孫に語るじじの九十九噺
〜八王子篇〜




ぶん と しゃしん・絵

よしむら・ふみひこ
吉村史彦 著
Auther:YOSIHIMURA Fumihiko
Mail Address:fyosh@kpa.biglobe.ne.jp
All Right Resereved by YOSHIMURA Fumihiko




《弁天池の七不思議》第二話『凍らない池』


君に 弁天池の 不思議を 話そう。

その第二話は「凍らない池」だ。知っているかい、弁天池は けっして 氷が 張らないんだ。

でも、じじの さらに じじの 話では むかしは 普通の池と 同じように 凍ったと聞いている。

八王子は 雪が 多い 村ではないが、冬は えらく 冷え込むでのう、夜 星が 綺麗に 見えると、翌朝は きっと 氷が 張った。


さあて、べんてん村の タロキチは 子どものころから 草花が好きでな、行商の薬屋さんと 仲良しになって 薬草を 教えてもらい、

薬草を 集めて 行商の薬屋さんに 買ってもらっていた。

大人になると、薬草の知識を 生かして 自分でも 薬を 作るようになった。

「腫れものができたときは オミナエシの根を 使う。腹が痛いときは ゲンノショウコだ。
 子どもの かんの虫には カキドオシが効く。
 もし、嬶の おっぱいが 出ないときは クズの根を 潰して、赤ち ゃんに 飲ませる。
 むかしの人の 知恵は たいしたもんだ」

てな具合で、弁天村の 人たちからも 喜ばれておった。

夏から 秋にかけて 集めた 薬草を 冬の間に 干したり 潰したり 混ぜたり、とても忙しいのだ。



垣通し




タロキチのじじも 年をとってな、病気が 出てきたもんだから、
タロキチは いろいろ薬草を工夫して 薬を 作っていた。

一番の困りごとはな、じじの 小便が 出なくなってしまうことじゃった。
小便が 詰まると とても苦しい。お腹が 破裂して 死んでしまうこともある。

その冬、タロキチのじじは 小便が 詰って、詰って、とても苦しがった。
タロキチは 前の年に 集めておいた サワオグルマ、タネツケバナ、イヌスギナを使った。

薬屋さんの話しでは エゾノレンリソウが とてもよく効くらしいのだが、八王子では 見つからないし、値段が高くて、手に入らなかった。

ところが、二月になると、集めた 薬草を ついに 使い切ってしまったのじゃ。

三月になれば、タネツケバナやイヌスギナが出てくる。でも、もう待っていられない。

「そうだ、思いだ出したぞ。弁天池の周りは 二月でも出ているはずだ。明日はやくに 採りにいこう」

大事なことを 思い出して よかったと、タロキチは どんと 安心して その夜は ぐっすり眠った。

ところがじゃ、夜中すぎになって、きゅうに 冷たい 北風が 吹き出し、めずらしく 大雪となった。

タロキチはびっくりした。夜があける前だが、すぐに べんてん池にとんで行った。

池は すっかり凍って、雪がたっぷりと 積もっていた。

氷の上の 雪を 払ってみる。いつもなら、タネツケバナが 伸び始めているのだが、見つからなかった。

棒で 池の氷を 叩いたが、氷は割れず、草一本出てこなかった。

「このままじゃあ、おじいは 小便が 詰って、死んじまう。
 ああ、何とかならないか。神さま、仏さま、助けてください」

タロキチが わんわん泣いていると、旅芸人すがたの 女の人がとおりかかった。

女の人は ビワという楽器を 抱えていた。



種付花




「お百姓さん、雪の朝だというに、なんで 泣いていなさる」

そう 訊かれて タロキチは 氷が張ったために 大事な 薬草が 採れないこと、じじが 死ぬかもしれないことを 話した。

すると 女の人は こんなことを 言った。

「それは お困りじゃ。今朝はな、浅川で 大師様と 天狗様の お神渡りがあっての。
 それで、昨夜から 氷を 張ったのじゃ。
 さっそく お釈迦さまに 伝えよう。
 昼までに 氷は とける。
 それに、薬師さまにも お願いして タネツケバナと イヌスギナが 伸びるようにしておこう」

そう言って、女の人は 立ち去った。

昼すぎに、タロキチが 弁天池に 行ってみると、氷がすっかり溶けて、岸の近くには タネツケバナとイヌスギナの 芽が 伸びていた。

タロキチは 薬草を 集めて じじの 病気を 癒すことができた。







この話しを 聞いた 村の人たちは

「その女の人は 弁天様に 違いない」

と、噂しあったということじゃ。以来、弁天池には 氷が 張らなくなった。

不思議なことじゃ。

ああ、でも、20年に一度は凍るらしいぞ。





とんと むかしの話しじゃ。ろーそく一本 火が 消ーえた。(平成元年5月)


御神渡り(おみわたり):神様が湖や川にはった氷の上を渡るという説話。
有名な話は長野県と北海道アイヌの昔話にある。
アイヌのひとは カムイバイカイノカと 呼んでいる。






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