孫に語るじじの九十九噺
〜八王子篇〜

だい 7 話

ぶん と しゃしん・絵

よしむら・ふみひこ
吉村史彦 著
Auther:YOSIHIMURA Fumihiko
Mail Address:fyosh@kpa.biglobe.ne.jp
All Right Resereved by YOSHIMURA Fumihiko



第7話 竜と百足


じじは むかし タクシーの 運転手(うんてんしゅ)を しておった。

きせつは もう夏(なつ)だったが、その年(とし)のつゆは ちっとも あめがふらなかった。みなせ橋(はし)の下(した)を ながれる 南(みなみ)あさ川(かわ)は すっかり ひあがって、水(みず)が ながれなくなってしまった。

はちおうじ村(むら)は むだな 水(みず)を つかわないように 知(し)らせてまわり、じじも ばばも 一(いち)しゅうかんに 一(いち)どしか おふろに はいれなくなった。

夜中(よなか)は すいどうから 水(みず)が でなくなった。

じじは 陣馬山(じんばさん)のふもとまで おくる いつもの お客(きゃく)さんに
「雨(あめ)が ふらないので、こまりましたね」

と、はなしかけた。お客(きゃく)さんが

「はちおうじには たしか 大(おお)きな わき水(みず)が 八(やっ)つあるはずだ。べんてん池(いけ)は 水(みず)が でているかね」
と、きくので

「ああ、そういえば、さいきん わき水(みず)が でなくなっているよう
です。ひあがっていますね」

お客(きゃく)さんは「ううむ」と うなって しばらく だまりこんだ。
そうして さいごに こんなことを はなした。

「これは どうしても ムカデが からんでいるな。ねえ、運転手(うんてんしゅ)くん。べんてん池(いけ)の りゅうが こまっているようだ。ひとつ、たすけてやってくれないか」







へえ・・・だれを たすけるんですって。べんてん池(いけ)の りゅう(・・・)ですか。それ なんのことですか。

じじは お客(きゃく)さんの いうことが よくわからなかった。お客(きゃく)さんは ふところから ふくさのふくろを ひろげ、なかみをさし出(だ)した。ちいさな弓(ゆみ)だった。

つぎの日(ひ)、じじは よるおそくまで はたらいて すっかり くらくなってから 家(いえ)に かえった。

ひよし神社(じんじゃ)を ぬけて みなせ橋(はし)を わたろうとしたとき 橋(はし)の てまえで 荷(に)ぐるまや村(むら)びとが あつまって さわいでいた。

「どうしたのですか」と、きくと

「たいへんですよ。みなせ橋(はし)の まんなかに りゅうが ねそべっていて、わたれないんです」

じじは 「あれれ、もしかしたら」とかんがえた。

そうして すぐに みなせ橋(はし)を わたりはじめた。道(みち)の まんなかに りゅうが ねそべっている。じじは そのりゅうを またいで すすんだ。

こわくなんか ないさ。でも ほんとうは しょんべんを ちびりそうだったな。橋(はし)を わたりきったとき、りゅうが こえを かけた。

「おいおい。そこの運転手(うんてんしゅ)さん。だまって いくなんて つめたいな。わたしを たすけておくれよ」

どうだい、りゅうが 「たすけてくれ」と、いったんだぜ。

「おお、いいとも。あのお客(きゃく)さんから はなしは きいているぞ。それで、どうすればいいのかね」

じじが こたえるりゅうが 大(おお)きな口(くち)を あけた。じじは びくりとして ちょっと あせをかいたりゅうの 口(くち)から 火(ひ)が でるかとおもったんだ。

「いま、わしら りゅうの いちぞくと ムカデのいちぞくは せんそうを している」







なに、むかで・・・。じじが 足(あし)で ふみつぶしてやろう。

「運転手(うんてんしゅ)さん、いせいがいいな。しかし、ムカデのからだは 百(ひゃく)メートルあるぞ足(あし)が100ほん、目(め)が100こ。
「ひげも100ほん。そのひげの さきから どくを はくんだ。このどくを あびると、わしら りゅうのいちぞくは からだが とけてしまうのだ。
「わしの きょうだいが もう なん竜(りゅう)も しんでしまった。」

ううむ。これは きょうてきだ。100メートルのおおきさでは じじの 足(あし)に あまるなあ。

「ムカデが 天(てん)と地(ち)の 水(みず)の 道(みち)を とめている。そのため、水(みず)はわきださず、雨(あめ)もふらない」

「雨(あめ)が ふらないのは ムカデのせいか。ムカデに じゃくてんは あるのかい」

そう、じじが きくと、りゅうは また 大(おお)きな口(くち)を ひらいた。じじは 一歩(いっぽ)うしろに さがったぞ。火(ひ)を はくかも しれない。

「あるとも、あるとも。ムカデにも じゃくてんが ある。それはな、運転手(うんてんしゅ)さん、あんたら にんげんの つばだよ」

やはり そうか。ムカデごときが にんげんに かなうはずが ないんだ。

「ということで あしたの まよなかに 大(おお)ムカデとの けっせん
が ある。ばしょは とどりの谷(たに)だ。たのんだぞ」

そう いいのこすと、りゅうは さっと 空(そら)に とびあがって、きえた。たたかいは あしたの まよなか・・・。ええ、ええ!






蛍袋。

むかしな、竜が困っているときに
匿ってあげたことがある。

いつか、お話しようね。






南(みなみ)あさ川(かわ)を ずっとのぼっていくと とどりの沢(さわ)にでる。とどりの沢(さわ)の にしがわが どんと山(やま)だ。ひがしがわに たつた山(やま)がある。

たつた山(やま)から りゅうが とびだした。そして どんと山(やま)からも 大(おお)きな ムカデが あらわれた。
りゅうは いかりを あらわにして 口(くち)から 火(ひ)をふいた。ほのおが ムカデを つつむと からだを ぶるぶると ふるわせて きりを ふりまいた。ほのおが あっというまに きえさった。

りゅうが そらを とんで、ムカデにおそいかかる。きばで かみついた。ムカデは ながい からだで りゅうに からみつき するどい とげで りゅうを さした。

りゅうは ムカデからはなれて とびさった。くるしそうに じめんを のたうちまわった。ムカデが どくを だしたのだ。このままでは りゅうが しんでしまう。

さあ、じじのでばんだ。ムカデに つばを はきかけてやろう・・・とおもって、こまった。
100メートルもある 空(そら)の上(うえ)の ムカデに どうしたら つばを かけられるか。桧(かい)クン、もえたん、かんがえてくれ。





竜の道だと!
冗談言うな。地下の国の主はわしだ。



もちろん、じじは かんがえてきたさ。じじは みみたぶの うしろに かくしてあった ゆみを とりだした。それから まえばに はさんであった 矢(や)を ゆみに つがえたんだ。

矢(や)のさきっぽを べろべろと なめた。ああ、よいこは まねしちゃいけないよ。お母(かあ)さんにしかられるからね。

弓(ゆみ)を いっぱいに ひきしぼり ひょうと いた。矢(や)は そらたかく とんで、あやまたずに ムカデの 目(め)に ささった。ムカデは あたまを ぶるぶるふるって からだを やまはだに うちつけた。

きっと いたかったにちがいない。そうして ついに 口(くち)から あわを ふいて じめんに たおれた。りゅうは がおおお・・・と かちどきの 声(こえ)をあげた。

「運転手(うんてんしゅ)くん、ありがとう。たすかったよ。すぐに べんてん池(いけ)に もどろう」

そういって、りゅうは じじを せなかにのせて、べんてん池(いけ)まで 
ひとっとびした。じじが べんてん池(いけ)のみちばたに おちつくと、
りゅうが ひからびた 池(いけ)の 土(つち)を ほりわけて ふかく もぐっていった。

そして ふたたび ちじょうに でてきたとき、おびただしい 水(みず)が ふきだしたのだ。池(いけ)は たちまち 水(みず)で いっぱいになった。

りゅうは べんてん池(いけ)の 守(まも)りやくで、むかし えらい お坊様(ぼうさま)に たのまれたのだそうだ。
うん、じじのお客(きゃく)の あの お上人(しょうにん)さまのことだよ。
ムカデの しんだ からだは 長くて 大きな 丘になった。 高尾(たかお)の えきから よく みえるぞ。







とんと むかしの 話じゃ。ろうそく 一本 火が きーえた。(平成29年11月)








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