孫に語るじじの九十九噺
〜八王子篇〜

だい 6 話

ぶん と しゃしん・絵

よしむら・ふみひこ
吉村史彦 著
Auther:YOSIHIMURA Fumihiko
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第6話 馬が天狗を蹴飛ばした話


じじは むかし タクシーの運転手(うんてんしゅ)をしておった。

きせつは 夏(なつ)まっさかり。やまでは 木(き)がいきおいよく 葉(は)を ひろげておった。ゆるやかな しゃめんには 桑(くわ)の木(き)が うえられている。

このあたりの 農家(のうか)では かいこを かっているので、桑(くわ)の木(き)があるのじゃ。

じじは いつものように 陣馬街道(じんばかいどう)のしゅうてん、陣馬山(じんばさん)のふもと
まで お客を おくったのだが、このお客(きゃく)さまから 車(くるま)の中(なか)で 
こんなはなしを きいた。
『運転手(うんてんしゅ)さん、陣馬山(じんばさん)と 高尾山(たかおざん)では どちらが 高(たか)いか しっているかね』

そう きかれたので、じじは こたえた。
「そりゃあ、陣馬山(じんばさん)ですよ。高尾山(たかおざん)は666メートル。陣馬山(じんばさん)は733メートルですから」

『はい、そうです。むかしは おなじ 高(たか)さだったのですがね』
「ええ〜、そうなんですか。じゃあ、どうして いまは 高尾山(たかおざん)がひくいんですか」

『むかしは 山(やま)の高(たか)さを はかる ほうほうが なかった。山(やま)を 
みあげて てきとうに どこどこが 高(たか)いと 決(き)めていたんじゃ』

「なるほど。そのころは どっちが 高(たか)いことに なっていたんで
すか」

『それそれ。それが もんだいだった。高尾山(たかおざん)の ふもとの 南(みなみ)あさかわ村(むら)の人(ひと)は 高尾山(たかおざん)が 高(たか)いと いったが、陣馬山(じんばさん)の ふもとの あんげ村(むら)の人(ひと)は 陣馬山(じんばさん)のほうが 高(たか)いと きめておった。』

お客(きゃく)さんは 当時(とうじ)のことを 思(おも)いだしたのか、にやにや わらっていた。





残念じゃが、今は桑がなくなって

ブルーベリが植えられておる。

山のサルたちが大喜びだ。




「はいはい、わかりますとも。じぶんのところの 山(やま)のほうが 高(たか)いと だれでも ひいきしたいですから」

『ま、ひいきで すんでいれば よかったのじゃがな。あるとき、村(むら)人(ひと)のあいだで 言(い)いあいから けんかになった。』

「そりゃあ、いけませんね」

『そうだとも。けんかは いけない。しかし、どちらが ほんとうに 高(たか)いか きめる ほうほうがなかった。そこで、高尾山(たかおざん)の村(むら)の人(ひと)たちは お山(やま)の てんぐ様(さま)に おねがいした』

「いったい、どんな おねがいをしたんですか」

じじは そのおねがいは あやしいと 思(おも)った。高尾山(たかおざん)の てんぐ様(さま)では やはり えこひいきが あるかもしれない。

『空(そら)からみて 高(たか)いほうを きめてもらうんじゃ』

「陣馬山(じんばさん)の あんげ村(むら)の人(ひと)は しょうちしたんですか」

『もちろん、はんたいしたさ。それで、あんげ村(むら)の人(ひと)は 陣馬山(じんばさん)にすんでいた 天馬(てんま)に たのんだ』

「てんま・・・ですか」

じじは おどろいた。天馬(てんま)なんて いるんだろうか。

「天馬(てんま)って、せなかに はねがある 馬(うま)で、空(そら)を とぶんですよね」

『そうじゃ、そうじゃ』お客(きゃく)さんが からから わらった。

『どちらにせよ 空(そら)から みてもらおうと したのじゃよ。お昼(ひる)、しょうごの かねが ご〜んとなったのを あいずに てんぐ様(さま)と 天馬(てんま)が 山(やま)の上(うえ)から とびあがった。てんぐ様(さま)は 高尾山(たかおざん)が たかいと いった。天馬(てんま)は・・・』

じじには すぐに わかったので、こういった。「天馬(てんま)は 陣馬山(じんばさん)のほうが 高(たか)いと いいはった。そうです、ね」

『そうじゃ。だから。てんぐ様(さま)と 天馬(てんま)も とうとう けんかになってしまった。このけんかは たいへんじゃったなあ。おおかぜがふき、木(き)が ゆれた。雨(あめ)が ふって 山(やま)が ごうごうと ないた。かみなりが おちて、かじになった』





大昔、八王子は牧場が広がり、
たくさんの馬がおった。
馬頭観音を知っているかい?



じじは おどろいた。けんかというより、せんそうだったに ちがいない。

「山(やま)が もえたのですか」

『いやあ、あぶなかったな。そのかじは わしが すぐにけしたから、おおごとには ならなかったぞ』

「それで、しょうぶは ついたんですか」

『ふたりの けんかは しょうぶが ついた。てんぐ様(さま)が うちわで 天馬(てんま)を ふきとばそうとしたとき、天馬(てんま)は おしりをむけて、てんぐ様(さま)を けとばした。
『てんぐ様(さま)は 空(そら)高(たか)く けりあげられて 高尾山(たかおざん)の ちょうじょうに ぶつかったんじゃ。おかげで、高尾山(たかおざん)の ちょうじょうが つぶれて けずられてしまった』

「ははあ、すると・・・」

じじには どうなったかが わかったぞい。かい君(くん)、るもたん、きみたちは わかったかな・・・。

『わっはははは・・・そうじゃとも。高尾山(たかおざん)のちょうじょうは けずられて たいらになった。そのぶん、ひくくなってしまった。それいらい、陣馬山(じんばさん)のほうが すこうし 高(たか)くなったというわけじゃ』

「なるほど。あんげ村(むら)の人(ひと)はおおいばりでしたね」

『いやいや。あのときの 風(かぜ)と 雨(あめ)と かみなりで どちらの村(むら)も はたけが ながされ、だいそんがいが でた。村(むら)の人(ひと)は もうこりごりだと それからは どちらが 高(たか)いかなどと きょうそうは しなくなったということじゃ。』





大天狗様だ。以前はけっこう悪さをしたが、
高尾山の三十六童子と戦って
負けてから、おとなしくなった。





「あははは・・・けんかは 勝(か)っても負(ま)けても いいことがない。そういうことですか」

まあ、それで なかなおりが できれば じょうじょうだ。じじは さいごに ふしぎに おもったことを きいてみた。

「お客(きゃく)さん、それって、いつごろの できごとですか」

『そうよな、1000年(ねん)くらい まえかな』

「へえ、そんなに まえの ことですかあ」

このお客(きゃく)さんは じつは とても えらい お坊(ぼう)さんで、高尾山(たかおざん)に のぼると 会(あ)えるぞ。




じじの 昼飯だ。


とんと むかしの 話(はなし)じゃ。ろうそく 一本(いっぽん) きーえた。(平成29年11月)








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