poco a poco Op.11今度驚くのは、啓太の番で。 だって、なにをどうしたって叶うはずのない想いを告げたら。 返ってくるはずのない言葉が、返ってきてしまったのだから。 「・・・っ、あい、し・・・・・っ」 はくはくと、上手く言葉が出ないどころか呼吸のしかたさえ怪しくなっているような啓太を、笑って見返して。 七条はゆっくり立ち上がると、さっきまで和希が座っていた啓太の隣へ・・・望んでいたその場所へと、歩み寄る。 「いつも不安でした。もどかしかった」 一連の動作を、瞠ったまま戻らなくなってしまったような大きな瞳で追う啓太の隣に、腰を下ろして。 驚きが大き過ぎたせいか、泣き出す一歩手前のような顔で固まってしまっている啓太の頬に、そっと手を伸ばした。 「・・・・っ、・・」 ほんの僅か息を詰めて、啓太が肩を揺らす。 それでもそれ以上逃れる動きをしない頬に、そっと指先を滑らせて。 人差し指の背で、目許から頬に残る涙のあとをたどる。 ずっと気になって仕方がなかった・・・こんなに濡れてしまって。 「君のすべては、彼のものだと思っていたんです」 そのままやんわりと手のひらに包み込んだ頬は、とてもあたたかい。 その柔らかなぬくもりは安堵に変化をして、胸のうちまで染み渡っていく。 「彼・・・・?」 「遠藤くんですよ」 不思議そうに首を傾げている啓太の、次の反応を予測した上で答えれば。 案の定啓太は、聞かされた七条の答えにますます驚いたように大きく目を瞠る。 「か、和希・・・ですか? あのっ、でも和希はっ」 「ええ・・・分かっています」 今ならば、と。七条は自嘲気味に笑う。 彼には大きな借りを作ってしまった。 返しようもないような、大きな借りを・・・。 彼の、啓太への想いの大きさは知っている。 啓太がここにいるということ。 BL学園で健やかに生活を送っているということそのものが、彼の愛情の証だ。 その上でこうして、啓太の手を離そうとする。 それが大人の余裕なのか、彼の懐の深さなのか、七条には分からないけれど。 今の自分には決してできないことだと・・・それだけは、分かる。 たとえそれが啓太の望んだことであったとしても、啓太の幸せのためだとしても、譲ることはきっとできない。 だって・・・ほら。 「七条、さん・・・?」 問うように向けられる眼差しが、愛おしくて胸が苦しくなる。 青く澄んだ、真っ直ぐな眼差し。 こんなにも一途に向けられるこの瞳にどうして気付かなかったのかと、今となっては不思議にさえ思えるのに。 「僕は君だけを、君は僕だけを見ていれば、きっとすぐに気付いたのに・・・」 嫉妬に駆られるまま。 七条は和希ばかりを、啓太は西園寺ばかりを見ていた。 「伊藤くん・・・」 今こうして起こっていることがまだ信じられないように、不安そうに揺れている啓太の瞳を。 愛しさのままに笑みで見返して。 七条はごく自然なことのように、前髪越しの啓太の額に、ゆっくりと唇で触れる。 「・・・・・」 ほうっと、啓太が深く息をついた。 とても緊張をしているのが分かるけれど、逃してやることができない。 これだけ待ったのだからあと少し待つことくらいたやすいことだなんて、思えるはずもない。 触れた唇はそのままに、低く艶めいた声で七条は囁く。 「僕はきみがほしい」 手の届く距離にある、この愛しいぬくもりを。 感じたい。確かめたい・・・。 「きみのすべてを、僕のものにしたい・・・」 額から、瞼へ、鼻先へ。 キスが降りて・・・間近から覗き込む常よりも深い色をしたアメジストが、啓太の眼差しを絡め取る。 「七条さん・・・」 この人からこんな風に求められるなんて想像もしていなかったから。 鼓動はどきどきと、今にも爆発してしまいそうなくらい騒いでいる。 七条のものになるということが具体的にどういうことなのか・・・啓太にははっきりと分かる訳ではないけれど。 それでも。 返せる答えなんて・・・ひとつしか思い浮かばない。 「俺も・・・俺もです。七条さんが全部俺のものだったら・・・いいのにって」 思います・・・と。 云いながら、啓太が一瞬浮かべたせつなげな表情に。 この瞬間にも啓太は、七条のすべてを望むことはできないのだと、どこかでそう思っていることが分かってしまう。 だから、自分にとって特別な相手が誰なのか。 伝えたい気持ちのまま七条は、啓太の頬を仰のかせてひたりとその瞳を合わせた。 「僕の全部を、受け取ってくれますか?」 「・・ぜん、ぶ・・・?」 「ええ、全部です。君が好きだという気持ちも、独占したいという気持ちも、嫉妬も・・・君が欲しいという、欲望も・・・」 言葉どおりに、見たことのないような凶暴な表情を見せる七条に啓太は思わず息を詰める。 その口許に、熱い唇がかすめるように触れて。 小さく上げかけた声は、七条のくちびるに飲み込まれて。 そのまま口腔に差し入れられた舌先が、啓太の柔らかく甘いそれに絡んで優しく吸い上げる。 「・・・っ、・・ん・・・・」 初めて知る深いキスに翻弄されて、すがる両腕から、もたれ掛るような躰から、どんどん力が抜けていく。 閉じることも忘れていた青い瞳が潤んで、どうしようもなくかすんでしまう視界の向こうにある、七条のそれと一瞬合わさると。 それが合図のようにゆっくりと、少しだけぬくもりが離れて。 「・・・綺麗なものだけではなくて、僕の全部を」 受け取ってくれますか? と。 もう一度、痺れたような脳裏に、じんと甘い声が響く。 「・・・・・っ・・」 誘われるまま、請われるまま。 無意識のように小さく頷いた啓太は。 次の瞬間、胸の中へと深く深く抱きしめられて。 そのまま―――・・・・・ |