2002年2月23日(土)/兵庫県民小劇場
藤田佳代舞踊研究所モダンダンス公演《創作実験劇湯》

《上演作品》「開演5分前」 「ぬりえの旅」 「天使が」 「日覚めよと呼ぶ声が」
「八千八声」 「流れのまま」 「すぐそこに」 「沈黙の白い花」 「いとしき日常」



 開演前から舞台の幕が開いていて、吊り下げられたたくさんの衣類が見える。この衣類は事前に古着を貸してほしいと広告を出して集めたものとのことだ。藤田佳代作品の「開演5分前」がもう始まっているのだ。


 その場にはまだ衣類を持ち込んで来る人の列が出来ていた。そのうちに「開演5分前です」のアナウンスがあると、大勢の出演者たちが舞台に上がって来た。そしてモーツァルトの音楽でその人たちがいっせいにステップを踏み始めた。

 簡単な動きだが、とてもよく揃っている。事前に練習をしていないとこうは行かない。ひととおり済んだところで4分の1の人たちが退場。さらに4分の1づつ退湯して行く。最後の4分の1はカンパニーの主要メンバ←が占めていた。

 そして最後に藤田自身が一人残った。彼女がペラフオンテの「ダニー・ボーイ」に身を任せるようにしてゆっくりと動き始めたところで、一人の和服姿の老婆が舞台に上がって来た。その手には古い軍服が・・・。それを藤田に手法し、他の服と同じように吊るして舞台を降りた。

 他の服は上の方に並んでいるのに、なぜかその軍服だけは上がって行かない。藤田が手をひらひらさせて、上げようとしている。舞台の下に集まった子供たちも「上がれ、上がれ」というしぐさをしている。すると、軍服がゆっくりと上昇しはじめ、他の服の列に収まった。
 日本的に表現すると「これで軍服を着ていた人の魂も浮かばれた」ということになるのであろうか。「開演5分前」というあわただしい時間帯を題材に取り上げ、観客参加型の軽めの作品を作りながら、最後はちょっと重めに仕上げるあたりは、いかにも、という感じの作品だった。

 彼女はもう一本、「天使が」というソロ作品を出していた。これは障害を持ちながら舞踊に真剣に取り組んでいる安田蓮美というダンサーのために振付けたものだ。

 ソロで「花の上で」「雪と花の間で」「雪の中で」という日本的抒情の世界を季節感の変化で示す3つのパートを踊り分けるのだ。五体満足のダンサーが踊ったら、何の変哲も無いものになるところかもしれない。しかし、ここには客席にじわじわと広がる静かな感動があった。

 藤田佳代の師の法事聖二は、日本的抒情を描く作家だった。そこに漂っていた匂いのようなものが、この「天使が」にはあったような気がする。

 他に7本の作品が上演されたが、寺井美津子の「目覚めよと呼ぶ声が」、金沢景子の「沈黙の白い花」には、舞踊作家としての確かな手応えが感じられた。

 寺井作品の、舞台の空気を一変させて神の世界を垣間見させる動きと音楽の変化、金沢作品の、口にくわえた赤い紙をさまざまに使うことで示した人生の変転など、奥行のある表現が随所に見られ、その作品が何を表現したいのかが端的に理解できた。

 また菊本千永の「いとしき日常」は、ロボットのようなぎくしやくした動きを使い、テクノロジーの進んだ未来社会の日常感覚を描こうという問題作だったが、表現の意図が最後まで見えてこなかった。

 ベテランはベテランらしく、若手は若手らしく、それぞれに自分のレベルに合わせて舞踊創作の実験に取り組む《創作実験劇湯》は、藤田佳代舞蹄研究所の毎年恒例の行事となっている。すでにかなりの実績を残し、ここから菊本、寺井、金沢らの若手舞踊作家が育って来たし、観客層の開拓も着実に進んでいる。


山野博大(舞踊批評家) 1950年代より舞踊批評を書きはじめ、現在は週刊オン★ステージ新聞、音楽之友社発行のバレエ、新書館発行のダンスマガジン、季刊ダンサート、インターネットの東京ダンス・スクエア等に執筆している。藤田佳代先生とは古くからの友人であり、良き理解者のひとり。


山野先生から過去にいただいた舞台批評
*2000.8.17.創作実験劇場(兵庫県民小劇場)
*1999.7.31.寺井美津子ダンスリサイタル1(神戸朝日ホール)
*1998.5.30.かじのり子モダンダンスリサイタルvol.1(兵庫県民小劇場)



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