孫にかたるじじの九十九噺
     ー八王子編ー

だい 3 話


ぶん と しゃしん・絵

よしむら・ふみひこ
吉村史彦 著
Auther:YOSIHIMURA Fumihiko
Mail Address:fyosh@kpa.biglobe.ne.jp
All Right Resereved by YOSHIMURA Fumihiko



 

第3話 ざらめ石の願い

 
 


じじは むかしタクシーの運転手(うんてんしゅ)をしておった。

そらとくもは もう夏(なつ)じゃった。

いつものようにお客(きゃく)さんを 陣馬(じんば)山(さん)のふもとまで おくってから、あんげ川(かわ)にそって 陣馬(じんば)街道(かいどう)をもどった。

みちばたには ナズナやハルジオンといった くさばなが いきおいよく 花(はな)を さかせておった。

あんげ川(かわ)は 上流(じょうりゅう)では 大(おお)きないわや石(いし)が ごろごろしておって、川(かわ)のながれも はげしかったが、

ところどころ 川(かわ)はばが ひろがって、流(なが)れがゆるやかになる。

そんなひらけた 川(かわ)ぎしが ちかづいたとき なにやら がらがらする 音(おと)がひびいて じじは 車(くるま)の きゅうブレーキをふんでしまった。

『ああ、ぐるぐる・・・×れか ××× してお×れ。ごろごろ』





 

まるで 石(いし)と石(いし)が こすれあうような声(こえ)じゃった。

いや、あれは やはり 音(おと)だったかもしれんな。

「だれか わしを よんだかね」

あんげというところは ずいぶんな いなかで 左(ひだり)は山(やま)、右(みぎ)は林(はやし)とせまい畑(はたけ)ばかりじゃ。

人(ひと)は だれもおらんぞ。

『こ××す、わ。×んと×・・・ぎりぎり』

声(こえ)は 川(かわ)のなかから きこえる。川(かわ)をのぞきこむと、流(なが)れはゆるやかで きしべが すなになっていた。

はい色で にぎりこぶしを 二つあわせたほどの石(いし)が すなから のぞいていた。

じじは もしかすると・・・と かんがえて、かばんの中(なか)から ききみみずきんを 出(だ)して あたまに かむった。

「わたしを よんだのは あんたかね」

『さようでございます。ああ、なんてことでしょう。こんな すなにう もれてしまうなんて、ひげきですわ。まだはやすぎます』

「はあ・・・」と じじはこたえたが、なにが はやいのやら。

『だって そうじゃあございませんこと。あたしの かおを みてくださいませ・・・いえ、みないでくださいませ』

「みないほうが よろしいんですか」

『こんなかお。ごつごつで あなだらけで みっともないったら ありゃしませんよ。男(おとこ)の人(ひと)にみられたら ああ、はずかしい』

じじは やはり 石(いし)をみることにした。
これじゃ はなしが まえにすすまんからな。

石(いし)は ひょうめんが ざらざらして ごつごつして たくさんのつぶが いっぱい くっついていた。

まるで「ざらめ石(いし)」かと おもったぞい。
もしも これが女(おんな)の人(ひと)のかおだったら、まあ、たしかに きのどくだろうな。

けれど じじは そんなことには ふれなかった。

「まあ、そうやって すなに はんぶん うもれていれば ふつうの 石(いし)としか おもえませんな。それで、なにが はやすぎるというのでしょう。もうすこし あとに 生(う)まれたかった、とか」

『いいえ、ちがいます。こんな すなばかりの ところに 来たのが はやすぎたのです。あたしのように みっともない すがたの 石(いし)は まだずっと 川(かわ)の上(うえ)のほうに いるはずなのです』

「そうなんですか」

そうこたえたものの、じじには よくわからなかった。




漢字では粗目ですが、
中身はスウィートですわ。

 

『ともかく、おねがいでございますから あたくしを 川(かわ)のもっとうえのほうに はこんでいただけますかしら』

ええっと。そいつは こまったな。
わしは しごとがおわったので かえるところだ。

そのように 石(いし)に はなしてみると 石(いし)はとつぜん 泣(な)きだした。石(いし)のめにも なみだじゃ。はじめて みたぞい。

「あ、しかたありませんね。陣馬山(じんばさん)のふもとまでですよ。それより、上(うえ)はいきません。このまえ 和田(わだ)峠(とうげ)で 車(くるま)のじこを おこしたばかりですから」

『それは それは たいへんでしたわ。山(やま)のふもとまでで けっこうです。あんげ川(かわ)に あたくしを ほうりこんでくださいませ』

わしは はんぶん すなに うまった 石(いし)を よっこらしょと もちあげた。

おもかったなあ。しかし 女(おんな)のひとにたいして おもいなどというのは しつれいだと思(おも)って だまっておったわい。

石(いし)がどうして 女(おんな)のひとだと わかったかって・・・。うーむ どうしてかな。きみは どうおもったかな。

ゆうぐれには まだはやいじこくだったので、じじは もういちど 車(くるま)を 山(やま)のふもとまで もどしても あかるいうちに かえることができるだろうと 思(おも)った。

ざらめ石(いし)は じょしゅ席(せき)に おくことにした。すなと水がついていたので、お客(きゃく)用(よう)のシートがよごれるのは ごめんだったな。

陣馬(じんば)山(さん)のふもとまで もどって ざらめ石(いし)を はこびだし あんげ川(かわ)に そっと おいてあげた。

『かんしゃ かんげき あめあられ ですわ』

そういって ざらめさんは 水(みず)のなかに しずんでいった。

それから・・・もちろん じじは 家(いえ)に かえった。ビールをのんで そのよるは すこやかに ねむったさ。




あんげ渓谷

ざらめ石(いし)さんは どうなったか? うーん、このはなしの つづきは 一年(いちねん)もたってからだったな。つぎの年(とし)の やはり 夏(なつ)がちかづいたころ じじは きたあさ川(かわ)と みなみあさ川(かわ)が 合流(ごうりゅう)するかわらを さんぽしていたときに かわいい声(こえ)をきいた。つるつるして なめらかな 音(おと)だったよ。
『あーら、タクシーの運転手(うんてんしゅ)さん。きょうは おやすみですか』
みると 流(なが)れのなかほどに こぶしくらいの はだが ぴかぴかした 石(いし)がころがっていた。
「あんたかい、いま よんだのは。だれかね」
石(いし)に はなしかけられるなど、めったにあるものではない。
『あら おわすれ? 水(みず)よりも つめたい おかたですこと。きょねん おせわになりました。あのときは みっともない石(いし)だったでしょ。でも いまは こんなに ぴっかぴかですわ』
おお、そうだ。きょねんは ざらめ石(いし)だったのに いまはとてもきれいに かがやいている。
「あのときの ざらめ石(いし)かね」
『はいはい あのときの ざらめ石(いし)ですとも。あれから 水(みず)にさらされ 岩(いわ)にけずられ すなにみががれて いまは ほわいと石(いし)になりましたの。どう?』
「ずいぶんな かわりようです。はだが すきとおるようです」
『あら はずかしい。男(おとこ)の人(ひと)に そんなにほめられたのは はじめてですわ。あんまり みないでください』
はあ・・・みないほうが いいんですか? この ほわいと石(いし)さんは やはり女(おんな)の人(ひと)のようじゃった。そんなもんじゃな。





浅川・市役所前



 


とんと むかしの話(はなし)じゃ。

ろーそく 一本(いっぽん) 火(ひ)が きえた。

                             (平成29年9月)



 






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