理論


theory

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作成日 2003/2/1

「個々ばらばらの事柄を統一的に説明するため、また認識を発展させるために、すでに認識され定式化されている経験的法則━たとえば、ボイル-シャールの法則、ケプラーの法則など━を基本的原理にもとづいて体系化したもの。理論は、概念を用いておこなわれる客観的実在の反映の最高の形態であり、科学の本質をなす部分であり、科学研究の主要な目標である。一般に理論は、人間の社会的実践のなかから、実践の提起する問題にたいする思考上の解決の試みとして、仮説のかたちで提起される。ついでこれは、実践━物質的生産、科学的実験、階級闘争など━のなかへもちこまれ、そこで検証される。こうしてその真理性━客観的対象とその発展法則とを十分な程度に反映していること━をたしかめられた仮説は、理論という身分をえるのである。すなわち、それは客観的真理となる。ただし、それはあくまでも相対的真理である。なぜなら、人間の認識は実践の発展とともに━たとえば、自然科学でいえば、研究の技術的手段の巨大化や精度の向上などとともに━発展するし、また、客観的実在そのものも、かぎりなく発展するからである。理論は、このように、実践を基礎に実践の要請にこたえ実践に奉仕するものとして形成されるのであるが、ひとたび形成されれば、実践にたいして相対的な自立性を手に入れる。 というのは、理論のその先の発展が、実践のじかの刺激のもとでおこなわれるだけでなく、また━そして、ますます━理論内部の事情によっても、たとえば、さまざまなデータと理論とのあいだの矛盾をとりのけるために、理論体系のなかの空所をうめるために、理論の構造を簡単化するために、などといった理由からもおこなわれるようになるからである。したがって、実践ないし客観的実在との直接の関係をもたない理論をも科学は所有していることになる。マルクス主義は、理論についての、また、理論と実践との関係についての卑俗な近視眼的な理解に反対し、両者の媒介されたつながりと理論の相対的自立性を強調するのである。そして、理論はそのようなものとして、こんどは実践の一般的方法論すなわち指針として役だつことになる。理論を軽視して、ゆきあたりばったりの実践をおこなえば(経験主義)、実践はゆきづまり、ひいては理論の発展をさまたげることにもなる。しかし、また、現実は理論の内容にくらべてつねにいっそうゆたかであるから、現実の具体的・全面的な研究なしに理論を機械的に実践に適用するのは、 教条主義の誤りである。」

哲学辞典 森 宏一編集 青木書店 より




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