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第70回 書評:「Yの真実-危うい男たちの進化論」


 いくつもの書店を渡り歩きやっとこの本を入手できたとき、かすかな達成感を感じていた。発行部数が少ないのか、マイナーな出版社だからなのか入荷していない書店が多く、入手が困難だった。予め新宿の紀伊国屋書店で在庫確認をしていたため、最後は紀伊国屋というつもりであったが、そこに至らなくても入手はできた。

 私の中には「書店探索ルート」というものがあり、自宅近所や通勤経路の書店からスタートし、終点が紀伊国屋である。経験上、紀伊国屋で入手できない発売中の書籍はほとんどない。だったら最初から紀伊国屋に行けばよいではないか、という考えも無きにしも非ずだが、最初から行ってしまえばその有り難味も半減すると言うもの。最後に喜びを取っておく性質なのだ、私は。ネットで注文すればよいのではないか、という意見もあるだろうが、思いついたとき、探したときに入手できないと気がすまないのと、届くまでの時間が待ち遠しいというのがあって、ネットというのは最終手段にしている。

 そんなことはさておき、内容に入ろう。

「Yの真実-危うい男たちの進化論」 [原書名:Y:The Descent of Men] (京都)化学同人刊
著者:Steve Jones、訳者:岸本 紀子、福岡 伸一、ISBN:4-7598-0975-9、\2,310(税込)

 性染色体であるY染色体についての書籍は先に「アダムの呪い」Bryan Sykes著、大野 晶子訳、ソニー・マガジンズ、ISBN:4789722791というものが出版されているが、内容に厚みが不足しているような印象を受けたため、購入しなかった(訳者の癖もあるのだろう)。まぁ、どちらともかなりショッキングなタイトルではある。共に私が毎週購読しているメルマガ、「NetScience Interview Mail」(http://www.netscience.ne.jp/)の新刊書籍コーナーで紹介されていたものだ。ほぼ同時期にまったく別々に発売されたのでなんとなくsynchronicityを感じてしまった。

 本書の多分原著から引き継がれているのだろうと推測される比喩に富んだ文学的書体は面白く、引き込まれる(同じ文学的表現でも知識が得られる分だけ小説より得だ)。ある程度の科学的知識(特に遺伝学の知識)、地理や民俗学の知識がないとそれが比喩であることに気がつかないかもしれない。決して難解な書物ではないのだが、入門書でもないため、万人受けするようなものではないと思う。よって、帯に「人類の半数必読の書」とあり、人類の半数とは男性を指しているものであるが、必読かどうかは少し怪しい。もし読みやすさだけで必読であると解釈するならば、男女問わず読んでおいて損はないと思う(男性は驚くほど自分たちについて知らないし、女性もあまり興味の対象でないのか知らないのではないかと思われる(推測。実際に調査したわけではない))。個人的にはあと半年早く出版してほしかった(理由はあまりにも個人的なものなのでここでは書かない)。

 私は幼少の頃から女性に対して強い劣等感を持っていた。今でもそれは解消していないので多分一生ついてまわるものと思われる。そもそものきっかけは私の出生である。両親は当時女の子を望んでおり、周囲も女の子を期待していたようで、それに引きずられるように両親が持つ希望も確信に変わり、出産までそれを信じて疑わなかったそうだ(それを裏付けるように私が乳児の折に使用した物のほとんどが女の子用である。男の子用は準備していなかったのだ)。

 実際生まれてしまえばどうしようもないことであるが、両親の希望に沿えなかった自分を強く責めた。両親もあまり深く考えずにいたのだろうと推測するが、どのような形であれ親の期待に応えられない子供の心の傷は深く大きい。私の場合性同一障害ではないので転換することもできないし、転換したからといって解消する問題でもない。

 さらに劣等感を強めたのは小学校、中学校のときである。地方の公立小学校、中学校であり、学区も広いので、その生徒構成はほぼ持ち上がりとなっていた。1学年100人程度、という小さな学校だったが、偶然とは恐ろしいもので、私の学年だけ特異な現象が起きていた。男女比が1対2なのである(女子の数が男子の2倍)。他の学年はほぼ同数なのに対し、である。民主主義的数の論理では圧倒的に不利であり、当然立場も弱くなる。9年間立場の弱い劣勢状態に置かれたわけである(それを心理的外傷として引きずっているのは私ぐらいなのかもしれないが)。

 まぁ、だからといって悩み続けているわけでもない。もともと科学が好きだったので、大学に進学してからも専門外の分野であってもわりと貪欲に書籍は読みかじっていた。その中でY染色体がX染色体に対し劣勢であり突然変異体であることを知識として得た(胎児の頃にテストステロン(Testosterone)が分泌されて男の子になる。分泌が弱いとY染色体を持ちながら女の子が生まれる。テストステロンの分泌は女性である母親に抗うためのささやかな抵抗なのだ)。我が意を得たり、と興奮したのを覚えている。劣等意識を持って当然なのである。

 本書でも詳しく述べられているが、性のシステムは遺伝子的多様性を持たせて様々な環境要因に適応させるために発達したものだ。しかし、これにはある前提がつく。ヒトの場合この23番めの染色体の遺伝子的多様性を持つのはX染色体を対に持つもの(つまり女性)のみなのである

 特化する進化形態を取ったY染色体は可能な限り遺伝情報の物理的大きさを小さくしていった。通常、染色体全体に含まれる有効な遺伝子はその一部分のみであり、染色体の塩基配列は過去に融合した細菌やウィルスのものが混じっていたり、既に欠損し役割を持たないものであったりする。それらは有効でないもの、冗長なものとして扱われ、このような冗長な部分は遺伝子の中でも散見される。ところが、Y染色体に含まれる性決定遺伝子(SRY:Sex-determining Region on the Y chromosome)に関してはそのような冗長な部分は含まない。親子間であっても遺伝情報の融合も行われない(母親(女性)は当然SRYを持っていないため融合できない)ため既に進化の袋小路に入っているのである。自然界で進化の袋小路に入ってしまったものの末路は決まっている。

 物理的大きさが小さくなる利点もある。放射線や活性酸素などによる外的要因による欠損に対して強くなることだ。欠損する部分が小さければそれだけその確率が下がる。物理的大きさが大きくなると変異を容認し多様性が生まれるが、外的要因に弱くなる。どちらにも一長一短があり、どちらかに進むべき、というものはない。

 ただはっきり言えるのは、遺伝情報を次世代に伝えるという種の目的に貢献しているのは女性のみであり、男性側はその仕組みに寄生しているだけ、女性同士の遺伝情報伝達のつなぎに過ぎない、ということだ(あくまでも生物学的には)。その見返りとして多少のゆらぎになる多様性を付加している。それが女性にとって割に合うか合わないかは私には判断できない。

 技術の進歩でクローン技術を用いた女性同士の直接遺伝情報伝達が可能になってきている。クローンではゆらぎや多様性が生じないので、人為的に部分的な組み換えも可能だ(倫理的にどうか、という問題はあるが)。ますます男性は肩身が狭くなるだろう(それ以前に自然の摂理に従うかもしれない)。

 頭はハゲるし、がさつだし、精神的に弱いし、テストステロンのおかげで免疫力は弱いし、勝手に自分たちの都合のいいように歴史を書き換えるし(旧約聖書の創世記の事)、種としても社会的生産にはあまり寄与していないし、帯に書かれている通り「どうして男はダメなのか」というほどとにかくダメな存在であるが(著者も男性なので結構自虐的なのではないかと思えるのだが)、だからといって悲観的になる必要はない。そもそも自信を喪失させることが本書の目的ではない。

 社会が複雑になって価値観も多様になり、また、過去人間たちが当たり前のように行ってきた環境への積極的アプローチの限界を痛感せざるを得ない状況となって、現在のヒトという種において男性の役割が不明瞭になっているだけであり、古いシステムの終焉を迎えているだけに過ぎない。新しいシステムが確立されれば新しい種が出来上がる。もともと男性は遺伝情報伝達のつなぎであるのだから、システム間のつなぎにもなりうるかもしれない、とも思う(もしかしたらそれこそが古来からの存在理由なのかもしれない)。

 記述も整っており、知っておいて損はないためになる知識から無駄な知識まで満載で、読んでいて痛快である。科学書というとデータの表や数式がおなじみだが、本書にはそれがないので少し物足りない感じがする(この点については「だから読みやすい」と思う人もいるだろう)。間違いなく良書として断定できるものであり、久しぶりに楽しい読書ができた。

(2004. 8.21.)


 

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