孫に語るじじの九十九噺
〜八王子篇〜




ぶん と しゃしん・絵

よしむら・ふみひこ
吉村史彦 著
Auther:YOSIHIMURA Fumihiko
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《弁天池の七不思議》第三話「山椒魚」


君に 弁天池の 不思議を 話そう。

山椒魚を 見たことがあるかい。むかしは 弁天池にも 住んでいたそうだ。

今は いない。山椒魚が 消えたのには こんな話しが 伝わっている。

千年前、高尾山の さらに奥の山から 大百足が 現れ、戦いを しかけてきたことがあった。

高尾山・薬王院の お坊さんたちが 法力をもって 百足一族と 戦い、最後は 竜王が 百足王を 討ち取った。

ああ、詳しいことは いつか話そうね。

この 戦いは 百年続いたので、山の 生き物たちは 行き場を失なって、高尾山から 追い出された。

水の生き物は 南浅川を 下ったけれど、その中に 山椒魚も いたんだ。

浅川が 小さな魚たちで あふれた。

すると、この魚たちを 狙って コサギ、ゴイサギ、カラスが集まり、鳥の卵を 狙う ヘビとかイタチなんかが 現れた。

つまり、浅川も 危険な 場所になってしまったのだ。

そこで 山椒魚たちは 川から 岸に 上がることを 考えた。

山椒魚は 歩けるからね。でも、やはり 水辺でないと 生きてはいけない。

だから 八王子の あちこちにある 池を探したんだ。

弁天池にも たくさんの 山椒魚が 来た。でも 池が 小さいので、多くの 山椒魚は 周りの 林の中に 入りこんでいった。

林の中は 鳥やイタチに 狙われることが少なく 食べるものがたくさんあって、安全に 暮らせた。







五百年ほどたったころ、八王子に住む 人間が 増えた。

弁天村にも 人が住んで、田んぼと畑を 広げた。

カイコを飼う(養蚕というんじゃ)ようになると、林が切り払われて 桑の木が 植えられた。

山椒魚は またまた住む場所を 奪われて、どんどん 少なくなっていった。

山椒魚たちは 南浅川や あちこちの 池に 戻ったが、鳥よりも もっと危険な 者が 待ちかまえていた。

それは 人間じゃ。

人間は 川の魚と同じように 山椒魚を つかまえて食べてしまった。

弁天池に 逃げこんだ 山椒魚も だんだん 数が 減った。

人間に 怯え、人間に 捕まり、最後の 一匹と なってしまった。







最後の 山椒魚は 池の 岸に 積み重なった 岩の すき間に 隠れていたが、涙を流して 弁天様に 祈った。

『弁天様、もう だめです。明日には 人間に 捕まって 焼かれて 食べられてしまいます。逃げる ところがありません』

小さく 縮み上っている 山椒魚に ポロンという音と 風が 舞い降りた。

『お上人様の 計らいで お前を 助けることになった。
岩の すき間を出て、水が湧くところに 行きなさい』

山椒魚は 初めは 動けなかったが、ポロンポロンという音に 誘われて、夜の 池に 這い出し、水が 湧き出てくる 砂に隠れた 穴を 探した。

いつもは 砂で 埋もれているのだが、この時ばかりは はっきり 穴が 見えた。

山椒魚は 水があふれだす 穴に 頭をつっこみ、中に 入っていった。


その夜は 一晩中 ポロンポロンという ビワの音が 聞こえたそうじゃ。

弁天村の人たちは 

「最後の 山椒魚が いなくなった。弁天様の国に 行ったに違いない」

と考えた。その山椒魚を 懐かしんで、『べてん君』という名前を つけた。







 


とんと 昔のことじゃ。ろーそく一本 火が消えた。(令和元年6月)


べてん君は 弁天様のお使いとなって、八王子の あちこちにある 湧き水の池を 跳び回っているということだ。元気そうなので、安心したぞ。







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