第1話

 中学校時代からの友人である岡村、速水、そして俺の3名が近所の「Yうどん」駐車場に集合したのは、草木も眠る午前2時。8月中旬だというのにひんやりとした空気が漂い、重労働を控えた我々にとっては願ってもないコンディションだった。それぞれキャリアには小山のような荷物をくくりつけ、頭にはヘッドライト、通称「ヘッ電」を装着。

「じゃあ、ぼちぼち行きますか。」

持ち物を点検しあったのち、一行は真夜中の街道を西へ向けてそろそろと走りだした。

 岡村から貰ったフレームをベースに組み立てた愛車「チャンピオン号」は、足取りも軽く深夜の府中街道を快走していった。移植したサンツアーのディレイラーとカンティ・ブレーキの調子もすこぶる良好。岡村が先頭を引っ張り、俺、速水の順で続く。多摩川に向かっては下りの多い行程のため、予想をはるかに上回るハイペースで府中市街に到達することができた。ここから甲州街道に入って進路を西に取り、チェックポイントとなる高尾を目指す。

 甲州街道は交通量の多い4車線の国道である。我々をかすめるように疾走するトラックに怯えながら、一列に並んで慎重に路肩を行く。フレームがねじれる程の大荷物を積んでの走行なので、少しバランスを崩しただけでも車体が大きく振られ、車道に飛び出しそうになる。殆ど高低差のない区間であったが神経をすり減らす走行を強いられたため、多摩川に架かる日野橋への交差点を左折するとドッと疲れがにじみでてきた。

 橋の中ほどにさしかかると、川風に混じって夏草の匂いがした。行先表示の青い標識が、我々を見知らぬ土地へいざなうように夜空に浮かんでいる。

「よし、行くぞ。」

心の中で念じる。

 3人はそのまま無言でペダルを踏み続け、静まり返った八王子駅前の繁華街を経由、ほどなく高尾に到達した。時計を見ると3時半、素人にしてはかなりのハイペースである。街道わきのコンビニエンスストアでスポーツドリンクとパンを買い、道端に座り込んで簡単な朝食を採る。ここからは山間部に入っていくので、高尾で一旦休憩して体力の回復を図り、一気に峠を越えてしまおう、と事前に示し合わせてあったのだ。

 当時高校生だった3人が目指していたのは、伊豆半島の先端、石廊崎である。実はもっと近所で「ツーリングごっこ」のつもりだったのだが、ああでもないこうでもないと議論の末、どういうわけか「じゃあ、伊豆にでも行ってみっか?」という結論に落ちついてしまったのだ。当初メンバーは4人だったが、このバカ決議の数日後に1人がおののいて脱落した。

 出発前夜、あわただしく荷造りをしていると、親父が部屋に入ってきた。

 「おまえ、どこまで行くんだ?」

 「伊豆。」

 「何しに?」

 「・・・いろいろ。」

 「この暑いのにっ!」

親父は吐き捨てるように言って部屋を出ていった。だいたい高校生の思いつきには理由も目的もないのだ。それに金がないから無理をする。このときだって、全泊キャンプでコメ持参、水は現地の湧き水や川でまかなうという恐ろしい計画だった。今思えば、いくら経費節減のためとはいえ自転車旅行にコメを8合も背負っていくなんて考えられない。

 東京と神奈川を分ける大垂水峠は、ワンアップ&ダウンの豪快な峠である。東京都側は直線と高速コーナーが交互に続く緩斜面、神奈川県側は葛籠折れのヘアピンカーブが連続する急勾配である。休憩をおえた我々が京王線高尾山口駅の横を通り過ぎるとゆるやかな登りが始まり、大きな谷筋を遡るように、時間とともにその傾斜は増していった。沿道に立つ数軒のラブホテルにはいずれも満室を示す赤いランプが灯り、蛍光色のネオンが静まり返った街道にひときわ存在を誇示していた。

 いよいよ本格的な登りにさしかかると、岡村はペースダウンして俺に先頭を譲った。周りに影響されず淡々と自分のリズムを刻むのが彼のやり方なのだ。この男は、パチンコにせよ、焼肉食い放題にせよ、キャバレーのホステスにせよ、いつもこの戦術である。図らずも先頭に立ってしまった俺は、両側から挟み込むように迫ってくる山陰にやや緊張しつつも、それまでのペースを維持して登っていく。沢に掛かる小さな橋を通過するたびに、ぎょっとするくらい冷たい空気が体にまとわりついてきた。

 道がすっかり山間部に入り木々が夜空を覆ってしまうと、ときおり現れる街路灯の周り以外は、闇に包まれ何も見えなくなった。自分の荒い息づかいとチェーンの軋む音が妙に大きく聞こえる。さっきまで視界の片隅にいた岡村も遙か後方に遠のいたらしく、ヘッ電の光も見えなかった。急に心細くなる。

 降って沸いたような孤独から逃れたくて、俺は演歌を口ずさみながら一心不乱にペダルを踏み続けていた。すると、後ろから目映い光と共にやって来た車が俺の横で突然スピードを緩め、助手席から女が声を掛けてきた。20代前半くらいのねえちゃんだった。

 「ねえ、どこまで行くの?」

 バカ、こっちは取り込み中だ。答えるだけ酸素がもったいないじゃないか。

 「え?」

 聞こえない振りをした。頼むから、俺に構わずそのまま行ってくれ。

 「かわいそうだよおー、大変なんだからさあー」

 後ろの座席から別の女の声がした。

 「じゃあねー、がんばってねー」

 車は加速して去っていった。いったい何なんだ。夜中の峠を自転車で登ってる奴がいる、それがどうしたというのだ。遠ざかる赤いテールランプはしばらく樹間から見え隠れしてから不意に消え、俺はまた一人旅の世界に埋没していった。

 どのくらい時間が経ったのだろうか。漕いでも漕いでも先は見えず、額から吹き出した汗がメガネにボタボタと落ちてくる。体力が限界に近づき、フラフラしているのがわかっていても制御できない。

 「もうダメだ、次の街灯で降りて押そう・・・」

 何度そう思ったかわからなかった。12段変速のギヤは一番上まで入っている。もう後がない・・・それでもヘッ電の照らす半畳ほどの路面を朦朧と見ながらひたすら漕ぎ続けると、不意に「これより神奈川県」を示す標識があらわれた。なんだ、もう頂上は間近じゃないか。疲労はピークに達し、ひと漕ぎひと漕ぎがまるでスローモーションのようだったが、このときは体力よりも気力がわずかに上回っていたようだ。無意識のうちにひたすら前へ挑んでいると、「ふっ」とペダルが軽くなるアノ瞬間が、ついにやってきた。頭を上げて前を見ると道が平坦になっており、その先は下っている。峠の頂上だった。俺は自転車を放り投げるように路肩に崩れ落ちた。

 ずっと木々に覆われた暗い峠道を登ってきたので気が付かなかったが、見上げると薄曇りの空がすでに青く明けはじめていた。ザックからプラスティックの水筒を出し、麦茶をすこし飲んだ。出発前に冷凍してあったので、キンと冷えていて実にうまい。しばらくすると岡村も到着、やはり一度も押さずに完登したようだった。彼も同じように自分の水筒から水分をすこしだけ口に含んだ。第一関門の突破を讃え合いながらガードレールに腰掛けもうひとりの仲間を待つ。

 かなりの時間をおいて、速水がやってきた。顔を真っ赤に紅潮させ、今にも死にそうなすさまじい形相で喉をヒューヒューいわせている。声を掛けるが彼はそのまま無言で仰向けに倒れ込み、動かなくなってしまった。激しく上下する胸がその辛苦を如実に物語っている。結局、彼は5分間も仮死状態のままだった。

 下りの大きなRの向こうには、相模湖が広がっているはずだ。まだまだ先が長いのは分かっていたが、我々はささやかな充実感に浸っていた。


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