過去の「雑感」


折にふれて記したこれまでの「雑感」を収納しています.

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2001年6月6日

最近の裁判と報道についての雑感

 なぜか突然ソフトのご機嫌が悪くなり,更新できないでいた.今も本来の使い方ではないがなんとか更新の努力をしている.うまくいくことを祈る.

 さて,最近気になる,というより当然の待ち望まれていた判決がいくつも続いている.水俣病関西訴訟,ハンセン病,所沢ダイオキシン訴訟,カイワレ訴訟.いずれも報道のあり方に対しても示唆に富んだ判決であった.

 ハンセン病については小泉首相の英断により控訴を断念した.国の責任を真に自覚しての判断かどうかは,なお疑問があるが,画期的なことは間違いなく,概ね好意的な報道も納得できる.一方,水俣病の方はどうか.国の責任を認めた画期的な判決を拒否したという意味ではハンセン病とは対極の重大な決定であるにも関らず,国の上告はべた記事であった.大部分の患者達は1996年に和解に応じてしまったため,国としても,国民の大部分も,そして報道機関の認識も水俣病はもう終わったもの,過去のものとして片付けたい,もう忘れたいと思っているのではないか.それに反する判決に対しては冷淡な扱いになったのではないか.6月2日の朝日新聞にこの水俣病判決・上告についての意見が掲載されていたが,実に正論である.ハンセン病判決を受け入れた国と,水俣病判決を拒否した国,どちらが今の政府の本当の姿なのか.報道が力をいれなかった水俣病が真の姿ではないだろうか?

 水俣病関西訴訟判決を受けて,「さきがけ」が1996年の和解成立に基づく水俣病に対する見解を変更したことは価値のあることだが,報道はされない.

 所沢ダイオキシン訴訟は,闘う相手を間違えた農家の失敗,その陰でうまくやったとほくそえんでいるに違いない輩という構図であり,判決は妥当である.そして訴訟のかげに,テレビ朝日の報道に対して徹底的に攻撃し,真犯人を擁護したテレ朝とは競争関係にある報道機関の問題もある.これがなければ正しい方向に向かっていたはずであるが,それに対する批判も反省もみられなかった.

 もう一つ,報道の扱いは小さかったが,カイワレ訴訟があった.O157による集団食中毒の原因としてある特定の業者が製造したカイワレ大根が原因と厚生省が発表し,それを各報道機関が報道したことに対し,カイワレ業界全体が被害をこうむったとして国を相手に争ったこの訴訟で,これもまた違った意味で業界敗訴の当然の判決が下された.広範囲にわたって食中毒が起こって,共通の食材として特定の業者のカイワレがあったのだから,それを直ちに公表して警報を発した厚生省は高く評価されるべきだった.その疫学的な意味を正しく検証することなく無責任な報道を展開し,カイワレ業界に大きな打撃を与えたのは半分以上報道の責任ではなかったか.結果として間違った報道をさせられた腹いせなのか,手のひらを返したように厚生省批判を展開した報道の姿勢は,ダイオキシンでは被告だったニュースステーションも含めて大いに批判されるべきである.厚生省を批判した報道機関がサリドマイド,クロロキン,非加熱血液製剤などにおける国の対応の遅れを批判できるだろうか.カイワレ騒動にしてしまった責任という弱みがあるせいか,今回の判決に関する報道もごく控えめのものとなっていた.

 これらの一連の判決に関する報道を見ていると,報道が実にその時その時の世論,情緒に流されやすいものか,そして自分自身の一貫した論理・倫理をもたない存在であるかが明確になる.報道を信じることはとっくに止めているが,報道のこんな姿をどのように改善させたらいいのか.難しい問題である.


2001年5月2日

「チッソ水俣病関西訴訟」控訴審判決について

 環境省HPから以下の意見書を提出しました.

環境大臣 川口順子様

 水俣病について国・県の行政責任を認めた画期的な判決が出されました.この訴訟を,国の環境を守る最高責任者でありながら被告という立場におかれた環境大臣としては複雑な思いで受け取られたことと思います.

 水俣病については例のほぼ全面的な和解により幕を引きたいという国の立場もわからなくはありません.しかし,国に責任があるということは水俣病の歴史を見れば誰の目にも明らかです.国としての面目もあるでしょうが,まず責任を認めて,それから次の策を考えてこそこれからの時代の環境保全につながるはずです.このたびの判決は,和解でことが済ませようという国の姿勢を厳しく批判する意味ももったはずです.

 小泉内閣に代わり,環境問題に関心をもつ多くの人々はこれからの環境政策がどのような方向に向かおうとしているのか,慎重にその行方を見守っています.その最初の試金石がこの判決に対する国の対応です.この判決を受け入れて,環境保全への強い決意を示すのか,上告してこれまで通りの後ろ向きの態度を取り続けるのか.環境大臣の強い決断を期待しております.

 

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2001年4月29日

高速道路世論調査と小泉首相

 内閣府は,今年1月に行った「道路に関する世論調査」で,高速道路の拡充を必要ないと考える人が46.6%に達し,必要の36.8%を上回ったと発表した.高速道路拡充の是非を問う質問は1986年調査から始まって,今回は4回目だが「必要ない」が「必要」を上回ったのは初めてで,前回の95年調査結果,「必要」45・6%,「必要ない」30・4%,前々回91年でも「必要」46・6%,「必要ない」30・9%だから,最近の意識変化がそれだけ大きいことがうかがえる.

こうした調査結果は,公共事業に対する国民の厳しい目を反映した結果とみられるが,果たして小泉内閣がそれにどう応えるのだろうか.確かに利益誘導型派閥政治からの脱却,あるいは構造改革優先といった政策からは公共事業見直しの期待をもっていいのかもしれない.しかし,強大な権力をもつ国土交通大臣が留任で,森内閣時代からの大きな変更は見込めない.さまざまな環境問題についてどう考えるているのかも明確でない.地球温暖化防止のための京都議定書からの米国離脱問題に対してEUに比べて弱腰の対応しかできず,環境訴訟での原告適格拡大についての質問に対してもついに積極的な答弁をしなかった川口環境大臣(行政訴訟の原告適格に関する質問に対する環境大臣の答弁)が留任である.世論調査では支持率80%以上というが,決して任せて安心の内閣などではない.厳しく監視していく必要があるのだ.

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2001年3月26日

司法制度改革

気づいたら2ヶ月近くも記していなかった.年度末の忙しさにパソコンの更新が加わったこともあるが,せめてこの欄だけでもきちんと続けていかなければならない.

今,司法制度改革が議論されている.新聞等では市民の司法参加に話題が集中しているが,もっと幅広い議論が必要であり歯がゆい思いをさせられる.三権分立という言葉から示されるように司法は立法と行政とから独立した組織である.国会が法律を定め,その定めに従い政府が行政を行う.司法は法律解釈の場である.である以上,その最も重要な機能は,行政が法律に従って正しく行われているかどうかのチェックである.

司法の現実はどうか.法律を捻じ曲げて解釈して,あの腐敗しきった行政に追随するだけで国民を裏切り続ける存在に成り下がっているのである.良好な都市環境を作るのが都市計画法であるのに,その良好な都市環境には道路など都市施設周辺住民の身体生命の保護は含まれない,などという法解釈を平気で行うのが今の司法である.

こんな司法の現状を変えるには,法律を変えて,そんな解釈が成り立たないようにするしかない.

私も幹事をしている環境行政改革フォーラムでは内閣府司法制度改革審議会に対して環境改善のための司法制度強化の意見書を提出したところであるが(http://www.01.246.ne.jp/~aoyama/),その背景にはこうした考えがある.

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2001年2月1日

開設2周年

本日,このホームページを開設してから2周年の記念の日を迎えました.

2年前,いつ判決が下されるのかも知れず,打つべき手もないままに,せめて私たちの窮状を訴えることを目的にこのホームページを開設いたしました.そして,その年の11月には全面敗訴判決を受けてからは,これといった有効な活動手段を打ち出せないまま推移し,このページも惰性で維持している感があります.個人的には道路に限らず,さまざまな面で環境問題に関わって行きたいと思いますので,今後ともよろしくお願いいたします.

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2001年1月19日

扇大臣外環道視察のニュースに関連して,ニュースステーションへのメール

 環六高速道路を考える会の事務局として,外環の一つ内側の環状道路「都道環状六号線拡幅事業」と「首都高速道路中央環状新宿線建設事業」の問題に関わって来た立場から,昨日のニュースに意見を述べさせていただきます.

 意見は3つあります.1番目は政府や東京都に乗せられて,マスコミが環状道路推進のキャンペーンをはってきたことの責任問題,2番目は外環ではとられている話し合い路線は法的には全く無意味であるという問題,3番目は住民の意見をくみいれる法的手続きが不在であるにも関わらず土地収用手続きを簡素化するための土地収用法改正は強力に進められているという問題です.

 まず,昨日の放送では永井教授のインタビューを加えることにより,渋滞緩和を名目とした環状道路建設が世界的に見れば時代にあわない政策であると指摘した点,高く評価したいと思います.実際,過去25年間,東京湾岸道路,東京湾横断道路で神奈川と千葉が直結し,中央環状線東側部分により千葉と埼玉が直結したにもか関わらず,首都高都心環状線の交通量1日40万台はほとんど変化がなく,渋滞時間は逆に急速に伸びているのです.道路網を複雑にすればするほど渋滞するのです.環状道路整備が渋滞緩和の切り札だなどというウソはちょっと調べればすぐ分かるはずなのに,マスコミは全く無批判にそのデマを受け入れ,道路整備キャンペーンの片棒を担いできたのです.昨年12月31日付けの朝日新聞広告局が作成した記事(広告?)はその代表です.

 東京都の地域公害防止計画,環境管理計画,自動車公害防止計画には必ず環状道路整備が加えられていました.法律的にはその一言があればどんな内容の道路でも環状道路であれば環境対策とみなされます(1999年11月25日環六訴訟最高裁判決).しかし,環境白書2000に至ってそれが消え,変わりに番組でもとりあげたイギリスでの誘発交通の事例が加えられています.東京都環境局としては気付かれない内にそっと改訂してしまったのかも知れませんが,石原知事はその内容に責任をもって外環問題にも対処すべきだし,マスコミもその事にもっと注目して環状道路整備キャンペーンに対応すべきだろうと思います.

 次に,扇大臣,石原知事がさかんにいう話し合いの問題です.道路建設の根拠法規である都市計画法には話し合いの規定などどこにもありません.関係する地権者の意見をただ聞きおけばよく,それに特段の配慮をする必要もないのです.道路に接することになる住民も含めて周辺住民は都市計画法上は関係者ではありませんから,その身体生命など一切考慮する必要もないし,もちろん意見を聞く必要もありません.事業者としてはいつでも事業の認可申請することができるし,申請を受けた主務大臣は,都市計画に合致した事業なら,公害を発生する道路かどうか,話し合いがどうだったかなどと全く無関係に認可することができます.(以上,同上の最高裁判決)

 話し合いといっても,圧倒的な力関係の差があるのです.このような不平等な話し合いをどう評価したらいいでしょうか.私は住民との合意形成プロセスを,公共事業の根拠となる全ての法規の中に明文化しない限り,話し合いなど無意味であり,公共事業では必ず紛争が起こるという構図は変わらないと思います.

 最後に土地収用法の問題です.上に述べたように公共事業による紛争は圧倒的な力関係の差がある中で起こります.そんな中,意見を聞き入れてもらいたいと願う住民がとれる合法的な手法としてトラスト運動があります.トラストにより地権者となれば,都市計画法上も関係住民ということになります.このトラストが土地収用の妨げになっていることも一因となって,収用手続の円滑化を図るための改正が議論され,現在国土交通省では広く国民の意見を求めているところです.しかし,上に述べたように地域との合意を形成する手続きを事業の根拠法規の中に取り込むことなく,収用手続きを簡素化する法律だけ進んでしまったらどうなるでしょうか.事業者と住民との力関係はますます広がって,これだけ公共事業に批判が集まっているにも関わらず全く歯止めがかからなくなってしまうのではないでしょうか.それとも政府は国民に信頼されているのだからもっと力を持つべきだとでもいうのでしょうか.

 私自身,環六拡幅事業,中央環状新宿線事業の取消を求めた行政訴訟を7年間にわたって戦ってきました.その結果,公共事業の根拠法規がいかに住民不在なものか大いに勉強させられました.公共事業に対する批判が広がる中,事業の根拠法規にまでメスを入れた報道を期待しております.

 ニュースステーションのますますの発展をお祈りいたします.

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2001年1月1日

地球市民の時代へ

 年頭に当り道路問題に対する所感を書こうと思っていたが,仲間の会員からの年賀状に素晴らしい文章が添えられていたので,最初の部分を省略してを転載させていただこうと思う.

▼人は自然の一部であるとともに,個人の営みの総和によって人間社会をつくっている.かつて,宮沢賢治は「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と書いた.世界全体が幸福になるためには,個人が世界ぜんたいの幸福のために努力することが求められる.▼21世紀は,一人一人が世界ぜんたいの幸福のために努力する時である.世界ぜんたいのために努力することが,すなわち個人の幸福でもある.そのことをぜひ理解したいものだ.▼人は欲望を満たすことが個人の幸福になると考えがちである.この利己的な思いが戦争や自然破壊につながることを知るべきである.20世紀に起きた悲劇の多くは,人間の未熟さゆえの出来事といえなくもない.人間が培った智恵は,人間の幸福のためにこそ生かす必要がある.▼20世紀の悲劇を克服するためには,意識の飛躍なくしてできるものではない.地球全体のことを考え,利己的な偏見や欲望から解き放たれた自由な市民が,人類史に新たな歴史を作っていくことになろう.

 戦争被害調査会法を実現する市民会議等で活躍する川村一之氏によるものである.

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2000年12月4日

名古屋公害訴訟判決

海外出張に続いて航海.HPの更新もままならない.この文章も船上で書いている(アップは後日).

11月27日に那覇を出港.衛星放送を見そびれたため,この日出された名古屋公害訴訟判決の詳細を把握していない.概略をメールで知らせてもらったが,またしてもいい判決が出されたという.道路端から20mに限られているとはいえ,尼崎公害訴訟判決に続いて,沿道の被害を認め,汚染物質の排出差し止めを命ずる判決は,司法がようやく一般常識に追い付いて来たことを示している.沿道に全く配慮しない道路作りを続けている東京都はどう対応するつもりだろうか.

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2000年10月23日

交通整備財源の実質的な負担者

道路・公害に関する文献抄録・資料に転載

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2000年10月14日

法学部生K様

当ホームページについてメールをいただき有難うございました.

「昨年11月の判例についてはとても参考になりました」とのこと.私たちが受けた判決は法律の不備を露呈しているものですから,法律を学ぶ若い人達にぜひ勉強していただきたいと思っていただけに大変うれしく思います.「大学では単に知識として,原告適格の「法律上保護された利益説」を頭に入れ」というのもよく分かります.おっしゃる通り,実際の例に即して考えていくと「法律上保護された利益」には大きな問題を含まれていることが分かると思います.それを杓子定規に当てはめて,都市計画法には沿道環境を保全するという趣旨の条文がないから,沿道住民の生命身体など法律上保護してはおらず,原告としての適格性は存在しない,と断じたのが私たちの受けた判決です.

「法律上保護された利益説」をとなえた人はそこまで考えていたのでしょうか?こんな意味になることまで想像して法律は作られたのでしょうか?裁判所だってもっと柔軟に解釈する余地だってあったのではないでしょうか(あったけれども,国を勝たせるにはそれしかなかったということなのかも知れませんが).

道路により周辺で公害が発生することは最高裁も認めています.にもかかわらず法律は周辺環境に配慮することなく道路を作ることを容認しているのです.法律の不合理性はなにも都市計画法に限りません.K様,大学で学んだことを実際の例に当てはめたらどういうことになるのか深く吟味して,本来あるべき法律の姿を追及して下さることを期待しております.

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2000年10月14日

道路特定財源見直し?その後

ホームページの更新をさぼっていて,下の件,その後を紹介していなかった.せっかく取り上げたのに,自民党は9月20日にはもう見直しは見送りとしてしまい,来年度予算編成では従来通り,国や地方自治体の道路整備だけに使う方針を決めてしまった.こんな連中に期待する方が間違いなのだ.

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2000年9月20日

道路特定財源見直し?

自民党が道路特定財源の見直しを検討する方針を固めたという.道路特定財源とは,自動車重量税,揮発油税など自動車関連の税金を道路建設に充てるもので,際限なき道路建設を可能にするものとして,多くの人々から批判を受けてきた.この制度の根拠となる法規は「道路整備緊急措置法」である.法が制定された昭和33年当時はなるほど緊急措置をはかる必要があっただろうが,ここまで道路網が発達した平成の時代にまでこんな名称の法律をそのままにしてきたことが,鉄道を衰退させ,全国各地で環境破壊を生じさせ,人々の健康で文化的な暮らしを奪って来たのである.

この制度は道路利用者が道路建設費を負担することになり,受益者負担という意味では合理的である.むしろ道路建設にはそれ以外に多額の一般財源も投入されており,そちらの方こそ見直すべきかもしれない.この道路特定財源で鉄道を整備すること等が検討されているようだが,道路による被害の救済も考えていいはずである.いずれにしてもこれまで聖域だったこの制度について議論するということの意味は極めて大きい.当然のことながら族議員からの猛反発が予想されるので,注意深く監視していく必要があるだろう.

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2000年6月24日

最高裁判所の国民審査

とかくおろそかにされがちなのが最高裁判事の国民審査である.一人一人の判事がどれだけの見識をもっているのか,どのような信条の持ち主なのか把握することは困難だから大部分の国民はよく考えることなく白紙で投票しているのだろう.しかし,いまこの審査で問われるべきは一人一人の適格性ではない.日本の裁判制度そのものである.最高裁から下級審まで,はたして裁判が本当に国民のものになっているのかどうか,国民の生活実感に適合した判決かどうかを判断すべきなのである.やむにやまれぬ立場に追い込まれた人達が,最後のよりどころとして裁判に救いを求めたときに,一体日本の裁判所はどこまで弱者の側に立ってくれるだろうか.国民から完全に遊離してしまった現在の裁判の実体をみれば,審査でなにをなすべきか明らかであろう.

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2000年5月13日

嘘つき

相次いで起こった少年凶悪犯罪を契機に,少年がそうした凶悪な犯行に走る背景についてさまざまな議論がなされている.もちろん原因は一つと限らないであろうが,親子関係に大きな問題があることは否めないであろう.多くの親が子どもを一人の人間として,独立した存在としてつきあってはいないように見える.子どもは親の従属物,親の所有物といった感覚で,親に従わせているように思えるのである.

親が子どもに接する際,常に一定の安定した接し方ができればいいのだろうが,その時々の状況もあって到底できるものはない.その時,子どもを一人の人間としてとらえていれば謝罪したり,そうせざるを得ない事情を理解させる努力をしたりするはずである.2才児であってもその年令なりに納得するのである.しかし従属物という感覚では,親の都合で強引に従わせてしまうから,低年令の段階ではなんとかなっても次第に子どもにとって理不尽な接し方と受け止められてしまうようになる.つまり子どもから見れば多くの親は嘘つきなのである.中学,高校となるにしたがい親は信用を失い,親子が本音をぶつけあうことのない一見平和な家庭が保たれるようになるのである.それが破綻したときに大きな事件となるのではないか.

嘘つきは親だけではない.社会全体が構造的な嘘つき社会である.

学校では,教師も生徒も本音を語ることなく,うわべだけのいい先生いい生徒を演じているのである.何度も練習して,先生や来賓の方に顔を向けて,つまり父母など一般観客に背を向けて軍隊のように整然と進行する運動会を子どもたちが本心から楽しんでいると思っているのだろうか.

質問する方も答弁する方も互いに嘘を承知で建て前だけの民主政治もしかり.国民みんながそれを知っていながら政治を変えられない相変わらずの選挙.

自宅近くに環六高速道路ができると聞いたとき,地下でよかった,換気塔もあまりに近くで十分高いから大丈夫だろう,というのが最初の感想であった.それがこのように反対運動に駆り立てられてしまったのは,嘘ばっかりのアセス(環境影響評価)に触れてしまったことにある.道路そのものに対する反発もあるが,それ以上に決して嘘を認めようとしない事業者たち,嘘を承知しながら圧倒的な強者である行政に対しては全く無力であり続ける裁判制度に腹が立つのである.

嘘のない社会が子どもたちをまもる.

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2000年4月23日

石原知事の三国人発言を日本語の問題として検証する

石原氏の三国人発言は,大きな波紋をよびなかなか下火にならないようだ.多くの議論があるが,石原氏は言葉のプロなのだから,日本語の問題としてきちんと検証しなければ失礼であろう.(ここでは差別用語を使うが,議論に必要だから使うのであって,私が差別的な意味を込めて使っているのではないことをご理解いただきたい.)

三国人は一般的な外国人の意味ではないことは多く語られている.二つの当事国(どちらかが複数ということもあり得るが)があるからこそ第三国が存在する訳で,単に外国人の意味で使ったなどという当初のいい訳はプロとして恥ずべきであろう.戦勝国,敗戦国があって第三国という言葉があったのである.それがあの時代の中で差別的な意味合いを含むようになったのであって,現在では明白な差別語であるが,その議論は他に譲る.

石原発言は正確には「不正入国した多数の三国人,外国人」である.この「不正入国した」を省略して配信した共同通信の記者に怒りを見せたように,ここの部分こそ極めて重要な意味をもっているのである.

「不正入国した」の意味には二つの解釈が成り立つ.その第一は「正式に入国滞在している」に対する意味として「不正入国した」である.

三国人がかつて日本が占領していた朝鮮半島,台湾の出身者であることは議論の余地はないだろう.それらの国々は日本に併合されていたのだから日本に来たときには不正入国ではない.そして日本の敗戦後も滞在し続け第三国人と呼ばれた訳だが,その時代も,その後もいわゆる「在日」として正式に滞在しているのであって不正入国といわれる筋合いはない.中には手続きの問題等で不正に滞在している形になってしまった人もいるのかもしれないが,正式に滞在しているのではなくて不正に入国した三国人が多数いて凶悪な犯罪を繰り返しているという事実はない.「不正入国した三国人」は「正式に滞在している三国人」に対する言葉ではないのである.

ではもう一つの解釈とは何か.「三国人」=「不正入国」という解釈である.在日韓国人,朝鮮人,中国人という存在自体,日本にはあってはならない不正なものであるという意味で石原氏は「不正入国した三国人」と発言したのではないだろうか.石原氏のこれまでの言動からすればこうした考えをもっていても不思議ではないだろう.

「外国人」の方はどう解釈すべきだろうか.発言では「三国人」と言ったあとわずかな休止があって「外国人」と続いていたが,「不正入国した」が「外国人」にまでかかるかどうかは聞いているかぎりでは判断できなかった.しかし「不正入国した三国人」が三国人=不正入国者,であるなら,「不正入国した」の役割はそこで完結しており,それに続く「外国人」にはかからない.つまり,ここでは「外国人一般」を指しているのであって,「不正入国した外国人」をいっているのではない.

純粋に言葉の問題として検証すると「すべての在日韓国人,朝鮮人,中国人,すべての外国人の多数が凶悪犯罪を繰り返している」というのが発言の解釈になる.それが真意なのかも知れないと思わせる人物が知事をやっていると考えると実に恐ろしいことである.

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2000年4月9日

大気汚染測定運動報告集会での主張にそって

4月1日に開催された表記集会のパネルディスカッション「ディーゼル車NO作戦をめぐって」に,東京都環境局でこの作戦の推進に当たっている大野輝之氏らとともにパネラーとして参加した.長年にわたって大気汚染問題に取り組んできたこの会の出席者達にしてみれば,東京都の姿勢が一朝一夕に変わるとは信じられず,今なお警戒の目で見ているというところだろうと思うが,この作戦自体は東京の大気汚染が深刻な課題であるということを人々に印象づけることには成功しており,この日も一様に高い評価の意見が続いた.

しかし手放しで喜んでいる訳にはいかない.東京都の政策全体から見れば,本気で大気汚染問題に取り組んでいるとは思えない部分も抱えている.道路網整備推進政策である.4月1日付東京都広報にも,この日スタートした環境局や都区制度改革を押し退けて,道路建設を訴える記事が第1面を飾っている.道路建設により渋滞をなくそうという相変わらずの旧態依然とした論理を展開しているのである.

都内を日中走る自動車の平均速度が18kmに過ぎないのは,30kmに比べて年間4兆9千億円の経済損失であり,30kmで走るようになれば窒素酸化物や二酸化炭素は1/4削減できるという.30kmになればの話であり,机上の空論である.なぜなら交通量が半減する夜間でさえ24km程度であり,それすら渋滞緩和は数%程度の交通量削減で達成できるといういつもの主張からすれば過大な数値である.しかも道路建設によって渋滞が緩和し交通量が減少するという主張を裏付けるような資料は一切示されていない.公共性の名の下に土木事業を進めるという体質は全く変わっていないのである.

かつての環境保全局はこうした勢力に対して全く無力だった.このところ元気づいている環境局だが,まだまだ不十分である.もっともっと力をつけてもらうために,大きな声援を送り続けなければならないだろう.

なお,この会で環境局独自に行なえる施策を一つ提案した.東京都の公害防止計画,自動車公害防止計画などにおける大気汚染対策として環状道路等の整備が上げられている.道路整備が公害対策として位置付けられているという意味は,昨年11月の最高裁判決によれば,道路建設はその内容を検証するまでもなく,つまりどんなひどい公害道路であっても環境対策として位置付けることができるという意味である.これをぜひ削除してほしい,それが無理なら少なくとも環境対策としての位置付けを検証しながら進めるというような趣旨を加えて欲しいというのが私の提案である.大野氏にはあくまで個人の立場としてだが,検討を約束していただいた.

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2000年3月8日

朝日新聞社「明日への環境賞」贈呈式に出席して

環境保全の多様な試みを顕彰するこの賞の第1回の授賞者として藤前干潟を守る会が選ばれた.公共事業が環境保全の声につぶされたこの藤前の画期的な事例は,例外的なこととして葬り去られてはならない.今回の授賞は公共事業優先社会の見直しという流れを定着させるための実に意義深いものといえる.

同じ公共事業でも,道路はどうだろうか.藤前と同時に受賞した霞ヶ浦・北浦をよくする市民連絡会議の受賞理由に,オオヒシクイ保護のための圏央道反対に向けた行動は含まれていない.

「長い間,環境問題は人々の健康問題であり,自然保護など全く見向きもされなかったのだ」との反論は確かにその通りだ.しかし,道路公害でいい判決がでるようになってもそれが道路行政の見直しになかなか結びつかない.人々の健康の視点から道路建設計画が中止になった例もないだろう.このことに苛立ちをおぼえるのだ.

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2000年2月27日

再び石垣空港問題

東京ではほとんど話題にもならなくなってしまったが,石垣島の新空港建設に向けて最終段階に入ろうとしているようだ.

1979年,沖縄県は白保の海に新しい大型空港を建設することを決定した.しかし,この海は,北半球最大のアオサンゴの生息地という極めて貴重な自然の残されたところだったことから自然保護の声が高まり,世界的に批判を浴びるようになった.海上部分の少ないカラ岳東地域への計画変更も白保と一体のサンゴの群生地であることから批判を浴び,1992年,当時の太田知事はついにこの地域での空港建設案は撤回,内陸地の宮良牧中へと変更した.自然保護運動の勝利という画期的なできごとであった.

ところが,この案も地元の強い反対にあって一向に進展しなかった.1998年4月,正式に決定したものの,知事が稲嶺氏になり,1998年10月,一端振り出しに戻して検討しなおすこととなった.そしてこの2月14日,知事の諮問を受けていた新石垣空港建設位置選定委員会は宮良案を撤回,埋め立てのないカラ岳陸上案を含む2案にしぼりこんだ.3月5日の全体会議でその2案からさらに最終案を決定することになるが,カラ岳陸上案が有力である.

カラ岳陸上案は,確かに海の埋め立てはないものの滑走路の端は渚ぎりぎりであり,保水力のない高さ30mの滑走路からの土砂の流入によるサンゴへの影響が懸念されるなど,生態系への影響は決して小さいものではない.第一,空港建設により呼び寄せようという観光客は,珊瑚礁の自然を楽しみたいのであって,その自然景観を大きく破壊してどうしようというのだろうか.

そもそも石垣島に2つも空港が必要なのだろうかということも含めて,根本から考え直す必要がある.「八重山・白保の海を守る会」が反対署名を呼びかけている.

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2000年2月4日

尼崎の勝訴判決と石原知事の発言

尼崎公害裁判で,史上初めて汚染物質排出差し止めの判決が下された.健康被害に対する賠償くらいは認めるだろうと思っていたが,排出削減まで認めたのは信じられないほど画期的なことである.それにしても.それにしても,なぜ被害がでてからでなければ救済措置がとられないのだろうか.なぜ被害の未然防止には極めて高いハードルが設けられているのだろうか.

この判決に関連して,ディーゼル車NO作戦を展開し,東京大気汚染訴訟の被告ともなっている東京都の石原知事は,「行政は責任を回避すべきでない」との立場をとり,「都自らの責任を認めた上で,行政の最高責任者である国の責任を問うべきだ」と強調したという.

それにしても.それにしても,なぜその一方で石原知事は公害道路作りを強力に推し進めようとしているのだろうか.我々公害道路予定地周辺住民は,被害が出て,苦しい裁判を闘って,判決が下されるまで我慢しなければならないと言うことなのだろうか.

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2000年1月23日

箕面と茨木のマンション騒動

日曜日昼のTBS噂の東京マガジンは「やってTRY」が性差別的といえなくもない問題を抱えているが,「噂の現場」は毎回出色である.今日は箕面市と茨木市にまたがるマンションの紛争が話題だ.

第2種中高層住居地域である茨木市に大きな本体があり,一部箕面市の第1種低層住居地域部分だけが道路に面していて出入口が作られるというやっかいなマンションが計画された.上下水道などは箕面市のサービスを受け,市民税も全員箕面市に支払う形となるのだから,建物は箕面市の基準で全体を低層にするべきである,というのが周辺住民の主張である.

用途地域を守って茨木市部分を高層にするのは法律的には問題ない.しかし箕面に世話になりたいなら箕面の基準で作れ,そうでなければ少なくとも茨木部分への上下水道整備,茨木部分住民に対する行政サービスは拒絶するくらいの態度をとっても法律上はなんら問題ないだろう.そんなマンションを建設したら維持管理の上でも,マンション住民にとっても大きな不都合が生じて,販売もおぼつかなくなるだろう.その位の毅然たる態度をとっていいはずである.箕面市の行政当局が箕面市民の方を向いて,その生活環境を守るという意志を持っていればそれは可能である.真鶴町の町長にはそれができたのだから(過去の雑感1999.3.1.).

同じような問題は環六でも起こっている.道路沿道の中高層地域と,裏の低層住居地域とにまたがっているマンションだ.道路に面しているから大きな建物を立てることができ,多数の住民が住むことになるのに,駐車場は低層住居地域側に面しているのだ.幹線道路に直接出入りすると,交通の妨げになるという東京都からの指導を受けたのだという.これにより拡幅後の環六が生活用道路としての意味を持たないことが明かとなった.都は国道43号線判決を忘れているらしい.道路周辺住民は自分たちの生活便益につながらない道路による被害を受任する義務はないのだ.行政はどこを向いて仕事をすべきなのか.一度真鶴町の町長に聞いて来るといい.

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2000年1月1日

2000年を迎えて

とりあえず大きな混乱を起こすことなく,ひとまずは無事新年を迎えることができました.昨年は,私たちにとって最悪の結末を迎えてしまった年でしたが,今年はどうなるのでしょう.

道路問題では,ディーゼル車NO作戦や東京ルール作りなど新しい動きが見られるようになりました.外環に見られるように住民との対話という姿勢も生まれています.

年頭にあたり決意を新たに,というには余りにみじめな敗北を喫してしまいましたが,そうした新しい流れを確かなものにし,本当に人々が安心して暮せるまちを作り出せるよう,さらに頑張りたいと思います.本年もよろしくご支援のほどお願いいたします.

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1999年12月1日

アクセス急増

今日1日で60件以上のアクセスがあった.実質的に今年3月に立ち上げてこれまで1670件程だから,1日あたりとしてはこれまで最高だ.最高裁判決がでたことによるものだろうとは思うが,昼間のこのアクセスは一体何なのだろうか.もしかして事業者側の人達からのアクセスなのだろうか.それもまた結構なことである.自分たちが主張し,裁判所で認められた論理を,道路近くに住み続けなければならない人達がどうとらえるのか,このHPで勉強していただきたい.勝ったからよしとしてこれまで通りの圧政を続けるのではなく,最高裁でまで争わざるを得ないほどに住民が追い詰められていく必然性を理解して改革をめざしていただきたい.せめてこんなことを期待したい.

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1999年11月14日

輸送費が物価に反映される社会システム

この夏大雪山に登った時のこと.ロープウェーを利用して山の奥まで入り込んだ一般観光客が,黒岳岩室でミネラルウォーターのペットボトル1本で700円もとられたと苦笑していた.冗談じゃない.我々は重たい思いをして運んできたコンロで煮沸消毒して飲み水を作っているのだ(エキノコックス対策).あの水は人の背で運ばれてきたものだ.手ぶらで来た人からはその位とっても当然である.

山だったら当然のこの理屈が平地では通用しない.生産地でも,そこから遠く離れた所でも同じ価格に設定されている場合が多い.否,大消費地ではむしろ安くなっている.輸送費が物価に反映されていないのである.

ディーゼル車NO作戦に対し,ディーゼル車をやめると物価が上昇するという反論がなされる.しかし輸送費は物価に反映されるべきなのである.生産地では安く,そこから離れれば離れるほど高くなって当然なのである.輸送費を商品全体で均一に負担させている現在のシステムでは遠隔の消費地では割安になるが,生産地では高い買い物をさせられているのである.

輸送費が物価に反映される社会システムができれば無駄な輸送がなくなるだろう.環境負荷が軽減されるだけでなく,地域の産業の活性化にもつながるのではないだろうか.

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1999年11月3日

「そして,干潟は残った」続報

道路公害関係の知人から,10月10日付の雑感で取り上げた「そして,干潟は残った」をさっそく読んだとのメールをいただいた.HPに反響があるのはうれしいことである.この本の主題のようにインターネットの有効性を示したものであるが,道路公害関係ではこの面で大きく遅れていることを思わざるを得ない.われわれも,各地の住民団体の成功と失敗の経験を共有し,皆の力を結集することにより,大きな力をつけていかなければならない.

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1999年10月20日

公開討論会「ディーゼル車をどうする!」

東京都が打ち出したディーゼル車NO作戦を巡って開催された公開討論会「ディーゼル車をどうする!」に出席した.それなりに興味深い会ではあったが,石原知事と議論する会と同じくわずか2時間ではフロアからの発言が限られていて不満は残った.

さて,この討論会,事前にパネリストの名簿を見てすぐにこれはおかしいと気付いたことがある.ディーゼル車問題の一方の当事者である健康被害者の代表が入っていないのである.大気汚染問題は二酸化窒素や浮遊粒子物質の濃度の問題ではない.人々の健康被害の問題である.それを被害者そっちのけで,数値だけで議論していては正しい結論に達するとは思えない.認定患者だけでも75,000人以上もいるのだ.東京都は,ぜひ被害者の声を積極的にくみ取り,被害者を救済し,新たな被害者を生まないような積極的な施策を推進していく必要がある.

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1999年10月10日

「そして,干潟は残った」

市民の力で公共事業をストップさせた輝かしい事例となった藤前干潟の保全の背景には,これまでにない全く新しい運動のスタイルがあった.刻々移り変わる状況の中で,地域の住民運動団体と各地で様々な形で環境問題に関わっている人々とがインターネットを通して連係することによりあのすばらしい成果が勝ち取られた.その記録を克明にまとめたのが,松浦さと子氏の「そして,干潟は残った」(リベルタ出版,2300円)である.

実は私自身もその渦中にあった.しかし公聴会,意見書提出と手続きが進行する一方で,インターネットを通じた運動はどんどん全国区へと広がり活発化して行き,私の出る幕ではないと気付いてからはもっぱら事態の推移を見守って来たにすぎない.この本の帯に,藤前干潟保全のために論陣を張った人物の一人として上げられているのはなんとも面はゆいものがあるが,少しは関わることができた者として光栄でもある.

新しい運動の方向性を示すものとして,この本が多くの人々の読まれることを期待する.

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1999年9月27日

首都圏道路問題交流集会に出席して

恒例の首都圏道路問題交流集会が昨日開かれた.例年通りの顔ぶれも多い.大ベテランには30年以上も関わっている人さえいて,10年ちょっとの私たちなどまだまだ駆け出しである.その一方で,初参加の方々も多数あった.姿を見せなくなった人達もいるが,負けてしまったのだろうか.

市民側は誰もが最初は初心者で手探り状態で運動を進めている.そして次々とメンバーが入れ替わっていく.これは運動にとって大きなマイナスである.相手は強大な組織である.担当者は変わったとしても継続性を保ったまま一貫して住民無視の対応をとり続けるのである.我々も負けずに力を持たなければならない.個々の道路で対応するだけではなく,一致団結して,首都圏の道路網全体を断罪するような勢いで闘っていく必要がある.そんなことを感じながら議論に加わって来た.

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1999年8月30日

石原知事と,議論する会

東京都が開催した「石原知事と議論する会」このままでよいのか?東京の環境〜便利さの中で、車を考える〜 に出席し,発言してきた.といっても発言者が30人,時間は全体で2時間だから,ほんのさわりの部分だけにとどめざるを得なかったし,決して「議論」と呼べるような内容とはならなかった.また,様々な分野から発言者を選んだためか,道路公害に取り組んでいる人が少な過ぎ,公害患者からの深刻な意見を知事に直接伝える場ともなれなかったのも残念なことである.

とはいえ石原知事との議論は決して不愉快なものではなかった.運輸業界関係者の,いかにも業界代表らしい発言にははっきりと批判するし,型通りの意見ではなく,自分の考えを全面的に打ち出して来るからである.これまでにも公聴会等で発言をして来たが,役人がとりしきるこうした会合では,貴重なご意見ありがとうございましたというだけの形式的なものでしかないのが常だった.その意味で,石原氏は全く役人的でなく,この人なら話が分かるかもしれないと思わせるものがあった.

もちろん幻想かもしれない.しかし,何もいわなければこちらの要望は実現しない.積極的なアプローチが必要だろうと思う.

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1999年8月22日

諌早湾にて

 福岡に出張したついでに,1日諌早湾をたずねた.急に思い立ったので,どこにいけば最もよく全体像が見えるのか分からなかったがなんとか立ち入り禁止の立て札が立つ埋立地に入り込むことができた.

 有明海の広大な干潟は昔からの憧れだったが,実際にたずねたのは初めて.しかしもはやムツゴウロウが群れ,シギ・チドリが渡って来た干潟の面影は全くない.一面の草原.キリギリスが鳴き,セッカが飛び回る世界だ.足元には堤防締め切りまで生息していたであろう貝たちの殻が無数にちらばっていて,豊かな干潟の世界を思い起こさせるだけに一層切ない思いをかきたてられる.

 この事業は農林「水産」省によって行なわれている.しかし,水産の立場からの検討がなされたとは到底思えない.海を軽視し,汚染し,破壊し続けて来たことの影響を最もよくわかっているはずの役所のはずなのにである.

 堤防締め切りの影響はどうですかという質問に,近くの海産物業者は,水が汚くなってどうしようもない,アサリなんかまずくて食えないと嘆いていた.

 何という馬鹿なことをしてしまったのだろうか.

 堤防の外側でわずかに残された泥質の干潟には,オサガニ(?)が多数群れ,早くも渡って来たキアシシギが2羽,翼を休めていた.しかし,これ以上渡って来ても彼らの餌はない.

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1999年7月24日

都心への流入制限なんて簡単なことだ

都心の交通量増大に伴う大気汚染の深刻化がいわれてもう何十年経過したことだろうか.様々な対策の遅れ,特にノックス規制法が大方の期待を裏切って単体規制,つまり一台一台の車の改善による汚染の低減,にとどまったことのつけをいつまでたっても返せないでいるのである.

ここにきてようやく都心部への乗入れ制限へ向けての動きがでてきた.シンガポールやソウルで行なわれているのは,乗入れ車両に対する課徴金,いわゆるロードプライシングの手法である.東京でも同様のことが検討されているが,この無計画に広がった空間に果して有効なのか,疑問がのこる.

もっと簡単な方法がある.車線を削ってしまうのだ.

現在3車線の所は2車線に,2車線のところは1車線にと減少させれば必然的に通行できる車両は減少する.大ざっぱに見て2/3位にはなるのではないだろうか.

もちろん当初は大混乱におちいるだろう.緊急車両のための対策も必要だろう.しかし,様々な規制が加われば,その範囲内でなんとかしてしまうのが日本人の国民性である.少なくなった車線をいかに有効に利用していくか,代替手段として公共交通機関はどうあるべきか.一見無茶な規制であっても,現実のものになれば皆が真剣に考え,最善の道を歩むようになるのではないだろうか.

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1999年6月25日

「藤前干潟を守る会」T様

ご無沙汰しております.

夕刊で「藤前干潟を守る会」が田尻賞を受賞することになったことを知りました.

おめでとうございます.皆様の粘り強い運動は真に田尻さんの名前にふさわしいすばらしいものだと,野鳥や干潟に関心のあるものの一人として感謝しております.

田尻さんとはその晩年に2,3度お会いする機会がありました.現場で体を張ってきた方だけに「現場」の大切さを盛んに訴えていらっしゃいました.降って沸いたように道路問題が起こり,私は突然「現場」に放り込まれてしまいましたが,そのことで何か相談にのっていただけないかと思っていた矢先に亡くなられたというニュースに接し,愕然としたことを昨日のことのように思い出します.

環境問題に関心を持つ若い人達が少しずつ増えているように思います.そうした人達が地球環境とか環境行政とか広い観点から議論するのは大変結構ですが,それだけでなくぜひ現場に飛び込んで,現場から環境問題をとらえるという視点をもって欲しいと思うのです.藤前干潟を守る会が田尻賞受賞ということでこんなことを感じました.

藤前で当たり前になった自然を守らなければならないという世論の高まりを,他の地域の様々な問題にも広めて行くために,今後もますますご活躍されることをお祈りいたします.

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1999年5月29日

議員待遇者会?

「議員待遇者会」なるものの存在をニュースで知った.東京23区で,8年以上区議会議員を勤め,その後辞めたもの,あるいは落選して辞めさせられたものに対して礼をもって遇するために各区が制定したものだという.豪華な部屋が与えられ(例えば文京区の場合,70平方メートル,和室+応接室+冷蔵庫にビールなど),視察旅行に連れていってもらえる会なのだそうだ.

もちろんもはや議員ではなく,一般市民なのだから視察に意味があるはずはない.実際には温泉で豪華な食事だったり,観劇だったりという単なる慰安旅行に過ぎない.そしてその費用は区の予算,つまり我々の税金で支払われ,旅行は区の職員がアレンジし,公務として同行するという.23区合わせると3000万円以上が使われていることになるそうだ.

戦後まもなくできた制度だというが,区の職員の説明によれば民主的に選ばれた議員が議会で決めたことだから従わなければならないという.

なんですかこれは.

現職の議員はこんなばかなものの存在を知っているのだろうか.知っていて将来の自分のために黙っているのだろうか.

法政大学の五十嵐教授がいうように,訳の分からない補助金を自分たちが受け取る制度を温存しておいて,補助金の使い道を議論できるはずがない.こんなことで区民の代表として行政を監督できるはずがないではないか.こんなことだからいつまでたっても信頼される議会にならないのだ.

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1999年5月25日

捕鯨論議

23日の新聞に財団法人日本鯨類研究所の意見広告が掲載された.「南氷洋のミンク鯨の生息数が76万頭で年間2000頭捕獲しても減ることがない」というIWCの科学委員会の見解と,「鯨類が1年間に食べている魚類の量が推定3〜5億トンで人間が捕っている量の3〜6倍であり,海洋生態系のバランスをくずさないように利用することが大切」といった内容である.

純粋に資源学の立場からいえば適切な利用は問題ない,というのが共通の認識であろう.捕鯨の是非は科学の問題ではなく,感情の問題に尽きるのだろう.

家畜のように食料として生産されたものについては,知能とは無関係に食料として利用することにあまり抵抗はないだろう.だから捕鯨の問題は野生生物という限定で考えることが必要である.

野生生物の中で,食料として広く流通しているのはほとんど魚介類(魚,エビ,貝など)だけといっていい状況だろうが,魚類,あるいは爬虫類,両生類以下だとそうした利用に抵抗がないだろう.しかし,食料として以外での野生生物の殺戮も結構盛んに行なわれている.狩猟鳥獣として一部の人の趣味として利用することが法律により認められてるのがそれだ(趣味とはいえない人がいることは否定しないが).

殺していい野生生物と,殺してはいけない野生生物の間の違いはどの辺りにあるのだろうか.知能をその区別に使っていいのだろうか.人間には,知能など自分勝手な基準で生物に序列を付ける権利があるのだろうか?

捕鯨に賛成とか反対とかいうことは,国による,あるいは文化によるその序列の付け方の違いに由来するのではないだろうか.私にはこれがどうしても理解できない.序列などそもそもおかしいのではないか.

趣味の野鳥も含めて,野生生物を生息数や繁殖率などの科学的知見に基づいて適正な範囲で食料として利用していくことは,人口爆発の地球全体の食料事情を考えるとむしろ必要なことではないか.本来の生態にあわない家畜の飼育が,砂漠化などの悪影響をもたらしているアフリカの現状を見ても,感情に流されない冷静な科学的な判断が求められているのだ.

自然を大事にする心も,自然と共に,自然を利用しながら生きていくことで育っていくのではないか.いまさら縄文人のようにとはいわないが.

<参考>狩猟鳥獣のリスト(もちろんいろいろ制限はあるが)

ゴイサギ,マガモ,カルガモ,コガモ,ヨシガモ,ヒドリガモ,オナガガモ,ハシビロガモ,ホシハジロ,キンクロハジロ,スズガモ,クロガモ,エゾライチョウ,ウズラ,コジュケイ,ヤマドリ(コシジロヤマドリを除く),キジ,コウライキジ,バン,ヤマシギ(アマミヤマシギを除く),タシギ,キジバト,ヒヨドリ,ニュウナイスズメ,スズメ,ムクドリ,ミヤマガラス,ハシボソガラス,ハシブトガラス,ノウサギ,タイワンリス,シマリス,クマ,ヒグマ,アライグマ,ミンク,ハクビシン,イノシシ(イノブタを含む),ヌートリア,ノイヌ,ノネコ,タヌキ,キツネ,テン(ツシマテンを除く),オスイタチ,アナグマ,シカ

(30年以上野鳥観察を趣味としているが,なんと見たことがない鳥2種,1度しか見たことがない鳥2種が含まれている.)

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1999年5月23日

川崎公害裁判,勝利の和解

17年間もの長い間訴訟を続けて来た川崎の公害被害患者たちがついに勝利の和解を勝ち取った.被害者の声を聞こうとせず,原告に嫌がらせさえ繰り返して来た被告の国や首都高速道路公団を動かすことができたのは,一審での画期的勝利を生んだ原告の粘り強い運動の成果であり,我々は大いに感謝しなければならない.

この和解により道路周辺環境の保全の世論はより確かなものとなり,被害者の声は聞き入れられるようになったといえるだろう.

しかし,被害が起きていない段階,つまり道路建設段階において環境保全に図ってもらえるなどということを,直ちに期待することはできない.道路ができれば地域の環境が悪くなるという常識は変わりようがない.悪化が避けられない中にも,少しでも環境保全を図りたいというのが周辺住民の気持ちである.

新しい道路が計画されるたびに周辺住民が苦しい闘いをしなければならないという状況を変えるためにも,我々はまだまだ闘い続けなければならない.川崎公害裁判の教訓はこうしたところにも生かさなければならない.

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1999年5月1日

オオタカ

 愛知万博予定地となっている海上の森でオオタカの繁殖が確認されたという.オオタカは環境庁により絶滅危惧U類に指定されている鳥であるが,その存在はそれ以上の格別な意味を持っている.

 生態系の頂点に立つオオタカは,人の手の加わらない豊かな自然の中でしか生きることができない(「東京の鳥8オオタカ」参照).かろうじてオオタカが残されているということは,海上の森の自然の豊かさを表しているが,同時に破綻寸前の状態であることをも意味する.森を道路で分断し,敷地をコンクリートで固めていけば,いくらそこに緑を残してもオオタカはすめなくなってしまうだろう.オオタカという1種がそこから姿を消すということ以上に,もはや自然と呼ぶのは憚られる存在となってしまうことを意味する.愛知万博が「新しい地球創造,自然の英知」をテーマとし,「環境」万博を標榜するのなら,自然を丸ごと保全する英知をもつところから出発しなければならない.

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1999年4月30日

環境保全を目指す上で住民投票は有効な手段となり得るか

 徳島市議会議員選挙の結果,吉野川可動堰建設の賛否を問う住民投票条令の賛成派が過半数に達した.これについて建設大臣は,住民投票の結果,反対が過半数だったら直ちに中止する,と述べたという.「こうした公共事業は高度な政治的な判断により決定するものであり,住民にはそれだけ判断をするだけの民度が成熟していない(原発設置の是非を問う住民投票に反対した巻町の町長の発言だったと記憶している)」という考え方がこれまで支配的だっただけに画期的なことである.

 組織として一度決めたことは絶対に撤回しないというのが日本のお役所である.「計画は間違っていないが,住民の理解がどうしても得られなかったから中止せざるを得なかった」という形で役人の面子を保つことにより,誰がどう考えてもばかげたものとしか言いようがない計画を中止するための道を開いたものといえるだろう.

 ひるがえって道路建設の場合を考えてみる.一部の人達に被害をおしつけて,そしらぬ顔で事業推進を叫ぶ人達がいかに多いことだろうか.住民投票といってもだれが投票権者になるかを考えると見通しは暗い.弱者の立場にも配慮した,本当の意味での民主的な意志決定機構を作り出すにはまだまだ道のりは遠い.

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1999年4月17日

公害加害者としての立場

新都知事として石原慎太郎氏が選ばれた.自動車の流入制限をするという公約を掲げて来ただけに,道路公害対策への積極的な施策を期待したいところだが,その発言の中には本当にそんな期待をしていいのだろうか,と疑問を投げかけたくなるものがある.例えば,大気汚染問題についての質問に対して「被害者としてだけでなく,加害者としての立場があるのだから・・」として言葉を濁していたのがそれだ.道路公害を訴えると,「じゃお前は自動車の世話にならないのか」との反論が必ず来るが,知事になろうという人までが,とがっかりさせられる.

今日の社会は自動車なしには成り立たない.物流の大部分が自動車に依存しているから,自らは車に乗らないとしても自動車と無関係に暮すことはほとんど不可能だ.そういう社会ではあっても,そのために被害を受けている人が一方にいる以上,そうした被害の起きないように社会を作り替えていく,そのための方策を探っていくのが民主主義社会である.石原氏はまた「地域エゴ」という言葉を連発していたが,快適な生活,健康,生命を守って欲しいという訴えはエゴではない.自らの利便性のみを追い求めて,社会の矛盾を一方におしつけて顧みないことこそエゴである.

流入制限をすべきだとする石原氏と,加害者としての立場を強調する石原氏と,どちらが本当の姿なのか,監視していかなければならない.

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1999年4月10日

台湾で

先月のことになるが台湾を訪れた.びっしり予定がつまっている5泊6日の忙しい旅だったが,帰国前日の夕方と翌早朝,台湾の鳥を楽しんだ.

まずは台北市外の關渡自然公園だ.基隆河が淡水河に注ぐあたりに広がるこの広大な干潟は,残念ながらマングローブが生い茂りほとんど見ることができない.しかし,干潟周囲にも湿地が広く広がり,日本人には珍しい鳥がいくつも見られる.干潟は干潟だけを保護すればいいのではなく,周辺の環境と合わせて保全しなければならないことを思い知らされる.堤防にそって走る道路,つまり干潟と後背湿地との境界には結構車が通り,保護区として整備しようとしているにしては問題は残されているのも事実だが.

もう1ヵ所の華江雁鴨自然公園は,もう完全に台北の市街だ.淡水河の高い堤防の内側に河川敷が広がっているが,ここまで海水は入って来ないのかマングローブはなく,草原となっている.この自然公園のすばらしいことは,人が通れる歩道が1本,それも全体から見ればほんの一部にあるだけで,核心部は「鳥兒的家」として,海軍基地を囲んでいたのと同じ頑丈な鉄条網を張り巡らせて立ち入り禁止としている点であろう.鳥を観察しようとするには不向きではあるが,必要なことである.

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1999年3月28日

日本橋が重要文化財に

江戸の昔から今日にいたるまで,日本全国の道路の基点は日本橋である.現在の橋は明治時代に架け替えられたものだが,ルネッサンス様式を模した堂々たるものである.この日本橋が3月19日,重要文化財に指定された.指定基準の知識を持ち合わせている訳ではないが,この地理的,歴史的に貴重な文化財に対する指定は当然のことだろうと思う.

今年で建設後88年になる由緒あるこの日本橋は,しかしながら重要文化財にふさわしい扱いを受けてはいない.首都高速道路都心環状線の高架道路が日本橋川の上を通っていて,橋の上を覆ってしまっているのだ.そのおかげで日本橋の全景を眺めわたすことはできないし,その最も特徴的な高くそびえる欄干は,高速道路の上下線の隙間を突き抜けていて先端は高速道路上からしか見ることができないのである.

フランソワーズ・モレシャン氏はかつて「凱旋門の周りに高速道路を作ることなどフランス人は到底許さないでしょう」と言って日本橋の現状を許してしまった日本社会を皮肉っていた.

このなんとも日本的な情けない状況.しかし実は首都高速道路公団にしてみれば自慢すべきことなのである.首都圏の道路網整備という重大な国策実現のためには,こんな橋など本当はどうでもいいことなのだが,文化財保全の観点から完璧に保全したし,高速道路もそれにふさわしい色彩で壁面を美しく化粧を施したのである.だからこそパンフレットの表紙(写真参照)にまで使って宣伝しているのである.騒音,振動,大気汚染などの道路公害を振りまいて,都市景観を台無しにしていることを全く恥じない首都高速道路にふさわしい話ではないか.

余談になるが,この首都高の宣伝紙「山手倶楽部」の編集長をやっていて,「ビルの谷間を走るのも楽しいし,東京タワーを巡るルートや,皇居が見える千鳥ヶ淵あたりも好きです.江戸の景観のシンボルでもあった富士山を見ることもできますし.上り下り起伏に富んだルートは,まるで街をまわる贅沢なジェットコースターのように感じます.こんなに楽しく利用させていただいていますから,通行料がとても安く感じることもあります.」などと,小学生の作文のような文章を書いていたのは,江戸風俗研究家としてテレビ等でも活躍している元漫画家のS氏(一応イニシャルにしました)である.高速道路と江戸風俗との取り合わせの妙.

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1999年3月19日

士幌高原道路の中止と「時のアセス」

時のアセスという施策がある.北海道が1997年より始めたもので,「変革の時代の中で,時の経過によって,施策が必要とされた社会状況や住民要望などが大きく変化し,施策に対する当初の役割や効果について,改めて点検・評価を加える必要があるものについては,現状を踏まえ,多角的,多面的な視点から検討を行い,時代の変化に対応した道政の実現に資することを目的とする.」というものだ.これにより,@施策が長期間停滞していると認められるもの,A時の経過の中で,施策を取り巻く社会状況や住民要望の変化などにより,施策の価値または効果が低下していると認められるもの,B施策の円滑な推進に課題を抱えており,施策が長期間停滞するおそれがあると認められるもの,について再評価していこうという,至極当然の,しかし画期的なものだ.

この制度により,これまで九つの事業の見直しが行なわれている.そしてついに,ナキウサギ生息地を貫くことで問題となっていた,道道士幌然別湖線(士幌高原道路)事業の中止が決まったのだ.

かつてはこの事業の推進に関わって来た北海道知事は「時代の変革に的確に応えていくためには,自ら進めてきた施策であっても,必要に応じて大胆な見直しに取り組まなければならないものがあると考えておりまして,そうした姿勢で取り組むことが,この変化の激しい時代にあっては,道民の負託に応えるべき知事として,大切な姿勢ではないかとこのようにも考えております.」と歯切れが良い.

戦災復興事業として昭和22年に決定され,その後昭和25年に見直しが行なわれたままの都市計画道路が,東京では未完のまま,まだまだ多数残されている.これらの計画は環六拡幅のように,既定事実として通常の意味でのアセスも行なわれないまま事業化されることさえある.それに比べて北海道の「時のアセス」は極めて現実的な優れたものといえる.

北海道知事はいう.「時のアセスメントは初めての試みでもありました.制度の発足当初は,不安とか,あるいは戸惑いを持って受け止められた面もありましたが,様々な困難を乗り越えながら取り組みを進める中で,これまでの行政の先送り体質,あるいは硬直的なものの考え方に一石を投じ,私を含め,職員意識の中に,時代に即した新しい感覚で行政を進めていくことが重要であるとの認識を深めることができたのではないかとこのようにも考えております.」

「時のアセス」という新しい試みが,全国各地の自治体,そして国のレベルにまで広く浸透することを期待してやまない.

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1999年3月7日

青島東京都知事をどう評価するか

都知事選が近い.長年にわたって東京都と争いを続けて来た立場から青島都政を評価しておきたい.

長年続いた自民党と社会党という2極構造が崩れた時,55年体制の崩壊といわれた.しかし,それ以上に青島東京都知事の誕生は1940年体制の崩壊と評した人がいたほどに画期的なことだった.大政翼賛体制以来の,行政に追随するしかない政治家に支えられたお上が下々を支配するという体政が崩壊した,ついに突破口を切り開くことができた,と我々を大いに活気付けたものだった.彼の都知事としてどのような施策を打ち出すかどうかなど二の次だった.政治を市民の手に戻すことができたと真に感じたのだ.そうであれば政策はおのずと決まって来るはずだった.

この期待はものの見事に裏切られた.最低の知事だった.

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1999年3月1日

真鶴町の町長は偉い

TBSのバラエティー番組「噂の東京マガジン」では,行政や企業の論理に抵抗する一般住民の争いがしばしば登場する.昨日は住宅地での高層マンション建設をめぐる紛争がテーマだったが,その中で紹介された真鶴町のケースは,番組始まって以来と言うすばらしいものだ.建築基準法では規制できない建物を,町独自に制定した「真鶴町まちづくり条例」により,規制してしまったのだ.

法政大学の五十嵐教授は「建築基準法では、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する“最低限の基準”を定めているだけ。これは最低限の誰もが守らなくてはいけない基準で、本当ならば、地域や自治体の考え方によって、それにプラスアルファをしていろんなことを決めていいというのが、本来の法律の主旨であるはず。ところが、いつの間にか“最低の基準”さえ守れば何をやってもかまわないというかのように受け取られてしまっている」という.

にもかかわらず,そうした条令を作るにはコツがいる.「条例に“○○しましょう”と書くのなら合法だが、“しなければならない”と書けば違法」ということなのだそうだ.これにより真鶴町では条令を作り,町の指導に従わない業者には市としての協力をしない,具体的には水道の供給を止めるという対抗手段に出ることで実効性を持たせているのだ.

さすが五十嵐先生が加わった町作りである.

しかし,それ以上に立派だったのは町長の態度である.「県や国から全ての条文に“朱”が入れられ、如何なものかといわれましたが、条例の制定権は町にあるので、譲歩しなかった」し,さらに「県や国なんか怖くない、行政にとって一番怖いのは住民なんです」と言いきったのである.

いやー立派である.こんな首長がどこか他にいるだろうか.地方自治体の鑑である.久々に溜飲の下がる思いであった.

なお,詳しいことはhttp://www.tbs.co.jp/uwasa/990228/genba.htmlにある.

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1999年2月23日

毎日新聞社発行の「エコノミスト」は,その敢闘言と称する欄でダイオキシン問題を批判しているが,その論旨にはあきれるばかりである.

一点だけ上げてみよう.所沢のダイオキシン測定を行なった民間の研究所について「ダイオキシン測定,1サンプル15万円,10サンプル以上10%引き,と宣伝して儲けている集団」といって非難しているのだ.これは一体何を言いたいのだろうか.15万円といえば通常の半額である.その価格で一般市民からの要請も受けて測定し,なおかつ儲けているのである.株式会社の商行為として極めて良心的なものであり,なんら非難に値するものではない.むしろ,行政側の依頼で高額な測定量を取り,その上データを隠すことに協力している他の会社こそ非難すべきではないか.

敢闘言(=巻頭言?)というからにはその雑誌の顔である.自由経済社会のもっとも根源的な商行為を否定してしまった「エコノミスト」そして毎日新聞は猛省しなければならない.

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1999年2月21日

藤前干潟保全は自然保護のシンボルとなっている.それはそれでいいのだが,干潟保全の議論の中ではそこで生活している人,具体的には漁業者の視点が大きく欠落しているように思う.環境の悪化で魚が取れないから,わずかな金額で漁業権を手放し,埋立を認めて来たのだ.こうして干潟が失われた結果,一体どれほどの影響を与えているだろうか.

漁業資源回復を目指して,毎年マダイなどの稚魚が大量に放流されている.もともとこうした放流事業は,成魚になって自然に産卵して増えるようになったら終わらせるはずだった.それがいっこうに止められない.海の環境が変わってしまい,産卵や稚魚の成育に適さなくなっているらしいのだ.干潟の埋立が漁業にどのような影響を与えるのか.我々はその推定に必要な魚類生態に関する知識を実は十分持ち合わせていないのだ.

藤前干潟の公聴会で最も印象的だったのは,漁業者からの声である.我々は漁業者の声に応えていかなければならない.以下に再掲させていただこう.

 私は当埋立事業予定地である西一区より約1キロ離れた新川沿いに住んでいる名古屋港西部遊魚組合組合長です。当組合は、新川、庄内川を中心とする50名あまりの住民で構成され、もちろん海での釣りを始め、風水害の際の人命救助、河川・港内の浄化、船舶の安全航行についての教育を目的としている団体である。

 私は昭和39年名古屋港西部臨海工業地帯創設時まで漁師をしていた。私の父も祖父も漁師という先祖代々の漁師の家庭に生きてきた。私は、港区藤前地先における公有水面埋立及び産業廃棄物処分場設置計画に絶対に反対である。最初の計画では、南陽工場の灰で埋めるというものだったのが、いつの間にか産業廃棄物をも埋めるという。産業廃棄物といえば、非常に幅が広く、海の中に埋めるというのにはとても恐ろしいものを含んでいる。海へ流出しないと聞いているが誰が断言できるか。現在香川県豊島町の問題もそうだ。私は現在75歳で、10年先、20年先にはどのような状況の波が出るのかわからないが、ほんとうに不安でならない。今でも背骨の曲がった魚が多く見られる。その魚をあなた方は見たことがあるか。これ以上水質汚染が進んだら、第二の水俣につながるのではないかと考える。

 産業廃棄物を海に埋めることは、慎重に慎重を重ね、処理されなければならないのに、過去に幾つかの悪い例があり、それがどんな結果を招くかとこともわかっていながらこの事業を黙認するわけにはいかない。またこれを押し進めていく行政にも不信感を抱かざるを得ない。私を含め当遊魚組合員は心より海を愛し、また、その海がきれいな海であることを望んでいる。

 この藤前干潟、現在は西一区ともいうが、この場所は稚魚の育成に最も適した場所であり、昔から数多くの稚魚が遡上し育っていく。この場所を何かの理由でなくしてしまえば、稚魚ほとんど死んでしまう。稚魚が死ぬということは、海に魚が全くいなくなることだ。

 名古屋港の活性化を目指しいろいろな策をとられ、すでに数年が経過した。港の景観はとてもきれいになり、観光地そのものだ。中でも名古屋港の水族館は日本一の規模と聞いている。水族館の中にはとてもきれいな魚たちがとてもきれいな水の中で泳いでいる。しかし名古屋の海は商業や貿易また観光地としてだけ反映し、魚がいない海であるとしたら、本来の海の姿でないとしたら、観光地を訪れる人たちもどんなに怪訝だろう。産業が発展した、廃棄物が出た、でも海に捨てよう、これでいいのだろうか。海をこれ以上汚していいのか。10年先、20年先にこれは困ったと、そのときその責任はどこにある。だれにある。本来ならだれかことを解決する。費やす労力や時間はむだなことだ。けれども、このままそれが目に浮かぶ。転ばぬ先の杖ということわざがあるが、簡単、便利、賛成多数というだけであらゆることが解決されたら、たちまち自然破壊に拍車をかけることになる。そうならないためにも、何とかこの問題をよい方にして行くのだ。日本人がエコノミックアニマル、21世紀になって世界中から言われないように、今一度ご検討くださることを切にお願いし陳述とさせていただく。

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1999年2月20日

「−諌早・藤前・三番瀬−いま…,干潟を守るシンポジウム」に参加して

小学生時代の潮干狩りを別とすれば,意識して千葉の干潟を訪ねるようになったのは1968年からだ.地下鉄東西線ができて便利になったなどと喜んでいたのは一時のこと,行徳駅から海岸までの間,一面蓮田の中に家は1軒しかなかったことなどを思い出しながら船橋でのシンポジウム会場に向かった.

諌早のギロチンであれだけの批判があり,藤前が埋立全面中止というすばらしい成果を上げた中で,干潟保全運動は元気がいい.考えてみると自然保護には環境庁という一応の味方がいる.弱腰でどうしようもなかったが,世論の後押しで藤前で一勝を上げたことでますます元気になるだろう.

道路公害の所轄官庁ってどこだっただろうか.

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1999年2月19日

 このところダイオキシン問題に話題が集まっている.行政がデータを隠していたから,自主的に調べたのをニュースステーションで発表した.それをあろうことかホウレンソウ騒ぎにしてしまった.発表したのが悪いのではない.それを正しく解釈して,真の問題はどこにあるのか,今後どのようにしてこの問題を解決していくのかをきちんと議論しなければならないのだ.そのきっかけを与えられたのに発表そのものを槍玉に上げて,問題を葬り去ろうとしている.

 所沢の野菜,お茶は安全だという.あれだけ深刻な汚染がありながら,そしてゴミ焼却場付近では野菜によるダイオキシン摂取量が高いというデータがありながら安全であるなら,もう巨額な税金を使ってまでダイオキシン対策をする必要はない.

 水俣病などの公害事件や,クロロキン,非加熱製剤によるエイズなどの薬害事件で,原因が分かっていながら発表されず,適切な対策も取られなかったことがどのような悲惨な結果を生んだのか,その反省が全く活かされていない.情報を開示しても正しい判断をするだけの民度が成熟していない.この国では情報公開は無理である.

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