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一桁のビジネスマン《行動心理資料》より

【許容したものには責任がある】

 いま、知的所有権の権利主張問題が多発しています。
 これは、商業政策上、生産に必要な工業所有権とは、別に、ものを作る技術とは異質のものです。  物による仕事をする為のノウハウ(知識的価値)と言うべきもので、普通は、ソフトという物が発生源になっています。そのため、従来の著作権に新しい問題が投げかけられております。

 殆どの物の価値には、作ってから年月が変化するのに相応するように、償却年数が考えられています。ところが、ノウハウとか、ソフトに代表される種類の物には、その考慮が為されておりません。

 新しいユーザーあるいは、継続使用者には、信用のおける商標ブランドと同じように、優れたソフトは、特化された商品力を長く続くように持続させています。
 そのノウハウとは、長期間の年月を経過した古い物であっても、ノウハウの示す通りにしたがって、「もの」を作れば、その日から採算のとれる事業を、開始できるなどの特別な価値を有していいます。ですから、これら「ノウハウ」の権利主張をめぐる話は、非常に複雑になってくるのです。

 それで、ビジネス経営を営む事業環境は、得意先との取引業務であるとか、社内の日常的な定型業務にかかわらず、自分の感じたままに、分析力や批判能力を働かせないで、受け入れることが、余りにも多くあります。
 このことは、ビジネス社会に挑戦して、そのルールを変えようと言う勇気を欠いている結果、行動になってあらわれています。ですから、この勇気の欠いた行動に対しては、仕事の立場にふさわしい償いを、しなければならなくなります。

 例えば、前に説明をした「ソフト問題」のように、自分の評価を、工業所有権や他の権利の認定と同じように考えます。
 あるビジネスマンは、つよい商品力をもってることと、同じような能力や資格・実力をもっていると考えています。ところが、会社はその考えを認めません。
 ですから、取引の相手側は、私を権利落ちした商品に等しいと、判断をしていますました。
 しかし、彼の言い分で、それは事実と違うと強調しても、自分の責任を回避する理由にはなりません。

 約束や、ルールを耐えしのいで守っているが為にも、その責任である償いは致すべきだと考えます。責任の不履行は信頼を断ち切ります。
 約束や、ルールというものは、素直に服従はしても、場合によっては、自分の支払うう精神的な代償は、ビジネス社会の労務報酬に比べて、非常に大きいものがあります。
 しかし、食べるため、家庭生活を守るために、働かねばなりません。
 家も欲しいです。車も欲しいです。休暇も欲しいです。人生を楽しみたいです。
 そのためには、働かねばなりません。この事実は、誰も否定の出来ない人間の生きるための決まり事です。

 しかし、自分が従っているルールとか、あるいは、取引の契約とかは、一体、誰が何を目的にして作るものでしょうか。
 これは、仕事の上とか、あるいは、自分を保護するものもあれば、不利に扱われるものもあります。権限のあるものもあればないものもあります。ビジネス社会と言うところでは、企業利益を求める複雑で怪奇な仕組みになっていますから、相手も自分も、あるいは、上司も部下も、もっと明確に、もっと率直に話をする必要な事が、沢山あるところです。
 話し合いと理解のないところには、当然の結果として、不自然な償いが、自然に生まれてくることになります。  つづく

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