孫に語るじじの九十九噺
〜八王子篇〜

だい 5 話

ぶん と しゃしん・絵

よしむら・ふみひこ
吉村史彦 著
Auther:YOSIHIMURA Fumihiko
Mail Address:fyosh@kpa.biglobe.ne.jp
All Right Resereved by YOSHIMURA Fumihiko



第4話 生糸小僧


じじは むかし タクシーの 運転手(うんてんしゅ)を しておった。

九月(くがつ)の 山(やま)は 夏(なつ)の あいだに そだった 枝(えだ)や 葉(は)が のびほうだいに ひろがり、いちめんが こいみどりで 色(いろ)づけされておる。

お日(ひ)さまの 光(ひかり)を たーくさん すいこんで、秋(あき)の おわりには 赤(あか)や黄(き)に すがたを かえるんじゃよ。

いつものように お客(きゃく)さんを 陣馬山(じんばさん)の ふもとまで おくった。

だいすきな おそばを 二まいたべて、さてかえろうとしたときだ。

そこさわ峠(とうげ)に つづく 山道(やまみち)から 小僧(こぞう)さんがひとり、泣(な)きながらやってきた。

9さいか 10さい。小学校(しょうがっこう)でいえば 4ねんせいくらいかな。
くびには 白(しろ)い たばになった きいとが まいてあった。

「おい、おい。こぞうさん、どうしたんだい」

じじは そんなふうに きいてみた。
こぞうさんは それでも びーびー ないていたが、やっと泣(な)きやんで こういった。

「せいたかさんが、ね。せいたかさんが ひとつ目(め) こぞうに あわせてくれる っていうんだ。
それでね、せいたかさんの あとについて、やまにのぼって 川(かわ)を くだったら、道(みち)に まよっちゃった。
家(いえ)に かえる 道(みち)が わからないんだ」

そうか。まいごだ、このこぞうさんは。

「そりゃあ たいへんだったね。ところで、ききたいことが 二(ふた)つ あるけど こたえてね」

じじが きくと こぞうさんが うなづいてくれた。




和田峠にはな、いまでもアシナガ様がおるぞ。


「まず、きみの 家(いえ)は どこにあるのかね」と じじが きくと

「あっち」と こぞうさんが 山(やま)のほうを ゆびさした。

「う〜ん、わからん。おうちは 陣馬山(じんばさん)かなあ」

「ちがうよ、たかおさん、さ」

「お〜、高尾山(たかおさん)か。じゃあ、ケーブルカーがあるんだ」

「うん。りょうかい橋(はし)の ちかくだよ」

じじは<りょうかい橋(はし)>はしらない。そこで、

「せいたかさんは どこにいるんだい」と きいた。

「どこかに きえちゃった」

それから じじは こぞうさんに いろいろきいた。

じつは こぞうさんは お母(かあ)さんにたのまれて、できたての きいとを 高尾山(たかおさん)の 薬王院(やくおういん)に おさめるように たのまれたのだ。

ところが、とちゅうで せいたか童子(どうじ)が こぞうさんを あそびにさそったらしい。

「ひとつ目(め) こぞうには あえたかい」

「う〜ん。てんぐ様(さま)の こやに いって、かべの いたに あなが あいているから、のぞいてごらん、ていうんだ。それで、ふしあなから のぞいたら、せいたかさんが

『あははは、こぞうが かためで のぞいたぞ。ひとつ目(め)こぞうだ、ひとつ目(め)こぞうだ』

そういって、わらいながら そらを とんでいった」

つまり このこぞうさんは せいたか童子(どうじ)に からかわれたのだ。

高尾山(たかおさん)から 陣馬山(じんばさん)までは ずいぶん はなれている。
せいたか童子(どうじ)は そうとうな ワルガキに ちがいない。

さあ、ここで じじは こまってしまった。くびに 白(しろ)い きいとを まいた このこぞうさんを 高尾山(たかおさん)まで おくるのは たいへんなことだぞ。

じじは うんてんが とても じょうずだが、車(くるま)で 陣馬山(じんばさん)は のぼれない。

しかし、じじは ひらめいた。いまこそ 『おたすけ笛(ふえ)』を つかうときだ。

ともかく こぞうさんを バスていりゅうじょの べんちに すわらせて、じじは タクシーの かくしボックスから 笛(ふえ)を もちだし、おもいっきり ふいてみた。

うううヴヴヴ・・・く、くるしい、いくらふいても おとが でない。30ぷん がんばったが、ぴーも すーもでない。こりゃあ だめだ。

あきらめかけた すぐあとに、そらで ばたばたと とりが はばたく 音(おと)が きこえた。みあげると、でーっかい カラスが おりてくる。

カラスのあしに みょうちきりんな きものを きた こどもが ぶらさがっている。




今でも花が絶えない。

でも、何を祀っているの?


「ああ、せいたかさんだ」と こぞうさんが いった。

カラスが じぞう様(さま)の あたまに とまり、こどもも みちに おりたった。じじは こう いってやった。

「きみが せいたかくんかね。いたずらは いけないよ。こぞうさんが まいごに なってしまったじゃないか」

すると、きみょうな こどもが こうこたえた。

「ああ、ぼくは せいたか童子(どうじ)では ありません。見(み)まちがえたということは また あいつが わるさを したんですね」

「きみは せいたか童子(どうじ)ではないのか。だれだね」

「わたしは こんがら童子(どうじ)です。あいつ、せいたか童子(どうじ)が いたずらするたびに わたしが しりぬぐい しているんです。笛(ふえ)を ふいたのは あなたですね」

「おお、ふいたけれども 音(おと)が でなかった。ああ、でも きみには きこえたんだね」

「はい。きこえましたとも。『おたすけ笛(ふえ)』のおとが やまじゅうに ひびきましたよ」

「へえー、音(おと)が ひびいた・・・」

「それでは わたしが このこぞうさんを 高尾山(たかおさん)まで おくります。おおーい、カラスくん、たのむぞ」

カラスは ばさばさと はばたいた。こんがら童子(どうじ)は こぞうさんを だきあげ カラスの あしに つかまらせた。

「では、さようなら」

そういうと、カラスは そらたかく とびあがり、ふたりと いっぴきが あっというまに 山(やま)を こえていった。

そのご、こぞうさんは きいと地蔵(じぞう)となって、高尾山(たかおさん)のふもとに たっておるということじゃ。






コンガラさん。

本当はとっても難しい漢字で書く。


とんと むかしの 話じゃ。ろうそく 一本 火が きーえた。(平成29年11月)

『おたすけ笛』はどうしたかって・・・あれは いつも じじが 陣馬山のふもとまで お客さんを送った帰り、案下の守り神さまに もらった ものじゃ。じじの 家に きたら みせてあげよう。







 第06話「馬が天狗をけとばした話」に進む ・ 目次に戻る ・ このページの先頭に ・ ものがたりの広場(表紙)へ