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綾波業務日誌

〜彼女がココロを持った理由(わけ)〜
byけんけんZ



九日目 土曜日



業務日誌 ○月×日


7時30分起床 体調は平常。体温他異常無し。

朝食:ご飯、お味噌汁、目玉焼き、ほうれん草の胡麻和え

 ご飯とお味噌汁とほうれん草は昨日の夕食の残り。
 朝食をコンビニのおにぎりなどで済ませようとする私の為に、碇君はいつも夕食の時に朝ご飯の分を考えていてくれる。
 以前は味気ない食事を味気ないとも思わなかった。それが当たり前だったから。
 碇君は居なくても、碇君の作ってくれた食事には碇君の温もりがある。嬉しい。

8時30分 平常通りに登校。

 朝、教室に碇君は居なかった。授業が始まっても居ない。
 一時間目が終わってから電話をする。眠そうな声。寝ている所を起こしてしまったらしい。
 疲れが出たのか、熱が有るので葛城一尉に大事をとって休むように指示されたとの事。
 心配する事はないと言われるが、心配。学校に来たのに碇君の姿が無いのは辛い。寂しい。
 二時間目が終わった時、クラス委員に告げて早退する。
 碇君にも土曜日なのだから授業が終わってからの方が良いと言われたけれど、じっとしていられなかった。

11時 碇君の住むコンフォート17マンションに到着。

 鍵を開けに玄関まで来てくれたから、心配したほど悪い状態ではない。
 朝ご飯もまだ食べていないと言う碇君に、教えてもらいながらお粥を煮た。
 葛城一尉は「休め」と指示を与えておきながら、碇君の保護者として何もしていない。
 食事も与えず、なんの為の同居なのだろう?少なくとも体調の管理に責任を持って欲しい。
 それが出来ないなら同居している意味が無い。単なる監視のつもりなのだろうか?
 確かに碇君は、過去にサードチルドレンとしての職責を放棄した事が有った。
 それが理由なのだとしたら不当に思える。今はエヴァに乗る必要が有れば何時でも乗ってくれる。
 同居してまで監視する必要が有るとは思えない。
 家事が出来る碇君を便利に使っているだけかもしれない。だとしたら職権の濫用。
 上司の生活の補助まではパイロットの職務に含まれていない。
「家族だって言ってくれるんだ」と碇君は葛城一尉を弁護する。
 でも家族って何?わからない。聞いたけれど碇君は答えてくれなかった。
 葛城一尉と性交するのかと聞いたら、そんな事は絶対しないと言う。
 なら私と住んだ方が良いと思う。と告げると考えておくと言ってくれた。期待している。

12時 昼食:お粥、お味噌汁、つけもの他

 お米の研ぎ方とお粥の煮方は教えてもらったが、味噌汁は作れなかった。結局碇君が作る。
 申し訳ない。碇君に作ってもらうのは嬉しいけれど、料理が出来るようになりたい。
 冷蔵庫に細々としたものが有って、それでおかずをすませる。
 私の冷蔵庫とはずいぶん様子が違う。でも料理するのは碇君ばかりとの事。
「ミサトさんは料理しない方が良いんだ」と碇君は再び葛城一尉を弁護した。理由は不明。
 私は葛城一尉を不愉快に思っている。命令には従うけれど、尊敬すべき上司ではない。

 せっかく学校を休んだのだから、碇君に身体を休めてもらう。
 碇君の部屋は碇君の匂いがした。落ち着ける感じ。
 私の部屋も、碇君が毎日来てくれたら、そのうち碇君の匂いがするようになるだろうか。
 碇君の寝顔をしばらく観察していた。胸が熱くなるように感じた。理由は分からない。
 嬉しいとも、楽しいとも、気持ち良いとも違う。もちろん寂しいとも違うのだけれど。
 今、目の前に碇君が居て、安心して眠っていて、私はそれを眺めていて。
 そう思うと、熱いものが込み上げてくる。満足感とも違う。もっと切実な、何か。
 言葉に出来なくて、もどかしい。

 碇君が寝ている間に、碇君の持ち物を色々と観察した。
 制服以外の服や、DATと呼ばれるポータブルオーディオ装置、教科書以外の本。
 見るべき物が無くなって、碇君のベットに寄りかかっていたら何時の間にか寝ていた。
 目が覚めて時計を確認したら、16時を過ぎていた。
 碇君も目を覚まし、喉が渇いたと言うので飲むものを運ぶ。
 もう熱も下がったし大丈夫だと言うので、葛城一尉の帰宅予定を聞く。
 普段は早くて18時前後、遅い時は連絡が入ると言う。
 けれど今日は土曜日なので早いかもしれない。性交したいと言うべきかどうか、迷った。
 それが碇君に負担をかけて、体調を崩したのは明らかだから。
 迷っていると、碇君はもう帰って良いと言う。仕方ないので性交したくないかと尋ねた。
 したいからと言ってそればかりしていてはいけないのだと言われた。
 確かにそればかりでは他に何も出来なくなってしまう。納得する。
 我慢できない時はどうしたら良いかと聞いたら、我慢できないほどしたいのかと逆に聞かれた。
 とてもしたい気分だった。けれど我慢できなくはないと答えた。
 我慢できるなら我慢しなくてはいけないと言われる。
 喉が渇いたら水を飲む、お腹が空いたら食事をする、それとは違うのかと尋ねた。
 それを我慢しても死んでしまうわけではないので優先順位は低いと言う。
 確かにそうかもしれない。
 夕食を食べてから帰って良いと言われたので、準備を手伝う。
 葛城一尉はいつ帰るかわからないので、出来上がったら先に食べるとの事。
 なるべく早く準備できるように努力したつもり。
 キッチンでキスだけしてもらえた。それだけでとても嬉しい。満たされた感じ。
 献立はカレー。材料を準備したら煮込むだけなので、少し時間が出来る。
 しばらくリビングの椅子の上で抱き締めてもらう。キスもしてもらう。とても暖かい。
 性交するのと同じぐらい、碇君の存在を感じた。満足する。

18時 夕食:カレーライス、サラダ。デザートにリンゴ。

 出来れば顔を合わせたくないように思ったので、葛城一尉が帰ってくる前に食べ終わった。

19時 葛城一尉とすれ違いに碇君の家を後にした。

 碇君の体調管理に対する要望を言うべきかと思ったが、私と碇君の関係については誰にも明かさない方が良いと言われていたので、余分な事は言わないように口をつぐんだ。
 葛城一尉は私が学校帰りに見舞いに寄ったのだと勘違いしていたように思う。礼だけ言われた。

 大人になって、結婚と言うものをして、夫婦と呼ばれる家族になったら性交していても悪い事ではないらしい。だがそれ以前の性交は不道徳にあたるので隠すべき事柄だとのこと。
 そういう知識はなかった。私と碇君の関係は秘密にしなければいけないものなのだと理解出来た。
 碇君と家族になるべきなのだろうか?夫婦は一緒に住むのが当たり前だと言う。望ましい。
 けれど日本では男性で18才、女性で16才にならないと結婚出来ない法律なのだと言う。
 理不尽に思う。だがそういった社会的な習慣、風俗に対する認識や知識が不足している。
 どこで知識を得るべきだろうか?また図書館に行った方が良さそうである。

20時 明日の朝食を買って、帰宅。

 碇君の家から帰ると、自室はひどく虚ろに思える。
 もっといろいろなものを買い揃えた方が良い、今のままでは女の子の部屋とは思えない、と碇君が言った意味が少し分かった気がする。
 機能的で無駄が無いと思っていた空間は、殺風景で寒々しいと呼ぶべき状態だったのだ。
 認識が欠如していた。知識が無ければ正しい状況を判断できないと言う事が良くわかる。
 図書館で、家族、結婚、夫婦と言った社会習慣に関する資料を集める必要がある。
 居室の空間的演出(インテリアコーディネートと呼ばれるのだと今調べた)に関する資料も必要。
 服飾に関する知識も必要かもしれない。碇君の部屋には制服とパジャマ以外にも服が有った。
 学校に行かない時は「普段着」と言う物を着用するらしい。
 そういう物は持っていない。どういう物を揃えたら良いのかもわからない。
 碇君は買い物に付き合ってアドバイスしてくれるだろうか?
 碇君と二人でする買い物は楽しいと思う。この部屋に物が増えるのも楽しみだ。
 殺風景でなくなれば、碇君も居心地良く思うかもしれない。
 そうしたら、葛城一尉よりは私と居る事を選んでくれると思う。

21時 碇君から入電

 明日は日曜日だから、先日リストアップしたもののうちまだ買っていなかったものを揃えようと提案される。もちろん賛成する。こちらが考えていた事だったから、とても嬉しくなった。
 碇君も私の事を考えていてくれるのだと思うと、それだけで嬉しい。
 家電製品や食器等の他に、服も欲しいと言うと意外なようだった。
 制服以外に着るべき服が無いのだと言うとわかってもらえた。
 パジャマの時のように、碇君が選んでくれるのだろうか。選んで欲しいと思う。
 服を売っている店には「試着室」と言うのがあるらしい。
 服を着て買うかどうか判断する為のものとの事。
 碇君が選んだ服を私が着て見せれば、碇君が気にいったものだけ買える。
 そういう買い物は楽しい事だと思う。そう告げると「デート」みたいだと言って笑った。
 デートが良くわからない。調べなければいけない項目が増えた。

23時 業務日誌作成

 シャワーを浴びてパジャマに着替え、業務日誌を書く。
 手元に何も本が無いので、する事が無い。
 図書館で調べたい事柄や碇君に聞きたい事は色々と有るが、こんな時間では無理だ。
 暇、と言う感覚も初めてのものだと思う。だから碇君の事を考えた。
 どうしたら私と一緒に居てくれるようになるだろうか、そればかり考えた。
 色々と改めるポイントが思い付いた、明日から実行したい。
 とりあえず、明日は朝から碇君の家を訪ねる事になっている。
 昼間少しだけれど寝たので余り眠くはない。けれど明日の備えて眠る事にする。

以 上






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1999.03.04・初出
1999.03.06/Ver1.10

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