poco a poco Op.7





 甘えるように彼の手に頬をすり寄せて。
 そうしてようやく安堵をしたのだというように、目を閉じて。
 いったい何を話しているのですか?
 きみはなにを、想っているのですか・・・?




「凶悪な顔をしているぞ」

 フフン、と含み笑いの西園寺が小さく告げるのに。
 その肩へとコートを着せ掛けようとしていた七条の手が止まる。

「・・・・・意地悪ですね、郁は」

 一瞬の動揺を、素顔を。
 けれども次の瞬間には、するりといつもの笑みの裏側に隠して。

「遠藤にならば分からないでもないが、なにも私にまで妬くことはないだろう」
「思わずですよ」
「私が啓太を好ましく思うのは、恋愛感情とは違うぞ」
「分かっています」

 返す言葉が思いのほか強い語調になってしまったことに、自分で驚いて。
 繕うように、昂ぶった気持ちを落ち着かせるように・・・七条は短く息をつく。

「それでも思わず・・・なんですよ」

 伸ばされた西園寺の腕にコートの袖を通しながら、ぽつりと呟いた。
 自分の気持ちが制御できない。
 アウトプットを、どこにしたらよいのかが分からないのだ。
 啓太に?
 受け取ってもらえないものをわざわざ渡して、どうしようというのか。
 渡してみたところで、戸惑わせてしまうだけだろう。
 優しい啓太を困らせてしまうだけだ。
 この想いも。不条理な苛立ちも。

「あんなあからさまな事をしておいて、私にしか気付かれていないとでも思っているのか?」

 西園寺と啓太のやり取りに割って入った、普段と異なる七条の様子をどう思ったのか。
 泣き出してしまいそうな、ひどくせつない表情をしていたぞ、と。
 コートのボタンを留めながら、西園寺が云う。

「啓太は、ぼんやりしているようで聡いからな」
「・・・・・」

 気付かれている? どこまで?
 この気持ちまでも気付かれているのだとしたら、その上で、あの和希とのやり取りがあるのだとしたら。
 そこにはいったいどんな意味があるというのだろう。
 少なくとも七条には、自分にとって受け入れがたい理由以外を思い付くことはできない。

「臣」

 なんですか、と眼差しで答えれば。
 短く息をついた西園寺が、珍しくも言い聞かせるような口調で云う。

「お前の悪い癖だ。最悪の事態を想定して、自己完結するのはやめておけ」
「ええ、そうですね・・・」

 曖昧に頷いてみせるけれど。
 身に付いてしまっているその考え方は、そう切り替えられるものではないのだ。




 期待をして、裏切られるくらいなら。
 最初から最悪の事態を覚悟していた方がいい。

 違いますか・・・?






切羽詰ってまいりました。
態度に出て顔に出て言葉に出てます、七条。

でももうちょっとうじうじしててもらいますもらいます。


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