らいぶらりぃ
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サイトウキネンフェスティバル'99

オペラ/ベルリオーズ「ファウストの劫罰」

●日 時1999年9月3日(金)18時30分開演
●会 場松本文化会館
●演 目ベルリオーズ「ファウストの劫罰」
●出 演ファウスト:ジョゼッペ・サッバティーニ
メフィストフェレス:ジョセ・ヴァン・ダム
マルグリッド:スーザン・グラハム
ブランデル:クレイトン・ブレイナード
東京オペラシンガーズ/SFK松本児童合唱団
ダンサー:ジョアン・マードル/キャロル・クーフトワ
     サラ・ウィリアムズ/ジュリー・スレイター
     安藤洋子/明尾真弓/上村なおか/大久保真貴子/小淵博美
     金光弥耶/佐藤美紀/村越直子
アクロバット:アレイン・セバスチャン・ゴティエー
       ルク・トレムブン・ピエール=アンドレ・コーテ
       クリスチャン・デュホーッシュ
       藤浦功一/上村美裕起/町田正明/井上俊一
小澤征爾指揮サイトウキネン・オーケストラ
演出:ロベール・ルパージュ

 今年もサイトウキネンの季節がやってまいりました。今年の目玉は、パリ国立劇場 との共同制作による、ベルリオーズの「ファウストの劫罰」。昨年のプーランクの 「カルメル会の修道女の対話」が素晴らしすぎるほどの出来だったので、今年も、い やがおうにも期待に胸がふくらみます。

 私個人にとりましては3回目となる今年ですが、今回も友人2人と、それに私の妻 も一緒に、行ってきました。簡単な旅行日記は別に書いておりますので、そちらをご 覧いただけましたら、と思います。 → 旅行日記へ

 1年ぶりの会場に入ると、目に入るのが、舞台の上の大きな書庫のようなしつら え。ファウスト博士の書庫なのでしょうが、これが実はこれだけではないのが、今回 の演出のミソです。(^^; 書庫に見えていたのは、舞台前面に張られたスクリーンへ の投影であり、このスクリーンが開くと、そこには舞台上の空間をタテに4つ、ヨコ に5つに分けて仕切られた格子状の段組みがしてあるのです。この区切られた1コマ 1コマが、実にうまく使われていくのです。1部のハンガリーの風景のところでは、 ヨコ1列ごとに、兵士達が出兵していく行進と、それを見送る婦人達の列とを配置し て、それぞれが交叉するのを上下の空間で表現し、2部の頭ではファウストの書斎と 同じような部屋が、1コマずつ、20も並べられたり、2部の最後ではぱたっと、一 番下の1列が開いたかと思うと、そこに学生達の騒ぐ酒場が出現したり、…と書き出 すとキリがないのですが(^^;、コマごと、あるいは列ごとに場面場面をうまく再現し ていると思います。

 そして、それに加えて印象的なのは、映像を駆使していることです。ハンガリーの 風景も映像で出していて、そのまるで映画を見るような奇麗な映像には、ほぉ、と息 を洩らしました。一番印象的なのは、メフィストがファウストを眠らせ、マルグリッ ドの夢を見せるところ、全面に張られたスクリーンいっぱいに、サバティーニさんの 顔が超ドアップで投影され、その向こう、ちょうどおでこの辺りに、マルグリッドの 姿が、照明の加減で、透かして見えるようにしているのですね。メフィストの手中に 落ちていくファウスト、というシーンですが、この魔法をかけるところの演出は、さ すが、と思います。まるで、これも映画を見るかのような感じでした。映画と言え ば、ラストで、ファウストとメフィストが、黒馬に乗ってマルグリッドを助けに、宙 をきって飛んでいくシーンも印象的です。一番上の段の一番左側にサバティーニさん のファウストが正面を向く格好で馬にまたがり、その下の段の一番左側にダムさんの メフィストが位置し、そして、それぞれの段の、その右側のコマに、右を向いて疾走 する人馬の影が投影されるのです。音楽の盛り上がりに合せて、それは1コマずつ、 右へと増えていき、段々とマルグリッドの所へ近づいていく様を表わしているわけで すが、これが、昔の白黒の映画を見るかのような印象を与えて、このオペラ中の最大 の山場を盛り上げるのに、非常に効果的だと思うのです。馬にまたがって飛んでいく シーンなんて、どうやって再現するのかしらん…?と思っていただけに、この演出 は、こんな手もあったのか、とちょっとやられたような感じ(?)でした。

 しかし、一番印象的なのは、何と言うても、舞台の格子を上下左右に自由自在に動 き回るアクロバットの皆さんの動きでしょう。そして、今回のオペラの演出の成功の ポイントは、まさにここにあると思うです。見る者にあっと言わせるこの演出、なか なか思い付くものではないでしょう。第1部の兵士達が行進していくところ、何と、 格子の柱の上を垂直に上っていく(つまり、体は水平方向に立っていいる状態で、命 綱をつけながら上に上がっていく)兵士が3人。真下には可愛い奥さん達が座ってい て、上にたどり着いたかと思いきや、銃で打たれてその奥さんのところへ落下、悲し みに浸る女性達、しかし、兵士は再び戦場へと旅出つ(つまり、上へ上っていく)、 というのを何回も繰り返すのです。いきなり、こんなシーンが出てきたら、誰でも びっくりすることでしょう。ここで、ぐっと、見る者の心をつかんでおいて、次は第 2部の最初。復活祭の合唱が聴こえてくるところで、いきなり、格子のクロスになっ ている部分で、人がくるっとこっちを向いたと思いきや、それが、十字架にかけられ たキリストの様なのです。腕を吊られる格好で、まさにキリスト受難、の図です。そ して、この十字も、格子の柱の部分を、照明でうまく十字に仕立てていて、とっても 印象的です。しかも、これが、最初は真ん中の1人だけだったのですが、やがて、そ れが周りにも広がり、5人のキリストが舞台上に。おぉっと目を見張るのと同時に、 ちょっとしんみりとしたシーンでした。そして、第3部の鬼火のメヌエットの部分。 バレリーナ達のバレエと一緒に、真っ赤な衣装のアクロバットチームが、格子の部分 を上下左右へと動き回り、バレリーナ達と共演(?)していきます。これが、ほんと に半ば宙吊りになるような格好で、まさに宙を自由自在に舞うという感じなのです。 これは、まさに鬼火の舞いと言うにふさわしいものでありましょう。以上のような シーンが特に印象的ですが、まさにアクロバットならではの見事な動きを見せてくれ ていたと思います。オペラの演出にここまで必要なのか、と言う人もいるかもしれま せんが、ここまでするからこそ、より楽しめるエンタテイメントとしてのオペラが成 り立っていくのでは、と思います。

 そして、忘れてはならないのは、水中ダンスでしょう。もちろん、舞台上で水中ダ ンスを実際にすることなんてできるわけもないのですが、それを見事に映像で見せて くれるのです。これはちょうど、ファウストが夢を見ているあたりのシーンです。美 しい精霊達の踊りなのですが、ちょうど、一番上の段上に人(多分、アクロバット チーム?)がいて、それが、ぽぉん!と下へ飛び込んだかと思うと、2段目から下に はスクリーンがかかっていて、そこに水中ダンスをしている影が映し出されるわけで す。上段の人と、下段の映像とが完全に一体となっていて、全然違和感がないので、 最初は、そのシーンに、え…?と目を点にしてしまいました。いくらアクロバットと 言うても、宙吊りの状態で、あんなふうに空中でくるくると回転することなんてでき ないやろ…?と真面目に考え込んでしまった私…(^^; こんなに美しく、印象的で見 事に完成された演出には、むっちゃ、感激しました。いや、実に素晴らしい。

 …とまぁ、今回のオペラを一言で言うならば、演出がとても素晴らしかったという ことに尽きるかと思うのですが、もちろん、それだけでなく、演奏の面でもしっかり と聴かせてくれました。特に、ソリスト陣が大物ぞろいで、実に豪華ですね。サバ ティーニさんのファウストは、なかなか凛とした感じで、老紳士の場面では、どこが 老紳士やねん?という感じもしないでもないのですが(^^;、マルグリッドとの二重唱 の場面等では、さすが、情熱的な歌声を聴かせてくれますね。また、メフィストのダ ムさんも印象的です。さすがに人気歌手だけあって、貫禄がありますね。と言うて、 変にどっかりとしたような感じでもなく、ファウストを落とし込めてやれ、という悪 魔の魅力(?)とでも言うようなものがあります。これも実力があるから、なせる技 なのでしょうか、演技的にも、巧妙にファウストをひっかけていく様を、よく演じて いたかと思います。そして、グラハムさんのマルグリッド。清楚な感じの美しい響き を持っていますね。第3部で歌う「トゥーレの王」は、乙女の純粋な想いを昔話に託 して歌っているような、そういう清楚さを感じさせるものでした。もちろん、サバ ティーニさんとのやりとりも巧く、2人の二重唱はほんまに、聴く者をぐっと捉えて 離さないほど、感情たっぷりのものでした。ここだけ見たら、なかなか濃厚なラブ シーン、というところでしょうか…

 そして、実は合唱陣も素晴らしかったこともあげておかないといけません。例に よって、東京オペラシンガーズの皆さんですが、いつものとおり、響きをよくまとめ ていて、かっちりと音楽をまとめていますね。学生達の歌うアーメンコーラス(ここ を聴いて、ベルリオーズのレクイエムを思い出してしまったのは、私だけでしょうか …?)なんかも堂々とした感じにまとまっていて、とても雰囲気のある演奏だったと 思います。妙に印象的なのは、最後のシーンの、地獄でファウストの勝利を喜ぶ悪魔 達の合唱です。一番下の列ががばっと開いたかと思うと、ずらっと、上半身裸の男声 陣が並んでいて、地獄の歓喜する様を歌っていくのです。ちょうど、ここの部分の字 幕スーパーが、古語調になっていて、合唱の響き自体が、まるで能の地謡のようなふ うに聴こえてしまったのです。何か、いいなぁ、と思ったのでした…(^^;

 全体を見終わって、一番印象に残っているのは、やはりラストのシーンです。マル グリッドが救済されて昇天していくシーンですが、ここの女声合唱が、何とも言えな いくらいに美しく、ちょうど、この前のシーンが、先に書いた地獄の悪魔達の合唱な だけに、より一層、際立って美しく響いてくるのです。やはり、悪魔の勝利で終わり たくない、最後には、善良な魂が救われないと、見る側としてもやりきれない、とい う聴衆側の心理を見すかしたような、このベルリオーズの作曲には、やられた、と思 います。やがて、マルグリッドが天上から降りてきたはしごを昇っていき、天へと召 されていく、というところは、グラハムさん、怖そ…と思ってしまいます。だって、 舞台のベタのところから、垂直に立てられたはしごをずぅっと、天井まで自分の手足 で昇っていかないといけないのですよ。いくら命綱をつけているとは言うても、専門 のアクロバットチームならいざ知らず、グラハムさんにさせるのは、ちょっと酷だろ う、と思いながらも、でもその一歩一歩、しっかりとゆっくりと踏み締めていきなが ら、昇っていく様には、まさに神による救済ということがしっかりと表れているよう で、ちょっとしんみりとしてしまったのでした。

 演奏が終わって、会場中が暗転し、やがて割れるほどの拍手が沸き起こった時、昨 年と同じくらい、とってもよかったぁ、という感動がじわじわっとわいてきました。 昨年の「カルメル会…」は、あまりにも悲劇的な最後に、わんわんと泣いてしまった のですが(^^;、今年の場合は、まだ最後が救済で終わるだけに、そんなに泣かなくて もすんだと思います。(それでも、かなり目頭は熱くなっていましたが…)

 演奏も素晴らしいのは毎年のごとくですが、それ以上に、今年は、ロベール・ル パージュさんの演出が余りにも素晴らしすぎたと思います。見る者をここまでぐぐ ぐっと引き込むような演出は、またとはありますまい。こんなにも素晴らしいオペラ を、わざわざ松本まで来てよかった、しかも、愛する妻と一緒に見ることができて、 よかった、ととっても満足のいく公演でした。名残を惜しみながら、妻と友人達と一 緒に、ホテルへと戻っていくのでした…