孫に語るじじの九十九噺
〜八王子篇〜

だい 10 話

ぶん と しゃしん・絵

よしむら・ふみひこ
吉村史彦 著
Auther:YOSIHIMURA Fumihiko
Mail Address:fyosh@kpa.biglobe.ne.jp
All Right Resereved by YOSHIMURA Fumihiko




第10話 白い着物のお客様


じじは むかし タクシー(たくしー)の運転手(うんてんしゅ)を しておった。

秋(あき)、11月(がつ)のさむい夕(ゆう)がた お客(きゃく)をのせて陣馬街道(じんばかいどう)のふもとまで行(い)き、さて かえろうかというとき、雨(あめ)がふってきよった。

5時(じ)をすぎて あたりは もうすっかりくらい。そこで あたらしいお客(きゃく)にこえをかけられた。

「運転手(うんてんしゅ)さん わたしを のせてくださいな」

40歳(さい)くらいの 女(おんな)の人(ひと)で 白(しろ)いきものをきて 長(なが)いかみをしておった。

「どうぞ のってください」

女(おんな)の人(ひと)が のりこむと、じじは

「どちらまで いきますか」

ときいた。お客(きゃく)は

「陣馬街道(じんばかいどう)をくだって きりどおしの さきの お寺(てら)まで」

とこたえた。







そのころの 陣馬街道(じんばかいどう)は せまい道(みち)でな、あちこち 穴(あな)があいて でこぼこしておった。

くるまは あまり通(とお)らなかったな。
馬車(ばしゃ)が とおるような いなかの 道(みち)じゃ。

山(やま)のあいだを ぬうように 街道(かいどう)が あって そのよこを 川(かわ)がながれ、せまい田(た)んぼがあり、あとは 森(もり)と 山ばかりさ。

じじは タクシーを はしらせて 案下(あんげ)から 恩方(おんがた)をすぎ 『切通(きりどお)し』まできた。

「きりどおしのさきの お寺(てら)というと 法格寺(ほうかくじ)さんですか」

ときくと 女(おんな)の人(ひと)が「そうです」とこたえるので、じじは すこし走(はし)ってから 陣馬街道(じんばかいどう)を 左(ひだり)にまがり、雑木林(ぞうきばやし)のなかをぬけて ようやく お寺(てら)の門(もん)のまえでとまった。

「つきました。法格寺(ほうかくじ)さんです。ええと 1800円(えん)になります」

すると 女(おんな)の人(ひと)は「おねがいです。お金(かね)はお寺(てら)のおくにいる人(ひと)からもらってください」というのだ。







じじはしかたなく 女(おんな)の人(ひと)をおろし、門(もん)のなかをずっとあるいていった。
正面(しょうめん)は あかるくなっていて、ろうそくが たくさんついていた。

黒(くろ)いふくを着(き)た 男(おとこ)の人(ひと)が たっておったので、じじは わけをはなして「タクシー代(だい)が1800円(えん)です」といった。

ところが、黒(くろ)いふくの男(おとこ)の人は「うちでは タクシーは たのんでいません」とこたえたのじゃ。

「どんな 女(おんな)の人(ひと)をのせたのですか?」

ときくので、じじはこまってしまった。

そしてお寺(てら)のなかをのぞいて びっくりした。仏壇(ぶつだん)に写真(しゃしん)がかざってあって、じじがのせてきた女(おんな)の人(ひと)は まさに その人(ひと)だったからじゃ。

お客(きゃく)は写真(しゃしん)の女(おんな)の人(ひと)だ というと、男(おとこ)の人(ひと)もびっくりした。
写真(しゃしん)の女(おんな)の人(ひと)は この黒(くろ)い服(ふく)の人(ひと)のおくさんで 陣(じん)馬山(ばさん)でけがをして 死(し)んでしまい こんやが お通夜(つや)だったのじゃ。

じじは タクシー代(だい)を もらうと おおいそぎで 家(いえ)まで帰(かえ)った。

つめたい雨(あめ)が ずっとふりつづいておった。







とんと むかしの 話じゃ。ろうそく 一本 火が きーえた。(平成29年7月)
昔からある幽霊を載せたタクシーの話で、1950年代、アメリカのタクシー運転手の間で広まった話じゃ。


(沖縄・真玉橋)






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