孫に語るじじの九十九噺
〜八王子篇〜



ぶん と しゃしん・絵

よしむら・ふみひこ
吉村史彦 著
Auther:YOSIHIMURA Fumihiko
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All Right Resereved by YOSHIMURA Fumihiko




《弁天池の七不思議》第一話『片葉の葦』


君に、「弁天池の不思議」を話そう。

その第一話は 『片葉の葦』だ。

葦を 知っているかい。池や 川辺に 生える 背の高い 野草だ。

丈夫な茎が 1メートルから 2メートルも伸びて、その茎から 細くて 長い葉が 交互に出る。

ところが、弁天池に 生えている あしの葉は 片側しかないのだ。

どうして 片側にしか 生えていないかについて こんなお話しがある。







弁天池は 小さな池で、以前は 普通の 葦が たくさん生えておった。

ここで、お百姓さんたちは 鋤や 鍬を 洗い、お上さんたちは 大根などの野菜の 泥を 落とすのに 使った。

もちろん 子どもたちの 遊び場にもなった。

鮒とか 小エビを 追いかけ、春先には 蓬と 芹を 摘んで ご飯に 入れて 食べたもんだ。

ところで、むかしの池は いまのように 柵で 囲われてはいなかった。

周りには 田んぼが あり、 畑が あって、あぜ道の横が もう池になっている。

だから、気をつけないと 足を 踏み外して 落っこちてしまうことがあった。

池の底は どろ沼でな、まん中が 深いから、小さな子どもには 危険だ。

けれども、子どもたちは 池でよく遊び、よく落ちた。

大人たちは 小さな子には よくよく 注意を 向けていたが、やはり 一年に 一人 池に 落ちて 溺れてしまう 子がいた。



あるとき、いつものように 子どもたちが 集まって 一日遊び、

夕方になって 帰りはじめたころ、一番小さな子が 池に 落ちてしまった。

兄ちゃんが

「落ちた、落ちた」

と 大きな声で 叫んだけれど、助けにくる おとなが いなかった。

他の 子どもは もう帰ってしまっていた。

兄ちゃんが お父と お母を 連れて もどったとき、じつのところ、

もう手遅れだろうと 思っていたのだが、駆けつけてみると、

弟は 池の北がわの 大きな石の上に 寝ていたのだった。







「誰が 助けてくれたんだろう」

次の日、お父が 溺れた弟に 訊いてみると、

「たくさんの 手がね、おいらの 手とか 足とかを 引っぱってくれたよ」

と答えた。助けてくれた 大人が たくさん いたらしい。

でも、お兄ちゃんは

「助けてくれる人は 誰も いなかったぞ」

と言った。

お父と 兄ちゃんは もう一度 池の 弟が 落ちた場所を 見に行った。

そうして、池を覗きこむと、兄ちゃんは 奇妙なことに 気がついた。

「お父。あれ、あれ。葦の葉が みんな 池の まん中を 向いておる」

見ると、昨日まで 右と 左に 交互に 伸びていた 葦の葉は ことごとく 片がわに向いて 伸びていたのだ。

村の人びとは 

『葦の葉が 子どもを 助けたに ちげえねえ』

と、噂しあった。



弁天池の片葉の葦




とんと、昔の話しじゃ。ろーそく一本 火が 消ーえた。(令和元年4月)






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