SCENEZ03::
SONGSTRESS'Z MISF◎RTUNE
シーン03::ソングストレスズ・ミスフォーチュン 〜歌姫の災難〜
「伏せろッ!」
カブトの勘が危険を予期し、クライアントをシールドの陰に庇う。サイバーの左眼が薄闇を見通し、右眼が目標を十字照星の中に捕らえる。
機械仕掛けの右腕が伸び、パンサー接続の14mmヘビー・オート・ピストルが続け様に火を噴いた。廃ビルの陰で標的が次々と倒れていく。
「キャッ‥‥ま、また?」
クリスタル・シールドの陰で、ミラ・マイラは首を竦めて耳を両手で塞いでいた。
「あんたもつくづく狙われやすいらしいな」
襲撃が終わったのを確認すると、アレックスはBOMBピストルを下ろした。「今度は誰の恨みを買ったんだ? “ブリテンの歌姫”さまは?」
「私は‥‥ただ歌を歌ってるだけなのに‥‥。どうしてこの街はいつもこうなの?
今夜だって、私は自分の想いを歌に乗せて、人々に伝えただけ。今の時代に失われたものを歌い上げて、何がいけないの?」
「それが気に入らん連中もいるってことだ。歌詞が自分たちへの挑戦だと思い込んでるのさ」
アレックスは依頼人のカブキ(シンガー)を見遣った。ミラ・マイラ。ブリテン連合王国出身、21才。プラチナの髪をした新人ポップシンガー。MDLヒットチャート5位。聞く者の魂を揺さぶる澄んだ歌声と感性は、最近は音楽通の間で密やかな人気となっているという。
「いっけない!」彼女は流れ星の光るサキ・ニチヤのジャケットから時計を出した。
「貴方との契約は午前零時まででしたよね? ‥‥あのぅ、ミスター・タウンゼント‥‥」
「同郷のよしみだ。もう少しつき合おう」“デス・ロード”は拳銃を茶色のフェイト・コートの中に収めると笑った。
「ブリテンの姫さまを真夜中に放っておく訳にもいかんだろう。もっとも、姫君を守る騎士という訳にはいかないが」
彼女は歌とキーボードと車の運転は上手いが、戦いの方は不得手のようだ。車のW.I.N.D.S.用にI.A.N.U.S.は入っているが、それ以外はほぼウェット(生身)の女性をスラム街に残す訳にもいかない。
「しかし多いな。そこらのギャングでも雇ったんだろうか」
アレックスは暗い路地裏の向こうに目をやった。地下から昇る蒸気が、靄となって立ち込めている。
「いっそチャリティ・コンサートの会場から、君のセダンで堂々と出ていった方が良かったかもしれん。君自慢のドライブテクニックで勝てればだがな」
「本当にごめんなさいね。‥‥あ、あそこ‥‥!!」
ミラが締めつけられるような声をもらすと指差す。
アレックスは振り向いた。低光量の視界にも映っていなかった男が、いつの間にか靄の中に立っていた。手に握られた血まみれの日本刀。不自然な赤色に輝く両眼。機械を埋め込んだ人間特有の不自然なシルエット。
脳内に命令を下し、神経を加速。反射的にクリスタル・シールドを構える。アレックスは舌打ちした。自分が全く気づかない内に、奴は影の中から現れていたのだ!
「む‥‥??」
アレックスの機械の目はもう一つの物体を捕らえた。横合いから飛び出した人影が、男の刀の上にきれいに着地したのだ。
常人の目には捕らえ切れない、反応速度を高めた人間の超絶的な動き。人影の放った蹴りがきれいに決まる。刀を放してのけ反る男。人影は宙返りして地面に降り立ち、更に拳を浴びせた。男は後方に吹き飛び、動かなくなった。人間の拳の一撃を受けただけにしては盛大すぎる。
人影は敵が動かないのを確認すると、こちらに歩いてきた。
「きゃ‥‥あ?」ミラも口を押さえると成り行きを見守った。
アレックスはBOMBピストルを降ろし、I.A.N.U.S.の“闇の公子”に命じてオーヴァドライヴを切った。
中国拳法系の独特の動き。さして機械でブーストしているようには見えない体。そして‥‥ジャケットの背中に見えた龍のプリント。
「よう、デス・ロードの旦那! こんな夜中に‥‥仕事かい?」
人影――東洋人の拳法使いは陽気に声を掛けると近づいてきた。まだ十代のニューロキッズの若者だ。
「心配ない。知り合いだ」アレックスはミラに言うと訪問者に向き直った。
「霞(かすみ)か! お前、何故こんな所に――」
「いや〜、後輩に頼まれてちょっと用事があったんだけどね。ロボタクは金がもったいないから歩くことにしたら、この辺で道がわかんなくなってきて‥‥そしたら旦那と、あのニューロなサイコ野郎が見えたのさ。
またボディガードの仕事だね? そっちのお客さんは――あ、ああ! も、もしかして‥‥?」
「こ‥‥こんばんは」ミラ・マイラはぎこちなく微笑みかけると、事情を話した。
「影武者とかじゃなくて本物の? ああ、TVでこの前見たよ! 『Starless Nite』とかいう曲がヒットチャート5位だって‥‥こいつはラッキーだな!」
「なあ、霞」アレックスは言った。「臨時で護衛をする気はないか? この辺はどんな奴がいるか分からんし、また襲撃があるはずだ。払いは‥‥大して保証できんが」
「サイン入りの新曲チップもあげるわ。お願い!」ミラも声を揃える。
「ニューロ!」若者は親指を立てた。
「契約成立だ。ただの喧嘩だけで腕がなまってたトコなんだ。カブキの護衛なんてスゴいじゃないか。加勢するよ!」
三人は靄の立ちこめる入り組んだ街路を急いだ。足音だけがこだまする。ビル街のネオンが向こうに見える。どこかの企業のゲームソフトの宣伝広告が、やけに遠くに感じられた。
「ところで旦那、ほんとは契約は終わってるんだって? “デス・ロード”が人助けなんて似合わないね」
歩きながら、霞が声を掛ける。
「そいつはお前の言う台詞じゃないぞ、クンフーボーイ(功夫坊や)」
アレックスは答えた。「ところで霞、クリスは元気か? お前の師匠が引き取ってくれたそうだが」
「え? ああ、あの子ね。うん。白龍のじいさんも家族ができて喜んでるし、元気にやってるみたいだよ」
霞は目を輝かした。「でさあ、ついでだから、クリスにも華山龍星拳を手ほどきするってのはどう? 素質はあると思うんだけど? じいさんも暇だろうしなぁ」
アレックスは知り合いの年端もゆかぬ娘の顔を思い出すと苦笑した。「そいつは、冗談だけにしといてくれよ」
「あの、二人とも‥‥あの足音、聞こえない?」ミラが後ろから声を掛ける。
「ああ。聞こえてる」アレックスは拳銃を抜くと身構えた。「君は俺の側にいろ。霞、来るぞ」
「了解!」“幻龍”の右手の甲から、四本の鋭い刃が飛び出した。
「歌姫さんは安心しててくれ。ドラゴンの星が僕たちを護ってくれるよ! この拳をお見舞してやるぜ!」
「‥‥ブレード・ベアは拳とは言わんぞ」
“デス・ロード”はにやりと笑うと前方を見据えた。
今夜もまた、運命の舞台の幕が上がる‥‥。
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