孫にかたるじじの九十九噺
     ー八王子編ー

だい 2 話


ぶん と しゃしん と 絵

よしむら ふみひこ
吉村史彦 著
Auther:YOSIHIMURA Fumihiko
Mail Address:fyosh@kpa.biglobe.ne.jp
All Right Resereved by YOSHIMURA Fumihiko



第2話 きちきちばったは日枝様のお使い

じじは 若(わか)いころ タクシーの運転手(うんてんしゅ)をしておった。

きせつは 夏(なつ)のはじめ、5月(がつ)のころじゃった。

山(やま)はネズミモチやマテバシイの木(き)が そらいっぱいに枝(えだ)葉(は)をひろげ、川(かわ)ではイヌノフグリとかカラスノエンドウが ちいさな花(はな)をひろげておった。

いつものように じじは 陣馬街道(じんばかいどう)のつきあたり、陣馬山(じんばさん)のふもとまでお客(きゃく)をのせ、ひるごはんをたべて 河原(かわら)をさんぽしてみた。

タンポポとシロツメクサが どてをかざり、水(みず)があふれて すずしかったぞ。
石(いし)ころにすわって あたりを見(み)ると、ネズミムギの葉(は)のうえに カマキリがおった。
おおきな まえ足(あし)のカマを ぐっとおりまげて なにか ねらっているようだった。

二つさきの葉(は)に きちきちばったが おった。バッタは カマキリに ねらわれているなどと思(おも)ってもいないようだった。

「このままでは くわれてしまうな」

じじは ついよけいな仏(ほとけ)こころをおこし、バッタがのった葉(は)をゆすってあげた。

バッタがとんだすぐあとに カマキリの まえあしが葉(は)をかきむしった。

カマキリはくやしそうな目(め)を じじのほうにむけると やがてどこかに かくれてしまった。





 

さて、しごとに もどろうかい」

じじは 車(くるま)にのりこんで 陣馬街道(じんばかいどう)を くだりはじめた。

案下(あんげ)のニジマスようしょく場(じょう)があるあたりで 一人(ひとり)のお客(きゃく)がまっていた。手(て)をあげて あいずしたのでじじはタクシーをとめてのせた。

お客(きゃく)は ずいぶんと やせた男(おとこ)の人(ひと)で目(め)がつりあがり、なんだか鼻(はな)も とがっていた。

客(きゃく)は
「佐野川(さのがわ)まで いってくれ」といった。

「ええ、佐野川(さのかわ)ですか・・・」と、じじはびっくり。

「和田(わだ)とうげを こえれば すぐさ」

たしかに そのとおりじゃ。陣馬街道(じんばかいどう)のつきあたり、ふもとから さらに山(やま)を のぼる道(みち)が あって、和田(わだ)とうげと よばれている。

けれど 道(みち)はせまくて でこぼこ、きゅうな坂(さか)ばかり、くねくねまがって とても走(はし)りにくい 山(やま)道(みち)なのだ。

ハンドルを まちがえると 谷川(たにがわ)に おちてしまうかもしれない。

「さあ、はやく はやく。わたしは 大事(だいじ)なものをとりにいくのだ」

どんどんせかされるので じじは しかたなく 和田(わだ)とうげを のぼっていったのだ。

しんちょうに しんちょうに。けれど、うしろのせきの お客(きゃく)は 「いそげ、いそげ」とわめきちらすばかり。

そのうち 運転席(うんてんせき)の せなかを けとばしはじめた。

「あぶない。やめてください」

じじが注意(ちゅうい)したが、それでもやめない。けとばすだけでなく、長(なが)い手(て)をのばして、じじのくびを ひっかいた。

とうとう じじは 運転(うんてん)をあやまって 山(やま)のしゃめんに 
ほうりだされ、

車(くるま)は 谷川(たにがわ)にむかってすべりおちていった。

あたまの うえから

「ざまあみろ。もうすこしで ヒエキチをつかまえたのに よくも じゃまを してくれたな。これが おかえしだ」

と、カマを こするような こえが きこえてきたのだ。




俺にも名前をくれ!

「Mr.キリー」で」どうだい!

君もれっきとした昆虫の仲間でカマキリ目。

「鎌持つキリギリス」とも呼ばれた。

せの高(たか)いスギと ヤマグワとかクマザサの葉(は)がみっせいするなかをすべって 気(き)がつくと あたりはうすぐらく どこにいるのか わからなくなった。

じじは エンジンを かけてみたが、車(くるま)はいっこうに うごかなかった。
こわれてしまったのかもしれない。ヘッドライトも つかない。

「なさけないことに なったなあ。これじゃあ、たすけをよべない」

さすがのじじも どうしてよいのか けんとうが つかなかった。
すると、くらい木(き)の下(した)で 赤(あか)いひかりが ふたつ ぼうっとうかんだ。

「なんだろう」みをのりだして じっと見(み)たところ・・・おお、なんともでかい バッタがいるではないか。じじのタクシーと おなじくらい 大きい。そして、バッタが しゃべった。

「運転手(うんてんしゅ)さん。さきほどは たすけてくれて ありがとう。

こんどは わたしが たすけるばんだ。仲間(なかま)が車(くるま)をおすから 
ハンドルを しっかり にぎっていなさい」

みまわすと 大(おお)きなキチキチバッタが 車(くるま)を とりまいておった。

「きみたちは・・・バッタだよね」と きいてみた。すると

「そうさ。日枝(ひえ)の神(かみ)さまの お使(つか)いさ」

というへんじが かえってきた。そして 車(くるま)が がたんと うごきはじめた。
じじは あわてて はんどるを にぎった。

しばらく 暗(くら)いトンネルを すすむようだった。けれど あっというまに 目(め)のまえがひらけ、気(き)がつくと 赤(あか)い とりいを 通(とお)りすぎる ところじゃった。

しかくい 石(いし)だたみを すすんで じじは やっとあんしんを とりもどし、ドアを ひらいて そとに出(で)てみた。

そこは 陣馬街道(じんばかいどう)ぞいにある じじの家(いえ)にちかい 日吉神社(ひよし じんじゃ)だった。

ぶじに 帰(かえ)ることが できたが、へこんだ車(くるま)を なおすのに 
10万(まん)円(えん)もかかってしまったぞい。




日吉神社
吉は「え」と読みます。
すると「日吉」は「ひえ」となります。
比叡山の比叡から「ひえ」になったと
私は思っています。


とんと むかしの話じゃ。ろーそく 一本 火が きえた。

日吉神社と日枝神社はどちらも山王権現さま=大山咋(おおやまくい)の尊を祀ります。

キチキチバッタは「吉(きち)吉(きち)ばった」です

なお、山の地主神である 山王権現さまの 第一の お使いは サルです。。

きちきちばったは さいきん 弟子に なりました。

                            平成29年6月




ヒエキチといいます。
よろしく。
昆虫網バッタ目精霊蝗虫が正式名です。






 第03話「ざらめ石のねがい」に進む ・ 目次に戻る ・ このページの先頭に ・ ものがたりの広場(表紙)へ