きょうの思い出

08/10

 1987年「ブラボー! 夢工場」と言う、フジテレビの企画ものの番組に出演。1週間続けて出演して、毎日歌ってました。この日はボーダーのシャツ(光は白いジャケット)姿。間奏でスピンをしていて、大沢くんは転んでしまったけれど、弾みを付けて格好良く立ち上がってました。

 1988年「あぶない少年2」オープニングは諸星くんの「テレビ質問箱」から。質問は渚学園の制服について。これは自分ではわからないので衣裳さんに聞いてみましょうと、衣裳担当の人に冬の制服はどんなになるのか聞いたら、考えてないですと答える衣裳さん。でも以前着ていたグレーのVネックのセーターにネクタイ姿が冬の制服とのこと。
英語の海外研修に出掛けている鎌倉先生からのエアメールを食堂でスイカを食べながら読んでる諸星達。鎌倉先生がいないとみんな料理が下手だから、食事当番が嫌だよなぁと諸星がぼやいているところへ、寛之と山本が新しい寮長が来るとのニュースを持って入って来て、喜んだのもつかの間、男の寮長だと聞いてガッカリする諸星だった。
部屋にいても夏休みだと言うのに何処にも遊びに行けず、毎日毎日練習ばっかりで嫌になっちゃうよと諸星が文句を言っていると、山本が食堂に変な奴がいるとみんなを呼びに来た。慌てて食堂に行ったメンバーが見たのは冷蔵庫の食料を漁ってる男。この男が新しい寮長だったのだ。日本史を担当している茅ヶ崎だと名乗るが、どうも軽そうで怪しい雰囲気…。
その日の夕方。練習からお腹を空かせて帰って来たのに、夕食の用意はしてないし、冷蔵庫も空っぽの状態で、茅ヶ崎の姿も見えず、誰が食事を作るのか諸星達が押し付け合っている間に、寛之は茅ヶ崎に呼び出されていた。渚学園は汚い割りに授業料が高いと言う茅ヶ崎に、寮の費用だって馬鹿にならないし、君の御両親も大変だなぁと言われて、そうなんですよねと言う寛之。そんな寛之に茅ヶ崎は授業料免除にするので、転校しないかと持ち掛けた。何故自分にそんな話を? と言う寛之に、その学校はローラースケートに力を入れているので、寛之がローラースケート部に入れば特待生優遇をすると説明する千ヶ崎。寛之は思ってもみなかった話に悩むのだった。
翌朝も食事も作らない寮長に怒りまくっている大沢・内海・諸星。ひとり元気のない寛之が朝食を買って来ると席を立つと、やっと茅ヶ崎が起きて来た。寮長のあまりな態度に3人も出て行き、高村先生に現状を訴えた。生徒達からの話を聞いて、先生方は話し合い、片瀬先生が助っ人として食事を作りに行くこととなった。その頃、茅ヶ崎は誰かと何やら電話で話をしていて、寛之はひとり物思いに沈んでいた。茅ヶ崎にもっと詳しい話を聞き、転校する決心を仕掛かった寛之だったが、やはり両親にも相談してからと返事をするのを延ばすと、明後日の午前中までには返事が欲しいと言う茅ヶ崎だった。
その夜、両親に電話をしている頃、内海は最近寛之の様子がどうもおかしくて、それは茅ヶ崎に関係があるのではないかと大沢と諸星に話していた。そして大沢は茅ヶ崎の様子を探りに行き、茅ヶ崎が漏らした「転校」と言う言葉に、何か臭うな…と思う。一方、内海は寛之と話をしようとしたが、寛之は今は言えないので、ハッキリしたことが決まったらと言って、部屋を出て行ってしまった。お風呂に入りに行っていた諸星は茅ヶ崎が電話をしているところに通りかかり、その会話に黒潮学園の名前を聞いて、足を止めた。
久し振りの特別講座はそれぞれに特技を持った子供を講師に迎え、天災ちびっこ芸にチャレンジ篇。まずは3人の男の子のちびっこでローラースケートリンボーとスケートボード、ヨガの天才。ローラースケートリンボーには普段ローラースケートを履いてる光GENJIもビックリでした。で、諸星くんが挑戦したけど、バーを重量挙げのように持ち上げたり飛び越したりで心藤先生に怒られてました。スケーボーの天才ちびっこはわずか5歳ながら、様々な技を披露してくれました。これには誰も挑戦はしませんでした。ヨガは寛くんがブリッジに挑戦しました。
後半は女の子3人で、南京玉すだれ、百人一首、フラフープの芸を見せてくれてましたが、これには誰の挑戦もなしで、頑張ってくれたちびっこには悪いけど、今までの特別講座の中ではつまらなかったですね。
ラストの夏のバレーボール大会は以前やったものの続きかな。この日は光GENJIチーム対女の子チームでした。いきなり女の子チームは風船を割ってしまうし、その後も得点できず、光GENJIチームのストレート勝ちでした。このコーナーに淳くんは欠席。

 1989年「ザ・ベストテン」1位のお祝いは流しそうめん。竹の樋にそうめんを流してもらって食べたのだけど、流し方が悪いのか、水が少ないのかあんまり上手く流れてなかった感じ。食べてる方を気にせず流してくれちゃうんで、寛くんや諸星くんはてんこ盛りにそばちょこの中にそうめんが入っちゃって大変なことになってました。一番したにいた淳くんは大量に箸で掴んじゃって困ってるし、しかも誰かがそれを手で触ってる…(^^;)。これは企画にちょっと無理があったようですね。結構食べてたメンバーもいたけど、これから踊るのに大丈夫なのかな?
歌はAパターン。最初にデュエットした諸&山はローラースケート履いて戻って来たところでアンダースルーをしてました。ここ、光が歌ってる後ろだからあんまり映らないのだけど、これまでは手を繋いでグルグル回ってたと思うので、アンダースルーはこの日が多分初めて。もうちょっとカメラを引いてくれると映るんだけどなぁ…。
歌の後は12日の諸星くんの誕生日祝いにケーキが登場。ロウソクの火を吹き消した諸星くんに黒柳さんから、一番諸星くんが欲しがってるものと言って、ミラーゲートの目録がプレゼントされました。喜ぶあまり転んでしまった諸星くんに、ただし番組が終わるまで貸しといてねと言う黒柳さん。諸星くんは番組が最終回を迎えた後、本当にミラーゲートもらったのでしたよね、確か。今でも持ってるのかしら?

 1990年「ミュージックステーション」番組中に届いたFAXを読む諸星くん。この日のテーマは音楽の授業についてだったけど、メンバーは誰もコメントを求められませんでした。
歌前の話もなし。歌い終わってから、諸星くんは20歳のお誕生日おめでとうと生島さんに拍手されてたけれど、ケーキもお花もありませんでしたね。大パーティーやるの? と聞かれて、友達がいないのでやりませんと答える諸星くん。

 「スターどっきり(秘)報告」は総集編でデビュー直後くらいのすれ違いざまに紙袋をパンとやられて驚くショートどっきりのVTRが流れてました。

 1991年「第23回思い出のメロディー」ちょっと予想外の番組に出演。大先輩達が揃ってる中で何を歌うのかと思ったら懐かしのアニメ(アニメじゃないものもあったけど)ソングメドレーを歌いました。歌ったのは「ひょっこりひょうたん島」「エイトマン」「鉄腕アトム」「月光仮面は誰でしょう」「笛吹童子の歌」「レッツゴー・ ライダーキック」「宇宙戦艦ヤマト」。「月光仮面は誰でしょう」の諸星くんのソロからローラースケートも履いてました。「笛吹童子の歌」は淳くんのソロ。ラストの『笛吹童子』で首を傾げるのが可愛い昔の歌がほとんどだからおとなし目の曲ではあるけれど、光GENJIの声って案外暗いのでちょっと元気が足りないような…。ま、半分以上は彼らには初めての歌だったと思うから、仕方ないか。

 1993年SAY'Sコンサート札幌。この日は淳くんの家族と晃くんの親戚がいらしてたとか。淳くんの家族は観光がてらついでに(と本人が言ってたらしい)コンサートを観に来たとのこと。2部を第2ブロックの最前でご覧になってたそうです。家族が来てるので、コンサートが終わったら美味しいものを食べに行くって言ってたそうだけど、何を食べたのかな?
北海道ではジンギスカンを食べたらしいメンバー、敦くんが「羊になっちゃった」と言って、鳴きまねをしてお客さんにもやらせて会場中が羊になったのに、ひとり羊になれなかった晃くんは怯えていたそうです(笑)。
と、淳くんのパパとママも見たこの日の詳しいレポートはこちらをご覧ください。

 「スターどっきり(秘)報告」SAY'Sでの出演で、ハワイでのショートどっきり、墨のシャワー。どっきりには全員が引っかけられたのかもしれないけれど、放送になったのは淳くんと晃くん。淳くんはしばらく気付かずに頭から墨のシャワーを浴びてて、気付いてから笑いながら「最悪パターンだよ、何だこれ…」と言いつつそのまま墨シャワーを浴び続けてました。シャワーの下から退けばいいのに…。晃くんはすぐ墨だと気付いて、動きが止まっちゃったけど、その後は自棄になったように『今の君はピカピカに光って』と歌いながらシャワーを浴びてました。

 1994年横浜2日目。前日から変更になったところは「Melody Five」でブランコに登場した後、挨拶するようになったこと。諸星くんがメンバー紹介をするのだけど、MCでの話を引きずって、苗字ではなく名前を呼んでました。後はこの時にローラースケート履いてるし、ラスト前のもう1回の「Melody Five」では後半、外周に出るようになっちゃって、踊らなくなってしまってガックリ…。
MCでは2回とも諸星くんが淳くんのことサイパンネタで苛めてくれてました。でも2部では淳くんファン振りも発揮してくれてましたけどね(笑)。あ、ファンだから苛めずにはいられないのか(^^;)。2部のMCにはSMAPのメンバーやKinki Kidsも出て来て、次の「そろそろやっか」まで残ってたので、1部では凄かった淳くんと敦くんの絡みがなくて残念。
この日の詳しいレポートはこちらをご覧ください。


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