poco a poco Op.12無防備な躰を、やんわりとベッドに押し倒して。 キスの余韻にまだぼんやりとしている目許に、優しく唇で触れると。 啓太はようやく我に返ったように、一度、二度、ゆっくりと瞬きをする。 そのいとけない様子に七条はくすりと笑って。 「僕のことが、ちゃんと見えていますか?」 そっと額を合わせて、近い距離で眼差しを合わせる。 「これから君を抱くのは、僕です」 潤んで揺れている、その瞳を逃さずに絡め取って。 「たくさん感じて、ちゃんと見ていてくださいね」 おどける調子で告げると。 啓太は恥ずかしそうに、それでもまっすぐに七条を見上げたまま、小さく「はい」と答えた。 はにかんで笑うその目許にもう一度、愛おしさのままに優しいキスを落とす。 これからなにをするのか。 それさえも分かっているのかどうか怪しいというのに、啓太は信頼しきった様子で躰を、心を、七条にあずけてくる。 人の気持ちなど不確かで当てにならないものだと信じ込んで生きてきた七条の17年間を、あっさりと覆してしまいそうなほど。 危ういほど無防備に渡される心。 変化を恐れていたのは、こうして信じ続けてきたものが覆されて、壊されて、その先になにがあるのかが見えなかったからかもしれない。 「啓太くん・・・」 ついばむキスと、優しく触れるぬくもり。 夢見心地でうっとりとしている啓太のシャツのボタンをはずして、じかに触れる柔らかな肌を手のひらに感じながら。 啓太には意識をさせることなく七条の器用な指先は、するすると下へと伸ばされて、ベルトをはずして制服のズボンを緩めてしまう。 そうしてくつろげた袷から手を差し入れて、直接に触れて啓太の熱を確かめる。 「・・・っ! ゃ・・、ぁ・・・・っ」 やんわりと包み込んだ七条の手の中で、無防備に震えている啓太自身。 この幼い欲望に触れて、追い上げるのは、自分が最初なのだと思うと。 それだけでどうにかなってしまいそうだ。 「・・・っ、七条さん、お願いです・・・・・、ゃめ・・・っ」 「大丈夫ですよ、怖いことはしませんから・・・力を抜いて」 「・・っ・・・・でもっ、でも俺・・・・・っ、あ! ぁ・・・っ」 人の手で与えられる快感の、あまりの大きさにおののいて。 泣き声で身を捩る啓太をなだめながら。 その甘く可愛らしい喘ぎをもっと聴きたいという衝動に逆らいきれず。 手のひらの中の熱を数回扱いて、優しく促すと、それだけで・・・。 「ぁ・・・ふぁ、・・・・・っ・・ゃあっ!」 啓太はびくびくと腰を跳ねさせて、七条の手の中にすべて解き放ってしまう。 初めて与えられる大きすぎる快感と、好きな相手に促されて吐情をしてしまったというショック、その姿を見られてしまった羞恥。 一度に起こったいろいろなことが受け止めきれずに、啓太はぎゅっと閉ざしたほの赤い目許に、じわりと涙を滲ませる。 「啓太くん・・・触れられれば、感じるのは当たり前のことです」 閉ざされたその瞼にキスで触れて。 七条は、速い呼吸に喘いで震える躰を、なだめるように優しく抱きしめる。 「恥ずかしいことは、なにもないんですよ」 あたたかく乾いた七条の唇が、頬を、鼻先を、唇を、幾度もついばむうち。 そろそろと伺うように、啓太はゆっくりと瞼を持ち上げた。 そうして、あまりにも近い位置にある七条の眼差しに、今更ながらに驚いた様子できょとんと目を瞠る。 不慣れな、小さな反応ひとつが可愛らしく、こんなにも愛しい。 ようやく合わせてくれた眼差しが、こんなにも嬉しい。 七条は幸せな心地で、フフと吐息で笑う。 「僕は、君に気持ちよくなってほしくて、触れているんですから」 ね、と。 甘く艶めいた声が耳朶をくすぐるたび、落ち着かない衝動が身のうちに走るのか。 啓太は小さく肩を震わせる。 「それが好きな相手ならば、なおのこと・・・」 言葉でいくらなだめてみても、恥らう啓太に、昂ぶっているのは一人きりではないのだからと。 身体を合わせて、確かに自分の内側にも渦巻いている熱を、教える。 それに七条にしてみたってこんな風に、こんなにも愛しく想う相手と身体を重ねるのは初めてのことだから。 制御できない熱をもてあましているのは、同じことなのだ。 どうしたら不安を拭ってやれるのかともどかしく思いながら、胸のうちへとやんわりとただ抱きしめているうちに、緊張していた啓太の躰からゆっくりと力が抜けていく。 そうしておずおずと伸ばされた啓太の手が、七条の背に回されて。 「っ、・・・すみません、七条さん、俺・・・・俺、こういうこと全然、慣れてなくて・・・っ」 七条の鎖骨辺りにほてった額を押し付けた啓太が、小さな声で、けれども一生懸命な様子で話す声を。 なだめるように、ちゃんと聞いていますよと伝えるように、優しくその肩をぽんぽんと叩きながら聞いて。 「でも、あの、・・・俺っ」 むしろ、人と肌を重ねることに啓太が慣れてなんかいた日には。 自分はきっと嫉妬でどうにかなってしまうに違いないと、ひっそりと考える。 「したいって思ってますからっ。ちゃんと・・・あの、ちゃんと・・・」 最後まで・・・、と。 そうっと顔を上げて、すがるように向けられる瞳はもうすっかり熱っぽく潤んでいて。 間近からその魅力的な眼差しを受けてしまった七条は、くらくらとらしくもないことにまた余裕を削り取られる。 啓太に対しているときには、ただでさえなけなしの状態の余裕を。 「・・・・・」 シャツの背をきゅっと握り締められる気配にようやく我に返って、無意識に詰めていた息をゆっくりと吐いた。 まったく・・・自制心を試されているのかと、勘繰りたくなってしまう。 「啓太くん・・・」 七条は少しだけ身体を離して、啓太の顔を覗き込む。 そうしてほてった頬に、首筋に、ちゅっとついばむキスを落としながら。 「君が泣いても嫌がっても、途中で止めてあげられる自信がありません」 告げる声がかすれる。 自分の中にあるこの興奮の大きさはどうだろう。 「僕は、君に関しては・・・いつだって本当に余裕がない」 肌を辿る指先は、震えてはいないだろうか。 言葉にのせたつもりの苦笑は、果たしてちゃんとした笑みの形になっているだろうか。 それさえも分からないほど、すぐそこにある事実に気付くのにこんなにも時間をかけてしまうほどに。 苦しんで・・・自分ばかりか、なによりも大切にしたい守りたいと想う啓太までこんなにも苦しめて、泣かせて。 「・・・っ、しちじょ、・・さ・・・っ、・・・」 「ええ・・・大丈夫ですよ。ゆっくり、ね?」 「・・・・・ん・・・・っ・・は・・・」 泣いても嫌がっても止めないなんて云っていたのに、啓太に触れる七条の指先はとても優しい。 そのことだけで啓太は、なんだか泣きたいような気持ちになる。 ずっと触れたかった、触れてほしかった七条の大きな手のひら、長い指先。 その確かなぬくもりが、愛しげに、とても大切なもののように啓太の躰を辿っていく。 「・・・・っ・・」 こんな風に人と触れ合うことは初めてで。 そのうえ相手は、どうしたって手の届かないと思っていた人で。 もうなにもかもがあまりにも特別な出来事すぎてしまって、本当に泣きそうになって。 じわりと潤んでしまう目許を、啓太は慌てて両腕で覆った。 「啓太くん・・・?」 「・・・っ、なんでも、な・・・っ」 しきりにかむりを振ってみせるけれど、七条は誤魔化されてはくれない。 啓太を怯えさせないようにゆっくりと身体を重ねて、吐息が触れるほど近づいた眼差しが、しきりにしゃくりあげている啓太の顔を見下ろす。 「僕が、怖いですか?」 「っ、ち・・・ちが、・・そうじゃな、くて・・・っ」 頑是無い子供のようにただかむりを振って応える啓太に、七条の目許が優しく和む。 「こうして、触れるのも・・・?」 嫌ではありませんか? と。 顔を覆ってしまっている腕に、手首の内側の薄い皮膚に、くちびるを落として。 宥めるように、触れるだけのキスを幾つも、幾つも。 置いていったりはしないから、と。 そう、教えるように、繰り返して。 その優しさに、ゆっくりゆっくり、啓太の気持ちと躰とが解けていく。 時間をかけて、躰中にその優しさを受けて・・・。 「・・・・っ、ぁ・・・ふ・・・・・ぁあっ・・!」 熱を取り戻して震える自身を、熱く柔らかい口腔に含まれた啓太は。 せつなげな甘く甲高い声を上げて、さらりと繊細な七条の銀の髪に埋めた指先を、ぎゅっと握り締めた。 |