきの中にたちたるみちおほち又その中にあわゆきぞふる
076
おきつものかよりかくよりかくしつゝきのふもくらしけふもくらしつ
077
さしあたるそのことばかりおもへたゞかへらぬ昔知らぬ行くすゑ
078
五陰皆空なりと照見して、一切の苦厄を度すといふ心をよめる
世の中は、はかなきものぞ、あしひきの、山鳥の尾の、したり尾(*ママ)の、なが\/しよを、もゝよつき、いほよをかけて、よろづよに、きはめて見れば、えだにえだ、ちまたにちまた、わからへて、たどる道なみ、たつらくの、すべをも知らず、をるらくの、すべをも知らず、ときぎぬの、思みだれて、うき雲の、行くへも知らず、いはむすべ、せむすべしらず、おきにすむ、かものはいろの、水鳥の、やさかのいきをつきゐつつ、誰にむかひて、うたへまし、おほ津のへにゐる、大ふねの、へつなときはなち、ともつなはなち、大うな原のへに、おしはなつ、事のごとく、をちこち方や、繁木がもとを、やいがまのとがまもて、うちはらふ事の如く、五つのかげを、さながらに、五つのかげと、知るときは、心もいれず、事もなく、わたしつくしぬ、よのことごとも
079
津の國のなにはのことはよしゑやしただに一あしすゝめもろびと
080
鉢の子をよめる
鉢の子は、はしきものかも、しきたへの、家出せしより、あしたには、かひなにかけて、ゆふべには、たなへにのせて、あら玉の、年のをながく、持たりしを、けふよそに、わすれてくれば、立つらくの、たつきも知らず、をるらくの、すべをもしらず、かりごもの、思みだれて、ゆふづゝの、かゆきかくゆき、たにくゝ(*ママ)の、むかふすきはみ、あめつちの、よりあひの限り、杖つきも、つかずもゆきて、とめなむと、思ひし時に、鉢の子は、こゝにありとて、わがもとに、人はもてきぬ、いかなるや、ひとにませかも、ちはやふる、神ののりかも、ぬば玉の、よるのゆめかも、うれしくも、もてくるものか、よろしなへ、もちくるものか、その鉢の子を、
081
みちのべのすみれつみつゝ鉢の子を忘れてぞこしその鉢の子を
082
白かみをよめる
かけまくも、あやにたふとし、いはまくも、かしこきかも、久方の、あめのみことの、みかしらに、白かみおふる、あしたには、おみを召さして、白がねの、けぬきをもちて、その髪を、ぬかし玉ひて、白がねの、はこにひめおき、天つたふ、日嗣の御子に、つたふれば、ひつぎのみ子も、つがの木の、いやつぎ\/に、かくしつゝ、いつたへますと、きくがともしも。
083
白かみはおほやけものぞたふときや人のかしらもよくといはなくに
○
084
よひ\/に、霜はふれども、よしゑやし、あくればとけぬ、としのはに、雪はふれども、よしゑやし、春日にきえぬ、しかすがに、人のかしらに、降りつめば、積みこそまされ、あらたまの、年は經れども、きえずぞありける。
085
白ゆきはふればかつけぬしかはあれど頭にふれば消えずぞありける
086
月の兎をよめる
天雲の、むかふすきはみ、谷くゝ(*ママ)の、さわたる限り、國はしも、さはにあれども、さとはしも、あまたあれども、み佛の、あれます國の、あきかたの、そのいにしへの、ことなりき、ましときつにと、おさぎとが、ことをかはして、あしたには、ぬ山にかけり、ゆふべには、林にかへり、あらたまの、年の尾ながく、住みぬれば、天のみことの、きこしめし、いつはりまこと、知らさむと、たびとになりて、あしひきの、山行きぬゆき、なづみ來て、をしものあらば、たうべとて、尾花をりふせ、いこひけり、ましは林の、ほつえより、木の實をつみて、まゐらせり、きつにはやなの、あたりより、いををくはへて、まゐらせり、おさぎはぬべに、走れども、なにもものせず、ありしかば、いましは心、もとなしと、戒めければ、はかなしや、おさぎやからに、かたるらく、ましは柴を、かりてたべ、きつにはそれを、焚きてよと、まけのまに\/、なしつれば、ほのほになげて、あたら身を、たびとのにへと、なしにけり、たびとはそれを、見るからに、あめに仰ぎて、うちなげき、つちにたふれて、やゝありて、胸うち叩き、まをすらく、いましみたりの、友どちに、勝り劣りは、いはねども、おさぎをわれは、やさしとて、からをいだきて、ひら\/と、天津くもゐを、かきわけて、月のみやにぞ、をさめける、しかしよりして、つがの木の、いやつぎ\/に、いひつぎて、月のうさぎと、いふことは、これがもとにて、ありけりと、聞くわれさへも、すみぞめの、衣のそでも、とほりてぬれぬ。
087
おいをいたむうた
行く水は、せけばとまるを、たか山は、こぼてばをかと、なるものを、すぎし月日の、かへるとは、文にも見えず、うつせみの、人もかたらず、いにしへも、かくやありけむ、いまのよも、かくぞありける、ぬちの世も、かくこそあらめ、かにかくに、すべなきものは、おいにぞありける。
088
ねもごろのものにもあるか年月はしづがやどまでとめて來にけり
089
いやひこにまうでゝ
もゝなかの、いやひこ山に、いやのぼり、わがのぼれば、たかねには、八雲たな引、ふもとには、木立かみさび、おちたぎつ、みおとさやけし、このみやの、たゆるときなく、その山の、いやとほながく、ありかよひ、いつきまつらむ、いやひこのかみ。
090
いやひこの松のかげ道ふみわけてわれ來にけらしそのかげみちを
091
しほのりたふげの道こしらへたるをよろこびて
こしの海、かくだのあまの、朝なぎにいざなひてくみ、ゆふなぎに、つれてやくてふ、鹽のりの、坂はかしこし、うへみれば、目にもおよばず、下見れば、たまもけぬべし、千さとゆく、駒も進まず、みそらゆく、雲もはゞかる、その坂を、よけくやすけく、たひらけくはりけむ人は、いかなるや、人にませかも、千早振、神ののりかも、み佛の、つかはせるかも、ぬば玉の、よるのゆめかも、おつゝかも、かにもかくにも、いはんすべ、せんすべしらに、しほのりの、坂にむかひて、みたびをろがむ。
092
天保元年五月大風の吹きし時のうた
わがやどの、かき根にうゑし、あき萩や、一もとすゝき、をみなへし、しをになでしこふぢ袴、鬼のしこ草、ぬきすてゝ、水をはこびて、日おひして、育てしからに、たまほこの、道もなきまで、はびこりぬ。あさなゆふなに、ゆきもとり、そこにいで立ち、立ちてゐて、秋まちとほに、おもひしに、時こそあれ、五月の月の、はつかまり、四日のよべの、大風の、きほひてふけば、あらがねの、土にぬえふし、久方の、あめにみだれて、もゝちゞに、なりにしぬれば、かどさして、あしすりしつゝ、いねぞしにける、いともすべなみ、
093
手もすまにうゑてそだてし八千くさは神のこゝろにまかせたりけり
○
094
神なづき、時雨のあめの、をとつ日も、きのふもけふも、ふるなべに、森のもみぢは、玉ほこの、道もなきまで、ちりしきぬ。ゆふさりくれば、おあかけて、つま木たきつゝ、やまたつ(*ママ)の、むかひの岡に、さをしかの、つまよびたてゝ、なくこゑを、きけばむかしの、おもひでに、うき世はゆめと、しりながら、うきにたへねば、さむしろに、衣かたしき、うちぬれば、板しきのまより、あしひきの、山下かぜの、いとさむく、吹きくるなべに、ありきぬを、ありのこと\〃/、ひきかづき、こひまろびつゝ、ぬば玉の、長きこの夜を、いもねかねつも。
○
095
あしひきの、國上の山の、冬ごもり、日に日にゆきの、ふるなべに、行き來の道の、あともたえ、ふるさと人の、音もなし、うき世をこゝに、門さして、ひだのたくみが、うつなはの、たゞ一すぢの、いはしみづ、そをいのちにて、あら玉の、ことしのけふも、くらしつるかも。
096
さよふけていはまのたきつおとせぬはたかねのみ雪ふりつもるらし
○
097
師常に手毬をもてあそび玉ふときゝて
貞心尼
これぞこのほとけのみちにあそびつゝつくやつきせぬみのりなるらむ
098
御かへし
師
つきて見よひふみよいむなこゝのとをとをとをさめて又始まるを
099
はじめてあひ見奉りて
貞
君にかくあひ見ることのうれしさもまださめやらぬ夢かとぞ思ふ
100
御かへし
師
夢の世にかつまどろみてゆめを又かたるも夢もそれがまに\/
101
いとねもごろなる道のものがたりに夜もふけぬれば
師
白たへのころもでさむし秋の夜の月なかぞらにすみわたるかも
102
されどなほあかぬこゝちして
貞
向ひゐて千代も八千代も見てしがな空ゆく月のこと問はずとも
103
御かへし
師
心さへかはらざりせばはふつたのたえずむかはむ千代も八千代も
104
いざかへりなんとて
貞
立ちかへりまたもとひこむ玉ほこの道のしば草たどり\/に
105
師
又もこよ山のいほりをいとはずば薄尾花のつゆをわけ\/
106
ほどへてみせうそこ給はりけるなかに
師
君やわする道やかくるゝこのごろはまてどくらせど音づれもなき
107
御かへしたてまつるとて
貞
ことしげきむぐらのいほにとぢられて身をば心にまかせざりけり
108
山のはの月はさやかにてらせどもまだはれやらぬ峰のうすぐも
こは人の庵に在し時なり
109
御かへし
師
身をすてゝ世をすくふ人もますものを草のいほりにひまもとむとは
110
久方の月の光のきよければてらしぬきけりからもやまとも
111
昔も今もうそもまこともはれやらぬ峰のうすぐもたちさりてのちの光とおもはずやきみ
112
春の初つかたせうそこ奉るとて
貞
おのづから冬の日かずのくれゆけばまつともなきに春は來にけり
113
われも人もうそもまこともへだてなくてらしぬきける月のさやけさ
114
さめぬればやみも光もなかりけりゆめぢをてらす有明の月
115
御かへし
師
天が下にみつる玉よりこがねより春のはじめの君がおとづれ
116
てにさはるものこそなけれのりの道それがさながらそれにありせば
117
御かへし
貞
春風にみ山の雪はとけぬれど岩まによどむ谷川の水
118
御かへし
師
み山べのみ雪とけなば谷川によどめる水はあらじとぞ思ふ
119
御かへし
貞
いづこより春はこしぞとたづぬればこたへぬ花にうぐひすのなく
120
君なくば千たびもゝたび數ふとも十づゝ十をもゝと知らじを
121
御かへし
師
いざさらばわれもやみなむこゝのより十づゝ十をもゝとしりなば
122
いざゝらばかへらむといふに
師
りやうぜんのしやかのみまへにちぎりてしことな忘れそよはへだつとも
123
貞
りやうぜんのしやかのみまへにちぎりてしことは忘れずよはへだつとも
124
聲韻の事を語り玉ひて
師
かりそめのことゝ思ひそこのことば言のはのみとおもほゆな君
125
いとま申すとて
貞
いざゝらばさきくてませよほとゝぎすしばなく頃は又も來て見む
126
師
うきぐもの身にしありせば時鳥しばなく頃はいづこに待たむ
127
秋はぎの花さくころは來て見ませいのちまたくば共にかたらむ
128
されど其ほどもまたず又とひ奉りて
貞
秋萩の花さく頃を待ちとほみ夏草わけて又も來にけり
129
御かへし
師
秋はぎのさくをとほみと夏草の露をわけ\/とひし君はも
130
或夏のころまうでけるに、何ちへか出給ひけむ、見え玉はず。ただ花がめに蓮のさしたるがいとにほひて有りければ、
貞
來て見れば人こそ見えねいほもりてにほふはちすの花のたふとさ
131
御かへし
師
みあへする物こそなけれ小かめなるはちすの花を見つゝしのばせ
132
御はらからなる由之翁のもとよりしとね奉るとて
貞
ごく樂のはちすの花のはなびらによそひて見ませあさで小ぶすま
133
御かへし
師
極樂のはちすの花のはなびらをわれにくやうす君が神通
134
いざゝらばはちすの上にうちのらむよしやかはづと人は見るとも
135
五韻を
くさぐさのあやをり出す四十八もじこゑとひゞきをたてぬきにして
136
たらちをの書給ひし物を御覽じて
みづぐきのあとは涙にかすみけりありし昔の事をおもへば
137
民の子のたがやさんといふ木にていとたくみにきざみたる物を見せ奉りければ
師
たがやさんいろもはだへもたへなれどたがやさんよりたがやさんには
138
ある時與板の里へわたらせ玉ふとて、友どちのもとよりしらせたりければ、急ぎまうでけるに、明日ははやこと方へわたり玉ふよし、人々なごりをしみて物語り聞えかはしつ。打とけて遊びける中に、君は色くろく衣もくろければ、今より「からす」とこそまをさめと言ひければ、げによく我にはふさひたる名にこそと、打ち笑ひ玉ひながら
師
いづこへも立ちてを行かむあすよりはからすてふ名を人のつくれば
139
とのたまひければ
貞
山がらす里にいゆかば子がらすも誘ひて行け羽ねよわくとも
140
御かへし
師
いざなひて行かば行かめどひとの見てあやしめ見らばいかにしてまし
141
御かへし
貞
鳶は鳶雀は雀さぎはさぎ烏はからす何かあやしき
142
日もくれぬれば宿りにかへり、又あすこそとはめとて
師
いざさらばわれはかへらむ君はこゝにいやすくいねよ早あすにせむ
143
あくる日はとくとひ來玉ひければ
貞
うたやよまむ手毬やつかむ野にやでむ君がまに\/なして遊ばむ
144
御かへし
師
うたもよまむ手毬もつかむ野にも出む心ひとつを定めかねつも
145
秋は必おのが庵をとふべしとちぎり玉ひしが、心地例ならねばしばしためらひてなど、せうそこ玉り
師
秋はぎの花のさかりはすぎにけり契りし事もまだとげなくに
146
其後はとかく御心地さわやぎ玉はず。冬になりてはたゞ御庵にのみこもらせ給ひて、人々たいめもむづかしとて、うちより戸ざしかためてものし給へる由、人の語りければ、せうそこ奉るとて、
貞
そのまゝになほたへしのべ今さらにしばしのゆめをいとふなよ君
147
と申し遣しければ、其後給りけること葉はなくて
師
梓弓春になりなば草の庵をとくとひてましあひたきものを
148
かくてしはすの末つがた、俄に重らせ玉ふよし人のもとよりしらせたりければ、打おどろきて急ぎまうでて見奉るに、さのみ惱ましき御けしきにもあらず。床の上に座しゐたまへるが、おのがまゐりしをうれしとやおもほしけむ、
師
いつ\/とまちにし人は來りけり今はあひ見て何かおもはむ
149
むさしのゝくさばのつゆのながらへてながらへはつる身にしあらねば
150
かゝればひる夜、御片はらに在りて御ありさま見奉りぬるに、たゞ日にそへてよわりによわり行き玉ひぬればいかにせん。とてもかくても遠からずかくれさせ玉ふらめと思ふにいとかなしくて
貞
生き死にの界はなれて住む身にもさらぬわかれのあるぞ悲しき
151
御かへし
師
うらを見せおもてを見せてちるもみぢ
こは御みづからのにはあらねど、時にとりあへ玉ふ、いとたふとし。
152
口ずさみ玉ふほつ句のおぼえたるを
貞
おちつけばこゝもろ山の夜の雨
153
風れいや竹を去ること二三尺
154
人の皆ねぶたき時のぎやう\/し
155
青みたる中にこぶしの花ざかり
156
雨のふる日はあはれなりけり良寛坊
157
我戀はふくべでどぢやうおすごとし
158
新いけやかはづとびこむ音もなし
159
とうろうの形かきて
來てはうち行きてはたゝく夜もすがら
160
くるに似てかへるに似たりおきつなみ
161
かく申したりければ取あへず
師
あきらかりけりきみがことのは
以上
天保二卯年正月六日遷化よはひ七十四
○
此草子何とか名づけ給ひてよと靜里大人のもとへつかはしけるにかくなむ。
つれ\/と見侍るに、禪師のみとくは、世に知るところなれば、更にもいはず。言の葉の道にさへ折にふれ事にあひて、心のまゝに詠み玉ふうたの樣、丈高くこと葉すなほにして、さながら古への調に異ならず。打ずしぬれば、自ら心すゞしくて、今の世のきはには有りがたくおぼえ侍るまゝに、いとかしこき業ながら、はちすの露ともいはまほしとぞなむ。
162
これをこそ誠の玉と見るべけれつらぬきとめしはちすはの露
靜里誌
燒野の一草
年久しう故郷なる長岡をもとはずなりぬるを、ことしは親の墓もうでがてら、昔の友をもとはまほしう、卯月九日といふに思ひ立ちてまかでぬ。古さと人もまちゐ侍りてかたみにめづらしう、むかし今の物語りなど聞えかはし、はたゆかりの人々をもとぶらひなどして、十日ばかりもありて立いで、道のつひでなれば河内の里なる高頭何がしのもとへ立より、一夜とまりて「かへらん。」といふに、「などさはいそぎたまふらん。年比まちわたり侍りし物を。たま\/來ましてたゞ一夜ばかりにてかへりたまふは、中々とはれぬよりもつらし。」などせちにとゞめらるゝを、稻船のいなびがたく、さらばともなひたりしうばのみかへし、おのれはこゝにとゞまりぬ。
此日は廿一日なむ、かくてこの宿ちかきほとりに知り人の侍れば、夕つかたよりそこにまうで、何くれと聞えかはし、子の時ばかりかへるさに、ふとみあぐる西の空いとあかく見ゆ。「こはあやし。」といふに、人々も「げにこは火事ならん。されど貝かねの音も聞えねば、ちかき所にてはあらじかし。」といひやみて、皆うちに入てやすみぬ。おのれも「何ならん。」とふかくもたどらず、打ふしぬ。
明る日の夕つかた、下男のあるじに物語るをきゝ侍れば、「よべの火事は柏崎にて、『里の中ほどより火いで、四ツ屋といふ所までやけたり。』とたしかに承はりぬ。」といふに、むねつぶれ、「おのが庵もそのつゞきなれば、よものこらじ。」とあきれゐたるに、あるじのいふやう、「いたくなおどろきたまひそ。もし燒けぬる物ならば、さる火事などてか人の知らせざらんや。音せざるは御庵のこりたりとおぼゆ。さればまづ人やりて事のやうすをきゝて後かへり給へ。」とあれど、さらに心おちゐず。「よしやそはことなく有とも、かゝるさわぎをきゝ知りながら、かへらでやは有べき。」といふに、人々も「げにさはおぼすもことはりなれ。さらばあす、とく馬にておくり參らせむ。」とあれば、明るおそしと立いで、「いさゝかも近き方より行くべし。」とて、馬をはやめ、はげしき山路をのりこえて、いそぎにいそぎしかば、巳の時過る頃こゝにつきぬ。
扨やけたるかたを見わたしぬれば、さしもこちたく立なみたる家くら皆やけうせて、たゞはてもなき野はらのごとくになりにたれば、今まで物にへだゝりて見えざりし山々の、にわかに出きたるやうにいとあらはに見ゆるなど、すべてありしにもあらずやうかはりたるけしきの、めづらしうおかしき物から、むねつぶれてあはれなり。
まづおのがいほりのもとへ行て見侍れば、たゞ石ずゑのみ殘りて本ぞんの御かたちもなければ、「こはいかに。『いほりこそやけめ、佛はかねにてましませば、かたばかりはのこらせ給ふらめ。』とおもひぬるに、いかなる事にや。」とかたへの人にとひ侍れば、「さればとよ。このたびの火事は、むかしよりためしなきやけざまなり。風いとすさまじう火をふきちらし、いく所となくもえいでぬれば、ふせぐべきやうもなく、たゞおのがじゝ家々の物とりかたつくるにのみかゝりをりぬ。それだにはか\〃/しういたしえず皆やきつるを、まして御庵には人ひとりもゐまさねば、たれか物一ついだすべき。なごりなうやけぬるもことはりなれ。おのれも此庵の中半やけぬるころ通りかゝりて見侍りしに、火をふせがむとする人もなく、御いたはしきは本ぞんいとあかくやけこがれて大きなるみすがたの火の中に見えさせ給ひしが、其後うへなるおもき木などのおちかゝりけむ、くだけちりたるかねどものいと多く有しを、ほうしたちの來りてひろひもて行たり。あはれいとおしき事にこそ。」といひすてて人ごみの中へはしり入ぬ。
見るもきくもたゞ夢かと許りたどられて、さらにうつゝともおもはれず。わたりちかき家人も何ちへか行けん、ことかはすものもなく、あやしう見しらぬ男共のみ多く志みだれ石かはらなどとりはこぶとてすなけぶり立て、しばしやすらふべき所もなければ、
001
來て見ればしらぬ野はらとやけはてゝ立よるかげもなきぞかなしき
こゝよりおくりのものはかへしつ。おのれはせきや何がしのもとへ行て宿りぬ。こは久しきしり人にて、年頃行かひいとしたしう物しければ、こたびの事どもいたみきこえ、「まづおのがもとに有てともかうもなし給へ。其程にはまたなるやうもあるべし。」などいとねもごろになぐさめ聞え給ひぬれば、いさゝか心もおちゐ侍れど、「しばしこそあらめ、長くはいかゞ。」と思ふものから、ほかにたよるべきかたもなし。年頃たのみきこえつる人もおなじう家くらともやきうしなひて、今はみづからの事だに身にあまりぬれば、人のうへなどかへり見るべうもあらず。おのれはたゞ身ひとつ有のみ。「いかにともせんすべなし。故郷へやかへらむ、山にやいらむ。」とむらぎもの心をくだきておもひわづらふ程になむ、此里のおさ山田何がしのきみ、今はおほやけのつかへをかへし、靜里うしとてしづかなる所にかくれ家かまへて、いとのどやかにすみ給ひぬるが、よろづみやびのわざにくらからず、中にもことにしきしまの道にかしこくものし給ひぬれば、老いたるもわかきもいさゝか和歌のうら波に心をよする人々は、此かどにつどひてさとしをうけ、月花の遊びはしけり。
され(*それ)や、おのれもむら鳥のゆきかひ侍りてへだてなうきこえかはしけるが、こたびかく我身のおき所なくなりにたるをふかくあはれみ聞え給ひ、「さのみやは物な思ひそ。たゞ身一つをおくばかりの庵つくるとて何ほどのことかあらむ。今かく物さはがしき程過ば、おのれともかくもうしろ見てつくりえさせむ。」と有ければ、いと\/嬉しう、ぬば玉のくらき夜にともし火えたるこゝちなむし侍りて、宿りにかへり、あるじにも「かうなむのたまはする。」と語り侍れば、「そはいとよき事よ。」とて悦びつ。「おのれも心のおよばむかぎりうしろ見參らすべし。まづそれまでも物さわがしき我もとにあらんよりは、此ちかきほとりにくわんおん堂の侍れば、しばしそこにうつり給ひてんや。」とあれば、「ともかうも。」といふに、人すまぬ所なれば、あれたるところ\/つくろひ、むぐらかきはらひなどして、かりそめの宿とさだめ、五月はじめつかたそこにうつろひぬ。
靜里うしの御もとよりも、有べきほどのちやうどなどとりそろへ、送り給はりぬれば、「よろづ事たりておもふ事なくものし侍るも、ひとへにうしの御かげ。」といひ、「關屋うしのうしろ見あらではいかでかく。」といとよろこびはべりて、
002
つな手引人なかりせばあま小舟よるべもなみにたゞよひなまし
かくて夏も過ぎ、秋となりぬれば、「いでや。」とて御ゆかりの人々もろとも事はかりて、ひろ小路といふ所の眞光寺といふ寺のかたはらに、いときよくさゝやかなる庵つくりて、不求庵と名付給はりぬ。長月中半頃ひきうつりけるが、すまひよろしく、しづやかにて、うれしさ何とかいはむ。
003
露の身にあまりてけふはうれしさのおき所なき草の庵かな
ひがしの方びらきにて、かゞみがおきといふひろらかなる田のもより見わたしぬれば、遠こちの山つらなり、いとおかしきけしきなり。かつは「世はなれてしづけき庵なれ。」とて、靜里うしをはじめ、ゆかりなる人々折\/とぶらひ來まして、ことの葉のまとゐし給ふもいとうれしければ、
004
かりそめの草の庵もことのはの花さく宿となるぞうれしき
嘉永四のいどし神無月 不求庵貞心尼
貞心尼歌抄
001
子日鶯
古巣いでゝなれも初音やいはふらむこ松ひく野に來なくうぐひす
002
小松引
めづらしきためしにひかむ越路にも雪なき春の野べのひめ松
003
梅柳渡江春
なには江にかげをうつして梅やなぎいまを春べといろかあらそふ
004
風靜花盛
ふくかぜもけふはしづかに見る人の心もちらぬ花さかりかな
005
山花
見渡せば山の端毎に白雲のかゝるや花のさかりなるらむ
006
歸雁
今はとて鳴きつゝ歸る雁がねの涙や花の涙なるらむ
007
花の下に人の酒のみゐたるを見て
花見つゝにほふかすみをくみかはす人のかほさへさくら色なる
008
花月をへだつといふ心を
よそにては雲とや見らむ山高み月をへだつる花のこづゑを
○
009
のちのよの爲とや人のおもふらむ花あるに訪ふ春の山寺
010
山家
山ふかき我かくれがも咲にほふ花ゆゑ人にしられぬるかな
011
花のちるを見て
この宿にこゝろのこさでかへれとやけふをかぎりと花のちるらむ
012
新樹
日にそへてちかきとなりも見えぬまで軒端にしげる夏木立かな
013
朝時鳥
いづこかと山時鳥おもひねの夢かうつゝか今朝の一こゑ
014
山路時鳥
つくば山わがこえ來れば時鳥このもかのもに木がくれてなく
015
鵜川
う川たつ人ぞはかなきかやり火の消えなんのちのあともおもはで
016
つゝぢ
おく露にかげをうつして夜もすがら月にほのめく花つゝぢかな
017
牡丹
ひともとはうゑて見まほし世の中の人のめづてふとみくさのはな
018
七夕
七夕の逢ふ夜は年に稀なれど逢はぬ契りやなほたのむらむ
019
納凉
立寄れば凉しき松の下かげに流るゝ水の音さへぞする
020
十五夜
仰ぎ見ぬ人しなければ心して月もこよひは照りまさるらむ
021
月前菊
置く露に光をそへて照る月の影さへにほふ白ぎくの花
022
葉月半ばのころよしの山に宿り月を見て
春のみと人はいへども來て見れば秋もよしのゝ山の端の月
023
秋の頃はじめてよしの山にまうでゝ
秋くれば花はなけれどみよしのゝよしのゝ山はよしとこそ見め
024
月前雲
あまつ風とく吹はらへあたらよの月のひかりをおほふうき雲
025
あさがほ
人とはゞいかにしてまし柴の戸にさきかゝりたるあさがほの花
026
山紅葉
都人きてもはぢぬは山ふかくそめしもみぢのにしきなりけり
027
朝落葉
あさげたくほどはよのまに吹きよするおちばや風の情けなるらむ
028
法師の紅葉見ゐるかたに
いろはみなむなしときけど法の師もそむればめづる山のもみぢば
029
苅萱
秋風やふきみだしけむわがしめし野邊のかるかやしどろもどろに
030
暮秋
花もみぢあかぬ色香にたはれしも小てふの夢と秋のくれゆく
031
をしめどもかひなく秋はくれなゐの紅葉のにしきたちもとまらず
032
時雨
うすくこく見ゆるもみぢは村時雨ふりみふらずみ染やしつらむ
033
霜
日影さす梢の露の消えゆくはちる花よりも惜まるゝかな
034
初冬
秋くれしたもとの露もかわかぬにまたしもむすぶ冬は來にけり
035
寒蘆
なにはがたあしのむらたち冬がれてのこるもさびしあきのおもかげ
036
寺
しきみつみたきゞひろはん道たえてなすわざもなき雪の山寺
037
すみがま
さゆる日は雪けのくもに立まがふけぶりもさむしみねのすみがま
038
綿入
かさね\/惠もあつきわた入れをきつゝ寒さをしのぐうれしさ
039
年の暮がたいと寒かりければ
老ぬれば花見むとしは思はねど堪へぬ寒さに春ぞまたるゝ
○
040
うれしさの中にもぬるゝたもとかなあふは別れの初めとおもへば
041
盜人のはひりて物みなとりければ
先のよになせしむくひかしらなみのかゝるうきめをわれにみすとは
042
ぬすまれし品々をよめるたはれうた
けさ・ころも
しらなみのよるのあらしに立いりてけさはころもの一つだになし
043
からかさ・かつぱ
何くへかさしてゆきけん雨のよにぬすみにきたるかつぱからかさ
044
ちやうちん
提灯を何の爲とやぬすみけんやみをたのみのわざをしながら
045
たび
いそちかみあまのとまやに白波のたび\/いらばいかにしてまし
046
盜人をおもひて
かるからぬつみをせおひて死出の山こえゆく時はくるしかるらむ
○
047
わが爲にあだなすものもにくからでのちのよまでをあはれとぞ思ふ
048
こたび極樂寺の御あるじ靜譽上人一切經を請じ、御寺に納めおかせ給ふをば、喜びのあまりよみ侍る長歌ならびにかへし歌
鷲の山、四十九年、とき給ふ、御法の文の、かず\/を、寺にうつして、納めをき、今すゑの世の、人の爲、いや遠長く、法の道、つたへむものと、ひたすらに、おぼしたゝせつ、あら玉の、年頃日々に、むらきもの、心つくしの、ほいとげて、けふは御寺に、そのふみを、むかへますとて、玉ほこの、道のおきても、古しへの、ためしを引きて、御文箱、八つにつくりて、はこなどに、旗てんがいを、さしかざし、ひじり立そひ、道すがら、花をふらして、ねり玉ふ、そをおがまむと、遠こちの、里のさと人、道もせに、立どなきまで、つどひ來て、御箱のつなを、引きつれつ、老もわかきも、おしなべて、佛のみ名を、となへつゝ、ねりゆく程の、にぎはひは、見ぬ古への、事さへに、思ひやられて、たふとけれ、さりやかくまで、こと成りし、君がいさをは、もろ人の、たふとみあふぐ、のみならず、三世の佛も、もろともに、うれしみまして、めでたまふらむ
049
かへし歌
鷲の山のあふぐもたかきのりのふみこゝにうつして見るぞうれしき
萬延元年申年水無月十五日 貞心
050
靜譽上人の書給ひし釋尊出山のみすがたを拜し奉りて
あなたふと靈のみ山を立いでゝのりときそめしみすがたやこれ
051
山田うし旅にみまかり給ひぬるよし。御家内のなげきいかならむと思ひやり參らせ、御方\/に語りてよみ侍る
道遠みこゑだにきかずうつせみのなきからをだに見ぬぞかなしき
052
こはまた知らせもなき先につかはし侍る
かへりこぬ死出の旅路のかどでとも知らでわかれし事ぞかなしき
053
山田靜里翁は年ごろへだてなくむつびまゐらせて、かりそめの御遊びにもいざなひつれてものしたまひしが、いまははやかへらぬ道にさきたゝせ給ひぬれば、身も遠からずとはおもふものから、しばしのほどもおくれまゐらすことのいと\/かなしくてなむ
このたびはいざともいはず死出の山ひとりこゆらむ友なしにして
○
054
たれもみなつひにゆくべき道なれどしばしおくるゝほどぞかなしき
○
055
身もやかのあとおひゆきて極樂のはちすの花をともにながめむ
056
良寛禪師の石碑の建ちたる時
立ちそひて今しも更に戀しきはしるしの石に殘るおもかげ
057
良寛禪師肖像賛
うきぐものすがたはこゝにとゞむれど心はもとの空にすむらむ
058
良寛禪師の歌集を松村某にまゐらすとて
いつまでもたえぬかゞみと出し見るわが法の師の水くきのあと
059
終焉に近き頃紙片に認め置きし
來るに似てかへるに似たる沖つ波たちゐは風の吹くにまかせて
060
臨終四五時間前に弟子達に示せし
たまきはるいまはとなれば南無佛といふより外に道なかりけり
良寛詩集刊行に關する書翰二通
その一
しはす十日しるし玉ひし御せうそこ、正月六日たしかに相屆き、有りがたく拜見致し申候(*原文続け字。「まゐらせ候」か)。御前樣にも去年の秋はさん\〃/にわづらひ遊ばされ候由、されど先々御全快にて春にうつらせられ、何よりも御芽出度よそながら悦び入り申候。私事も去年初冬の頃より不快にて打ふしこんじ候が、先は事なく年を重ね申候。憚ながら御尊意安く思召し被下度候。
扨禪師の實父はじめだん\〃/の御尋ね、早速御返事申上度ぞんじ申候へど、昔の事をよく知りたる老人共は皆死にたえ、若きものゝ申す處覺束なく候まゝ、色々手をまはしやう\/あらまし知れ申候まゝ申上候、さぞかし返事御待ちかねおはさる(*ママ)べく、日々氣をもみ居り候へども、思ふ樣にらちあかずまことに困り入り申候。
師の肖像も、去年の冬藥師堂の庵主の方によき便有りと申され、たゞ頼みつかはし候處、今だ御もとへ屆かざる樣御申こされ候まゝ、驚き藥師堂へ參りたづね候處、あまりよき便もなく候まゝ、我もとにしまひおきたりとの事、誠にあきれ申候。されば此度はまわり遠なれど(*ママ)、江戸三ど(*飛脚)にあつらひつかはし申候、詩集一册、序文二通り、是は島崎へん澄と申す法師、年頃禪師と親しく致しゝ人にて、此度開版(*ママ)の事に付、わざ\〃/私方へ持參致され候まゝ、差上げ御目にかけ申候。詩は同じ事に候へど、所々文字のあやまり有るを、學者の改め直したりとの事に候。序文も俗人の作にて、さのみ取るべき所もなきやうに候へど、御慰の爲め御覽に入れ申候。便のせつ御返し被下度候。
一、序文の事、あふせ(*ママ)の如く、俗人又は師(其人を)知らぬ者(知らずして)の書きたるは、中々に徳を損じ、無きにはおとる事も御座候、されば、師の道徳を知りて其詩を開板し、世に長く殘さんと思召す御心ざしの深き事、何人か及ぶべき。されば聊にても君の御作文ならば、無き玉もさぞ御悦び、われもうれしうぞんじ申候。さりながら、彼れ是れと事むつかしう思召され候はゞ如何せん、しひて申し候ても恐れ入り候へば、兎も角も御尊意に御まかせ被下度候。
扨て又、便のせつは、何よりの眞綿たく山送り給はり、ま事(*ママ)にいつもながら御親切なる御めぐみ、有りがたく頂き申候。其御地には冬中より早梅も咲きそめしよし、此地もこぞより雪ふらず、新春の頃はことの外のどかなりければ、子の日に
001
めづらしき例にひかむ越ぢにも雪なき春ののべの姫まつ
御わらひ草になん。
○
先年禪師知音のもの共、此詩を開板致す可しと相だん致しゝ所、すゞき氏(*鈴木順亭か。)も其仲間なりしにや、序文を書き入れむといひたりしに、人々うけあはず、其事やみたりとの話、それゆゑへん澄子、綾瀬先生をたのみ書きてもらひしとの事に候へ共、是とてもあまりよしとも思はれず、されば何れにても無き方が中々ましならんとぞんじ申候。
此方弟子共も先此秋は上州行はやめに致し申候。もし來春參り候はゞ、其せつは御たづね申上ぐべく候まゝ、よろしく御禮申あげくれとの御事におはしまし候。
○
一、宗龍禪師の事、實に知識に相違なき事は良寛禪師の御話に承り候。師そのかみ行脚の時分、宗龍禪師の道徳高く聞えければ、どうぞ一度相見致し度思ひ、其の寺に一度わたらせしをりのこと、禪師今は隱居し玉ひて、別所に居ましてやういに人にま見え(*ママ)玉はず、みだりに行く事かなはねば、其侍僧に付いてとりつぎを頼み玉へど、はか\/しく取り次ぎくれず、いたづらに日を過し、かくては折角來りし甲斐もなく、所詮人傳にては埒あかず、直にねがひ參らせむと、其趣書きしたゝめ或夜深更に忍び出、隱寮のうらの方へまはり見るに、高塀にて踰ゆべくも見えず、こは如何せむと見めぐり玉ふに、庭の松が枝塀のこなたへさしいでたるあり、是れ幸とそれに取り付、やう\/と塀をこえ庭の内に入りたれど、雨戸かたくとざして入る事ならず、是まで來りて空しくかへらむも殘念なり、如何せんとしばし立ちやすらひて、此處彼處と見わたし玉ふに、雨戸の外に手水鉢有りければ、是こそよき所なれ、夜明はかならず手水し玉はん、其時御目にあたるやうにと、手水鉢の蓋の上に、文書物をのせ置き、塀のもとまで行き玉ひしが、ふと心附、もし風の吹きなばたゝせむも知れずと、又立ちもどり、石を拾ひて其上にのせ置き、辛うじてやう\/立ちかへり、とかうする程に、はや朝の行事はじまり、普門品中半よむ頃、隱寮の廊下の方より、提灯てらして客殿の方へ來る僧あり、人々いぶかり、何事の有りて今時分來るならんと見居たるに、良寛と申す僧有る由、只今來るべしと、御使に參りたりと云ふに、皆驚き怪みけれど、我はうれしく、早速參り相見いたしけるに、今よりは案内に及ばず、何時にても勝手次第に來るべしと有りければ、それより度々參り法話致しゝとの物語、其時の問答の事、問きかざりし事の今更殘念至極にぞんじ申候。されど實は有りがたき知識なればこそ其心ざしを憐み、一刻もさしおかず夜の明くるも待たで迎へをつかはされし御親切、道愛の深き事、聞くだに涙こぼれ侍りぬ。されば證ちやう主は、たび\/良寛禪師の許へ參られ候へば、直接承りて碑文にかゝれたるものならむと、ぞんじ申候。何分國處寺號も知れず候へば、本意なき事にぞんじ申候。
一、高僧傳などにはよく有る事にてめづらしからぬ事に候へど、面り(*まのあたり)見し事に候へば御話し申上まゐらせ候(*ここは「申候」をとらない)。師病中さのみ御惱みもなく、眠るが如く座化し玉ひ、四日目の葬しきにて御棺を野邊に送り、引導も濟みし頃、下三條へ(*辺)の者とて男一人走せ來り、どうぞ\/一目をがませたまはれと、泣く\/手をすりて願ひければ、不便におもひ、さらばとて棺を開きけるに、顔色少しも變らず生けるが如くなりければ、皆驚き、是れは\/と、多くのもの立ちかはりてをがみてはてしなければ、やがて蓋おほひ、火をかけて、送りの人々も煙と共に立ちわかれ歸りける。日暮れはてゝ、交る\/人々野に御見まひに參りければ、われも共々行きけるに、とく\/と燃え出づる火皆五色なりければ、こは必ず舍利の多くある故ならむと、翌朝大ぜいのもの參り、灰を開き見けるに、せ中の大骨皆五色にて、ふし\〃/はことに美しく、人々皆手に取上げ見つ(*つ)、是を細工物にでもしたら(*ば)見事ならむなど、たはぶれ言ふものもありき。舍利は數しらず人々ひろひてもちかへりぬ。墓は島崎村隆泉寺境内に在り。
○
師の實父、姓は山本、氏は橘、名は新左衞門、母は同姓何某の娘、佐渡の人也。師、兄弟五人、三人男、二人女也。師は惣領、次男に讓家、十八歳(廿二歳)にして出家す、號は大愚、名は良寛、字曲(まがり)。集詩者は蒲原郡粟生津村鈴木順亭也。
出雲崎橘屋先祖は出雲崎の城主山本治郎左衞門(加茂治郎義綱の時の人也)の末葉にて、昔より代々村長にて神職なり。實父隱居の後以南と改名し、俳諧の上手にて、久敷京都に遊歴す。或時
002
染色の山をしるしに立ておけばわがなきあとはいつの昔ぞ
天眞佛の命に依りて、桂川へ身を投ぐるもの也と書いて行方しれず、實に桂川へ身を投げられしや、又ひそかに高野山へ上られしと云ふ説もありしと也。
師の弟左衞門隱居して名を由之と改め、歌道の宗匠也。
其三男、橘香、字澹齋と號し、博學多才にして、京都に上り禁中學師菅原長親卿の勤學館成學頭、禁中の詩會に折々出でられし事も有りしと也。されど壯年にして死去せし也。
貞心九拜
龍海院方丈樣御もと
その二
春もいつしか中半過、やう\/此程は少しはのどやかになり申候。あなた樣にもいよ\/御機嫌よく入らせられ候はんと御めで度ぞんじ申候。わたくし事もかはりなうくらしをり候まゝ、はゞかりながらみ心安うおぼしめし給はり度候。扨又こぞの冬はいとめづらしきわたをんじやく(*ママ。温石)を給はり、是まで見し事もきゝし事もなく候へば、いたゞきもあへずまづ心見にせ中へ入おき侍るになん、ほの\〃/と春日にあたるこゝちして寒さもしらずくらし申候。まことや年々それにみ心つかせられ、老の寒さをすくはせ給ふ事、世に有がたく候。夜るひる悦びまゐらせ候。
003
いつの世におくりかへさんいろ\/とひとかたならぬきみがおんじやく
御笑草に南
初春の比この地山田何がし御手紙持參し尋ねくれられ、くはしき御樣す承りよろこび申候。師の詩集も大かたできあがり候よし、まづ\/安度いたし有がたく悦び申候。此春はあなた樣にも、江戸表へ御こし遊され候よし、されば御かへりの後御くだりたまはるべくと御まち申上奉候。まづは御禮までにあら\/かしこ。
二月十七日
貞心九拜
龍海院方丈樣御もと
この冬岡やさんどにあつらひつかはし候手紙とゝ(*ゞ)きしやいかゞおぼつかなくてなん。
○
かず\/御詩いろ\/見せ給はり、有がたく、しらずながら何れも御作意おもしろく承はり申候。
(*貞心尼遺稿 了)
千代尼句抄
※ 各句に通し番号を施した。〔原注〕、(*入力者注)
(前書)
此の千代尼句抄は作者の生前に於て無外庵既白の手で篇まれた「千代尼句集」及び千代尼句集後編「松の聲」の二つの集から多少の注意をひいた句を抄出したものである。
(御風 記)
春の部
001
歳旦
福わら(*正月に家の門口や庭に敷く新しい藁)や 塵さへ今朝の うつくしさ
002
福わらや 御所の裾にも 袂にも
003
我裾の 鳥もあそぶや きそはじめ(*着衣始。正月三が日のうち吉日を選んで新しい着物を着ること。)
004
竹も起て 音吹かはす 初日かな
005
うつくしい 夢見直すや 花の春
006
花の春や 有の儘なる(*変わり映えのしない) 我ながら
007
三とせのなやみさへけふはめでたく筆をとりて
力なら 蝶まけさせむ 今朝の春
008
初霞
地に遊ぶ 鳥は鳥なり 初霞
009
富士はまだ 水に明るし 初かすみ
010
若水(*立春又は元旦に汲む水。一年の邪気を除くという。)
わか水や 流るゝうちに 去年ことし
011
若水や 藻に咲花も 此雫
012
萬歳
萬歳や もどり(*翻筋斗=もんどり・宙返り)は 老のはづかしく
013
人日(*正月七日。七草粥で祝う。五節句〈人日・上巳・端午・七夕・重陽〉の一つ。)
七草や つれにかえ合ふ 草もあり
014
道くさも 數のうちなり 若菜摘(*七日の若菜迎)
015
人あしに 鷺も消ゆるや 若菜の野
016
七種の ひゞきからある 水の音
017
手の跡を 雪のうけとる 若菜かな
018
七くさや 翌からは目の 地につかず
019
七くさや 都の文を 見る日數
020
なゝくさや 我は背戸にて よみ盡し
021
山彦は よその事なり わかな摘
022
こゝらかと 雪にこと問ふ 若菜かな
023
雪礫 通す間もなし 若菜摘
024
何やらの 時見置たる 根芹かな
025
淡雪
春降りし 雪にて雪は 消えにけり
026
梅
梅が香や 風のあひ\/ 木にもどり
027
梅の花 咲く日は木々に 雫あり
028
梅が香や 石も顔出す 雪間より
029
梅が香や 鳥は寢させて 夜もすがら
030
梅が香や 谷へむかひに 行戻り
031
梅さくや 寒い\/が 癖になり
032
仇を恩にて報ずるといふ事を
手折らるゝ 人に薫るや 梅の花
033
追悼
梅ちるや まつのゆふべも 秋の聲
034
梅花佛手向
なごり\/ 散るまでは見ず 梅の花
035
梅が香や 朝々氷る 花の陰
036
梅が香や 何所へ吹かるゝ 雪女
037
鶯
うぐひすや 又言ひなをし \/
038
うぐひすや 初音にきくは 幾所
039
うぐひすや 冬そのまゝの 竹もあり
040
黄鳥の ものに倦るか 竹の奧
041
うぐひすの 隣まで來て ゆふべかな
042
柳
晝の夢 ひとりたのしむ 柳かな
043
青柳や 地の果もなき 水の上
044
青柳は 何所に植ても 靜かなり
045
結ばふと 解かふと風の 柳かな
046
柳から のこらず動く 氷かな
047
おそろしき 根を恥入て 柳かな
048
手折らるゝ 花から見ては 柳かな
049
惠ひ壽(*恵比寿)の賛
釣竿の 糸吹そめて 柳まで
050
小町の賛
誘ふ水 あらばとぬるゝ 柳かな
051
一もとは 音なき月の やなぎかな
052
晩鐘の つり合もよき 柳かな
053
みだれては 水に水さす 柳かな
054
春雨
春雨や うつくしうなる 物ばかり
055
春雨や 土の笑ひも(*「笑う山」の類。草木が土を破って芽吹くこと。) 野に餘り
056
はる雨や もとより京は 京の土
057
庭に出て 空は見やらず 春の雨
058
松ばかり もとめぬ色や 春の雨
059
春雨や みなぬらしたき 物の色
060
蝶
蝶々や 何を夢見て 羽づかひ
061
夢ながら 蝶も手折や 花戻り
062
たんぽぽや 折々さます 蝶の夢
063
わが風で 我吹きおとす 胡蝶かな
064
蝶々や なれも腹立つ 日のあらむ
065
もの一つ いはでこてふの 春くれぬ
066
猫戀
聲たてぬ 時がわかれぞ 猫の戀
067
山吹
山吹や 柳に水の よどむ頃
068
山吹の ほどけかゝるや 水の幅
069
祖師五百年御忌法會
流れては ひとつぬるみや 淵も瀬も
070
櫻
あしあとは 男なりけり 初櫻
071
あけぼのゝ 櫻になりて 朝日かな
072
むすばれて 蝶も晝寢や 糸ざくら
073
何にすれて 端々青し 山ざくら
074
晩鐘を 空におさゆる さくらかな
075
花は櫻 まことの雲は 消えにけり
076
ふか入を した日の脚や 山ざくら
077
畫賛
道くさに 蝶もねさせぬ 花見かな
078
けふまでの 日はけふ捨てゝ はつ櫻
079
斯ゆくと 結ぶものなし 初ざくら
080
これも花に さし捨てある 庵かな
081
近よれば 水は離れて 山ざくら
082
桃の花
富士の笑ひ 日に\/高し 桃の花
083
よし野から 鳥も戻るや 桃の花
084
里の子の 肌まだ白し 桃の花
085
もゝ咲くや 名は何とやら いふ所
086
富士見にまかる人に
桃の色 目におさまりて 富士見かな
087
戸の開て あれど留守なり 桃の花
088
潮干
拾ふもの 皆うごくなり 鹽干潟
089
蝶々の つまだてゝゐる しほ干かな
090
雛
鑓もちや ひゝなの顔も 戀知らず
091
轉びても 笑ふてばかり ひゝなかな
092
とぼし灯の 用意や雛の 臺所
093
朧月
おぼろ夜や それではなうて 人は人
094
おぼろ夜や 松の子どもに 行あたり
095
言さして 見直す人や おぼろ月
096
朧夜や うたはぬ歌に 行過し
097
世の花を まるうつゝむや 朧月
098
雉子
雉子啼て 土いろ\/の 草となる
099
雉子鳴く 山は朝寢の わかれかな
100
雉子鳴くや おもはぬ事も おもふ頃
101
雉子の戀 身にあまるから 聲となる
102
雲雀
ふたつみつ 夜に入そうな 雲雀かな
103
あがりては 下を見て鳴く ひばりかな
104
てふてふは 寐てもすますに 雲雀かな
105
揚雲雀 果なき空を 何とおもふ
106
おもひ\/ 下るゆふべの 雲雀かな
107
乾ては 草にゆあむや ゆふひばり
108
乾く道 草に沈むや 夕雲雀
109
蛙
踞ばふて 雲を伺ふ 蛙かな
110
蓑生濱といふに
蛙鳴て その蓑ゆかし 濱つたひ
111
若草
わか草や 行衞は虫の 音にならん
112
若草や きれま\/に 水の色
113
分入ば 水音ばかり 春の草
114
おされ合ふて ものゝ根を根に 春の草
115
送別
わか草や 歸り路はその 花にまつ
116
松花
誰もかも 見て忘るゝや 松の花
117
送別
見おくれば 墨染になり 花になり
118
菫
牛も起て つく\/と見る 菫かな
119
土筆
つく\/し こゝらに寺の 跡もあり
120
藤花
地にとゞく 願ひはやすし 藤の花
121
餞別
蝶ほどの 笠になるまで 慕ひけり
122
てふ\/や 幾野の道の 遠からず(*小式部内侍の歌を踏まえる。)
夏の部
123
更衣
花の香に うしろ見せてや 更衣
124
綿ぬきや 蝶はもとより 輕々し
125
おもたさの 目にあつまるや 更衣
126
冬からの 皺をぬがばや 更衣
127
二日三日 身の添かぬる 袷かな
128
わたぬきや こその輕さも こんな事
129
綿ぬきに もと着しまゝの 袷かな
130
餞別
日はながし 卯月の空も きのふけふ
131
卯花
うの花は 日をもちながら 曇りけり
132
うの花の 闇に手のつく 若葉かな
133
うの花の しのゝめや彼の 寒さかも
134
卯の花や 連待ち合す 橋の上
135
牡丹
水に添はゞ また名もあらん 白牡丹
136
蝶々の 夫婦寢あまる ぼたん哉
137
老の心 見る日のながき 牡丹かな
138
衣通姫の賛に
ゆふかぜに 蜘も影かる 牡丹かな
139
杜若
水の書 水の消したり 杜若
140
萍の 身はまだおもし かきつばた
141
行春の 水そのまゝや 杜若
142
かほよ花(*杜若の異名) 寐たらぬ夜とは おもはれず
143
若葉
葉櫻や 眼に立つものは 蝶ばかり
144
晩鐘に 雫もちらぬ 若葉かな
145
行々子
武藏野に 聲はこもらず 行々子
146
諫皷鳥(*カッコウの異名)
淋しさは 聞人にこそ(*よれ) かんこどり
147
分入れば 風さへきえて 諫皷鳥
148
若竹
風毎に 葉を吹出すや ことし竹
149
わか竹や 雀の耳に 這入る時
150
婦人の追悼
そのわかれ 浮艸の花 けしの花
151
郭公
ものゝ聲 水に入る夜や ほとゝぎす
152
あすの夜は ねさせてくれよ 蜀魂(*時鳥の異名)
153
起あがる 鳥もあるべし 子規
154
きぬ\〃/の あちらにはなし ほとゝぎす
155
唯置て 枕の塵や ほとゝぎす
156
百合
姫ゆりや あかるい事を あちら向
157
水鷄
水音は 水にもどりて 水鷄かな
158
螢
川ばかり 闇はながれて 螢かな
159
ほたる火や 山路の往來 おぼつかな
160
つまづいて 消えつまついて(*つまづいて) 飛ぶ螢
161
がまの穗に とぼしつけたる 螢かな
162
茨
花と針の 心問ひたき 茨かな
163
菖蒲
音ばかり 筧失なふ あやめ哉
164
風よりも 雫のものぞ 軒あやめ
165
うへが上に さす慾もなき あやめ哉
166
田植
田うへ唄(*田うゑ唄) あしたも有に 道すがら
167
けふばかり 男を使ふ 田植哉
168
夕顔
夕顔や 女子の肌の 見ゆる時(*夕顔の下の行水というイメージ)
169
ゆふかほや 牽捨てあるは 何車(*源氏物語の連想か。)
170
紅花
あつき日や 指もさゝれぬ 紅畠
171
暑
鹽がまの 細う立つ日は あつさかな
172
來て見れば 森には森の 暑さかな
173
あつき日や 竹に雀の 往來まで
174
うごかして 見れど竹にも 暑さかな
175
萍藻花
うき草や 蝶のちからの 押へても
176
蘋を 岸につなぐや 蜘の糸
177
藻の花や 濡ずに遊ぶ 鳥は何
178
氷室
凉しさや 氷室の 雫々より
179
松風の きのふにかはる 氷室かな
180
蝉
せみの音や からはその根に ありながら
181
松風も をのがの(*自分のものの意か。=をのが)にして 蝉の聲
182
納凉
松の葉も よみつくすほど 凉みけり
183
凉風や 押され合たる 草とくさ
184
影坊(*影法師)の 森ではぐるゝ 凉かな
185
唐崎の 晝は凉しき 雫かな
186
風凉し 若葉の落る ゆふけ道
187
すゞしさや 日脚追るゝ 帆かけ船
188
凉しさや 恥しいほど 行戻り
189
あいさつ
凉しさの 置所なき 住居かな
190
雲峰
取つきて 消ゆる雲あり くもの峰
191
送別
何里ほど わが目(*自分の目)のうちぞ 雲の峰
192
清水
山のすそ 野の裾むすぶ 清水かな
193
紅さいた(*さした) 口もわするゝ 清水かな
194
近道を 來て日の足らぬ 清水かな
195
手のものを 皆地に置て 清水かな
196
鷺一つ 暮るゝまで置 清水かな
197
都のかたへ旅だつ人に
おくらばや 清水に影の 見ゆるまで
198
眞如平等
清水には 裏も表も なかりけり
199
夏の月
釣竿の 糸にさはるや 夏の月
200
餞別
清水むすぶ 道やうしろに 頭陀袋
201
ふみそむる 鹿の子の道や 紅の花
202
照もよし 降も(*またよし)夏野の 道すがら
秋の部
203
初秋
蚊帳の波 (*朝湿りで)顔にぬるゝや 今朝の秋
204
荻の葉の もの言かほや(*〔朝露のため〕もの言ひがほや) けさの秋
205
秋立や 風幾たびも 聞直し
206
かたびらの 襟にはくさし 荻の音
207
秋來ぬと 唯秋きぬと ながめけり
208
行ちがふ 明ほのぐらし けさの秋
209
はじめてのあいさつに
文月や 空にまたるゝ ひかりあり
210
七夕
荻も穗に 出るやほしの あそびより
211
ほし合(*七夕)や 心して行く 雲の脚
212
ほし逢や 月入までは 何の蔭
213
傾城の わが事いふて 星まつり(*七夕祭)
214
若や雨 あぶなき星の 一夜とは
215
ほしの名殘 露にもよらで 袖袂
216
朝顔
牽牛花(*朝顔の異名)や まだ灯火の 影も有(*七夕の故事に掛ける。)
217
あさがほや 鳴所替る きり\〃/す
218
朝顔や 起したものは 花も見ず
219
朝顔は 蜘の糸にも 咲きにけり
220
あさがほは 其日に逢ふて 仕廻鳧(*しまひけり)
221
あさがほや 誠は花の 人ぎらひ
222
朝がほや 裾は日も待つ 草の花
223
朝顔に 釣瓶とられて 貰ひ水
224
朝顔や 宵にのこりし 針仕事
225
あさがほや 蝶のあゆみも 夢うつゝ
226
稻妻
稻妻の 裾をぬらすや 水の上
227
いなづまや 袖とらへたる 袖はなし
228
女郎花
をみなへし むつかしい春に 咲ふより
229
女郎花 つれてゆかんと いふたまで
230
うき夜を 何とまもるや 女郎花
231
阿野ゝ津(*伊勢国安濃津か。)の翁塚の手向
文塚(*詩文を納めた塚)や 文をかこふて(*囲ふて〔囲うて〕) をみなへし
232
玉祭(*盂蘭盆・精霊祭)
魂たな(*先祖の位牌を安置し、供物を置く棚)は 水の味さへ かほりけり
233
畫賛
芦間から 風の拾ふや 捨小舟
234
草の花 花野(*秋草の咲く野)
秋風の いふまゝに成 尾花かな
235
草の戸や 手によごれたる 花も咲
236
桔梗の花(*桔梗の異名「盆花」から、「ぼんのはな」と読ませたか。) 咲時ホンと 言さうな
237
川音の 晝はもどりて 花野哉
238
蝶々の 身の上しらぬ 花野哉(*春の蝶はいないので)
239
秋の野や 花となる草 ならぬ草
240
晩鐘の 幾つか沈む 尾花哉
241
明てから 蔦となりけり 石燈籠
242
鷄頭や ならべてものゝ 干て有
243
剃髪の人
塵と見て(*世俗の塵と観じて) 露にもぬれそ(*涙の露にも濡れなさるな。) 萩の花
244
これほどな 薄にふしたゝぬ 薄かな(*区切り未詳)
245
雨の萩 葉毎の露は 何となる
246
露に染て 皆地にかへる 萩の花
247
あまりては 月を戻すや 萩の露
248
風は風に 心も置す(*「置ず」か。) あしの花
249
秋風 虫
木からものゝ こぼるゝ音や 秋の風
250
行水に をのが影追ふ 蜻蛉哉
251
脱捨の 笠着て啼や きり\〃/す
252
むしの音や 都の耳に 皆遠し
253
むしの聲 明るき草も 有ながら
254
むしは虫の とまる所や あさ日影
255
月
里々も 野に立きるや 三日の月
256
三日月に ひし\/と物の 靜まりぬ
257
あかるうて わからぬ水や けふの月
258
名月や いやしき顔も はゞからず
259
月待や しはれましなふ(*未詳。「しはをまじなふ」か。) 草は何
260
さそはれて 一あしそこで 月見かな
261
名月や 人に押合ふ 鳥の影
262
名月や 行ても\/ よその空
263
名月や 眼に置ながら 遠歩行(*遠あるき)
264
何着ても うつくしうなる 月見哉
265
名月や 鳥も塒の 戸をさゝず
266
月見にも 陰ほしがるや 女子達
267
月の夜や 石に出て啼 きり\〃/す
268
名月や どこまでのばす 富士の裾
269
うら町の 嚊(*かかあ)あかるし けふの月
270
名月や 唐崎の雨 明てから
271
石山畫賛
名月や 雪踏分て 石の音
272
十六夜
いざよひや 今あそこにて 見ゆる雁
273
十六夜や 囁く人の うしろより
274
十六夜の 闇をこぼすや 芋の露
275
翁像讃
いざよひや まだ誰々も 見えぬうち
276
初雁
はつかりや 通り過して 聲ばかり
277
初雁や 聲あるものを 見失ひ
278
初雁や 見捨た花を 草の時
279
鶉
聞人の 目の色狂ふ 鶉かな
280
賣られても 秋を忘れぬ 鶉かな
281
縫物に 針のこぼるゝ 鶉かな
282
葡萄
雫かと 鳥も危ぶむ 葡萄かな
283
菊
菊畑や けふ目に見ゆる 足の跡
284
菊咲て 餘の香は草に 戻りけり
285
白菊や 紅さいた(*さした)手の おそろしき
286
菊畑や 夢に彳む(*たたずむ) 八日の夜(*九月九日の節句を前に。)
287
しら菊や 寒いといふも いへる比
288
今日の菊 獨咲では なかりけり
289
夢さめぬ 疊に菊の 咲きしけふ
290
菊咲や 捨置し日も 夜もあるに
291
達磨大師讃
角ぐみ(*芽吹き)も いつしか解て あしの花
292
後月(*陰暦九月十三夜の月)
しかられて 畑も踏よし 後の月
293
のちの月 始てせばき いろりかな
294
とり殘す 梨のやもめや 後の月
295
田毎にも 木の葉の雲や 後の月
296
瓢
夕顔の 身はもちにくし 秋の風
297
三界唯心(*三界はただ心〔一つ〕なり。)
百生や 蔓一すぢの 心より
298
行秋の 聲もいづるや 瓢から
299
鴫
鴫立や 朝さへ人に 遠ざかり
300
紅葉
折\/は 霧にもあまる 紅葉哉
301
明はくるゝ(*明ばくるゝ) 日の名殘より 紅葉哉
302
竹となり 今朝蔦となり 紅葉哉
303
餞別
くらからぬ 空はともあれ 初もみぢ
304
鹿
夕ぐれを 引あつめてや 鹿のこゑ
305
碪(*きぬた)
音添ふて 雨にしづまる 碪かな
306
暮秋
行秋や ひとり身をもむ 松の聲
307
秋のゆふべ 都の人も 仰向かん
308
心ある 身なきさへ秋の ゆふべかな(*三夕歌の類想句)
冬の部
309
時雨
日の脚に 追はるゝ雲や はつしぐれ
310
水鳥の 背の高う成 しぐれかな(*羽を振るわすので。)
311
京へ出て 目に立つ雲や 初時雨
312
九重の 人も見え透く 時雨かな
313
田はもとの 地に落付や 初時雨
314
初しぐれ 水にしむほど 降にけり
315
はつしぐれ 何所やら竹の 朝朗(*ほがら)
316
ひとつ家は ひとつしぐれて 哀也
317
初しぐれ 京にはぬれず 瀬田の橋
318
歸花
たま\/の 日に醉臥や かへり花
319
誰が爲ぞ あぶなき空に かへり花
320
春の夜の 夢見て咲や かへり花
321
寐た草の 馴染はづかし 歸り花
322
咲\/も 果はうそなり 歸り花
323
落葉
落葉まで 風のものとや 持歩く
324
水のうへに 置霜流す 落葉かな
325
寒山の賛
隣\/ わからぬものは 落葉かな
326
冬枯
冬枯や ひとり牡丹の あたゝまり
327
枯野
枯野行く 人やちひさう 見ゆるまで
328
枯尾花 決定心
根は切て 極樂にあり 枯尾花
329
安心
ともかくも 風にまかせて かれ尾花
330
行あたる 枯野の道の 廣きより
331
又咲かふ とはおもはれぬ 枯野かな
332
冬木立
吹風の はなれ\〃/や 冬木立
333
冬の鳥
こぼれては 風拾ひ行 千鳥かな
334
池の雪 鴨やあそべと 明て有
335
山彦の 口まね寒き からす哉
336
鳥影も 葉に見て淋し 冬の月
337
そちゆゑの 寐覺ではなし 啼千鳥
338
凩
こがらしや すぐに落付く 水の月
339
尼になりし時
髪を結ふ 手の隙明て 巨燵(*炬燵)かな
340
霰寒
水にうく ものとは見えぬ 霰かな
341
朝の日の 裾にとゞかぬ 寒さかな
342
明烏 けふの寒さも 東より
343
水仙
水仙の 香やこぼれても 雪の上
344
水仙は 名さへつめたう 覺えけり
345
冬梅
折\/の 日のあし跡や 冬のむめ
346
雪
初雪や 見るうちに茶の 花は花
347
初雪や 麥の葉先を しまひかね
348
初雪や 風のねぶりの さむるまで
349
そつと來る 物に氣づくや 竹の雪
350
青き葉の 目に立つ比や 竹の雪
351
しなはねば ならぬ浮世や 竹の雪
352
竹はまだ もてあそぶなり 今朝の雪
353
あいさつ
取あへず 塵に敷きけり 今朝の雪
354
五百囘御忌
東御門跡へ上る
葉も塵も ひとつ臺(*うてな)や 雪の花
355
鉢叩(*空也念仏の僧。冬に練り歩いた。)
鉢たゝき 夜毎に竹を 起しける
356
臘八(*陰暦十二月八日。釈尊成道の日。禅寺ではこの日まで一週間、座禅する。)
臘八や 流るゝ水も 物いはず
357
歳暮
行としや もどかしきもの 水ばかり
358
行としや つれだつものは 何と何
359
遊びつくし 今年も翌の ない日まで
360
年内立春
としの内の 春やたしかに 水の音
361
着よごした なりに春とや としの内(*着衣始を迎えていない意か。)
362
見出さばや 何かの春を としの内
(*千代尼句抄 了)
蓮月尼歌抄
※ 歌に通し番号を施した。〔原注〕、(*入力者注)
※ 前半50首は『海人の刈藻』の抄記と思われるので、対応番号を併記した。
前書
これまで私の讀んだ蓮月尼の歌の中からさま\〃/な意味で私の注意を惹いた歌凡そ百首を抄出して見た。これだけでも蓮月尼の歌風の大體はわかるとおもふ。
(御風 記)
1-49
001
001
初春
萬代の はるのはじめと うたふなり こは敷嶋の やまと人かも
002
008
若菜
ことたらぬ 住家ながらも 七くさの 數はあまれる 春の色かな
003
009
若艸
いつの間に わき葉さすまで 成にけん 昨日の野べの 雪のした草
004
010
千くさ咲く 秋はあれども 一くさの 二葉見つけし 春のうれしさ
005
014
水邊鶯
おりたちて 朝菜洗へば 加茂川の きしのやなぎに 鶯の鳴く
006
017
梅
うぐひすの 都にいでん 中やどに かさばやとおもふ 梅咲にけり
007
020
隣梅
となりには うめ咲にけり 籠にこめし 我鶯を はなちやらばや
008
033
山春月
ぬえ塚の 榎のこずゑ ほの見えて 粟田の山に かすむよの月
009
035
夕春月
在明の かすみに匂ふ 朝もよし 如月ごろの 夕月もよし
010
039
朝春雨
おともせず ふるとも見えぬ 朝じめり 枝おもげなる 青柳の糸
011
055
花のころたびにありて
やどかさぬ 人のつらさを 情にて おぼろ月よの 花の下ふし
012
061
落花
うらやまし 心のままに 咲てとく すが\/しくも 散さくらかな
013
067
蛙
散花を 手にとらんとや とび入て 水にただよふ かはづなるらん
014
073
春獸
うめが香に ささぬ外面を 唐猫の しのびてすぐる 夕月夜かな
015
081
新樹月
日をさへし はがくれ庵の うれしきは すこしもりくる 夕月のかげ
016
097
山王祭のかへさ志賀の山ごえにて
朝かぜに うばらかをりて 時鳥 なくや卯月の 志賀の山越
017
102
月前水鷄
夕月夜 ほのかに見ゆる 小板橋 したゆく水に 水鷄啼なり
018
107
卯月ばかり愛宕山にまうでて
法の師の おこなふ袖に かをるなり しきみが原の 露の朝風
019
116
初秋
朝風に 川ぞひ柳 散そめて 水のしらべぞ 秋に成ゆく
020
134
秋月
いにしへを 月にとはるる 心地して ふしめがちにも なる今宵かな
021
136
八月十五夜
をかざきの 月見に來ませ 都人 かどの畑いも にてまつらなん
022
139
野月
野に山に うかれうかれて かへるさを ねやまでおくる 秋のよの月
023
158
秋山
はらはらと おつる木のはに まじりきて 栗のみひとり 土に聲あり
024
164
水郷秋雨
夕づく日 入江の松に かげろひて なごりさびしき 秋のむら雨
025
180
時雨
うらがるる 淺茅の末に ひろばかり 日かげ殘りて ふる時雨かな
026
185
神無月のころあらし山にまかりて
もみぢばを 川のこなたに 吹よせて 山は嵐の 音のみぞする
027
190
氷
厚氷 くだきし跡の 見ゆるなり やまの下水 くむ人やたれ
028
192
湖氷
かぜわたる かたた(*ママ)(*堅田)のうらの 捨小舟 ながれもあへず 氷ゐにけり
029
194
朝霜
道のべの ゆざさはだれに 置く霜を 朝ふみわけて 行は誰が子ぞ
030
196
冬のあしたをかざきのさとにて
冬ばたの 大根のくきに 霜さえて 朝戸出さむし 岡崎の里
031
197
冬月
よもすがら 吹きさらしたる 河風に しらけて寒き 有明の月
032
202
霰
こがらしの 吹かたまけし 柴の戸を さしもひまなく うつ霰かな
033
203
水上霰
舟ばたに かぜの礫と うちつけて 水にはかろき 玉あられかな
034
206
水上雪
川風に 散かと見れば かつ消て 目にもたまらぬ 水の泡雪
035
214
冬獸
毛衣の ぬるるにたへぬ 子狐や みぞれ降夜を 鳴明すらん
036
215
身をよせし 尾花はかれて 廣き野の 霜夜の月に 狐鳴なり
037
218
信樂の里に冬ごもりして
夜あらしの つらさの果は 雪と成て おきて榾たく しがらきの里
038
220
冬の夜嵯峨にやどりて
大井川 ゐせきの浪の 音更て 冬のさが野の 月の寒けさ
039
222
初て田舍に住けるとしのくれに
柴の戸に おちとまりたる かしのみの ひとりもの思ふ としのくれ哉
040
225
歳暮雪
めせめせと 炭うる翁 こゑかれて 袖に雪ちる としのくれかた
041
242
山家
山ざとは 松のこゑのみ 聞なれて 風ふかぬ日は さびしかりけり
042
244
山家月
山ざとの おいがねざめを とふものは 廿日あまりの 有明の月
043
245
山家嵐
山がらす ねぐらしめたる 我やどの 軒端のまつに あらし吹なり
044
247
幽居
山水も すめば住るる ものならし 垣根の大根 のきのいけ栗
045
252
K
としを經し くりやの棚に くろめるは 煤になれたる 佛なりけり
046
271
世の中さわがしかりけるころ
夢の世と おもひすつれど むねに手を おきてねし夜の 心地こそすれ
047
272
ふしみよりあなたにて、人あまたうたれたりと、人のかたるをききて
聞ままに 袖こそぬるれ 道のべに さらすかばねは 誰が子なるらん
048
274
山がらといふ鳥をはなちて
籠は明つ かへれ明日より おのが名の 山からここに あそびにはこよ
049
287
つちもて花がめを造りて
手ずさびに はかなきものを 持出て うるまの市に 立ぞわびしき
50-99
050
春曙
かはかみの み山の雪や とけぬらん(*とけぬらし) 水音たかし けさの明ぼの
051
若菜
若菜には うれしきことを きくもよし うきこときかで 耳なしもよし
052
窓柳
かぞふれば 三年のむかし さしやなぎ 窓うつばかり なりにけるかな
053
花のころ山ぢにて
わけきつる 花のかをりに われゑひて ここにねぶたく おもほゆるかな
054
時鳥
東山 つたひゆくらん 時鳥 わがいほりにも 初音もらせよ
055
錦織の さとのねざめに ききてけり 北白川に なく時鳥
056
行路時鳥
あふさかの 小關をゆけば 長等山 三井寺わたり なくほととぎす
057
河夏月
うをすくふ あみよりもれて 早川に ながるる月の 影のすずしさ
058
蚊遣火
かやり火の よそめ凉しき うすけぶり 月にさはらぬ(*月を見るのに障りのない) 河づらの里
059
閑居蚊遣火
かくれがの 山のこかげも 蚊遣火の ありかしられて けぶりたつなり
060
木屋町といふ所にものしけるころ
軒ちかく ほたるとびきて うたたねの いめ(*夢)もすずしき 川づらのやど
061
雨中蓮
ふるとしも 見えぬ小雨を うけためて をりをりこぼす いけの蓮葉
062
いにし文月十九日のあした(文久三年?)(*御風の注か。)
一かたに なびきもあへず 糸薄 みだれゆく(*薄の乱れと世の乱れを掛ける。) 世の秋ぞかなしき
063
きりぎりす
老てやむ まくらのしたの きりぎりす おなじ寢覺に きく人もなし
064
秋夕
古池に そらとぶ雁の かげみえて 柳かつちる 秋の夕ぐれ
065
秋月
さし(*鎖し)ながら ひるはくらしし 柴の戸を あけてわが待つ 月の影哉
066
尼になりたる秋色のふかき紅葉を見て
いろも香も おもひ捨たる 墨染の 袖だに(*袖さへ)そむる けふの紅葉ば
067
暮秋
わが庭の ははそ(*柞)の紅葉 ほろほろと 一葉づつちる 秋の夕暮
068
164
水郷秋雨
夕づく日 入江の松に かげろひて なごりさびしき 秋のむらさめ
069
栗
紅葉の なかにまじりて 山ぐりの ゑみて(*笑み割れる)こぼるる 秋は來にけり
070
野邊霰
霜がれの まくずがうへに はらはらと きほふ(*降り急ぐ)霰の 音の寒けさ
071
山里に住けるころ
かばかりの 浮世なりけり こがらしに 落栗ひろひ けふもくらしつ
072
冬山家
ほしがきの 軒にやせゆく 山里の よあらし寒く なりにけるかな
073
かぐの實(*橘の実)をとりて
五月まつ 花のころより しめおきし あへたちばな(*阿倍橘。九年母のことともいう。)は うまくなりけり
074
題しらず
山風に 木の葉みだれて ふる寺の 垣ねにうすき 夕づく日かな
075
あめりか來春こむといふ年のくれに
ふりくとも 春のあめりか(*アメリカと春の雨を掛ける。) 閑かにて 世のうるほひに ならんとすらん
076
としの夜(*歳晩)まめをかぞへてうまご(*孫。養子の子か。)のもて來るをとるとて
たなぞこに みちてこぼるる 豆みれば ひとたがひか(*これが自分の年齢なのか。人違いではないのか。)と あやしまれけり
077
曉
山がらす ねぐらはなるる 聲すなり おきて佛に あかまつらまし
078
寄水述懷
世の中を ながれわたりの みづからも(*「水」と「自ら」を掛ける。) 濁りたる名を 跡にのこさじ
079
さそふ水 ありとはなしに 浮草の ながれてわたる 身こそやすけれ(*古今集「わびぬれば世をうき草の根を絶えて誘ふ水あらば往なむとぞ思ふ」〈小野小町〉を踏まえる。)
080
瀧
いつかわが 枕にきかむ 落ちたぎつ はしりゐ(*勢いよく湧いて流れる泉)水の きよき流れを
081
こぼし(*小坊師か。歌意からは照る照る坊主と思われる。)といふものをつくりて
さる澤の 池(*奈良の猿沢池)のかはづの なく夜さり(*晩方) 雨まつそらに はるる月哉
082
みやこにいでて夕さり(*夕方)かへるとて
くれぬとて かへる家路も そこはかと 夏草しげし にしがも(*西賀茂)の里
083
たびにていとくるしければとくやどりとらまし(*とらむ)とおもふに
はたごやの すのこのはしに ゐる猫の せのかぎりこそ 日はのこりけれ
084
戊辰のはじめ事ありしをり
うつ人も うたるる人も こころせよ おなじ御國の 御民ならずや
085
あだ(*仇〈あた〉)みかた かつもまくるも 哀なり おなじ御國の 人とおもへば
086
遊女のゑに
はるあきに あそびなれにし 古里に わがおもかげの(*子どもの頃の自分の面影が見えて) なつかしき哉
087
人の妻にかはりてかへりごとかきつかはすおくに
つねならぬ よはのこがらし ふきしより 乳房さむけき 夢のみぞみる
088
をのこにおはします人々のうらやましければたはぶれに
弓矢とり 太刀さげはきて こん世には(*来世には) 君につかふる 身とうまれてん
089
我住家をあまたたびうつしけるを人のわらひければ
浮雲の ここにかしこに ただよふも 消せぬほどの(*消え去らぬ間の) すさびなりけり
090
山かげにいほりしけるをり
つゆのみを ただかりそめに おかんとて 草ひきむすぶ 山のしたかげ
091
老ののちかがみにうちむかふ
むかしだに 花にはあらぬ しこ草(*醜い草)の かれてくろみし はてぞやさしき(*恥ずかしいことだ。)
092
七十になりけるをりおやのみたまのまへに
あはれとも またうれしとも 見ますらん 老てかはれる おのが(*私の)すがたを
093
よひまどひ(*夜、眠たがること)してまたあさい(*朝寝)、ひるねと大かたねてのみくらす人よと人のいひければ
老はただ ねてこそすぐせ 夢ならで むかしにかへる よしもなければ
094
老ぬれば よひまどひして なかなかに ねよとの鐘に めをさましつつ
095
述懷
あけたてば 埴もてあそび くれゆけば 佛をろがみ おもふことなし
096
うるはしき 佛のくにに おもふどち 往きてすみなば うれしからまし
097
山里にすみて友をおもふ
山里に 浮世いとはん 友もがな むなしくすぎし 昔かたらん
098
辭世
ちりほどの 心にかかる 雲もなし けふをかぎりの 夕ぐれのそら
099
ねがはくは のちのはちすの 花のうへに くもらぬ月を みるよしもがな
(*蓮月尼歌抄 了)
緒言
目次
良寛に愛された尼貞心
貞心尼雜考
加賀の千代
千代尼雜考
我觀蓮月尼
【古典テキスト】
貞心尼遺稿(蓮の露、他)
千代尼句抄
蓮月尼歌抄