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更新メモ(2018/6/5)

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6月5日。日々はあわただしく過ぎる。このところなにをしていたのか。

気がつけば6月に入っている。日々はあわただしく過ぎる。このところなにをしていたのか。

とはいえこの前にここに書いてたのが3月の末だったということだと、このところというにはちと間が空きすぎているといえなくもない − しかしまぁ、積極的にこんなことをしましたと申請するほどの人生を送っているわけでもないのではあるけれど。

なにしろ4月から新年度で、というお話から始まるとすると、今年も新入生が入学してきて、というのに加えて、また、専攻に新しい先生がひとり参加されたというのはやはりよいニュースである。昨年度に、専攻のいちばん上の教授が副学長に就任されて、それでお忙しくなられたということで、もう一人新しい人を雇ってくださいということで、まぁそのへんは必要とあればちゃんと新規採用してくれるよい職場ってことでありがたきかなということなのだけれども、ともあれじつは昨年度はこの新規採用人事がずっと走っていたのだった。さいわい、よいかたがたがたくさん応募してくださって、悩んだけれどそれはうれしい悩みってわけで、けっきょくおひとかたにお願いをして、この4月から参加していただいた、という次第。どうやらしっくりと馴染んでいただけて能力を発揮していただけそうで、ほっとするやら心強いやらである。まぁ、それより自分はどうなのかと言われれば、まぁ自分はまぁポンコツなわけだけれど、しかしそれはもうどうだっていい些細なことにすぎない。

あれよというまに4月が過ぎ、ゴールデンウイークにはプチ帰省。さすがに慌しかったけれど、連休にしては思いのほか汽車も空いていて、そうなればまぁうららかな5月の汽車の座席に落ち着いて内田百間の文庫本でも読みながらのんびり揺られているうちに到着、またまたおいしい魚にたけのこに毎晩乾杯で食っちゃ寝ーの数日、まぁそのように英気をやしなえたのはまったくもってありがたきことである。娑婆に戻る日は肌寒い雨模様。まぁしかし空いてる汽車に揺られて内田百間の文庫本(二冊目)を読んだりうとうとしたりしているうちに着いてしまう。

それで娑婆に戻ったらまぁ5月は5月であたふたと過ぎて行き、気がつけば6月、もう梅雨入り間近、ということのようである。やれやれ。日々はあわただしく過ぎる。

ふと思い立って、下宿にロボット型掃除機の安いのを買ってみた。毎年この時期、咳が出るのは花粉症の流れで下宿の埃のアレルギーになっとるんじゃないかという思惑もある。それで走らせてみたら、まぁそれなりにがんばってほこりを吸っているようである。勉強部屋のほうで走らせておいてリビングで本を読んでいると、うごうごと動いている音がしている。ときどき音の様子がおかしいかなと思ったら何かに引っかかったりしているので助けに行ったりする。ランダムに動くようだけれど、四角い部屋を丸く掃くといった風にも見えて、まぁやはり部屋の隅とかは苦手にしているように見えるので、100円均一ショップで小さな箒とかちりとりとかをたくさん買って来て部屋の隅はきれいにしておいてやっている。

4月にはいったころのある夜、セシル・テイラーが亡くなったことをツイッターで知る。ちょうど、春休みぐらいからフリージャズのCDをPCに落として聴きなおしていたところだった。おどろいたことに、昔より”聴ける”なあと思っていた、つまり、学生のころにはフリージャズの長尺の曲は長くてしんどいなあと思いつつそれでも圧倒されてすごいものだというふうに聴いていたのだけれど、そのしんどいやつをひさびさに聴いてみたら、なんか意外にふつうにかっこいいのだった。年をとると時間の流れが速くなるというのはこういうことか、という気もしなくもないけれど、まぁ、15分とか20分とかの曲を落ち着いて聴けるようになったということかもしれない。セシル・テイラーの訃報を受けて、いろいろと聴いている。まさかJCOAの『The Jazz Composer's Orchestra』の「Communications #11(Pt.2)」を何度も聴く未来が来るとは思ってもみなかったわけである(学生の頃、たしか「津田蓄音機a.k.a.つだちく」の店の奥の中古盤コーナーで銀色ジャケットの二枚組みLPを購入し、たしか就職した後にCDが出たので買いなおした覚えがある)。セシル・テイラー、5年前に京都賞を受賞して、来日して演奏してたのだった。学校帰りの電車で同僚の先生とセシル・テイラーの話でもりあがった覚えがある(職場にめぐまれたものである)。田中泯の舞踏とコラボレーションした受賞パフォーマンスはYouTube動画で見たが、セシルひじょうによかったという覚えがある(http://d.hatena.ne.jp/k-i-t/20140109#p1)。かっこいい演奏をして亡くなるというのはかっこいいことである。すばらしい。ファンの幸せである。ごめいふくを。

植木鉢のバジルが、気候がよくなってきて元気な葉を増やしているのだけれど、少し前に水遣りの具合で何株か枯らしてしまい一株だけになってしまってやれやれと思っている折から100円均一ショップでふと、野菜の種のコーナーを見かけて、ふとバジルと大葉の種を買って来て植木鉢の空いているところにぱらぱらと撒いてみたら、なんかすぐに芽が出てきた。そもそも下宿でバジルを生やし始めたのは、何年も前に本屋で『ハーブ育成セット』みたいなのをふと見かけて買ってきたところからなんで(2012年の4月らしい。ここに書いていた)、まぁそのときも種からだったのだけれど、なんかこんなにあっさり芽が出てきたんだっけ・・・と思いつつ、ともあれなんかたのしみである。

日々はあわただしく過ぎる。なにか道楽でも見つかればいい。それで日々にたのしみを見つけながらすごせればよいのではなかろうか。


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