債権法改正 要綱仮案 情報整理

第3 意思表示

4 意思表示の効力発生時期等(民法第97条関係)

 民法第97条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 相手方に対する意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。
(2) 相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは、その意思表示の通知は、その通知が通常到達すべきであった時に到達したものとみなす。
(3) 意思表示は、表意者が通知を発した後に死亡し、意思能力を喪失し、又は行為能力の制限を受けたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。

中間試案

4 意思表示の効力発生時期等(民法第97条関係)
  民法第97条の規律を次のように改めるものとする。
 (1) 相手方のある意思表示は,相手方に到達した時からその効力を生ずるものとする。
 (2) 上記(1)の到達とは,相手方が意思表示を了知したことのほか,次に掲げることをいうものとする。
  ア 相手方又は相手方のために意思表示を受ける権限を有する者(以下この項目において「相手方等」という。)の住所,常居所,営業所,事務所又は相手方等が意思表示の通知を受けるべき場所として指定した場所において,意思表示を記載した書面が配達されたこと。
  イ その他,相手方等が意思表示を了知することができる状態に置かれたこと。
 (3) 相手方のある意思表示が通常到達すべき方法でされた場合において,相手方等が正当な理由がないのに到達に必要な行為をしなかったためにその意思表示が相手方に到達しなかったときは,その意思表示は,通常到達すべきであった時に到達したとみなすものとする。
 (4) 隔地者に対する意思表示は,表意者が通知を発した後に死亡し,意思能力を喪失し,又は行為能力の制限を受けたときであっても,そのためにその効力を妨げられないものとする。

(概要)

 本文(1)は,民法第97条第1項は隔地者でなくても相手方がある意思表示一般に適用されるという通説に従って,「隔地者に対する意思表示」を「相手方のある意思表示」に改めるものである。また,同項を対話者間にも適用することに伴い,ここでは意思表示の「通知」という概念を使わないで,意思表示が相手方に到達した時にその効力が生ずるものとしている。
 本文(2)は,どのような場合に「到達」が生じたと言えるのか,その基準を明らかにするための新たな規定を設けるものである。これまでの判例における基本的な考え方(最判昭和43年12月17日民集22巻13号2998頁等)に従い,意思表示が相手方に到達したと言えるのは,相手方又は相手方のために意思表示を受領する権限を有する者の了知可能な状態に置かれた時であるとしている。その代表的な場合として,相手方等の住所や相手方等が指定した場所に通知が配達されたことを例示している。
 本文(3)は,本文(2)の意味での「到達」が生じたとは言えない場合であっても,到達しなかったことの原因が相手方側にあるときは到達が擬制される旨の新たな規定を設けるものである。従来から,相手方側が正当な理由なく意思表示の受領を拒絶し,又は受領を困難若しくは不能にした場合には,意思表示が到達したとみなす裁判例(最判平成10年6月11日民集52巻4号1034頁)など,意思表示が相手方に到達したとは必ずしも言えない場合であっても,相手方側の行為態様などを考慮して到達を擬制する裁判例が見られることを踏まえたものである。
 本文(4)は,民法第97条第2項のうち「行為能力の喪失」には保佐及び補助が含まれることが異論なく認められていることから,これをより適切に表現するために「行為能力の制限」に改めるとともに,意思能力に関する規定を新たに設けること(前記第2)に伴い,表意者が意思表示の発信後意思能力を喪失した場合であっても意思表示の効力は影響を受けない旨の規律を同項に付け加えるものである。

赫メモ

 要綱仮案(1)は、中間試案(1)と同じである(中間試案概要の該当箇所参照)。なお、民法526条1項(隔地者間の契約の成立時期に関する発信主義)の削除につき、要綱仮案第27、6(1)、参照。
 中間試案(2)の規律(到達の意義の規律)を設けることは、見送られた(部会資料66A、7頁)。
 要綱仮案(2)は、裁判例(最判平成10年6月11日)を踏まえ、本来の意味での「到達」が生じたとは言えない場合であっても,到達しなかったことの原因が相手方側にあるときは到達が擬制される旨の新たな規定を設けるものであり、中間試案(3)に対応する。
 要綱仮案(3)は、中間試案(4)と同じである(中間試案概要の該当箇所参照)。

現行法

(隔地者に対する意思表示)
第97条 隔地者に対する意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。
2 隔地者に対する意思表示は、表意者が通知を発した後に死亡し、又は行為能力を喪失したときであっても、そのためにその効力を妨げられない。

(隔地者間の契約の成立時期)
第526条 隔地者間の契約は、承諾の通知を発した時に成立する。
2 申込者の意思表示又は取引上の慣習により承諾の通知を必要としない場合には、契約は、承諾の意思表示と認めるべき事実があった時に成立する。

斉藤芳朗弁護士判例早分かり

 (A=意思表示者,B=相手方,C=第三者)
@ 【到達とは,了知したことではなく,了知することができる状態に置くことをいう】大審院昭和11年2月14日・民集15巻158頁
  Aが借地人Bに対して,昭和5年1月に内容証明郵便で地代の催告及び解除をし,Bと同棲する内縁の妻B´に受領を求めたところ,B´は,Bが不在でいつ帰宅するか判明しないとの理由で受領を拒んだが,Bが遠行し帰る時期が分からないとか,失踪して所在が分からないというものではなかった。
  到達とは,相手方が当該意思表示の内容を了知したことを指すのではなく,事物普通の順序に従えば相手方においてその内容を了知することを得る状態にまで意思表示を置くこと,換言すれば,そのような状態に置かれた以上相手方において早晩これを了知することは一般取引の上これを待つに足りることを意味する。なぜなら,相手方が現実にこれを了知しない限り未だ到達せず意思表示の効力が生じないとすれば,相手方が種々策動して,了知を避け了知の時を遷延させることは甚だ容易だからである。
  本件では,B´が郵便物の受領を求められた時に意思表示が到達した。

A 【到達とは,了知可能な状態に置くこと,すなわち,支配圏内に置かれることをいう】最高裁昭和36年4月20日判決・民集15巻4号774頁
  AがB社との間で締結していた土地賃貸契約を催告のうえ解除する意思表示をしたが,催告は,Aの事務員が持参し,たまたまB社の事務室にいた代表者の娘が,これを受け取り机の引出しに入れ,受領書に押印する,という方式でなされた。
  到達とは,代表取締役又は代表者から受領の権限を付与された者によって受領され又は了知されることを要するものではなく,それらの者にとって了知可能な状態に置かることを意味する。換言すれば,意思表示の書面がそれらの者のいわゆる勢力範囲(支配圏)内に置かれるをもって足りる。

B 【居住者の受領によって支配圏内に置かれた,と判断した事例】最高裁昭和43年12月17日判決・民集22巻13号2998頁
  電話事業者Aは,電話加入権者Bから届出のあった住所地宛てに,電話料金の催告書,解除通知を送付したところ,その住所においては,Bが場所を貸しているB´が電話を利用して事業を営む事業所があった。
  上記事実関係のもとにおいては,Bは自ら上記場所に居住していなくても,この場所に居住する者によって,Aからの意思表示等が受領されたときは,Bの支配権内に置かれたものと解してよい。

C 【書留郵便の内容が推測でき,容易に受け取ることができた以上は,了知可能な状態に置かれた,とされた事例】最高裁平成10年6月11日判決・民集52巻4号1034頁
  Xは遺言ですべての財産を養子Bに遺贈した。これに対してXの実子Aの弁護士A´は,まず,普通郵便で遺産分割協議をしたい旨Bに対して通知した後で,内容証明郵便で遺留分減殺請求をしたが,留置期間の経過によってA´に返送された。その後,Bは,遺留分について弁護士に相談し,A´に対して,遺産分割に応じない旨の手紙を出している。
  隔地者に対する意思表示は,相手方に到達することによってその効力を生ずるものであるところ,「到達」とは,意思表示を記載した書面が相手方によって直接受領され,又は了知されることを要するものではなく,これが相手方の了知可能な状態に置かれることをもって足りる。
  本件の事実関係によれば,Bは,不在配達通知書の記載により,A´から書留郵便(内容証明郵便)が送付されたことを知り,その内容が遺産分割に関するものではないかと推測しており,この間弁護士を訪れて遺留分減殺について説明を受けていた等の事情が存することを考慮すると,Bとしては,内容証明郵便の内容が遺留分減殺の意思表示又は少なくともこれを含む遺産分割協議の申入れであることを十分に推知することができたというべきである。また,Bは,当時,長期間の不在,その他郵便物を受領し得ない客観的状況にあったものではなく,仕事で多忙であったとしても,受領の意思があれば,郵便物の受取方法を指定することによって,さしたる労力,困難を伴うことなく本件内容証明郵便を受領することができた。そうすると,容証明郵便の内容である遺留分減殺の意思表示は,社会通念上,Bの了知可能な状態に置かれ,遅くとも留置期間が満了した時点で被上告人に到達したものと認めるのが相当である。
  判例解説(H10年度判解22事件(555〜558頁))「『了知可能性』が肯定されるためには,@)受取人が郵便物の内容を推知し得ること(内容の推知可能性),A)郵便物が容易に受領可能であること(郵便物の受領可能性),この2つの要件が必要である」