孫に語るじじの九十九噺
〜八王子篇〜




ぶん と しゃしん・絵

よしむら・ふみひこ
吉村史彦 著
Auther:YOSIHIMURA Fumihiko
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All Right Resereved by YOSHIMURA Fumihiko




《弁天池の七不思議》第四話「真鯉 と 緋鯉」


君に 弁天池の 不思議を 話そう。

弁天池を 覗いてごらん。背中の 黒い 真鯉はたくさん おるが、
赤と白の 緋鯉は 一匹しかおらん。

この 緋鯉に いつも 寄りそっている 真鯉が おって 『夫婦鯉』と 呼んでおる。

仲が良いからなあ。ところが、この二匹の 間に 割って入ろうとする 
真鯉がいる。焼きもちの 真鯉じゃ。この 三匹の鯉には こんな話が 伝わっている。


むかし、陣馬山の ずっと奥から 母と娘が 弁天村に やって来た。
二人とも 身なりは みすぼらしく、ぼろぼろに 汚れた 着物を 着て、髪の毛も ぼさぼさだった。

けれども 言葉つきは たいへん丁寧で 上品だった。そんで、村の人たちは

「きっと もとは 大名の奥方と お姫さまに違いない。お城が 落ちて 逃げてきたのだろう」

と 噂しあった。

村人の助けがあって 母親と娘は べんてん池の 近くに 住み着いた。

十年後、ウナイという名前の娘が十八歳になたっとき、母親が亡くなった。

お葬式のときに トドリ村の村長さんとその息子が お悔やみにきたが、若いトドリタロウは 一目で ウナイさんが 好きになった。








それで、次の日から 毎日 イモや ネギ、キュウリ、ナノハナなどが 届けられ、ウナイさんは たいへん 喜こんだ。

ところで、ウナイさんは とても美人だったので、この噂を 聞いた 弁天村の 里主の息子 サブローが 焼きもちを 起こし、

「よその村の 男に 負けてなるものか」

と、自分も ちょくちょく ウナイさんの 小屋を 訪ねて、ニンジンとか コムギとか 川でとれたフナを 届けた。

ウナイさんは 初め とても喜んだが、だんだんと 心配になってきた。

トドリタロウが 野菜を 担いで 山を越えてくると、サブローと仲間たちが橋を 壊して 邪魔をするようになった。

すると、トドリタロウの 友だちは サブローの畑を 荒らして 潰してしまった。
こんな具合に 二つの村の 若者たちが 互いに 意地悪をして 喧嘩も するようになったのだ。

トドリタロウが ウナイさんに

「ぼくの お嫁に 来てください」

と申しこんだところ、これを聞きつけた サブローも

「トドリなんかに 行かないで、この村で わたしの お嫁さんに なってください」

とお願いにきたのだ。


ウナイさんは すっかり 困ってしまった。

悩んで、悩んで、夜も寝ないで 考えたけれども どちらの 若者と 結婚したらよいか 決められなかった。

トドリタロウの お嫁さんになれば、ますます 喧嘩が 大きくなるに違いない。

サブローの お嫁さんになれば、弁天村の 畑が もっと 荒らされるかもしれない。

そして とても 悲しい ことが 起きてしまった。

夜も 眠れず、ご飯も 食べられなくなった ウナイさんは ついに 弁天池に 跳び込んで、死んでしまったのだ。

これを 聞いた トドリタロウが

「ぼくも ウナイさんのところに行く」

と言って 弁天池に 跳び込んだ。

もちろん、サブローも 遅れてはならじと 弁天池に 跳び込んだのだった。








三人の 若者が 死んで、村人は とても 悲しんだ。

若い 仲間たちも 反省して 喧嘩を することは なくなった。

トドリの 村長さんが トドリタロウと ウナイさんの お墓を 作ると、弁天村の 里主も 二人の お墓の そばに サブローを 埋めた。。

三人の お墓が どこにあるか、もう誰も 知らないけれど、いつのころからか、弁天池に 鯉が 住み始めた。背中の 黒い 真鯉は たくさん いるが、どういうわけか 緋鯉は 一匹しかおらん。





とんと、むかしの 話しじゃ。ろーそく一本 火が 消えた。(令和2年7月)


今回は 万葉集から『菟原処女(うなひおとめ)の伝説』のストーリーをいただきました。(著者)






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