poco a poco Op.6優雅なお茶会が開かれる場所は、なにも会計室に限られている訳ではない。 休日であれば大抵ここ、寮内の別世界と呼ばれている西園寺の私室がその会場になる。 今日も今日とて西園寺と七条と、それから二人に招かれた啓太と和希とがテーブルを囲んでいた。 「パーティ、ですか?」 「ああ、父の名代でな」 紅茶の湯気に顔をよせてその香りを楽しみながら、こともなげにそう答える西園寺だけれど。 高校生が一人きりで、誕生日や発表会といったほのぼのと微笑ましいイベント以外の、パーティと名のつく集いに顔を出すなんて。 しかも父親の代わりに。 きっと周りは大人ばかりなのだろうし、なんだか大変そうだなあ・・・と思った気持ちがそのまま顔に出ていたらしい。 「なんだ啓太、私がいないとそんなに寂しいか?」 難しい顔をしているぞ、と。 伸ばした人差し指で啓太の眉間をするりとなぞりながら、西園寺があまりにも綺麗に笑うものだから。 正面からその笑みの直撃を受けてしまった啓太は、目を丸くして一気に顔を赤くする。 本当に、この人の綺麗さにはいつまでたっても慣れることができない。 ほてってしまった頬をごまかすように、啓太は慌てて答えを返した。 「そ、そういう訳じゃっ、ないですけど・・・っ」 「そんなに慌てて否定をするな。私でも傷つく」 「あ・・・すみませ」 「冗談だ」 「ぅ・・・もう! 西園寺さん!」 珍しく声を上げて楽しげに笑う西園寺に、抗議するように啓太が身を乗り出したところで。 「郁、あまり伊藤くんをからかっては可哀想ですよ。それにそろそろ、迎えの車が来る時間ですから」 ね、と。 会話を遮るように七条が割って入った。 「・・ぁ・・・・」 ちりり、と。啓太はまた胸に小さな痛みを覚える。 分かってしまったから。 七条の言葉の端っこに、ここ最近啓太を困らせているのと同じ焦燥が、ほんの僅かだけにじんでいることに。 もう啓太にだって分かる。七条の焦燥の理由は・・・ヤキモチ、だ。 俺、そんなつもりじゃ・・・七条さんと西園寺さんの邪魔するつもりなんてなかったのに・・・。 泣きたいような気持ちになって、けれども出掛ける準備をするために立ち上がってしまった二人を引き止める理由も、そもそもそんな立ち入ったことに口を挟んでいい理由も見付からずに。 どうにもできないまま啓太は、浮かしかけた腰をもう一度ソファに沈めてしまう。 「この時間からということは、帰りは遅くなりそうですね」 「ああ、一応外泊届けは出してある」 「そうですか。そのほうが僕も安心です」 せつない想いすると分かっていながらそれでも、近くにいれば視線で追わずにはいられない。 出掛ける準備をする西園寺とその手伝いをする七条が、親密な様子で話をしているのを、ぼんやりと眺めながら。 どうしても、考えてしまう。 叶わない好きな気持ちなら、消してしまうのが、多分一番いいのに。 こうしてこんな風に話をできるような距離にいるかぎり、それも難しい。 七条はいつだって優しいから・・・たとえそれが啓太にだけではなくて万人に向けられる優しさなのだとしても、期待してしまう気持ちが止められなくなる。 それでやっぱり諦められなくて、でも、近くにいれば嬉しいこともあるけれど苦しいことも多くて、浮かれたり沈んだり・・・そんな、堂々巡り。 「啓太」 ひらりと、顔の間近でひらめく手のひらに、啓太は我に返って瞬いた。 そうして途方に暮れた気持ちのまま、隣に座っている和希の顔を見上げれば。 気遣わしげな眼差しをした和希が、どこか痛むような複雑な表情で啓太のことを見下ろしている。 いつからそうしていたのか・・・とりあえず、七条と西園寺のやり取りを見ておろおろと百面相をしていたに違いない顔は見られていたのだろうなと思うとなんとなく気まずくて、啓太は少しいたたまれない気持ちで、ふいと眼差しを爪先に落とした。 「泣きそうな顔してる」 「そ・・・んなこと、ないよ」 「あるって。今だって、ちっとも笑えてないぞ」 「・・・・・」 ごまかし笑いを、あっさりと見抜かれて。 だって・・・と啓太は口ごもる。 胸が苦しいのだ。 でも、誰にどうしてもらえるものでもない。 啓太が勝手に想って、勝手に諦められずにいて、そうして勝手に苦しいと思っているのだから。 しゅんと俯いてしまった啓太を宥めるように、和希の手のひらが優しく、ぽんぽんとその頭を叩いた。 こっそりと七条を想っている啓太の気持ちを知ってからも変わらずに接してくれる和希の側は、居心地が良い。 啓太よりも先に啓太の気持ちに気付いていた和希だから、当たり前といえば当たり前なのかもしれないけれど、こうやっていつだって先回りをして啓太を労わってくれるから。 その和希の行動の根っこにある気持ちは伏せられたまま、啓太に告げられることはないのだけれど。 啓太はせつなく息をついて、優しく触れる和希の手のひらに、無意識のようにそうっと頬をすり寄せる。 感じていることを、綺麗に隠せてしまえたらいいのにと思いながら。 自分自身もだませるくらいに、好きな気持ちも苦しい気持ちも・・・全部、隠せてしまえたらいいのにと思いながら。 |