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更新メモ(2012/5/15)

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5月15日。ここのところなにをしていたのか。

連休らしきものはあっというまに過ぎてしまい、今年は結局帰省もできず、いまひとつゴールデン感に乏しい連休だった。大学が国民の祝日を授業日に設定するという風潮にも一因があり、今年などはそもそも「連休っていつ?」みたいなかんじもなくはなかった。連休前から風邪気味だったのは、じつはいまだにひっぱっている。あまりよろしくない。

帰省できなかったことにより、漠然と帰省を考えていた時期に重なっていた古本市に行くことになった。4時間ぐらいかけて会場の端から端まで本棚を見て歩き、結局、5冊ぐらいか、購入。今年は金井美恵子の詩集『花火』を見つけたのがヒットで、これは学生時代に、金井とあれば必ず買っていたはずなのに唯一、「詩集かぁ・・・」という理由によってスルーして以来見かけなくなったもの(たしか鴨川の近くの通りにあって、学生時代にはよく行った、入口に「良書を読むための条件は、悪書を読まぬことである ショーペンハウエル」という看板が置いてあった本屋だったけれどたしかもう無くなっている)。古本市は、そういう、学生時代に書店や古書店の棚で見かけたような本がいまだに並んでいるようなところで、なんかそのために行くようなところがある。古典的な本は次々に新訳が出て文庫化されるし、単純に入手困難な本を入手するためだけなら、ネット通販で容易に手に入るようになってきてしまった。なので、買う、というより、棚を見て空気を吸いに行くような感覚なんである。やれやれ。スーザン・ソンタグの『隠喩としての病』とか、昔はどこに行っても当たり前にあったのに、なんか、就職してからふと探したら見当たらなくなっていたような本で、そういうのを買ったりするわけである。

で、それはそれとして、連休中には絲山秋子の文庫本をまとめ読みしていた。連休前に読んだ『逃亡くそたわけ』が意外によかったし、ブックオフ等で安く簡単に手に入るので、すぐに何冊か集まって、それを枕元に置いておいて読んでいったという次第。著者は同世代なので、そのへんで共感しつつ読むというところもある。なんでも世代世代というのもあれだが、この人に関しては、やはりこの世代ということを主題にしていると思う。
それにしても、一方で本を買い、もう一方で読む本はそれとは別に買い、ということであるなら本を買うって何だ?

3月ごろから続けていたダイエットはいちおう一段落ということにする。べつにさほど苦痛でもないのでもっと続けたってかまわないようなものなのだけれど、一応、集中的にというつもりでやっていたので、体重も体脂肪も一応へらすことができたということで、成果が一応みとめられたところで区切りをつける。栄養を取って風邪を治そう。


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