poco a poco Op.10





 想いを口に出してしまったら。
 それが啓太の耳に届いてしまったら。
 もうなかったことにはできないではないか。

 壊れてしまったら。
 優しい先輩と可愛い後輩という、心地よい当たり前の関係には戻れなくなる。

 だから。
 だから・・・。




「きみは・・・」

 渡された言葉が。
 すとんと、胸のうちに落ちる。

「遠藤くんではなくて、僕を選んでくれるのですか?」

 半ば呆然と口に出した七条にとって当たり前の問いは、けれども啓太には予想外のものだったらしい。
 引き合いのように出された和希の名前に、虚をつかれた風に。

「わ・・・かりません、でも・・・」

 惑うように、少しだけ考えてから。
 それでも啓太は七条に問われるまま、答えを返そうとする。

「俺・・・和希といると、安心します」

 す、と。血の気が引く。
 期待をして、勝手に高揚をしてしまった気持ちが。
 行き場を失いそうになって。

「父さんとか母さんとか、妹とか・・・家族と、いるときみたいに」

 けれども。
 確かめるように、ゆっくりと紡がれていく啓太の言葉は。

「でも、七条さんは違う」

 七条が聴きたかった、その通りの。

「こんな風に・・・誰かのことを思ったことがないから、俺・・・ちゃんと分かってないのかもしれないけど、でも」

 信じられないことに望む通りの。

「でも・・・こういう気持ちは、きっと・・・」

 七条と。

「好きって・・・ことだと思います」

 同じ、想い―――・・・。


 とても驚いた顔をして、ただ啓太を見つめている七条に。
 ここまで云ってしまったからにはもう、全部をぶちまけてしまおうというのか。
 どこか開き直った風に。
 きゅっと拳を握りしめたまま、啓太は顔を上げる。
 感情が高ぶってしまったせいか、その大きな瞳にいっぱいの涙をたたえて。
 それでも真っ直ぐに、七条を見詰めて。

「俺、七条さんと一緒にいると嬉しいです。一緒にいないと寂しいし・・・七条さんが俺じゃない誰かと一緒にいるって思ったら、苦しいです」

 誰か、というのが。
 誰のことを指すのか。
 こうして言葉にされて初めて、ここ数週間の啓太の、不自然な態度の意味を知る。

「でも、そんなのは俺のわがままで」

 楽しそうに、嬉しそうに。
 かと思えば次の瞬間には、戸惑うように、不安そうに。
 ずっと見ていた。
 七条と、西園寺のことを。

「嬉しいとか、苦しいとか・・・全部俺が勝手に、そういう風に思ってしまうことだけど、でも」

 嬉しくもなれば、不安にもなる。
 そうしてあまりにもあっけなく幸せになるし。どうしてここまでと思うほど怖くも・・・。

「好きだから、そういう風に想うんだって、俺・・・思います」

 同じだったのだと、ようやく知った。
 こんな風に、気持ちのすべてを渡されて。ようやく。

「同じ・・・気持ちだったんですね」
「・・・ぇ・・?」

 黙って、ただ啓太の告白を聞いていた七条がようやく言葉を返すと。
 意味を図りかねるように、啓太の眼差しが不安そうに揺らぐ。

「僕は・・・遠藤くんにヤキモチばかりを妬いていました」

 そんな顔をさせたい訳じゃない。

「遠藤くんではなくて、ちゃんと君だけを見ていればよかったのに」

 啓太の表情ならば怒っていても拗ねていても、泣いていても愛おしいと感じるけれど。
 啓太は、幸せそうに笑っていることが一番似合うから。

「そうしたらこんなに遠回りはしなかった・・・させなかった」

 すうっとひとつ息を挟んで。

「伊藤くん」

 はい、と。
 緊張のせいか、心もとない様子で吐息のように細く応える啓太を。
 七条は眩しいような気持ちで、ゆっくりと見返す。

「僕は君を、愛しています」







この期に及んでまだ頑張ってるのは啓太ばっかりです。
もう七条には裏に行ってから頑張ってもらうことにします(笑)


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