孫に語るじじの九十九噺
〜八王子篇〜




ぶん と しゃしん・絵

よしむら・ふみひこ
吉村史彦 著
Auther:YOSIHIMURA Fumihiko
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《弁天池の七不思議》第五話「四人の姉妹」


君に 弁天池の 不思議を 話そう。

むかし、弁天池の 近くに 仲の良い 四人姉妹が 住んでおった。

長女(一番の年上)の名前は エンジュ様という。

背が高くて とても気持ちの 優しい お方じゃ。

仏さまを 敬い、十三歳には もう 仏の道に 入ることを 決心して 出家された。

けれど、妹たちが まだ小さかったので お寺には 行ず 自分の家に 住んだ。

次女(二番目)はサクラさんという。とっても美人でな、歌が上手、踊りが上手、村芝居にも 出ることがあって、八王子の若者は みな 踊りを 見に来たものだ。

大きくなったら、都に行って、女歌舞伎の 役者に なるのではないかと 噂しあったが、案外 本人は 八王子から 出ていく 気が なかった。

そこで、村の 若い者が 競って お嫁に 欲しがったが、それも 全部 断ってしまった。

どうしてかは 分からん。

三女(三番目)はケヤキさんじゃな。

この人は 実は 体が 不自由でな、小さなころは 起き上がることもできなかったらしい。

お姉さんの 二人が よく面倒をみた。

でも、本人が 一番 頑張ったのじゃ。

動かない手を 懸命に 動かして 機織りを 覚えた。

ケヤキさんが 織る 布は 八王子で 一番上等さ。

十三歳ころから べんてん池までなら 出られるようになった。

四番目(末っ子)が カズラちゃんだ。

まあ、この子は とっても お転婆でな、元気も元気、二歳で 弁天池に 跳び込み、三歳で 南浅川を 泳いどったぞ。

村の者は

「ケヤキの 元気を 吸い取ったに 違いない」

と 思った。けんど、それを 聞くと、カズラは かんかんに 怒った。

ケヤキ姉ちゃんが ばかにされたと 考えたのだろう。もっともなことじゃ。







と、まあ そういった具合で、仲の良い 姉妹は ケヤキさんを 連れて いつも 弁天池に 行き、弁天様を 拝んでおった。

なにを お願いしていたのかのう。四人とも お嫁に 行かず、ずっと 仲良く 暮らしたということじゃ。

とんと 昔の 話しじゃ。ろーそく 一本 火が消えた。


「これで お仕舞いか!」だと。うーん、そうだな。では、続きを 話そう。

そのころ、八王子は 日照りが 続いて 浅川の 水が 少なくなった。

水が なくては 稲が 育たぬ。これは 大ごとじゃ。

けれども 弁天池は 水が 涸れたことがない。

そこで、意地の悪い 代官が 弁天池の水を 狙ったのじゃ。

代官は 池の 周りに 柵を作って、人が 入れないようにした。

池の水を 使いたければ、お金を 払え というのじゃ。

「ケヤキちゃんの 散歩が できない」

と エンジュ様と サクラ姉さんが 代官に 訴えたが、代官は『立ち入り禁止』の 立札まで 立てた。







さあ、カズラが 怒ったぞ。

カズラは 立札を 抜いて 柵を 打ち壊し、どうどうと 池の 周りで 散歩をした。

すぐに 代官所の 役人が 来て、四人の 姉妹を 追い出そうとした。

もちろん エンジュ様も サクラ姉さんも ケヤキさんも カズラちゃんも 動かなかった。

役人たちが 四人を 力づくで 引っぱったけれど、四人の 足が 弁天池から 離れなかったのじゃ。

それもそのはず、足から 根が生えて 土の中に 深く 入りこんでおった。

姉妹たちの 背が 高くなり、手が伸び 髪の毛が 長くなって、ついに 四本の 木になってしもうた。

その後は、いくら 柵を作ってもな、四本の木の根が ぐうっと伸びて、壊してしまうのじゃ。

「あの四人の姉妹が べんてん池を 守っておる」

そう、村人たちは語った。

いまでも、べんてん池の 周りにな 大きな木が 立っておる。

針槐(はりえんじゅ)と いぬ桜(いぬざくら)と 欅(けやき)と 忍冬(すいかずら)だよ。

こんど 遊びに 来たら、教えてあげる。(令和2年7月)






 


もう一度、
とんと 昔の 話しじゃ。ろーそく 一本 火が消えた。






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