孫に語るじじの九十九噺
〜八王子篇〜




ぶん と しゃしん・絵

よしむら・ふみひこ
吉村史彦 著
Auther:YOSIHIMURA Fumihiko
Mail Address:fyosh@kpa.biglobe.ne.jp
All Right Resereved by YOSHIMURA Fumihiko




《弁天池の七不思議》第六話「たぬき囃子」


君に 弁天池の 不思議を 話そう。

梅雨が 明ければ 本格的な 夏になろうという、でも まだ雨が残っていて 曇り空が 続く もどかしい 季節。

そんな 蒸し暑くなった 夜になると どこからか 太鼓の音が 聞こえてくる。

夏の行事 『盆踊り』には まだ早いのに どこで 誰が 叩くのだろうと 弁天池に 来てみるが、太鼓の音は 遠くに 去ってしまう。

そんな 経験が 君にも あるかい。

どこで 誰が 太鼓を 叩くのか、君に そっと 教えてあげよう。







そろそろ 梅が 咲きはじめる 二月、じじは いつものように お上人様を タクシーで 陣馬山の 麓まで 送り、大好きな おそばを 食べてから 一日の 仕事を 終えた。

家に帰り お酒を 温ためて いい気持ちに 酔ったころ、誰かが 玄関の 戸を 叩く。二月は 春といっても まだ 寒い。

戸を 開けると、風が ひゅっと 吹き込んでくる。

「あれえ、誰も いない」

風が 戸を 叩いたのかな・・・と思って、閉めようとすると、ぽんぽこ ぽんぽこ ぽこぽこ・・・とても おかしな 音が 聞こえてきた。

暗いくらい げんかん口に 光るものが うじゃうじゃと 並んでいる。

じじは 吃驚 仰天した。化け物が 家を 取り囲んでいる・・・。

もう少しで 小便んを ちびるところじゃった。







すると 黒い かたまりが 前に 進み出て やにわに 土下座をした。
「あなたが タクシーの 運転をする 人ですね」

と言った。その 黒い やつは タヌキだった。

今日 陣馬街道で タヌキを 轢いたかなぁ・・・まさか その 敵討ちで 来たのだろうか。

いや、そんな覚えはなかった。じじは おそるおそる 訊きかえした。

「なんの 用ですか」

「お願いが あります」

玄関口の タヌキが 頭を 下ると、後ろに 並んだ 二十匹ほどの タヌキたちも 一斉に 頭を 下げた。

「運転手どの、太鼓の 叩き方を 教えてください」

「教えてください」と 二匹目が 言う。

「教えてください」と 三匹目が 言う。

「待て、待て・・・」

じじが タヌキを 止めた。二十匹が 同じことを 言いそうだ。

「太鼓だと。ボクは 太鼓など 教えることは できないぞ」

「そんな ことは ありません」と タヌキが 言う。

「そんな ことは ありません」と 二匹目が 言う。

「お寺で 叩くところを 聞きました」と 三匹目が 言う。

「櫓で 叩くところを 見ました」と 四匹目が 言う。

「ああー、そうか、そうか。もういいぞ。わかったよ」







実は じじは そのころ お上人様から 修行を 受けていて、みんなが お経を 唱えるときに 太鼓を 叩いていたんだ。

だから 村の 盆踊りでも 櫓の上で よく 太鼓を 叩いたものさ。

タヌキは それを 知っているんだ。仕返しに 来たわけではないと 分かって じじは ほっとした。

「教えてあげることは いいが、お前たち、太鼓が あるのかい」

じじが 訊くと タヌキが 答えた。

「ありますとも。みんな 一つずつ 持っています」

そういって、立ち上がると、おなかを 突き出し、ひとつ ポーンと
叩いてみせた。
「おお、なるほど。そういうことか。腹鼓だな」
太鼓の 叩くと ころは 牛の 皮で できているが、あんがい タヌキの皮も 使えるかもしれない。

けれど、じじは 頭で 考えただけで、口には 出さなかったぞ。口は 災いの もとじゃからな。






相談して 太鼓の練習は 桜が 咲いてから ということになった。

夜は まだ 寒かったからな。場所は 南浅川と北浅川が合流する 河川敷だ。

四月と五月の 二か月くらい 練習をしたかな。

毎週土曜日、夜十時から 集まって、夜中の 十二時まで。いや、五月の 終わりころは 明け方まで 叩いていたわ。

ところで、タヌキは どうして 太鼓の 叩き方を 覚えたかったかというと、

「今年の夏 お寺の 和尚さんと 踊り合戦を することになったのです。和尚さんが鉦、小坊主さんが笛、おいらたちタヌキは太鼓を 打つ 約束です。」

という話しじゃった。

タヌキたちが 一通り 太鼓が 叩けるようになったところで、練習は お仕舞いにした。

タヌキからの お礼は 泡盛が 入った 大きな 甕が 一個だったな。踊り合戦の 招待状も もらった。

ところで、あれ以来、踊り合戦は 毎年 行われているらしいのだ。

そろそろ 梅雨が あがるかな という 時期になると、どこからか 太鼓の音が 聞こえてくる。

さては タヌキども、夏の 合戦の 準備を 始めたな・・・というわけじゃ。





 


とんと むかしの 話じゃ。ろうそく 一本 火が 消ーえた。(令和2年7月)






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