孫に語るじじの九十九噺
〜八王子篇〜

だい 11 話

ぶん と しゃしん・絵

よしむら・ふみひこ
吉村史彦 著
Auther:YOSIHIMURA Fumihiko
Mail Address:fyosh@kpa.biglobe.ne.jp
All Right Resereved by YOSHIMURA Fumihiko




第11話 星になった子どもたち


じじは むかし タクシーの 運転手を しておった。

いつもの お客さま お上人様を 陣馬山の 麓まで 送り届けた。

この日、お上人さまは 車を 降りるとき、

「おい、運転手くん。この マフラーを 貸してあげよう。」

といって、首に 巻いた 長ーい マフラーを 差し出した。

「きっと、役にたつぞ」

じじは そのマフラーを ありがたく 頂いた。

いつもの おそば屋さんに 入り、じじは お昼ご飯の おそばを 弐枚 食べた。外では、風が吹いて、そば屋さんの店の 窓ガラスを がたがた 揺った。

案下の里は 山に 囲まれておるから 秋に なると、あっという間に 寒くなる。

窓から 覗くと、オミナエシや アキノキリンソウや、紫ノギクなんぞが 道端ばたで たくさん 咲いておった。

店の 中にも 隙間風が 入って、寒くなった。そこで、じじは お上人様から 借りた マフラーを 首に 巻いたのだ。

暖かいこと この上ないぞ。だもんで、お腹も 膨れたことだし、つい うとうとと 居眠りを 始めたのだ。


『かごめ かごめ かごのなかの とりは いついつ でやる・・・・

子どもたちの歌が 聞こえた。窓から 見える 広場で 子どもたちが 遊んでいる。みんなが いっせいに 歌う。

『うしろの しょうめん だあーれ』

すると、真ん中で しゃがんでいた 男の子が

『キキョウちゃんだ』

と、応えた。

『あたり。あたりだ。鬼は 交替だ』

キキョウちゃんと 呼ばれた 子が 輪の 真ん中に 入って、しゃがんだ。六人の 遊び仲間で 一番 小さくて、五歳くらいだ。

歌が始った。

『かごめ かごめ かごのなかの とりは・・・』

けれど、歌が 終わらないうちに キキョウちゃんが 立ち上がって、顔を 空に 向けた。







『あー、タギツヒメ様が 呼んでいる。フーセン池まで 来いと 
言うてる。フーセン池まで 来いと 言うてる』

『キキョウ、どうした。誰が 呼んでおる』

一番 年上の アカネ姐ちゃんが 駆け寄った。

『フーセン池と 言うたぞ』

さっきまで 鬼だった チカラが 答える。

『フーセン池だと。あそこは 近づいたら いけないんだぞ』

ハギエが いつも お母さんから 言われていることを 言った。

フーセン池には 本物の 鬼が いる。子どもが 近づくと 攫っていく。恐ろしい 地獄に 曳かれるという。

『だけんど、タギツヒメ様が 呼んでいると・・・』

泣きべそを かきながら そう 言ったのは キクノだ。

『おい、キク。池に 行くつもりか』
キリンジが おそるおそる キクノの 顔を 覗きこんだ。

『タギツヒメ様が 呼んでいる、呼んでいる』

真ん中まんなかで しゃがんでいる キキョウが 繰り返した。

子どもたちが 怖がっている 様子は じじにも 分かったぞ。

すると、おそば屋の 主人が じじに 向かって こう 言った。

「おい、運転手さん、子どもたちが 困っている。手伝ってあげなさい」
じじは びっくりした。

「ええー。わたしが ですかあ。どうして」

「だって、お前さんは 帯を 持っているじゃないか」

「帯? 帯? なんのことだ」

じじは 首に 巻いた マフラーに 手を 置いた。

「おお。帯とは これか。なるほど、帯だ」

「分かったら さっさと 子どもたちを 助けて あげなさい」

そば屋の 主人に お尻を 叩かれて じじは 外に 跳び出した。

子どもたちは すぐに じじの 周りに 集まってきた。





「わーい、帯だ。帯だ。電車ごっこが できる」

とチカラが 大喜び。

「ねえねえ、おじさん。電車で あたしたちを 連れてってよ」

と アカネねえちゃんという 年上の子が 話しかけてきた。

じじは 決めたぞ。子どもたちと 遊ぶことにしたんだ。

「いいとも、電車ごっこを しよう。行先は・・・」

と言いながら じじは 六人の 子どもたちを 見回した。

「フーセン池で いいんだな」

女の子も 男の子も みんな 真剣な 目をして 

「うん」

と頷いた。キクノは べそを かいていたけれどね。

もちろん じじが 運転手で 先頭だ。すぐ後ろに 五歳のキキョウ、六歳のチカラ、七歳のキクノ、八歳のキリンジ、九歳のハギエと ならび、十歳のアカネが 一番 殿に ついた。

帯は じじの お腹から 六人の 子どもを ぐるりと 囲み、ちょうど 壱周した。

「さあ、出発するぞ」

じじがそう言って、合図の 右手を 挙げると、風が さっと吹いた。

あの風は きっと タギツヒメさまが 吹かせたに 違いない。と、じじは思ったぞ。

じじと 子どもたちの 体が ふわーっと 浮いたんだ。帯の 電車が 空に 浮かんだ。




「すごーい。俺たち、飛んでるぞ」

「わーい。案下川が 真下に 見える」

「気ーもち いーい」

子どもたちが 口々に 叫んだ。実際、愉快な 電車ごっこだった。

帯の 列車が 右に揺れ、左に傾き、だいご山の 斜面を どんどん 登った。

山は まだ 夏の名残が あって、木の枝には 緑の 葉が びっしりと 茂っている。

じじの 電車は 枝や葉の 間を 縫って、やがて 頂上に 近い 小さな 池の 傍に 着陸した。

「フーセン池だ」

アカネお姐ちゃんが 叫んだ。

「だれか いるよ」

キリンジが 指を 差すと、池の 傍に いる 女の人が 立ち上がった。きっと タギツヒメさまに 違いない。

頭から 白くて 長い 布を なびかせ、同じく 長い 着物を 着ていた。

萌黄色と 茜色と 桔梗色と その他 たくさんの 色の 内掛けを 嵩ねて 着ている。

『子どもたちよ、よく 来てくれました。』

タギツヒメ様が 子どもたちを 見回して 言った。

『恐ろしい 鳥が 空にいます。昨日う 八王子の 街が 火で 焼かれました。明日は 案下の村に 火の 雨が 降るでしょう。ごらんなさい』

タギツヒ様が 手を差し上げた。すると 雲の 間に 翼を 広げた 頭の 大きな 鳥が 見えた。


『あれが フリーという 火を 撒く 怪鳥です。フリーは 炎の 卵を 空から 落して、町や 村を 焼き尽くすのです。
 わたしが、咒文で あの 怪鳥を フーセン池に 落とします。
 みんなは 池を 囲んで フリーを 閉じ込めなさい』

タギツヒメ様が 右・左の 腕を 振り上げた。

赤と 黄と 青の 着物の 袖が 翻った。すると 怪鳥フリーが ひらひらする 着物に 誘われて だいご山に 降りてきた。

口から ごーっと 火を 噴いた。タギツヒメ様が 手を 降り下ろすと フリーが ぎゃっと 啼いて、池に 飛び込んだ。

六人の 子どもたちが 小さな 池を 取り囲んだ。

『みんな、咒文を 唱えなさい』

そうだ、咒文だ。でも、何の 咒文だ。じじには 分からなかったが、子どもたちは 知っていた。

『かーごめ、かごめ。かーごの なーかの とーりーは・・・』

『いつ、いつ、でーやぁる・・・』

『・・・うしろの しょうめん、だあーーれ』

怪鳥の フリーは 名前を 中てることが できなかった。

「やったあ」と、じじは 手を 叩いた。

「フリーを 閉じ込めた」

しかし、タギツヒメ様が こう言った。

『子どもたち、歌を 止めては いけません。咒文が 途切れると、怪鳥の フリーが 池から 抜け出してしまう』








じじは びっくりしたぞ。すぐに タギツヒメ様に 訊いた。

「それじゃあ、子どもたちは ずっと ここで 歌うんですか。
 家に 帰れないじゃ、ありませんか」

タギツヒメ様が 恐ろしい 顔で じじを 睨んだ(じじは 怖くて、小便を ちびってしまった。内緒だぞ)。

『その通り。怪鳥 フリーから 案下の村を 守るには こうするしか
 ないのじゃ』

「そんなことを したら・・・子どもたちは どうなるんですか」

じじは 勇気を 出して そう言ってみた。

『やがて 冬が 来れば 寒さで 凍えてしまう。方法は 一つしかない』

そういって、タギツヒメ様は 赤い 着物の 袖を 振り上げて フーセン池と 子どもたちを ぜーんぶ 覆い隠した。

あたりは 暗くなり、子どもたちは きらきら 輝きながら、 空に 浮き上がった。そして 高く、高く、夜空に 上って行ってしまった。

六人の 子どもたちは 天に 上って六つの星に なったという。

案下の村の人たちは その星を『むつらぼし』と 呼ぶようになった。

いまでは『すばる』とも 呼ばれておる。怪鳥フリーを 閉じ込める、ずっと『かごめ、かごめ』を 歌っているそうだ。










とんと、むかしの 話しじゃ。ろーそく 一本 火が 消えた。(平成30年3月17日)

<註>
昭和20年8月2日未明、八王子市はアメリカ軍のB29、169機に爆撃され、火の海となりました。
この空襲で、450人が亡くなり、2000人以上が負傷し、およそ14000戸の家が焼かれました。
(八王子中央図書館資料から)






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