canon Op.4「・・・・・っと。はー、終わったー!」 ぽいとシャープペンを放り出して、啓太は大きく伸びをする。 集中して頑張った後の、達成感と開放感が心地いい。 それに一人でするのでは答えが合っているかどうか不安でならないけれど、一問終えるごとに「正解です」と七条のお墨付きをもらっているので、今回の課題は自信を持って提出ができる。 「七条さん、ありがとうございました。俺、一人だったら絶対こんなに早く終わらなかったです」 「そうですか。君のお役に立てて嬉しいです」 にっこりと。 七条がこうして笑っていてくれるとなんだか嬉しくて。 啓太までほくほくと自然と笑顔になってしまう。 MVP戦の間やその前には、七条の笑顔を見ていてもなんだか苦しいような気持ちになることがあった。 MVP戦を通じて七条との距離が少しずつ近づくにつれて、変わらないように見える七条の笑顔にはいくつかの種類があって、人を寄せ付けないための壁のような役割を担うものもあるのだということに気が付いた。 相手との間に上手に距離をとってしまうための、笑顔。 本音を伺わせてくれないことにもどかしさや寂しさを感じたこともあったけれど、最近はこうして、啓太までが嬉しくなってしまうような優しい笑みを向けてくれる。 そのことがとても嬉しくて、嬉しくて・・・。 「伊藤くん」 七条の顔を見つめたまま、考え込んでぽんやりとしてしまっていた啓太は。 名前を呼ばれてはたと我に返った。そうして。 「は・・・」 はい、と答えかけた、無防備なその唇に。 「お疲れ様でした」 ちゅ、と七条の唇が触れて。 「・・、・・・・っ!?」 一瞬なにが起こったか分からずにいた啓太は、触れたその柔らかいものが何なのかを理解した途端に、ずざざと弾かれたようにカーペットの上をあとずさる。 またっ! キスっ! 「し、七条さんっ?!」 困惑のままにわずかに責める調子で名前を呼べば、はい? と。 啓太の動揺なんてまるで意に介さずに、普段と変わらない笑みのまま首を傾げられて。 啓太はあっけなく、くるくるとまた混乱する。 この前のキスの理由も分からないうちに。 また同じものを渡されて。 1度きりだったら、勘違いとか、間違いとか、事故とか、気の迷いとか、どうにかしてそういう風に思えないこともないけれど。 同じことが2度起こったらそれはもう。 誤魔化しようも、片付けようもなくて。 なかったことになんかしようがなくて。 「と、友達はキスは、しませんっ」 真っ赤になって喚く啓太に、それでも七条の落ち着きは変わらない。 向けられているのはいつもどおりの優しい笑みだ。 「そうですか?」 「そそそそうですっ!」 「では・・・」 少し考え込むように小首を傾げたあとで七条は、啓太があとずさって稼いだ距離と同じ分だけ、ずいと近くへ身体を寄せてくる。 近い距離に感じる体温。吐息の気配に。 条件反射のように躰が緊張してしまう。 こくんと息を呑む啓太の顔を、七条が覗き込んだ。 「どういう間柄ならば、キスをしていいのでしょうか」 「そ、それは・・・」 それは、啓太だってずっと考えていたことで。 それでもちゃんと答えを出せずにいたことだ。 友達? 違う。 だって和希とはしないと思った。 他の、滝や成瀬、丹羽や西園寺、中嶋、篠宮・・・誰も。違う。 だったら家族? それだって・・・違う。 妹や母親、父親とキスなんて。 子供の頃ならしたかもしれないけれど、今はするはずがない。 だったら。 だったら・・・。 「だ、だから、それは・・・・・こ、恋人、とか」 よろよろとたどり着いた解答に。 七条は、よくできましたと肯定するような笑みで頷いた。 「伊藤くん」 そうして差し伸べた大きな手のひらで、優しく啓太の頬を包み込む。 もう、瞳がそらせない。 「では、僕を恋人にしてください」 |