債権法改正 要綱仮案 情報整理

第23 弁済

4 債務の履行の相手方(民法第478条・第480条関係)

(1) 受領権限のない者に対する弁済の効力(民法第478条関係)
  民法第478条の規律を次のように改めるものとする。
  債権者、債権者が弁済を受領する権限を与えた第三者及び法令の規定により弁済を受領する権限を有する第三者(以下「受領権者」という。)以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者と認められる外観を有するものに対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。
(2) 民法第480条を削除するものとする。

中間試案

4 債務の履行の相手方(民法第478条,第480条関係)
 (1) 民法第478条の規律を次のように改めるものとする。
  ア 債務の履行は,次に掲げる者のいずれかに対してしたときは,弁済としての効力を有するものとする。
   (ア) 債権者
   (イ) 債権者が履行を受ける権限を与えた第三者
   (ウ) 法令の規定により履行を受ける権限を有する第三者
  イ 上記アに掲げる者(以下「受取権者」という。)以外の者であって受取権者としての外観を有するものに対してした債務の履行は,当該者が受取権者であると信じたことにつき正当な理由がある場合に限り,弁済としての効力を有するものとする。
 (2) 民法第480条を削除するものとする。
(注)上記(1)イについては,債務者の善意又は無過失という民法第478条の文言を維持するという考え方がある。

(概要)

 本文(1)アは,債務の履行の相手方に関する基本的なルールを定めるものである。受取権者でない者に対する履行が例外的に有効となる要件を定める民法第478条の規律に先立って,原則的な場面を明示しようとする趣旨である。債権者のほかに履行を受けることができる者として,債権者が受取権限を与えた第三者(例えば,代理人)と,法令によって受取権限を有する第三者(例えば,破産管財人)を挙げている。
 本文(1)イは,民法第478条を以下の2点で改めるものである。第1に,同条の「債権の準占有者」という要件を,受取権者としての外観を有する者という要件に改めることとしている。債権者の代理人と称する者も「債権の準占有者」に該当するとした判例法理(最判昭和37年8月21日民集16巻9号1809頁等)を明文化するとともに,「債権の準占有者」という用語自体の分かりにくさを解消することを意図するものである。第2に,同条の善意無過失という要件について,文言を正当な理由に改めている。善意無過失という要件は,その文言上,弁済の時において相手方に受取権限があると信じたことについての過失を問題としているように読めるが,判例(最判平成15年4月8日民集57巻4号337頁)は,これにとどまらず,機械払システムの設置管理についての注意義務違反の有無のように,弁済時の弁済者の主観面と直接関係しない事情をも考慮することを明らかにした。このことを踏まえ,「正当な理由」の有無を要件とすることによって,弁済に関する事情を総合的に考慮するというルールを条文上明確にすることを意図するものである。このうち,第2の点については善意無過失という現在の規律を改める必要性がなく,文言を維持すべきであるとの考え方があり,これを(注)で取り上げている。
 本文(2)は,受取証書の持参人に対する弁済について定めた民法第480条を削除するものである。同条が真正の受取証書の持参人だけを適用対象としていることについて,合理性がないと批判されているほか,偽造の受取証書の持参人については同法第478条が適用されることも分かりにくくなっていると批判されている。そで,同法第480条を削除して,真正の受取証書の持参人についても同法第478条が適用されるとすることにより,規律の合理化と簡明化を図るものである。

赫メモ

 規律の趣旨は、中間試案概要と同じである(なお、債権者に対する弁済が効力を有すること(中間試案4(1)ア(ア))は、要綱仮案1において規律されている)。受領者としての外観を有するか否かについては、取引上の社会通念に照らして判断されるという一般的な理解が併せて明文化された。

現行法

(債権の準占有者に対する弁済)
第478条 債権の準占有者に対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。

(受領する権限のない者に対する弁済)
第479条 前条の場合を除き、弁済を受領する権限を有しない者に対してした弁済は、債権者がこれによって利益を受けた限度においてのみ、その効力を有する。

(受取証書の持参人に対する弁済)
第480条 受取証書の持参人は、弁済を受領する権限があるものとみなす。ただし、弁済をした者がその権限がないことを知っていたとき、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

@ 【表見相続人として権利を行使する者は債権者の準占有者に該当する】大審院昭和15年5月29日判決・民集19巻903頁
  A´はBに対して和解調書に基づく債権を有していたところ,A´が死亡しその家督相続人と称するCが和解調書に承継執行文の付与を受けて,Bが国に対して有していた供託金還付請求権について差押転付命令を取得した。
  Cは,被相続人A´の表見相続人として,差押転付命令の基本となる債務名義の内容である債権の準占有者であると認められる。しかし,Bは,CがA´の正当な相続人でないことを知っていたので,善意者とはいえず,民法478条により弁済の効力を有しない。

A 【指名債権の事実上の譲受人は債権者の準占有者に該当する】大審院大正7年12月7日判決・民録24輯2310頁
  A貯米講という一種の組合に属する債権について,Cが前任の議長から事実上譲り受け,その債務者であるBとの間で示談契約をし,50円の弁済を受けた。
  Cが指名債権を事実上譲り受け自己のためにこれを行使する準占有者とした原審の判断は,適当である。

B 【指名債権が二重譲渡された場合に劣後する譲受人であっても債権者として信頼できる外観があれば,債権の準占有者に該当する】最高裁昭和61年4月11日判決・民集40巻3号558頁
  AのBに対する売掛金αについて,C1が譲渡を受けたところ,Aはこの譲渡契約を解除したが,その後これを撤回した。C2は,αについて仮差押→差押をした後,Bから売掛金240万円を回収した。C1がBに対して,売掛金の支払を求めた。
  二重に譲渡された指名債権の債務者が,対抗要件を先に具備した優先譲受人よりのちにこれを具備した劣後譲受人(債権の譲受人と同一債権に対し仮差押命令及び差押・取立命令の執行をした者を含む)に対してした弁済についても,478条の規定の適用がある。なぜなら,債務者が,弁済をするについて,劣後譲受人の債権者としての外観を信頼し,譲受人を真の債権者と信じ,かつ,そのように信ずるにつき過失のないときは,債務者の信頼を保護し,取引の安全を図る必要があるからである。この場合であっても,優先譲受人は,債権の準占有者たる劣後譲受人に対して弁済にかかる金員につき不当利得として返還を求めること等により,対抗要件具備の効果を保持しえないものではない。

C 【偽造の証書を所持する者は債権者の準占有者に該当する】大審院昭和2年6月22日判決・民集6巻408頁
  B株式会社の株主Aについて,何者かが改印届出を提出して届出印を変更したうえで,配当金領収書に変更後の届出印を押印して,Bの配当金取扱銀行に提出して,配当金を受領した。
  債権の準占有者とは,自己のためにする意思をもって債権を行使する者であり,いやしくも自己のためにする意思をもって債権を行使する者である以上,たとえその者が偽造の証書を用いて債権者本人と冒称していた事実があっても,これにより直ちに債権の準占有者ではないと解釈してはならない。弁済者から観察して,社会一般の取引観念に照らして真実債権を有する者と思料するに足りる外観を備える場合には,債権の準占有者とみなすべきである。

D 【債権者の代理人として権利行使する者は債権の準占有者に該当する】最高裁昭和37年8月21日判決・民集16巻9号1809頁
  Aは,B(東京特別調達局)に工具類を納品し,Aの社員A´は,Bから,受取人をA´とする支払請求書受理書を受領したところ,この受理書の受取人欄がCと偽造され,Cがこの偽造された受理書をBに持参したところ,B内部に保管されていた書類も偽造のものにすり替えられていたため,Bは,Cに対して120万円を交付した。
  債権者の代理人と称して債権を行使する者も民法478条にいわゆる債権の準占有者にあたると解すべきことは,原判決説示(真実の債権者でない者でも,取引の通念上債権を行使する権限があると認めるに足りる外観を備える者に対してなされた善意の弁済を有効として弁済者を保護し取引の安全と円滑を期したものであるから,債権者本人として債権を行使する者に対する弁済と債権者の代理人として債権を行使する者に対する弁済とによって弁済者の保護を異にすべき理由はない)のとおりである。

E 【郵便調金通帳及び届出印と類似する印影が押印された払戻受領書の所持者は債権の準占有者に該当する】大審院昭和16年6月20日判決・民集20巻1809頁
  Cが,Aの郵便貯金通帳を窃取し,偽造印を使用して,貯金の払い戻しをした。
  郵便貯金通帳の印鑑と払戻受領書に押印された印影が一致せず偽造されたものである場合であっても,両者が酷似し郵便局係員が相当の注意を用いてもその相違を発見することができずその他受領書によって現に払戻を請求する者が正当に請求するものであることを疑うに足りる事情が現れていないため善意で支払いをした場合には,郵便貯金法にいう成規の手続を経て払戻をしたものに他ならない。

F 【預金証書及び届出印を所持する者は債権の準占有者に該当する】最高裁昭和53年5月1日判決・判時893号31頁
  Aが出捐した資金について,Cが名義人をC´とする定期預金としていた場合に,B銀行がC´に対する貸付金と相殺した。
  銀行が,真実の定期預金者と異なる者を預金者と認定してこの者に対し預金と相殺する予定のもとに貸付をし,その後相殺をする場合には,民法478条が類推適用されるが,この場合において貸付を受ける者が定期預金債権の準占有者であるというためには,原則として,その者が預金証書及び当該預金につき銀行に届け出た印章を所持することを要するものと解すべきである。もっとも,貸付を受ける者が届出印のみを所持し,預金証書を所持しないような場合であっても,特に銀行側にその者を預金者であると信じさせるような客観的事情があり,それが預金証書の所持と同程度の確実さをもってその者に預金が帰属することを推測させるものであるときには,その者を預金債権の準占有者ということができる。
  Cは,定期預金の預入行為をした者で,届出印を所持し,定期預金の預金証書を紛失したと称して警察署の証明書を支店に提出したうえその再交付を求め,預金証書の再交付を受け,B銀行は,その後直ちに上記貸付を受けたのであるが,そのほかには特にCが真実の預金者であることを裏付けるような事情はないのであるから,このような事実関係のもとでは,Cは前記貸付に際して定期預金債権の準占有者であったものということはできない。

G 【無過失といえるためには,無限言者による払戻を排除できるようなシステムの確立・運用が必要である】最高裁平成15年4月8日判決・民集57巻7号337頁
  AはB(銀行)からキャッシュカードと通帳の交付を受けていたが,Bでは,現金自動入出機に通帳を入れ暗証番号を入力すると,現金の払出しができるシステムとなっていた。Aは,このようなシステムであることを知らなかった。Aの通帳が盗難にあい,上記システムを利用して,預金の払出しがなされた。
  無権限者のした機械払の方法による預金の払戻しについても,民法478条が適用される。機械払においては弁済受領者の権限の判定が銀行側の組み立てたシステムにより機械的,形式的にされるものであることに照らすと,銀行が無過失であるというためには,払戻しの時点において通帳等と暗証番号の確認が機械的に正しく行われたというだけではなく,機械払システムの利用者の過誤を減らし,システムが全体として,可能な限度で無権限者による払戻しを排除し得るように組み立てられ,運用されるものであることを要する。通帳機械払のシステムを採用する銀行がシステムの設置管理について注意義務を尽くしたというためには,通帳機械払の方法により払戻しが受けられる旨を預金規定等に規定して預金者に明示することを要するというべきであるが,B銀行はこの旨をカード規定等に規定しておらず,過失がある。
  なお,判例解説(「平成15年判解9事件」237頁)には「銀行が明示義務を怠った場合であっても,払戻しされた預金の預金者が通帳機械払システムの採用を知っていたときは,払戻しについて銀行に過失があるとはいえない」との記載がある。

H 【民法480条の受取証書は真正に成立したものでなければならない】大審院明治41年1月23日判決・新聞479号8頁
  事実関係は不明。
  民法480条は,単に受取証書を持参する者は弁済受領の権限ありとみなし,弁済受領等他にその権限を証明する必要がないことを規定したものであり,受取証書そのものが正当に成立したものなることを要するのは当然にして,偽装の受取証書である以上はたとえこれを真正の受取書と信じたことに過失がなくても,同条の適用はない。